楽勝
私は飛翔しながら、心を込めて語り掛けた。
「魔力なんていくらでもあげる、欲しいだけあげる。だから一緒に、私と一緒に力を尽くして。ね、羽々斬」
天羽々斬、キャティ様より賜った私の愛剣。
その本質は剣というよりジェネレーター。使用者の魔力を神力に変換出来る優れもの。神力、この魔力など比べ物にならない至高の力をもってすればドラゴンと謂えど、三年前、私、アレグ陛下、コーデ、そしてユリア(当時はカイン)を鼻であしらってくれた最強の魔獣ドラゴンと謂えど戦えない相手ではない。
いや、戦えるどころか、勝てる。勝ててしまう。まさしく竜殺しの剣!
ブラックドラゴンとの距離が殆ど無くなって来た。
ブラックドラゴン、愛称、黒ちゃん。アスカルト命名。ちなみにホワイトドラゴンは、白ちゃん。いちいちブラック~~、ホワイト~~は面倒なので、ここからは黒ちゃん、白ちゃん。
黒ちゃんは、未だエルシーの放った神矢(絶対当たる、避けらない)の一撃に狼狽している。私は、そんな黒ちゃんに創成された神力により唸りをあげる白銀の刃を叩きつけた。
ざっくり。
黒ちゃんの左の翼の三分の一が削ぎ落ちた。続いて容赦なく、第二刃、第三刃。彼女の翼がズタボロになって行く。悲痛な咆哮と共に、黒ちゃんの思念波が伝わって来た。
『バカナ! ヒトニ、ヒトゴトキ二! アリエナイ。コンナコト アッテタマルモノカ!!』
わー、なんてお約束の台詞。でも、いいわー、めっちゃ気持ち良い! ゾクゾクする!
快感に背筋を震わせる私。
ユリアが呆れ声を向けて来た。
『アリス、貴女はMだと思っていたけれど、Sの気もあるのね。なんて変態さんなんでしょう。ああ、葛城の神様、私はアリスティアの教育を間違ってしまいました』
誰が教育したって、誰が? それに、貴女は気持ち良くないの? 気持ち良かったでしょ?
『ええ、とっても。ざまあみろ!』
素直でよろしい。
ポケットからユリアを取り出し、空中に投げる。瞬時にメダルから人型に変化する。
「足止めよろしくー!」
「OK!」
ユリアは笑顔で快諾。彼女も昔とは違う、十分ドラゴンに対峙出来る。彼女はここ数年。対ドラゴン戦に備えて地道に「神力」の解析続けて来た(ドラゴンの強さの源も神力)。彼女の神力に関する無効化力は以前とは比べ物にならない。
ユリアは攻勢魔術を繰り出した。
「サンダーバースト!」
『ナメルナ。ライゲキマホウ ナド アタシニキクト…… グワーッ!!』
ほらね。
そろそろ、エルシーの下へ向かわないと。私は重力の指向性を変更した。
王宮のテラスから飛び立った後、私は黒ちゃんの方へ、エルシーは白ちゃんの方へ向かった。しかし、エルシーは「神弓フェイルノート」を授かって日も浅く、使いこなすまでには至っていない。白ちゃんの攻撃を避けながらの矢の射出は難しい、というか現状では無理。
だから、エルシーが今行っているのは白ちゃんの気をひくこと、時間を稼ぐこと。王都の空を縦横無尽に飛翔し白ちゃんを攪乱する。重力魔術フル活用。
白ちゃんが苛立っている。
『エエィ、チョコマカト! ニゲマワッテナイデ セイセイドウドウト タタカエ!』
「そんなのわたしの勝手でしょ。鬼さん、こちら。手の鳴るほうへ!」
エルシー、私の最愛の妹よ。それは「目隠し鬼」の囃し言葉。白ちゃん目隠ししてないよ……って、そんなことより! 何でエルシーこんなに上手に飛べるの? 私より上手いんじゃね? エルシーは頭は回るけれど、魔術や運動に関しては基本私より不器用。ほんと何でだろう?
