オリアーナ大叔母様
「宝塚………」
私、アリスティアは野乃として、大阪で生きた。つまり関西で生きたのだ。だから「宝塚少女歌劇団」は馴染み深い存在だ。けれど、十五年の人生の間に「宝塚歌劇」を生で鑑賞する機会は、ついに訪れなかった(テレビでは見たことはある)。元関西人の現異世界人としては大変悔いが残っている。一回くらい観ておきたかった。
そこには男装の麗人が立っていた。
180近くある、そのすらっとした長身に、王都第一騎士団の制服を纏い、長剣を腰に帯びている。髪は深淵を秘めた漆黒の黒。その髪をこの世界の婦人としては、有り得ないくらいに短く整えている(それでも首に掛かるくらいはある)。女性と男性の良いとこ取りしたような、端正な甘いマスクは、強い意志を感じさせる金色の双眸とあいまって、古典的少女マンガファンや塚ファンなら、一笑みだけで、悩殺できるに違いない。
「オリアーナお姉様ー!」
お母様が、頬を上気させ、女の子走りでこちらにやってくる。何故だかスローモーションが掛かっているように見える。
「やあ、エリザ! 元気だったかい?」
「はい、お姉様もお元気そうで何よりです」
「ははは、私は風邪さえひかないんだ。健康だけが取り柄さ」
「まあ、オリアーナお姉様ったら、御謙遜なさって」
エリザベートお母様が、オリアーナ大叔母様を見る目がキラキラしている。こんな、お母様を見るのは初めてだ。
突然、オリアーナ大叔母様は、エリザお母様の顎に左手をかけ、少しクイっと持ち上げた。うわっ! 「顎クイ」だ、「顎クイ」! 初めてみた。世の中にこれ出来る人、存在したんだ。
「エリザ、君は何時までも美しい。不肖の、不肖の、不肖の! 甥のロバートには勿体ない。ああ、この身が男性であったなら、今すぐ、君を奪って逃げようものを!」
「まあ、お姉様ったら、御冗談ばかり」
「私はいつも真剣さ、今、ここで神々に誓ってもいい」
と言って、オリアーナ大叔母様は両手を大きくひろげ、天を仰いだ。お母様は、その横で顔をまっかにして、モジモジしている。
呆然とする私とエルシミリア。その後ろに立ったお父様が、ため息交じりに呟いた。
「叔母上はいつもこれだ、五人も子供産んどいて………何が『君を奪って逃げようものを』だよ」
オリアーナ大叔母様は、五人も産んだのか、それであの体型を維持できてるのは凄い。それに、この若々しさはなんだろう、お父様より五つ上と聞いたが、どう見てもお父様より年下に見える。
「エリザ、君自ら叔母上にお茶を入れて差し上げてはどうだ。メイドにいれてもらうより、叔母上もきっとお喜びになるだろう」
「そ、そうね、ロバート。良い考えだわ」
「エリザの入れてくれるお茶は最高に美味しいんだ、楽しみにしているよ」
「まあ、お口が上手。無理に褒めったって、お茶とお菓子以外何も出ませんでしてよ」
いや、今のお母様は、どう見ても恋する乙女。オリアーナ大叔母様が要求すれば、何でも出して来そうだ。全財産貢ぎかねない。それにしても、お母様が宝塚ファンタイプだったとは………人には意外な一面があるものだ。
お母様は、お茶の用意をするため広間から出て行った。この場から、お母様を排除するお父様の作戦は上手くいった。あのままでは、何時までたっても、私とエルシミリアは紹介してもらえない。お父様がオリアーナ大叔母様に近寄ってゆく。
「叔母上」
「ロバート、ひさしぶり。君も壮健そうで、何より」
「ありがとうございます。この二人が、これから叔母上にご教授願う、我が娘達です」
お父様は私達にこちらへ来るようように促した。私達は、貴族子女らしく、ゆっくりとした品のある歩行で、大叔母様の前に行き、軽くスカートの裾をつまんでカーテシーをする。
「オリアーナ大叔母様、お初にお目にかかります。次女、アリスティアです」
「同じく、三女、エルシミリアです」
私が代表して続ける。
「この度は、私達への魔術のご教授、お受けいただき、ありがとうございます。お父様にお聞きしました。大叔母様の魔術の才は、大変素晴らしいとのこと。そのようなお方にお教えいただける、私達は幸せ者です。精一杯努力いたしますので、宜しくお願いいたします」
「おお!」
オリアーナ大叔母様の言葉が続かない。
私やエルシミリアはこういうのに慣れっこになっているので、なんとも思わない。自分で言うのも厭らしいが、私もエルシミリアも、「ゲインズブラントの双珠」と称えられる超絶美少女なのだ。息を飲んだとて仕方ないことなのだ。
オリアーナ大叔母様が、いきなり私をビッと指さした。
「右のお前、へんてこな奴だな! こんなへんてこなの見たことがない」
続いて、エルシミリアを、指さす。
「左のお前、頭でっかち過ぎ! 考えて 考えて 考えて、ババひくタイプ。最悪だな」
私とエルシミリアは固まってしまった。
何なんだ、この人は!!
以前、宝塚に住んでいたのに、宝塚歌劇を見たことがありません。ものぐさな性格は世界を狭めます。