ものを言うのは国力
パパ(ホワイトドラゴン)とママ(ブラックドラゴン)は、私、ルシアが留守の間に、オールストレームの王都を攻撃するために飛びたった。
どうか間に合って!
どうか生きていて、パパ! ママ!
今のアリスティアはママが戦ったころとは全く違うことを知っている私は、そう一心に願いながらオールストレームの王都ノルバートへと転移した……、つもりだった。しかし、私が転移先で見たものは、一面に広がる草、草、草、草。
そう、私が出てしまった先は大平原。バッファローの群れが、のどかに草を食んでいる。北を見やると、遠くにアララトゥール山らしき影が薄っすらと浮かんでいた。アララトゥール山はノルバートのすぐ近くに位置している。
私は一見、普通の人の少女のような見目をしているが、人とドラゴンの融合体。それ故、魔術能力は人の最高レベルを軽く凌駕している。そんな私が瞬間移動魔術において、こんなに大きな転移誤差を出すなんて普通ありえない。
心が動揺している。とっても動揺している。
漸く気づいた、今頃気付いた。
今、エトーレゼとしては、国としては、パパとママを絶対に失う訳にはいかない。もし、失ってしまえば、オールストレームとその連合諸国が一斉に、四方八方からエトーレゼに攻めてきた場合、幾ら最強のドラゴンである私だって対処することは不可能。一定の時間は、どうしても敵の最大戦力であるアリスティア達にかかりっきりにならざるを得ない。
その間、セイディ姉達が率いるエトーレゼ騎士団が持ちこたえることが出来るだろうか?
無理だろう。敵は圧倒的多数、その上、騎士の殆どが膂力腕力に優れた男性騎士。魔術戦闘でしか対等になれないエトーレゼの女性騎士達の不利は否めない。一応、対策を講じてあるが、実戦でどこまで通用するかは全くの未知数……。
『 国破れて山河在り。城春にして草木深し 』
これは昔、ドランケン様より聞いた詩の一節。国自体が滅んでいては女王一人が勝ち残っても、何の意味もない。
「なんてお粗末な女王……、なんてお粗末な国……」
自分自身の愚かさと、エトーレゼという国の地力の無さを嘆いた。けれど、今はそんな泣き言を言っている場合ではない。私は気を取り直し、再転移に移ろうとした。今度はちゃんと……、その時、
強烈な旋風が北から襲って来た。たむろしていたバッファロー達が薙ぎ払われて行く……、ちょっと可哀想。
『オールストレームの攻撃か!』
と身に緊張を走らせた私の前方に、二つの巨大な物体が飛んできて、いや、飛ばされて来て、轟音と共に大地に激突し、大きく地面をえぐった。私は叫んだ。
「パパ! ママ!」
そう、飛ばされてきたのは、ホワイトドラゴンとブラックドラゴン。ママの下へ駆け寄った。無惨なものだった。ママは全身に傷を負い、翼にいたっては左の翼の三分の一、右の翼は殆どを失っていた。ママの思念波が伝わって来た。
『ルシア……。アタシタチガ バカダッタ。アナタノ イウコトヲ キイテイレバ ヨカッタ。ゴメン、ホントウニゴメンナサイ』
ママの目から涙が溢れる。私は気が強いママが泣くのを初めて見た。
「謝らなくていい! 謝らなくていいから!」
『オネガイ。パパヲ タスケテアゲテ……、パパノ ヤラレカタハヒドイ、アタシヨリ ズットヒドイ……』
パパの下へ急いだ。
「パパ! パパ!」
大きな声で呼びかけても返事は無い。オーラ眼に切り替えた、パパを包む澄んだ白色の光。良かった、生きてる!
パパもママも生きていてくれた。嬉しい!
しかし、ママが言った通りパパの状態は酷かった。背中をザックリとやられ、その巨大な傷口からは竜玉が露出している。そして、その竜玉にはヒビが……、一目で泣きたくなった。
ヒビがとても大きい。今だ割れていないのが不思議なくらいだ。竜玉が割れたらどうなるか? それは死、パパの死を意味する。
そのように大事な竜玉は神々謹製のもの。その造りの精緻は至高を極める。要するに神々でない私に出来ることは何もないのだ。あるとすれば、パパに良い環境で安静にしてもらい自然治癒を待つこと……。
パパに良い環境……、そんなのは決まりきっている。それは「果ての大陸」。ドランケン様がドラゴン用に環境改変してくださったドラゴン安息の地。なんとしても早くパパを果ての大陸へ送らねば!
