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行脚

 コレットが面会を申し出て来たのは、お父様が回復なされた翌日のこと。当然、私は了承した。


「アリスティアお嬢様、コレット嬢が参りました」


 暗殺者に襲われて以来、常時付くようになった警護の騎士が、知らせてくれる。


「入ってもらって」


 以前なら、館内でこれはやり過ぎだろう、大仰でしょうがない、止めて下さいと、お父様に申し出るところであるが、ああいうことが起こった後では、致し方ない。


「はっ、コレット嬢をお通しします」


 コレット嬢……。騎士は魔術が使える、戦闘の殆どが魔術戦であるから使えなければ話にならない、つまり貴族だ。その貴族の騎士が、平民のコレットを何故、「コレット嬢」と呼ぶのか? それは、現在、彼女が平民ではないからだ。彼女の今の名前は


 コレット・フォン・シュヴァル。


 コレットは今、貴族である。ゲインズブラント家、初代以来の家臣であるシュヴァル家の養女になった。お母様がシュヴァルの当主に、養女に迎えるよう頼みこんだのだ。


「アリスティア達は、十三歳になると王都の学院に行かねばなりません。それに帯同する侍女が平民では、オルバリス伯爵家の面目が保てません。失礼を重々承知ながら、初代以来の忠臣であるシュヴァル家にお頼みしたいのです。コレットを養女にしていただけませんか」


 シュヴァルの当主の返事は


「コレットの人柄を見て考えましょう」


 さすがに、いくら主家からの頼みではあっても簡単に了承出来ることではない。貴族が平民を養子養女に迎えるなど、普通ありえない。今回、このような離れ業が出来たのは、やはりコレットが魔力を持っていること、紋章の劣化版である加護の紋を使っているのに、何故かアイアン中位近くの魔術能力を発揮していることが大きく影響している。(この謎は後に解明できた)


 以前、エルシミリアが「貴族を貴族たらしめるものは魔力でしょうね」と言っていたが、本当にそうだ。貴族を貴族たらしめるどころか、魔力は平民でも貴族にシフトチェンジさせる力がある。


 シュヴァル家の当主はコレットと直に会い、話をしてみて、彼女の利発さに驚いた。一番驚いたのは、平民で行儀作法を教えられていない筈なのに、当主との面会の間、コレットの受け答えは、貴族を相手とするのに至極適切なものだった。この娘はきちんとした教育を与えれば、伸びる! 当主はコレットをシュヴァル家に迎え入れることを了承した。


 シュヴァルの当主の頭に、主家に恩を売れる、リーアムお兄様を差し置いて、オルバリス女伯の話も出ている、私、アリスティア(私はそんなこと全く望んでいない)の側近になるコレットを、養女に迎えることはメリットになる、等々が浮かんだことは容易に想像できる。でも、決定打となったのは、コレット自身の人間性というか、魅力だったと思う。


 これが正解なのは、後年のシュバヴァル家でのコレットの可愛がられようを見れば、よくわかる。当主に至っては、コレットが嫁ぐ日の挙式で泣いた。普通貴族は人前では泣かない。よく泣いているように思われる、私やエルシーにしたって、お父様やお母様の前だけだ。いい大人の男性貴族が人前で泣くなんてありえない。泣くなよ……と言いたいところだが、両親を亡くしたコレットに、養父養母とはいえ、親に祝福されて、嫁ぐ幸せを与えてくれたことを思うと、そんなことはどうでも良い。シュヴァル家にはとても感謝している。


「アリスティアお嬢様、面会頂き、ありがとうございます」


「コレット、そうかしこまらないで。侍女の勉強はどうですか? セシルとは上手くやっていけてますか?」


「はい、奥様の侍女の方々は懇切丁寧に教えてくださいますし、セシル様もとてもお優しい方です。平民出身の私を蔑んだりなさることは全くありません。大変可愛がっていただいております」


「そうですか、それは良かった。セシルとコレットの仲が上手くいかないと私が困ってしまいますからね」


 悪戯ぽく笑う。ほっとした、二人の相性は大丈夫なよう。


「そんな、私達がお嬢様を困らせては本末転倒に………」


 コレットは視線を少し左下に逸らし、黙り込んだ。眉間が険しくなっている。何か辛いことでもあるのだろうか。


「どうしたのです、何かあったのですか? あれば言ってください。言わねば分かりません」


 コレットは、ゆっくりと視線を私に戻した。


「実は……」


 コレットの話を聞いて、自分が情けなくなった。どうして、こうなると気づかない!

