貴族だって同じ
2024.09.26 会話流れの不自然さを修正。
なっ!
今、コレットは何を言った?
わたしに。貴族であるわたしに。オルバリスを統治する最上位の貴族、伯爵ロバートの娘である、このわたしに。ただの平民に過ぎないいコレットが
自分を馬鹿にするな。
「コレット、あなたは勇気ある娘なのか、ほんとに馬鹿なのか、どちらなんでしょうね。もし、わたしが激昂し、館警護の騎士達に、あなたを捉え斬首にするように命じたりしたら、どうするのです。あなたは抗いようもありませんよ」
「エルシミリアお嬢様は、お優しい方です。そのようなことはなさいません」
また「優しい」か…… わたしはアリスティアお姉様の為ならば、何でもしようと考える冷血な性格なのに、わたしの何を見てそう思うのだ。思わず虚ろな笑みを見せてしまう。
そんなわたしに対してコレットは続けた。
「それに、館警護の騎士はどこに、おられるのです?」
「詰所に沢山いますよ。順次、敷地内や館内を巡回しています」
「そうですか。でも、今ここには騎士はおられませんよね」
「!」
「エルシミリアお嬢様達は十歳とお聞きました。まだ紋章を取得されていらっしゃいませんよね。ということは魔術を使えない訳です。ここで私が、魔術でお嬢様に危害を加えようとしたら、エルシミリアお嬢様は抗いようがないのです。立場は反対なのです」
背中を冷や汗が伝う。
「でも、エルシミリアお嬢様はそんなことは御承知な筈。なのに、一昨日あったばかりの、それも平民である、この私に警護も連れず一対一でお話して下さる。そのようなお方を、お優しい、以外なんと言って良いのでしょうか」
優しいのでは無い、わたしは馬鹿だ、考え無しだ……
「そうです、エルシミリアはとても優しい娘ですよ」
突然、お母様の声が部屋に響いた。それに驚いた私とコレットは声のした方向を見た。そこにはお母様が、優しい笑みを浮かべながら立っていた。
「お母様!」「奥様!」
扉が開いた音など絶対しなかった。なのにどうやって部屋の中に…… 呆然とするわたし達に、お母様が左手に持った筒状の物を指さしながら、種明かしをしてくれる。
「これですよ、これ。わが伯爵家の家宝。透明化と気配抹消の魔術具、高段階の探知魔術を使える者には効果がありませんが、それでも凄い品でしょ」
心が爆竹をくらった鳩の状態の、わたしとコレットが落ち着くまで、お母様は時間を置いてくれた。
「では、コレット」
「はい、奥様。何でしょうか」
「さきほど、エルシミリアに『自分を馬鹿にしないで下さい』と言っていましたが、真意をきちんと説明なさい」
「わかりました。わたしは学の無い平民ですが、親を殺されたからと言って、貴族様全員を憎むような、愚か者ではないつもりです。こう申し上げるのは失礼かもしれませんが、良い人がいて、悪い人がいる。これは平民も貴族様も変わりないと思うのです」
「そうですね、私も嫌いな貴族は沢山いますよ。好きな人の方が少ないくらい」
お母様が笑いながら同意する。
「それに、その悪い人でさえ、悪そのものとは思えません。私の父と母を殺した女性に対しては、絶対に許せないと思う気持ちに変わりはありませんが、それでも、彼女にも、あのような凶行に走ってしまった原因があったのでしょう。彼女が私を殺そうとした時の顔を今でも覚えています。
彼女の顔は涙で、ぐちゃぐちゃでした。
彼女の悲しみが何だったのか、私には分かりません。そんなことで人を殺すのかと、殴りつけてやりたくなるようなものかもしれません。ですが、彼女がその悲しみの中で、悶え苦しんでいたのは確かだと思うのです」
コレットの思慮深さに感心した。だからこそ聞いておかなければならない。わたしは横から口を出した。
「コレット、あなたはそれで納得出来るのですか?」
「エルシミリアお嬢様、先ほども『絶対にゆるせない』と言いました通り、納得などしておりません。ですが、既に私は彼女に報いを与えました。最終的に彼女が死んだのは火事のせいですが、私が殺したと言っても間違いではありません。死、以上の何を彼女に罰として与えられるでしょうか」
