「魔術」始めました
「術式、第一層展開」
私の中の魔力粒子が、運動を始める。
「第一層確立」
粒子必要量、運動性必要量、活動確認、ちょっと多過ぎか?
「第二相展開」
私の中から、右巻きの螺旋状に粒子を排出。コリオリ力を考慮した。意味ないかも。
「第二層確立」
魔力粒子の加速、収束完了。私の周りを高速度、高密度で回転。土星になった気分。
「第三層展開」
魔力粒子が消滅していく、それと同時に空気の圧縮が始まる
「第三層確立」
圧縮濃度確認、よし、これで風刃の強度は万全。後はこれを的に向けて放つだけ。あれ? 刃先が高速振動してる。これって振動カッター? 凶悪かも。
「第四層展開…… あ、術式忘れた」
「ギャー!」
「わー! こっち来る!」
「斬撃で対消滅させろ!」
「強度高過ぎ! 大き過ぎ! 出来ません!」
「バカモン! お前それでも騎士か!」
「騎士でも無理!」
「恥を知れ! おまえなんか今から、『なんちゃって騎士』だ! 『なんちゃって騎士』と呼ぶ!」
「そ、そんなー」
「防隔だ! 防隔! 防隔展開させろ! 封じ込めろ!」
「封じ込めろって何時までですか! 班長!」
「知らん! そこで頭抱えて座り込んでる、災厄姫にお聞きしろー!」
私、アリスティアは「涎天使」「涎お嬢様」に続く称号を、騎士達から賜った。
『 災厄姫 』ちょっとカッコイイ。
「また、失敗かー、おっかしいなー。何であそこで忘れちゃうかなー。途中で、ちょこちょこ変更するのが悪いのかなー、でも、粒子が教本通りに動いてくれないから、しょうがないよね。どうすれば………やっぱ、練習続けるしかないっか、失敗は成功の母!」
騎士達の悲鳴が消えた。私の放った(暴発した)魔術はようやく終息したようだ。私は、すくっと立ち上がった。アリスティア、十歳、大地に立つ!
意味は無い、言ってみたかっただけ。
「騎士の皆さん、もう一度、やりますからお願いしますねー」
「……」「……」「……」「……」「……」「……」 返事がない。
「ア、アリスティアお嬢様!」 やっと返事が来た。
「我々は任務を思い出しました。とーっても重大な任務です。お嬢様の練習にお付き合いしたいのは山々ですが、失礼して任務遂行に向かわねばなりません」
「任務ですか? 皆様方は今日は非番ではありませんでしたか?」
「そうです!非番です。ですが、非番でも任務はあるのです。オルバリスの安寧を守る騎士に休息はありません!」
「休息がない! そんなのブラック企業ではありませんか!」
「ぶらっくきぎょう? 何ですかそれ?」
「私、お父様に掛け合って来ます! 騎士の皆様をそんなに酷使するなんて酷過ぎです!」
「「「「「 嘘です! 任務なんてありません! 」」」」」
「嘘……どうしてそんな嘘を。騎士の皆様方は、私が嫌いなんですか……うう」
私は眼に涙を浮かべ、上目遣いに騎士達を悲し気に見る。どうだ、超絶美少女の涙に勝てる者はおるまい。さあ、練習を手伝うのだ。
「だ、だまされるな、皆! あれは涙じゃない、真水だ! 水分創生の魔術だ!」
「チッ、勘が良い」
「お、おい聞いたか? チッって言ったぞ、チッって」
「言った、言った、チッって言った」
「ああ、『災厄姫』が『やさぐれ災厄姫』になってしまった」
「オルバリスに希望は失くなった! もう終わりだ!」
「という訳で。我々の心はメタメタです。教会に行って神々の助けを受けようと思います、では失礼をば」
「では」「では」「では」「では」
皆、行ってしまった。私は人望がないのかもしれない。オルバリスの未来は暗い。
「アリスティアお嬢様、お気を落とさずに。私は味方です、最後までお嬢様の傍にいますよ。」
一人の騎士が残っていた。私にも忠臣がいたのか……
「あなたは、今日の私の警護担当ですよね。それは当たり前ではございませんの?」
「ギクッ」
「あ、『ギクッ』って言いましたね! 『ギクッ』って!」
「い、言ってません、『ギクッ』なんて言ってません」
「言った、言った! 『ギクッ』って言ったー!」
