私は忘れてはいない
2022.02.17 台詞等、各所修正。
私とエルシミリアは、王宮の最も高いテラスにいた。
上空には二頭のドラゴン。ブラックドラゴンとホワイトドラゴンが、私達を、オールストレームを小馬鹿にするように、優雅に巨体を舞わせている。
二頭から視線を戻し、私は呟いた。
「なめてくれるわ」
ほんとなめてくれる。ルシア抜きで現れるなんて……。
「ねえ、エルシー。ドラゴンって馬鹿? 今でも、自分たちの方が遥かに強いと思ってる。『諸行無常、盛者必衰の理』とか知らないのかしら。嘆かわしいわー」
「フフフ。それは姉様の前世の世界の古典『平家物語』のフレーズでしょ。そんなの、ドラゴンが知ってる訳ないじゃないですか」
げ、エルシー、平家物語を知ってるの! 貴女が、コーデやユリアから私の前世の世界の話を色々と聞いているのは知っていたけれど、まさかこれ程だったなんて。
エルシミリア……、おそろしい子!(白目)
まあ、バカはここまでとしよう。
私とエルシーは、これから上空の二頭と戦わなければならない。そして、これは絶対に負けてはならない戦いだ。もし負ければ、この世界一の大都市、オールストレイム王国王都ノルバートは壊滅する。その住民、五十万もの人々の命が消え去ってしまう。
人口たった五十万の都市が、世界一の大都市?
鼻で笑ったそこの君。総人口数十億の地球と比べないで欲しい。こちらの世界の総人口は約七千万。はっきり言って小さな世界だ。でも、小さくても大切な世界。私と、私の大好きな人達が生きる大切な世界なのだ。
守る、絶対この世界を守ってやる。
動乱の時代など迎えさせてなるものか!
エトーレゼは女尊男卑の歪んだ国、人材が普通の国の半分しかいない国。そんな国がオールストレイムに代わって、この世界を治めて行ける筈がない。必ず反乱が起こる。血で血を洗う動乱の時代、戦国の時代が必ず訪れる。
『我が主、アリスティア。貴女に問おう』
ユリアが心の中で話しかけて来た。
『善は悪を含み、悪は善を含む。この世は善と悪の相克。何を持って善と為すや? 何を持って悪と為すや?』
わからない。でも、それでも!
私は己の義を信じる。己のゴーストの囁きを信じて戦う!
我の永遠の守護者たるユリアよ。
幼少のみぎりより「災厄姫」と称えられし我が命ず。
我が手に神の力を!
ドラゴンスレイヤー天羽々斬を!!
『イエス。マイ、マスター!』
私の掲げた右手に、淡い光と共に羽々斬が現出する。これはユリアの持つ「収納」の力。とっても便利~。
エルシーが半眼を向けて来た。
「お姉様って、結構中二病ですよね。そろそろ卒業しません?」
こら、ユリア! 心の中の会話を中継すんな。
ホワイトドラゴンとブラックドラゴンが、ノルバート上空に現れたのは真昼間。太陽が南中した頃だった。当然のことだが、王都中は大騒ぎになった。
「ドラゴンが二頭も……、終わりだ。もうオールストレームは終わりだ!」
「だ、大丈夫よ。ほら、空に防隔の魔術が、神与の盾が張られているじゃない。陛下が、騎士団が、私達を守ってくれるわ!」
「馬鹿かお前は。神々の魔獣たるドラゴンに魔術は効かない。そんなことは子供だって知ってる!」
「そ、そんな……」
「私達はこのまま死ぬの? むざむざと殺されてしまうの?」
王都民達はパニックに陥りかけた。しかし、そうはならなかった。各所で、その名が叫ばれた。
「キャティ神様!」
「そうだ、俺達にはキャティ神様がおられる! 至高の御方が味方におられるんだ、ドラゴンなんて恐れる必要はねぇ!」
「「「 キャティ神様、どうか我らを、どうか我らをお守り下さい! 」」」
キャティ様へ助けを願う声が王都中で叫ばれ始めた時、陛下、アレグザンター陛下の声が、伝声の魔術によって王都全体に流された。
『民よ、静まれ。落ち着くのだ。我、アレグザンターの言葉を聴け。確かにドラゴンは恐ろしい怪物、恐ろしい敵だ。しかし今、キャティ神様自身がお出ましになられることはない』
「お出ましになられることはないって、どうしてよ。どうしてキャティ神様は出て来て下さらないの!」
「あの広場での御言葉は嘘だった? 俺達は見捨てられてのか?」
「うちには五人も子供がいるのに……、一番下の子は一歳にもなっていないのに!」
これらの民達の反応は当然だろう。私だって彼、彼女らの立場だったら不満に思う、嘆き悲しむ。けどね、こちらにはこちらの事情があるのよ。キャティ様とコーデは天界で、ドラゴンとは比べ物にならない敵、ドランケン神と対峙してくれている。私達を助けてに来てくれなんて、口が裂けても言えない。(まあ、言う方法もないんだけど……)
陛下の伝声は続けられる。
『偉大なるオールストレームの民は、如何にしてここまで愚かになったのだ。人の話は最後まで聴け。キャティ神様はお出ましになってくれないのではない。お出まし下さる必要がないのだ』