コレットの表情はすっきりしているように見える。言葉とは違って、コレットの心の中では両親の死は、けりが付いているのだろう。強い娘だ。この娘なら、きっとアリスティアお姉様を守ってくれるだろう。たとえ……
契約魔術が無かったとしても。
「あなたの考えはわかりました」
と、お母様。そしてお母様は続ける。
「貴女に伝えなければならないことが有ります。よく聞いて、よく考えなさい」
「はい、奥様」
お母様は、わたし達姉妹は、危険にさらされるかもしれない状況にあること、その為の「挺身侍女」募集であったこと、アリスティアお姉様は募集された侍女が「挺身」であるのを知らないことをコレットに説明した。
「貴女は他の娘達と違って、家族や身寄りがいません。だから、もし、あなたがアリスティアの為に死んだとしても、伯爵家は何もしてあげられないのです。そのことをよく考えなさい」
コレットは直ぐに答えた。
「それでも、私はアリスティアお嬢様の侍女にならせてもらいとうございます」
わたしは、ほっとした。この部屋に来るまで平民を侍女にするなんてと思っていたのに、何たる変わり様、自分でも呆れてしまう。
「アリスティアお嬢様は、どんな処罰が下されるのかと怯え切っていた私に、一番に助け舟を出して下さいました。そして、面接でお話させてもらって、お嬢様がとても聡明で、お優しく、可愛いお方であることがよくわかりました。ほんと御姿通りの素晴らしいお嬢様でした。そのようなお方の傍に置いて頂けるのであれば、私のような者の命、ぞんぶんにお使いいいただきとうございます」
コレットは床に平伏した。
「よく言ってくれました。礼をいいます、コレット」
「勿体なきお言葉です。奥様」
そうして、わたしとお母様はコレットの部屋を後にした。
わたし達は今、暗い廊下を歩いている。灯火の魔術を使っているのはお母様。その炎の色は、わたしの冷たい青色の炎とは違い、柿色で暖かだ。
「お母様は最初から付いて来て下さってたのですね」
「当たり前です。愛しい我が娘を万が一とはいえ危険があるかもしれない所に、一人で行かせる訳にはいきません」
お母様はこんなにも、わたしを愛してくれている。なのにわたしは…… 先日、あまりにも冷たい自分の性格に気づいた時に、襲ってきたのは吐き気だった。でも、今は襲ってこない。襲ってくるのは、いいようもない悲しみだ。自分はどうして、このような性格なのだろう、どうして……。
わたしはお母様のスカートに縋り付き、泣いてしまった。
冷血漢の泣き虫。最低だ。
「まあまあ、また泣いてるの。あなたにしてもアリスティアにしても、最近泣いてばかりね。私やお父様の前では良いけれど、他の人の前ではダメですよ。貴族は弱みを人に見せてはいけません、つけこまれます。あなた達が将来、渡らねばならない貴族社会は恐ろしいところですよ」
「貴族社会とか、今はどうでも良いのです。今は泣きたいのです、お母様」
「仕方ない娘ですね。私はあなたを大人扱いして良いのか、子供扱いして良いのか、よくわかりません」
「わたしは、まだまだ子供です」
「そう、では子供らしく、母と一緒に眠りましょう。まだ朝まで、眠れる時間はたっぷりありますよ」
わたしはお母様のベッドで、お母様と一緒に朝までぐっすり眠った。結局、お姉様がコレットの何に惹かれたのかは、分からなかった。しかし、コレットはアリスティアお姉様の傍にいて欲しいと思えるような娘であることは分かった。それで十分だ。
朝、目覚めて驚いたことがある。
ベッドの上にいたのは二人ではなく、三人だった。夜の間に、アリスティアお姉様が潜り込んで来ていたのだ。お姉様の弁によれば仲間外れの一人寝が寂しかったとのこと。
お姉様って、こんな性格だったっけ?
もうエルシミリアを主人公にしたくなって来ました。(やけ)
「元から伯爵令嬢です。神様だろうがなんだろうが、お姉様はわたしません!」