 私は、この世界でアリスティアとして十年生きている。しかし、野乃として日本で暮らしたのは十五年。どうしてもそれに曳きずられる。格差が大きくなっていると言われていたとはいえ、この世界に比べれば、遥かに平等だった日本。その感覚が私の判断の基準に未だになっている。


 侍女研修中のコレットとセシルは二人部屋に、つまり同室で暮らしている。


 昨日の深夜、コレットは、セシルの泣き声で目が覚めた。小さな泣き声だったけれど、コレットの眠りは浅く、かすかな物音でもすぐ気付く。ぼんやりとする頭を、手で小突き、意識をはっきりさせ、セシルの方を見ると、


 セシルはベッド上で上半身だけを起こして、声を殺して泣いている。


「セシル様、どうされたのですか、何か悲しいことでも、お有りなのですか」


「コレット、起こしてしまったのね。ごめんなさい」

「私は眠りが浅いのです、セシル様のせいではございません。そんなことより、何をそのように悲しまれているのですか? こんな平民の私ではありますが、もし、宜しければお話下さいませんか」


「コレット、あなたはシュヴァル家に迎え入れられた。もはや、平民ではありません。ですが、ですが、お父様やお母様には、それが理解できないのです」


 私は知らなかったのだが、私が侍女の一人に平民を採用したことは、寄子達の家へ、かなり早く伝わったらしい。人の噂に戸は立てられない。


 平民が侍女に採用された。このことで一気に立場が悪くなったのが、選考会に出ていて侍女に選ばれなかった娘達。


 貴族のくせに、平民に負けるなんて。この家の恥さらしめ!


 選考会に姉セシルと一緒に参加していた妹、マーヤも同様だった。マーヤは一昨日、セシルを尋ねてきたらしい。そして姉の腕の中で「お父様とお母様が、家族全員がわたしに辛く当たってくる、詰ってくる!」と泣いた。もともと、マーヤの立場は家族の中で良くはなく、今回の落選が、それに輪をかける結果になった。


 セシルは直ぐにでも実家に戻り、両親に抗議したかったが、侍女教育の真っ最中に、抜け出す訳もいかず、そして抗議が出来たとしても、セシル自身もツバクの家で立場は強くない。マーヤに毛が生えた程度。ツバク家は子供が多いのだ。その末端の女子であるセシルもマーヤも顧みられることは少ない、家内での発言力など皆無に近い。


 妹の為に何も出来ない自分が悲しくて、セシルは悲嘆にくれた。



「私のような者が、お傍付きになったせいです。本当に申し訳ございません、本当に……」

 

 コレットが謝罪して来る。その顔にはかなり憔悴が見える。


「コレットが謝ることは何もありません。コレットを選んだのは私です。このような事態は、私が招いたことです。責任を取るべきは私です。私がなんとかします」


「ですが、お嬢様、どのようにして…」

「コレット、悪いけれど失礼するわ。至急、お父様にお会いしなければなりません。大丈夫、ほんと、なんとかするから」


 私は部屋を出て、警護の騎士を帯同し、お父様の執務室へ向かった。この時間ならおられる筈。お父様はおられた。私は、コレットから聞いた話を伝えた。


「お父様、私は浅はかでした。ですが、今さら侍女を替えても意味はありませんし、替える気もありません。ですので、これから直ぐにでも、侍女の選からもれた娘の家々に謝罪に廻りたいのです」