あー、あのせいか。
重力魔術を私が開発した時、最初にその成果を見せたのは、エルシーではなく、エメラインだった。エルシーは怒った。数日口を聞いてくれないほど怒った。エルシーは私が彼女を優先しなかったことが悔しかったのだろう。だから一生懸命練習した。
アリス姉様の開発した魔術。誰よりも上手く、誰よりも見事に使いこなして見せる! と……。
エルシー、そしてユリア。貴女達、ほんと頑張ってくれてるんだね。ありがとう、私は何て幸せ者なんだ。
私の接近を知ったエルシーが、白ちゃんを更に煽る。
「ほんと、のろまさんね。でも、貴方の真っ白な鱗はとっても綺麗。ねえ貴女、わたしとアリス姉様のペットになりなさいよ。ほら、お手。はい、ちんちん」
『ペットダト! ドランケンサマノ ダイイチノ シモベタル ワレニムカッテ ペットニナレダト! ユルサン ゼッタイニユルサン!!』
激高した白ちゃんは大きくアギトを開き、超高熱の火炎球が形成する。ブレスが来る。ブレスはレーザー光線のように収束させることも出来るし、反対に拡散することも出来ると聞いている。収束ならともかく、拡散されたらエルシーが回避することは難しい。つまり、消し炭だ。
『シネ、シンデシマエ! コノ ケノナイ サル メ!』
白ちゃんは、エルシーに向かったブレスを放とうとした。けれど、その時にはもう私が、彼の背後に回り込んでいた。
「させるかー!!」
渾身の力をもって切りつけた。悲鳴が大気を震わせる。白ちゃんの背中が見事に割れた。切り口の奥に、巨大な水晶球のような美しい球、竜玉が露出している。竜玉はドラゴンの命を司っている。つまりこの球を壊せばドラゴンは死ぬ。
危なかった……。今の一撃で竜玉までやってしまっていたら、白ちゃんは死に、王都へ墜落する。ドラゴンの体は言うまでもなくとても大きい。地球最大の恐竜ブロントザウルスを軽く超える巨体だ。このような重量物が落下したら、人口密度が高い街中へ落下したら、ただでは済まない。死者がでなかったら奇跡だろう。
ほんと危なかった。
さきほどの白ちゃんの言葉が私を怒らせた。私の自制心を弱らせ、力をセーブがおろそかになった。だって、白ちゃんは、私のエルシー、大事な大事なエルシーに向かって『猿』と罵った。『毛のない猿』と!
私は悪くない。
うん、絶対悪くない。(自己正当化)
エルシーが隣へ飛んで来た。目が、私への尊敬でキラキラしている。
「お姉様、凄いです! 素晴らしいです! 何時の間にこんなに実力を上げられたのですか?」
「まあその、地道な練習よ。コツコツと以上の上達法無し。私のことなんかより、エルシー、貴女の重力魔術凄いじゃない、私より上手よ」
「そんな、お姉様より上手なんて……」
私の賛辞に頬を赤らめモジモジ状態のエルシー。エルシーかわいいよう、エルシー。
エルシーの問いにきちんと答えなかった。別に嘘を言った訳ではない、天羽々斬を使いこなすための練習は日々欠かさなかった。けれど、それだけで、ここまで羽々斬の力を引き出せるようになったのではない。別の要因があったのだ。では、その要因とは何か? それはある一つの気付きだ。
私はエルシーがキャティ様からフェイルノートを授かるより、ずっと前に羽々斬をもらった。だのに、なかなか使いこなせず、一年以上たっても神術甲冑や神術剣を装備したリーアムお兄様と対等に打ち合ってしまう体たらく。(ある程度の神力を籠められる神術甲冑や神術剣は人のレベルでは凄い武器だ。でも、膨大な神力をジェネレイト出来る天羽々斬とは比ぶべくもない)
どうして私は、羽々斬を上手く扱えないの?
どうして羽々斬は真のポテンシャルを示してくれないの?
私は悩んだ、長い間悩んだ。そして終にその答えを得た。問題は私にあった。私の狭い心、キャティ様への猜疑心が原因だった。私はキャティ様を心の底から信じきれていなかった。
もちろんキャティ様のことは嫌いではない。好ましく思っている。しかし、彼女は神々の一柱。世界を改変出来るような強大な力を持ち、悠久の時を生きる者。はっきり言って彼女にとって、私達、人は虫けらの如き存在だ。そんな虫けらに対して、キャティ様は本当に覚悟を持ってあたってくれるだろうか? 途中で見捨てるんじゃないか?