「必要がない……、それはどういう……」
民達は平静を取り戻し始めた。パニックはきちんとしたリーダーシップがとられている場合、そうそう易々とは起こらない。
「我が国には、大陸最強の騎士団がある。我が義娘エルシミリアとその姉アリスティアに、キャティ神様より与えられし、神弓フェイルノート、神剣天羽々斬がある。これで何を恐れる? 何を恐れる必要があるのだ。二頭のドラゴン程度、我らオールストレイムの敵ではない。薙ぎ払ってくれる!」
陛下の力強い宣言に、王都中が歓声に沸いた。
私はぼやいた。
「薙ぎ払ってくれるって、陛下も簡単に言ってくれるわね。やる方の身にもなって欲しいものだわ」
「あら、薙ぎ払わないのですか?」
「もちろん薙ぎ払うわよ。完膚なきまでにね」
クスッとするエルシー。その笑顔がとっても可愛い、とっても愛しい。
「それなら良いじゃありませんか、アリス姉様。陛下は国王としてするべきことをして下さっているのです。それに、見て下さい、王都を覆う、この素晴らしき防隔を! 陛下達は、ほんと頑張ってくれています」
空を見上げた。その空には白銀に光る半透明の光の盾が幾千枚も連なり、王都の街を、人々を守っている。確かに素晴らしい防隔、盾だと思う。普通の防隔とは違い、魔力以外の力、神力、精霊力も沢山込められている。今頃、アレグ陛下、ユンカー様、アスカルトはかなりの虚脱状態であろうことは想像に難くない。
(アレグ陛下は右手にはめた神契の印たる指輪によって、光の精霊アスカルトを使役出来る。でも、アスカルトは、聞かん坊、つむじ曲がり。命令を聞かせるためには大量の魔力を指輪に込めねばならない。命令するだけの楽ちんではない)
私はエルシーの言葉に頷きつつも懸念を表した。
「でも、強度持つかしら? 二頭が同時にファイヤーブレスを放ってきたら危ないんじゃない?」
「そうですね。でも、多分大丈夫ですよ。一回目はしのげるでしょう、それで十分です」
「そうね。ほんとにそうね」
エルシーに同意する。ブレスはドラゴンにとって最強の武器。連続して放てるものではない。一度放てば次を放つまで十秒近くの時間がかかる。(これはコーデやキャティ様に確認済み)
その隙を狙えば私達は絶対勝てる。
エルシーがキャティ様より与えられし、神弓フェイルノート。この神弓は絶対に的を外さない。外れないのだ。これに対処しようとすると飛んで来る矢自体を、どうにかするしかない。しかし、放つ弓が神弓なら、放たれる矢も、神矢。ドラゴンがそれから逃れるためには、自らの最強武器たるブレスで焼き消す他に術は無い。
エルシーが謝って来た。
「わたしが速射が出来れば、アリス姉様に出ていただく必要はありませんでした。すみません、お姉様」
エルシーはフェイルノートの速射、つまり連射が出来ない。でも、それは仕方ないことだ。彼女がキャティ様からフェイルノートを授かったのは、たった二か月前。このような短期間で神弓を使いこなせというのは無理だ。私なんて、エルシーより遥か前に天羽々斬をもらったが、なんとか使えるようになったのが半年後。自信を持って使える! となったのは、ここ数か月のことだ。
「何を言ってるの。少々時間がかかったって、貴女はちゃんと矢を射れている。これは凄いこと、誇って良いこと。さすが私のエルシーだよ」
「ありがとうございます。お姉様」
エルシーは私の賛辞に頬を染めた。そして……、
「アリスティアお姉様。わたしは幸せです。このような状況においても、愛するお姉様の隣に立ち、お姉様のお手伝いが出来る。これ以上の喜びは、わたしにはございません。わたしは生まれて来て良かった。お姉様のいる世界に生まれることが出来て良かったです、アリス姉様」
胸が締め付けられる。本当にこの子は、この子は……、
私は彼女の頭を、コツン! と小突いた。
「それは私も同じよ。エルシーのいる世界に生まれて良かった。貴女のいない世界なんて、絶対御免よ、真っ平御免なんだから」
「お姉様……」
エルシーは双眸に喜びの涙が浮かべてくれている。そんな彼女を愛しいと思う、可愛いと思う、愛らしいと思う、美しいと思う。
「わたしは……、わたしは」
頑張って言葉を紡ごうとするエルシーを制した。
「この手の話はいったん終わり。これ以上続けたら、フラグが立っちゃうわよ」
「ですね。フラグはいけません、フラグは。あれは絶対立ててはいけないものです。『俺、戦争が終わったら結婚するんだ』とか言っちゃたらもう終わりです」
わー、エルシー何でも知ってる。スゲー。
平家物語を知っていて、中二病やフラグの意味まで理解する。こんなのもう異世界人ちゃうやん。普通の日本の女の子やん。(まあ、外見的には全然だけど……)
『エルシーって、いつも全力だね……』
いつも全力? ユリア、それどういう意味?