「……」


 お父様が返事をくれない。お父様の目を正面から見続けるのが辛い


「主家の者が、寄子の家に自ら出向いて謝罪するのは、ゲインズブラントの面子を、甚だしく潰す行為かもしれませんが、お許しくださいませんか、お願い致します。私に出来ることは、これだけなのです」


 深く頭を下げた。


「わかった。お前の判断で起こったことだ。自分でなんとかしてみなさい」

「ありがとうございます。では、その為に、家宰のローレンツ、護衛騎士五人、馬車を一台お貸し下さいませ」


 お父様は了承してくれた。しかしその後、


「アリスティア、お前に話しておかなければならないことがある」


 騎乗した護衛騎士、十人(お父様の意向)に守られ、私と家宰のローレンツを乗せた馬車はタルモの目抜き通りを進んでいる。ローレンツに一緒に来てもらったのは、最上位使用人、家宰を帯同することで、相手に誠意を見せたかったのと、取次を頼みたかったから。


 なんたること! なんたること! 挺身侍女、挺身!とはなんだ、そんな非人間的な行為が許されていいのか? 


 いや、許す、許さない、などと言える資格は私にはない。私は何も知らず、のほほんと守られていただけだったのだ。私やエルシミリアの為に、お父様とお母様は「挺身侍女」を募ることを決断した。そして、個々の事情は色々だろうが、選考に来た娘達もその家々も、ぎりぎりの決断を持って、主家ゲインズブラントの要請に答えたのだろう。「挺身」、人の命を懸けた行為だ。これ以上重いものはない。


 ローレンツが私に語り掛けて来る。


「アリスティアお嬢様、先ほどから険しい顔をなさってますが、旦那様、奥様をお恨みなきよう。お二方とも、お嬢様が『挺身』などは望んでいないことを承知で決断されたのです」


「気遣ってくれてるのね、ローレンツ。でも分かっています。お父様、お母様には感謝の念しかありません。私が怒っているのは自分自身の考えの無さ、愚かさです」


「アリスティアお嬢様は、愚かではございませんよ。お嬢様が生まれた時から、見ていた私が保証いたします」


「ローレンツ。あなたのような人がゲインズブラントを支えくれて嬉しいわ、ありがとうね」


 お父様にエルシミリアは知っているのかと尋ねると、知っている、自ら気づいた、とのことだった。私だけが知らなかった、「挺身」の決断の責任を負わなかった。知らなかったのだから仕方がないじゃないかと、心弱い私は逃げたいところだが、そうは行くまい、現に、私と同様、知らされる筈ではなかったエルシミリアは、お母様が話された侍女選考の話の違和感に気づき、「挺身侍女」を付ける決断に参加している。


 私だけが、決断に参加せず、その恩恵だけを享受しようとしていた。


 あー、ほんと私はダメだ。前世の記憶までもらったのに、全然進歩がない。しかし、嘆いていても仕方がない。今出来ることをしよう、選ばれなかった娘達の家々にお詫びしよう。


「平民を選んだのは私、アリスティアの個人的感情の為です。あなた方のお嬢さんが、劣っていたとかでは全くありません。我がゲインズブラント家への貢献のため、重い決断をして下さったのに、あろうことか私は、貴家の誇りを、大事な子女の心を傷つけてしまいました。深くお詫びします。どうか許して下さいませ」


 私は馬車から降りて、土の上に座し、伏して謝罪した。

 三日かけて、選にもれた寄子 十九家を全て廻った。


 主家のお嬢様に、土下座をされた寄子達は大変対応に困ったようだが、許して頂きたい。日本人だった時間が長い私の中で、一番に謝罪として思い浮かぶのは土下座なのだ。


 これは余談だが、私が謝罪に廻った寄子の家々の中には、私が大勢の騎士を引き連れやって来たので、今までにした、せこい不正がばれて、処罰に来たと勘違いし焦った家もあったとか、なかったとか。


まだまだ、後の話ですが、王都の学院は三年間くらい通う設定です。

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