『ドランケン姉様、強すぎ。やっぱり無理~』
とかに、なるんじゃないかと思う気持ちを、どうしても拭いきれなかった。これでは羽々斬に嫌われるのは当然だ。
羽々斬はキャティ様に作られし剣。つまり羽々斬にとってキャティ様は「親」なのだ。その親たるキャティ様を真に信じていない者に、羽々斬が好意を持ってくれる訳がない、力を貸してくれる訳がない。
私は自分自身を叱りつけた。
悠久の時を生きる者だとか、人は神々にとって虫けらの如き存在だとか、そんなことは考えるな。
彼女はエルシーが信じた相手、
私達の未来を託した相手。
信じないでどうする。
いい加減、くだらない偏見から目を覚ませ、
相手を思う気持ちに、神だからだの、人だからだの、があってたまるものか!
この大馬鹿者!
私は羽々斬に謝った。
「今までごめんね、本当にごめんなさい。私、心を改める。だから友達になって、本当の私の愛剣になってよ、お願い、羽々斬……」
当然だけれど、羽々斬からの返事はなかった。しかし、この時以降、羽々斬は真のポテンシャルを発揮してくれるようになる。どうしてもぎこちなさが拭えなかった私の剣捌きは、剣豪並みのスムーズさになり、神力への変換効率に至っては十倍以上になった。
唖然となった。これはあまりにもあんまりだ。
ねえ、羽々斬。ここまで私を嫌っていたの? 私って嫌な女? そんなに嫌な女だった?
『はい、貴女はこの世界一番の嫌な女でした。ドランケン神も形無しです、えんがちょです』
こら、ユリア。羽々斬の台詞、捏造すんな。
一人の騎士が私達の下へやってきた。
「エルシミリア殿下、アリスティア様。陛下からのご命令です。そろそろ王都上空よりドラゴンを排除せよとのことです」
「そうですね、これくらい弱らせれば出来るでしょう。即刻排除します。そう陛下にお伝え下さい」
「はっ。お伝えします、失礼します」
王宮へ向けて飛び去って行く騎士を見て思う。
悔しいだろうな。本来、敵と対峙して国を、国の民を守るのは彼ら、厳しい訓練を耐えて来た戦闘のプロの彼らなのだ。それなのに今、戦っているのはチートなだけの三人の小娘。こんなの私が彼らの立場だったら耐えられない。
白ちゃんと黒ちゃんがこちらへ向かっているという報告を受けた時、騎士団にも戦ってもらおうかとも考えた。
実際のところ、神術武具を装備し、重力魔術を会得したオールストレームの騎士達は、ドラゴンと戦えない訳ではない。メインでは無理でも遊撃役なら十分務まる。しかし、今回は住民保護に回ってもらうことにした。私達の手助けより重要だと陛下が判断した。
王都ノルバートの人口は五十万 その九割の者は魔力さえ持っていない。その判断は間違っていないと思う。
「ユリア。こちらに合流して」
私は念話で、ユリアを呼び寄せた。
「さあ、三人で一斉に行くわよ」
私の言葉に笑顔で頷いてくれるエルシーとユリア。嬉しい、本当に嬉しい。黒ちゃんにコテンパンにやられて以来、私達はドラゴンの強大な力に恐れおののいて来た。それなのに今は……。
三人で元気よく唱和した。
「「「 ギガンティック トルネード! 」」」
私達の上空に見たことも無い巨大竜巻が現出する。その竜巻はグングンと力と大きさを強め。黒ちゃんと白ちゃんの巨体を軽々と巻き込んで行く。私達は竜巻の指向性を変えた。南へ、南の平原へ。
「「「 彼方まで飛んでけ、この羽根つき蜥蜴!! 」」」
私達、三人はすぐに後を追った。黒ちゃんと白ちゃんは意図したところ、何もない野原に墜落していた。
しかし、そこにはもう一匹(?)のドラゴン。黒ちゃんと白ちゃんなんか及びもつかない最強のドラゴン少女ルシアが佇んでいた。
ルシアの体が怒りに震えている。
「パパとママをこんな目に……。よくも、よくも!」