自己流で魔術の練習を始めて、今日で四日目。同じく、始めたエルシミリアは、まだ部屋で教本とにらめっつこ中、あの子の集中力は凄いな。見習わなくては。
私は、ある程度、術式を把握すると実践に移った。暗記力は良いので、いける! と思ったのだが、初級の「灯火の魔術」の時のようには行かなかった。
私が、今取り組んでいるのは風の魔術第四段階、「風の斬撃」。そう、私達を襲った暗殺者が最初に使った技。教本で調べてみると、術式構成が思っていたより簡単だったので挑戦中。しかし、結果は御覧の通り。魔力粒子が教本の通りに動いてくれない、というか、動いてくれるんだけど、かなり変動する。その変動を術式の変更で吸収して安定させようとすると、術式の構築に頭がついていかない。
やっぱり先生は必要だ。お父様に掛け合ってみよう。お父様なら、良い先生を知っているかもしれない。
私はまず、エルシミリアに相談した。
「そうですね、その方が良いと思います。わたしも行き詰まって来てました」
その日の晩、私達はお父様に教師をつけてくれるよう、談判した。
「つけるのは良いが、教師にも色々タイプがある。どういう先生がいい?」
「タイプですか? 理論ばかりの方より、実践向きの方が良いと思います。ああいうことがあったばかりですし」
「私も、アリスティアお姉様に賛成です。咄嗟の時に使えなくては意味がありません」
「実践向きか、それでは、あの方がやはり一番だな」
「おられるのですね、どういう方ですか?」
「私の叔母上だ、叔母上と言っても五歳しか、かわらんが」
「叔母上、女の方なのですね」
「ああ。女性だが実力も、経歴も凄い、王都の第一騎士団の副団長にまでなった。もう引退したがな。天才だぞ、あの人は」
「第一騎士団の副団長! 女性でも騎士になれるのですか!?」
「なんだ、アリスティアは知らなかったのか? なれるぞ、五十人に一人くらいだが、ちゃんといる」
「エルシミリアは知っていた?」
「はい。でも、知識として知ってるだけです、本物の女性騎士は見たこともありません」
「しかし、叔母上はなー、ちょっとなー、私の先生でもあるんだが」
「お父様の先生、素晴らしいではありませんか! 何が問題なんです、性格が悪いとかですか?」
「悪いひとではないんだ、ただ、ちょっと癖が強くてなー」
「少々の癖なんて気にしません。私はその方にお願いしたいです。エルシミリアはどうですか?」
「はい、私もです」
「………わかった。では連絡をとってみよう」
お父様は、自分で名前を挙げたのに気乗りがしてないように見える。
お父様は私達の目の前で叔母上、私達から見たら大叔母上に手紙を書き、転送魔術で送ってくれた。送るやいなや、すぐに返信が転送されて来た。お茶を一杯頂く時間もなかった。その返信に書かれていたのは一文だけ。
『暇で死にそうだった。良い娯楽になりそうだ』
嫌な予感がした。
-------------------------------
ここで一つ補足。
私は常時、500円玉、「印」を携帯している。その「印」は、魔術を弾き、無効化する。
で、ここで疑問に思われる方も多いだろう。その魔術を弾き、無効化する「印」を所持しながら、どうして私が魔術を発動できるのか。これは全く理屈がわからないのだが、「印」は私の意志に従う、この魔術には干渉して欲しくないと思うと、干渉しない。だから意識の切り替えでどうとでもなる。自分の放った魔術が、もし、自分に戻ってくるような場合でも、消えろ! と念じれば無効化される。
他の者が持つとこうはいかない。「印」はその者の意志に従ってくれず、やみくもに魔術を無効化するだけだ。遺伝子が同じはずのエルシミリアでさえ、ダメ。ほんと、私が使うこと前提のアイテム。末永く大事にしたい。
六話でエルシミリアが「『印』は、良く考えると、とんでもなく恐ろしいもの」と言ってますが、アリスティアが使わないと威力半減ということが、分かってません。もしかしたら持っている者の魔術も無効化されるのでは? という観点が抜けているのです。