ダイニングにて
月の名前修正しました。「ピーター月」→「ティーゲル月」
20.04.23 ルーシャの年齢変更しました。
エリザベートが戻って来た。
「アリスティア、エルシミリアの二人は、もう寝ましたか?」
「ええ、オリアーナお姉様。まだ、起きていたかったようですが、なんとか寝かせました。」
「しかし晩餐で、叔母上見た時の、二人の顔が見ものだったな、ポカーンって感じで」
「お姉様の淑女っぷりに、たまげたんでしょ。さすが、オリアーナお姉様、王宮サロン常連は違いますね」
「やめてよ、エリザ。あんなところ、付き合いで仕方なくよ」
オリアーナが葡萄酒を飲むのをやめて、苦笑いする。
今の彼女は、昼間の騎士団服の時とは違い、優雅なドレス姿。耳元や首元は高価な宝石で飾られ、宮廷貴婦人を見事に体現している。髪が短くなければ、人は、昼間のオリアーナとは別人だと、思ってしまうだろう。
ここは、館のダイニング。使用人達は下がらせたので、現在、ここにいるのは、ロバート、エリザベート、オリアーナの三人だけ。暖炉と数か所に置かれたキャンドルが、彼、彼女達を照らし、程よい陰影を作っている。三人とも、くつろいだ様子だったが、オリアーナが表情を少々硬くした。何か話したいことがあるようだ。
「ロバート、エリザ、ちょっといいかしら」
「ええ」「何ですか?」
「これを見てみて」
オリアーナは、テーブルの横に寄りかからせておいた長剣を取り、二人の目の前に置いた。それと同時に灯火の魔術が使われ、テーブルの上が一気に明るくなる。
「剣がどうかされましたか?」
「抜いてみて」
ロバートが、剣を鞘から抜いて、刃の状態を確認する。
「刃こぼれしてますね。ミスリルがこんなになるなんて、これ最初からではありませんよね」
「当たり前でしょ。それにロバート、騎士を辞めて久しいとはいえ、ミスリルとアダマンタイトが見分けられなくなってるのは問題よ」
「アダマンタイト!」
ロバートは慌てて、剣を再度確認する、言われてみれば、確かにアダマンタイトだった。
「ばかな、アダマンタイトが欠けるなんてありえない……」
「アダマンタイトって、そんなに凄いものなの?」
エリザが質問するも、剣の刃こぼれに見入っているロバートの耳には届いていないようだ。代わりにオリアーナが答える。
「エリザ、アダマンタイトはね、ミスリルの十倍は強くてね。アダマンタイトを傷つけるには、アダマンタイトをもってしか出来ないって言われる、とても硬く強い金属なの」
「そんな金属の刃に、アリスティアが刃こぼれを…」
エリザベートはようやく、ロバートが黙ってしまった理由を理解した。
「なんて言ったら良いのかしらねー」
オリアーナはため息をつくような感じで言った後、ロバートとエリザベートに顔を真っ直ぐに向ける。
「あなた達、ほんと、とんでもない娘を作ってくれたわね」
称賛と呆れが混じるオリアーナの声に、ロバートもエリザベートもどう返して良いかわからず、微妙な表情。
「二人とも見たでしょ。アリスティアの風の斬撃」
「あれは凄かったですね。うちの騎士達のモノとはレベルが違うのは、さすがに私でもわかりました」とエリザベート。
「確かにな、私でもあのサイズは放てない」とロバート。
「当たり前でしょ、あのサイズが放てるのは団長クラスだけよ、私でも無理」
「オリアーナお姉様でもですか!」
エリザベートの驚きに、頷いて答えながら、オリアーナは話を続ける。
「でもね、とんでもないのは斬撃のサイズじゃないのよ。斬撃の刃そのものなの」
「刃そのもの?」
「これはね、手で持った剣でアリスティアの斬撃を弾いたから、判ったのだけど、あの娘の斬撃の刃はね、超高速で振動しているの」
「超高速で振動!」
「?」
ロバートには分ったようだが、エリザベートは理解できていない。まあ、軍務経験が無く戦闘魔術に精通していないエリザには仕方がないと思い、オリアーナは説明する。
「エリザ、鋸の刃を思い浮かべると分かりやすいわ。包丁で木を切るのは難しいでしょ。でも、鋸なら切れる。それは、鋸の細かい歯が起こす、連続する何十もの衝撃が木を切り裂くから出来ることなの、わかる?」
「まあ、なんとなく」いまいち分かっていないよう。
「当てた時の衝撃はどのような感じでしたか? 叔母上」
