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暗殺者・アサシン

「なんて奇麗なんでしょう。星々が零れ落ちてきそう」


「ほんとですね。以前、お父様がアリス姉様のために魔術で作った星空も素晴らしかったですけれど、本物もとても美しいです」


 私とエルシミリアは今、館の最上階にある大きなテラスで、二人だけで夜空を眺めている。工業化されていない、この世界。もともと澄んでいる空気が、冬なのでさらに澄み、星々の放つ煌めきが、これでもかと言わんばかりに降り注いでいる。もし、ここに、前世の地球の天文マニアがいれば涙を流して歓喜するだろう。それなのに星空観賞会をしないなんて有り得るだろうか、いや有り得ない。


 当たり前だが、冬の夜は寒い。私達二人の服装は、厚めのセーター、毛皮のコート、マフラー、ウールの帽子、ミトンの手袋という完全装備。二人とも丸々としている。


 テラスでの星空観賞に、ここまでしなくてもと思うのだが、エルシミリアが、これくらい着ないとダメですと主張した。先日の侍女選考会の服装の失敗がかなりトラウマになったらしい。あの時はほんと寒かった。二人ともよく風邪をひかなかったものだ。


「アリス姉様、明日からわたし達の侍女が、館に移り住むようですよ。」


「そう、賑やかになるわね。楽しみだわ」


「まだ、なりませんよ」


「え、どうして?」


「彼女達は、お母様の侍女達から、侍女教育を受けます。最低十日はかかるんじゃないでしょうか。それでも、かなり短い促成教育ですよ」


「私は話し相手になって頂ければ、身のまわりの世話とかそんなには気にしませんが」


「お姉様のお話し相手なら、いくらでも私がなります」


「でも、それじゃエルシーが可哀そうじゃない。私みたいな話題が貧相な相手では退屈してしまうわ」


「アリス姉様相手に退屈なんてしません。いくらでも話せます。それより、わたしは、お姉様の方が退屈なんじゃないかと心配です」


「私、昔から可愛い妹が欲しかったのよ、エルシー相手に退屈なんてありえないわ」


「そう言っていただけると…… 昔から?」


「あ、いえ、今のは言い間違いよ。エルシーみたいな究極可愛い妹がいる幸せのあまり、時空間が交錯して、意識が、わしも昔は若かったー状態になったのよ」


「アリス姉様、何を言っておられるのですか? 全く意味がわかりません」


 やばい、エルシーは私と違って、頭が回るし、勘もするどい。どうしたものか……「実は前世がありまして」なんて言う訳にもいかない。『アリスティアお姉様のお頭が大変です! 早く精神科ERにお連れしなくては!』になってしまう。この世界に精神科ERなんてないけどなー。



「おう、おう、お嬢様方は仲がよろしくて、よろしゅうございますなー」


「 「 ! 」 」


 突然の男の声に驚いて、私とエルシーは後ろを振り返った。


 そこには一人の男がいた。テラスの反対側の手摺に腰を掛けている。男は、全身黒ずくめ、体にぴっちりとした薄い服を着ていた。そのせいもあってか、均整のとれた発達の筋肉が見てとれ、日々鍛錬を欠かしていないことが良くわかる。


「あなたは何者ですか! それに、寒空にその薄い服! 風邪をひきますよ! 馬鹿なんですか!」


「お姉様! 不審者、気遣ってどうするのです!」


 エルシミリアが必死の大声で助けを呼ぶ。


「誰かー! 誰かー! 不審者がテラスにいます! 誰かー!」


 それにしても、この黒ずくめの全身タイツ(?)男はどうやって、ここまで侵入したのだろうか。常時、館の敷地内は十五人、館の中は五人と、警護の騎士が巡回している。その上、館の周りにはお父様の張った探知結界がある、気付かれずに、ここまでやって来れる筈がないのに……ほんと、どうやって。