尊きお方に悪態をついた。
「ああ、ドランケン様! どうしてこのような時に連絡がとれないのですか! 常々、ホウレンソウ(報告・連絡・相談)が大事だと仰っておられたのは、どこのどなた様なのですか!」
そして心の中で謝罪した。
すみません、ドランケン様。貴女様も殆どの神々を敵に回し大変な状況であることは分かっているのです。ですが、どうしてこんな時に……と思ってしまうのです。私、ルシアには、生まれた時には父親はいませんでした。(どこかにいるのかもしれませんが、会ったことはありません)だから、パパはようやく持てた父親なのです。失いたくはないのです。
私は術式を慎重に組み始めた。パパとママ、ホワイトドラゴンとブラックドラゴンの巨体を大海を隔てた遠き大陸へと転移させるのだ、普段やっているような超短縮詠唱など持っての他。
気配を感じた。北の方から誰かが来る!
誰? 誰も何も、そんなの分かりきっている。来るのはアリスティア、パパとママをここまでに出来るのは彼女しかいない。他にも二人一緒に来ているようだが、多分、エルシなんちゃらとかいう妹と、いつも一緒にいる異人種の女だろう。
草原に降り立ったアリスティアを睨みつけた。そして、感情が素直に言葉になった。
「私のパパとママをこんな目に……。よくも、よくも!」
アリスティアの美しい顔が悲しげに歪む。他の二人が戦闘態勢、異人種の女は防御結界を展開し、妹の方に至っては神弓を引き絞っているというのに……。
ほんと貴女は優しいね、アリスティア。
アリスティアが口を開いた。
「攻撃されれば応戦する。これは当たり前のことでしょう、ルシア。それとも、貴女は私達に黙ってやられろと言うの? それに、停戦協定の期間はまだ残っているのよ、それをエトーレゼが無視したことについて、貴女はどう言い訳するの?」
彼女の言葉は全く持って正当。今回の件は完璧にエトーレゼの失態、女王である私の失態だ。
私は論理を放棄した。
「煩い、煩い、煩い! 停戦協定なんてしったことか! これでもくらえ!」
右手を一閃し、風の斬撃を放つ。しかし、これは普通のもの、神力などまったく入れていない。だから、あっさりと異人種の女が張った結界に阻まれ霧散した。しかし、アリスティアの妹が私の行動に切れた。
「お姉様が冷静に話して下さっているのに、なんてこと! 許しません!」
「許さない? 許さないってどうするの?」
妹は引き絞っていた神矢を放って来た。まあ、こうなるでしょうね。
私は左手を硬質化させ、それを弾いた。何なの、この神力量? こんなんじゃパパとママを相手なら何とかなっても、私相手じゃ全く意味をなさない。
アリスティアの妹エルシなんちゃら……、あ、思い出したエルシミリアだ。 エルシミリアはあまりにも軽々と神矢が弾かれたことに狼狽を見せている。
「そんな……。嘘よ、嘘。フェイルノートはキャティ様より頂いたもの、全く効かないなんてあり得ない!」
前にオールストレームの王宮で会った時も思ったけれど、やっぱ、鬱陶しいなこの娘。こちらにしよう。私は倒す相手をエルシミリアに決めた。
アリスティア達三人が草原に降り立った時、私はエルシミリアか、異人種の女かのどちらかを倒すことを決めていた。そうすれば、心優しいアリスティアはショックを受け隙が出来る、戦闘が途絶える。その間にパパとママを果ての大陸に移す。今、やるべきことはアリスティアを倒すことではない、両親に命を繋いでもらうことだ。
排除する相手を決めた私はダッシュする。エルシミリアは私の動きに全く反応が出来ない。駄目だわ、この娘。メンタルが弱すぎる戦闘向きじゃない。
まあ、ようするにエルシミリアは普通の少女、お茶会とかで「ホホホっ」とか言ってるべき少女なのだ。可哀想だから一撃で決めてあげよう。神力をのせた本気の突きを彼女へ向けて繰り出した。しかし、私の拳は届かなかった。臓物をえぐらなかった。