「手が痺れたなんてもんじゃないわよ。一回だったから良かったものの、もし、あの斬撃、後数回受けてたら、剣が折れたのではないかしら。私も大事な大事なアダマンタイト折られるの嫌だから、回避で誤魔化したけど」
「刃を超高速で振動、これ斬撃系の魔術としては革命的ですね」
「革命的……ほんとそうね。騎士達が皆、習得できるかわからないけれど、騎士団単位でモノに出来れば、一気に最強に名乗りを挙げられるわね」
超高速で振動……よくこんなことが思いつく。魔力量が「プラチナ上位」で、とんでもないとは聞いてたけれど、発想までとんでもないとは…… こんな化け物みたいな娘、どうやって教えていったら良いのだろう。教育に失敗したらと思うと怖くなる。これだったら、騎士団で新米騎士鍛える方がよっぽど気楽だ。復職しようか…。
後日、アリスティアから「あれですか、やってたら勝手に振動しただけ、偶然の産物です」と聞かされた時の脱力感は半端なかった。これではエルシミリアを笑えない。
「これ、領の騎士達には教えない方がいいですよね」
ロバートの質問に、オリアーナは呆れ顔になる。
「当たり前でしょ、こんなの領軍単位でやってるの王宮に気づかれたら、冤罪でもなんでもかぶせられて、一気に潰されるわよ。絶対、教えては駄目よ」
「わかりました」
「とは言いつつ、私は習得させてもらいますけどね」
「私もです」
ニヤつく二人を見ていると、エリザベートは取り残されたようで、腹が立ってきた。
「私も、私も覚えます!!」
三人で葡萄酒のボトルが二本空いてしまった。そろそろお開きかと皆が思い出した頃、オリアーナに聞かなければならないことが有ったのを、ロバートは思い出した。
「叔母上。叔母上はトンネルを使う暗殺者をご存じないですか?」
「トンネルを使う?」
ロバートは先月(ティーゲル月)に、アリスティア、エルシミリアが襲撃されたことを話した。
「ああ、それは【モグラ】ね」
「モグラ! まんまなネーミングですね」
ロバートは口調こそ笑ってはいるが、目は笑っていない。
「知る人ぞ知る、それなりに有名な暗殺者よ。わたしも騎士団引退して久しいから、確かなことは言えないけれど、第八騎士団が追ってたと思う。まあ、第八の連中では捕まえられないでしょうけどね」
「第八って、レベル低いのですか?」
「別に、普通ですよ。でも本気で捕まえたいなら、諜報の第二使わなきゃね」
「諜報って第七ではなかったですか? お父様が、第七の間者が入りおって! と怒ってたの覚えてます」
「エリザ、それはもう昔の話よ。情報の重要性は皆分かって来てる。第七が一気に第二に繰り上がったのよ。その分、第一以外は繰り下げ」
色々と変わって来てるのね、とエリザは思った。
領地に引っ込んでると取り残されてしまう、時々は王都に行くべきだろうかと思いつつも、サロンの悪口合戦を思うと気が滅入る。
「二人の襲撃に、王族が絡んでいると、叔母上は思われますか?」
「それは、ないと思うわ。対立してる両陣営のことはそれなりに知っていますけど、そこまで短絡的な馬鹿者達ではありませんよ。まずは、取り込みでしょ。近いうちに王族達の訪問があるんじゃない。隣の王領で狩りをしたついでに立ち寄った、とかこじつけて」
王族の訪問に関しては、ロバートもエリザも当然想定しており、エリザベートの父、クラウメント侯爵から、宰相などを通じて早急な動きは止めるよう働きかけてもらっている。
「馬鹿をするとすれば………、枢機卿かしら」
「枢機卿! 教会ですか!」
「教会がそんな……」
驚き、呆れてしまったロバートとエリザベートに、違うわよ、という感じで手を振るオリアーナ。
「教会そのものじゃない、枢機卿個人の話よ」
二人は、少しほっとした。今でも、王族間の争いに巻き込まれそうな厄介な状態なのに、教会本体まで絡んで来られてはやってられない。
「メイチェスター枢機卿には、ルーシャという十四歳の娘がいてね。その娘が以前から、王子の妃候補になってるの。つまり、アリスティアとエルシミリアは邪魔なのよ」
「ルーシャ、なんだか聞いたことのある名前ですね…………って、まさか、あの有名な!」
「そう、そのまさかが、枢機卿の娘なの」
稀代の癒しの使い手『聖女ルーシャ』、ルーシャ・フォン・メイチェスター。
アリスティア、前世の科学の知識、全く活かせてません。今回の振動カッターもただの偶然。作者は科学チートしたいのですが、なかなか難しいです。