「無駄、無駄。このテラスには消音の結界を張った。いくら叫んでも声は届かない、騎士は来ない」


「そ、そんな……」エルシミリアの声が震えている。


 これ、本格的にヤバいかも、いや大丈夫。なんとかなる。私は男を睨みつけながら、エルシーに言う。


「エルシー、そんなのは男のはったりです。叫び続けるのです、絶対助けは来ます!」


 エルシミリアの返事がない。どうやら、恐怖で私の声が聞こえていないようだ。


「エルシー!! 助けを呼びなさい!! 大声で!! 最大限の声で!!」


「は、はい、お姉様!」


 ようやく、我に返ったエルシミリアが、助けを呼ぶのを再開した。そう、頑張って大声出すの、もうすぐ、もうすぐ助けは来るから!


「あきらめが悪うござんすね、そろそろ死んでもらいますか。しかし、もったいねーなー。こんな美形、国中探しても、見つからねーよ。外国の王族に売れば、たんまり儲けれるのに雇い主は馬鹿だね」


「わたし達みたいな、子供、売れる訳がないじゃない、私達はまだ、ペッタンよ!」


「ばーか! それだから高く売れるだよ。そういう需要があるんだよ」


「なんと! ペッタンに需要が! 将来に希望が持てました!」


「おまえ、俺を馬鹿にしてんのか? なめてんじゃねーぞ、しかし、ま、ガキだからな。大目に見てやるよ。情けだ。一撃でやってやる、死ねや!」


 男が、高速詠唱とともに腕を振る。


 風の斬撃! 高密度に圧縮された空気の刃が、相手を切り裂く。騎士が戦場でよく使う強力な戦闘魔術。


 くそ! 助けは間に合わなかった! でも大丈夫だ! 大丈夫な筈だ! 

 私は横にいたエルシーに飛びつき、抱きしめる。


 斬撃が来た! その風の刃は私とエルシーを切り裂き………… はしなかった。


 風の斬撃は、私とエルシーのはるか手前で消失した、霧散した。魔術自体が打ち消された。


 黒ずくめ男、いや、誰かが送り込んだ暗殺者(アサシン)は呆然としている。このようなことは初めてなのだろう。慌てて、再び風の斬撃を放つけれど、結果は同じ。次は魔術の種類を変えて来た。火炎の魔術遠距離型、通称、火烈弾。二千度の高温で、鎧をも溶かし、相手を消し炭にする。


 でも、結果は同じ。私達には火傷ひとつさせられない。熱さえ届かない。


 暗殺者は狼狽していた。しかし、彼はプロだった。何故だか見当もつかないが、この娘達に魔術は効かない。ならば、物理でいくしかない。無粋な物理攻撃を使うのは、己の美学に反するが仕方がない。失敗すれば、信用がなくなる。信用が無くなれば仕事は来ない。おまんまの食い上げだ。そうなる訳にはいかない。こんな小娘達、一振りで終わらせられる。


 暗殺者は、腰の鞘から短剣を取り出した。


 ダメだ! 流石にあれは、防げない! エルシーを守ってやれない! 早く来て! 早く!


 バン! 「「「「 お嬢様!! 」」」」


 テラスの扉が乱暴に開かれ、警護の騎士達が数人飛び込んできた。彼らはよく訓練された動きで、私達と暗殺者の間に割って入る。騎士たちに囲まれた暗殺者はじりじりとテラスの端に追いつめられた。


「ちっ、なんで消音が効いてないんだよ、今回はおかしなことばかり起きやがる」


「賊め! 観念しろ! もう逃げられん! 誰に雇われてお嬢様達を襲った!」


「ばーか、誰がそんなこと話す」

 

 暗殺者はそう言うと、テラスの外へ身を躍らせた。そんな! ここは四階なのに!