私の攻撃を阻んだのは、異人種女が展開した防御結界とアリスティアの神剣。結界の方は結構強力なものだったけれど、打ち破れないものではなく粉砕し突き進んだ。しかし、その分スピードが、僅かだが衰えざるを得なかった。そこを狙われた。アリスティアの神剣が旋風のように襲ってきた。
私はエルシミリアを狙っていた拳を返し、硬質化したその甲で防ごうとしたが防ぎ切れなかった。アリスティアの神剣の発する神力は、以前対戦した時とは全く比べ物にならず、その圧に抗しきれなかった私は小石のように弾き飛ばされ、地面を無様に転がった。
転がりながら思った。
アリスティア、
強くなったね。
本当に強くなった、なってくれた。
涙が出そうだよ。
ふらつきながら立ち上がった私に向かって、アリスティアが険しい目をしながら言う。
「ルシア、もう止めにしない。こんなこと無意味極まりない。それに、今のでわかったでしょ、もう貴女は最強じゃない。いえ、今でも最強かもしれないけれど、私達が戦えない相手じゃなくなった。つまり……」
彼女に言われたくなかったので自分で言った。
「圧倒的に国力が劣り、二頭のドラゴンが戦力外となったエトレーゼに勝機は無いってことかしら」
アリスティアの目が和らいだ。
「そう、そういうこと。だからきちんとした和平を結びましょう。エトレーゼに過酷な要求はしない。絶対しないようにアレグ陛下に進言する。だからね、お願いだから和平を受け入れてよ、ルシア」
アリスティアの顔をまじまじと見つめた。本気で言っているの?
彼女は本気のようだ。私を見つめる彼女の美しい双眸には真摯さが満ちている。
その余りの善良ぶりに、お人よしぶりに溜息をつきたくなった。
「アリス姉様……、ちょっとそれは」
「アリスティア、さすがにお花畑過ぎないかしら」
「ええっ、なんで?」
どうやら他の二人も私と同様、呆れているようだ。
「そうね。そう出来たらどんなに良きことなんでしょうね」
私の言葉に、アリスティアは破顔した。
「でしょ、ルシアもそう思うよね!」
「でも、アリスティア。戦う前の和平は無理。貴女達の王は絶対受け入れてくれない」
「陛下が受け入れない? そんなことないわよ。アレグ陛下は民思いの素晴らしい王よ、私は尊敬している。戦を避けられるなら、なんとしてでも避けようとしてくれるわ」
エルシミリアがアリスティアの袖を引く、いたたまれなかったのだろう。
「お姉様、私達が言っているのはそういうことではありません。問題は寿命です、寿命。私達が人であるの対し、ルシアはドラゴンです。わかりませんか」
「あっ……」
アリスティアは口に手を当てて、茫然となった。ようやくわかったようだ。
ドラゴンの寿命は何千年といわれている。百年に満たない年月しか生きられない人から見れば、殆ど不老不死に近い存在。そのような者が敵対国の王……、もし幸運にも、抗しきれる戦力があるならば、それがあるうちに叩いておくべきだ。今だけの平和、一時だけの平和を考え和平するなんて愚の骨頂。もしそんなことをする王がいれば、世紀の愚王として名を遺すだろう。
「アリスティア……」
私は黙り込んでしまった彼女に声をかける。
「貴女は私と絶対戦わなければならない、絶対私を殺さなければならない」
言葉を続けた。
「そしてね、もう何度も言ったけどさ。そうなることを私は望んでいるの、心から熱望しているの!」
私は、自分自身のもう一つの姿に変化した。ドラゴン本来の姿、屈強巨大なるグレイドラゴンの姿に。そして飛翔する。私は矮小なる者達、アリスティア達を遥か高みから見下ろした。発声器官が変わってしまったので念話に切り替える。
『これに耐えてみなさい。耐えられないなら貴女達が私を倒すなんて、夢のまた夢よ!』
私はフレアを放った。
最愛の人に向けて。
2023.12.1
長らく更新途絶えていて申し訳ありません。流石になんとかしなければと思っております……。
リハビリに書いた小話を活動報告に載せました。よろしかったら読んでやって下さいませ。
「わたしのお姉様」
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