「下だ! 賊は下へ飛び降りた! 我らも下へ向かうぞ!」一人の騎士を残し、騎士達は館内に駆け戻っていく。


「お嬢様方、お怪我は! お怪我はございませんか!」残った騎士が、私達に問かける。


「大丈夫です、二人とも怪我はありません。ですが、エルシーが、恐怖で気を失ってしまって」


 エルシーは私の腕の中でぐったりしている。ちゃんと言えばよかったのだ、そうすれば、ここまでエルシーが怯えることがなかっただろうに。私も必死だったとは言え、エルシミリアにはすまないことをした。


 私は常時、持ち歩いているのだ。失くさない様に、紐の付いた子袋にいれ、首から提げている、


 『神契の印』を、500円玉を。


「我らが至らぬばかりに、アリスティアお嬢様とエルシミリアお嬢様をこのような目に、申し訳ありません。さ、館内に戻りましょう、エルシミリアお嬢様をこちらに」


 エルシミリアを警護の騎士に託し、私達は館内に戻った。

 廊下の向こうから、お父様とお母様の声が聞こえてくる。自室から駆けつけて来てくれたのだろう。


 野乃として平和な日本で生きた自分は、このような事態を全く想定していなかった。魔術を弾く「神契の印」を持っていたのも単なる偶然。身を守るためではなく、野乃として生きたことを忘れないために、お父様に頼んで、再封印をしないでもらった。今回助かったのは、ほんと僥倖。こんな幸運、いつまでも期待してはいけない。


 警護の騎士たちは館の守りを厳重に固めていた。だのに、あの暗殺者は易々と侵入した。もう、「眷属の紋章」なんて待っていられない。魔術を、術式をちゃんと学ぼう。術式は難しい、めちゃ難しい。でも、私は、野乃の頃、聖藤の編入枠に合格したじゃないか! あれだってかなり狭き門だった。それにはっきり言って野乃の脳より、アリスティアの脳は数段優れている、暗記力は抜群だ。大丈夫だ、紋章に頼らず、術式を構築できるようになれる。


 いや、ならなければならない。


 もう、可愛い妹を、エルシミリアを、これ以上怖い目に会わせてたまるものか!


 

 暗殺者はそのまま、見事に逃走した。忽然と消えた。

 翌朝、暗殺者が易々と侵入し逃走出来た理由が判明した。屋敷の真横、庭木が茂ったところに、トンネルが掘られていた。そのトンネルの長さは4エクター(約2キロメートル)もあり、地上から土木魔術使用を気づかれないように、かなりの深さで掘られていた。これでは騎士たちがいくら巡回していても、侵入は防げるものではない。


 このトンネルは、あの暗殺者が自ら掘ったのか、別の者が掘ったのか分からないが、掘った者は相当なレベルの土木魔法の使い手といえる。国に、十人いるかいないか。崩落も皆無で、館までトンネルが一直線に続づいている、その精度は恐ろしい。こんな素晴らしい能力があるなら、土木の仕事をした方が、暗殺などに関わるより、よっぽど儲けられようものを。人とはおかしなものだ。


 お父様は、最大限の魔力を使って、地中にまで探知結界を張りなおした、それも今度は館の周りではなく、敷地内全部を囲むものを。

 結界を地中に張るのは、空中に張るのより何倍も難しく大変だ。魔力が完全に枯渇してしまったお父様は、数日間寝込んでしまわれた。その間中、私とエルシミリアは付き添って看病した。しかし、お父様から返ってくるのは感謝の言葉ではなく、謝罪の言葉ばかり。


 お前たちをちゃんと守れなくて、すまなかった……不甲斐ない、父を許してくれ。


 お父様は、ちゃんと私達を守ってくれましたよ。お父様が、私に「印」を持つことを許して下さったから、私とエルシーが助かったのです。今はお休みになって、回復に努めてください。どうか、ごゆるりと、


 私達の愛するお父様。


ここに出て来るような、ペラペラ喋る暗殺者は、能力はともかく二流もいいとこでしょうね。本物なんて見たことも聞いたこともないけど。(当たり前)

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[一言] 500円玉すげえ
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