『アリス。エルシーは貴女に関わることは常に全力なのよ。どんな小さなことだって常に全力を出して頑張るの。お姉様のことを知りたい、お姉様のことを理解したい、お姉様のお役に立ちたいと、力の限り頑張り続けてる。健気だわ、健気過ぎ』
ユリアの言葉はこう続いた。
『アリス。貴女はなんて愛されているの、なんて……』
正直に言おう。重いと思った。でも、重くない愛なんてある?
軽くて軽くて、身も心も完全に楽々……、そのような愛なんて、人の世には絶対無い。もし、あったとしたら。それは偽物、ただの嘘っぱち。
人を愛すれば、心は重くなる。愛する方も、愛される方も必ず重くなってしまう。でも、これは他者に愛を求める人の業。笑うべきものでも、恥じるべきものでもない。
だからね、エルシー。これから互いの愛の重さを競って行こうよ。二人の命が尽きるその日まで、二人で一緒に、ずっと一緒に……。
王都上空を、私達オールストレームを小馬鹿にするかのように舞っていたブラックドラゴンとホワイトドラゴンが空中停止した。あの巨体でよくホバー出来るものだ。まあ、魔力か、神力のおかげなんだろうけど素直に感心してしまう。
エルシーに指示を出す。
「そろそろブレスが来るわよ、準備して」
エルシーは無言で頷き、矢筒から二本の矢を取り出した。そして、それらを同時に弓につがえ、宙に浮かぶ二頭のドラゴンにむけて引き絞る。
彼女がやろうとしているのは二本の矢の一括射出。速射連射が出来ない彼女が二頭のドラゴンに対応するためにはこうするしかない。
私の予想通り、二頭のドラゴンはファイヤーブレスをノルバートの街並みに向けて放って来た。
『オールストレイム オマエタチハ ドランケンサマニ シタガワヌモノ。シネ! シネ! ケシズミニ ナッテシマエ!』
二頭のドラゴンよる同時ブレスは凶悪なものだった。天空の全てが紅蓮の炎で埋め尽くされた。まさしく地獄の業火。その凄まじい火力に比べれば、騎士達が使う火炎魔術など、火打石の火花。何千何万と重ねたって敵いはしないだろう
しかし、陛下達が頑張って張ってくれた防隔は功を奏した。十秒近くにわたるドラゴン二頭の同時ブレスに耐えきった。もうそこら中、ボロボロで次のブレスには耐えられないだろうが、役目は十分果たしてくれた。
アレグ陛下、ユンカー様、アスカルト、ご苦労様でした。これからは私達が頑張る番。
ユリア、防隔解除!
王都上空を覆い私達を守ってくれていた何万何千もの神与の盾が一瞬で消え去った。クリアーな青空が広がる。その美しき空に向けて、エルシーの神弓フェイルノートから二本の神矢が放たれた。グングンと二頭のドラゴンに向かって突き進む。神矢は必中の矢、かわすことなど、ドラゴンとて出来はしない。
ねえ、ブラックドラゴン。
私はオークヘルム平原で、貴女から受けた屈辱は忘れてはいないよ。私はあの時、貴女の圧倒的力の前に、易々と屈した。陛下達も傍にいたのに、死にたくないと泣き叫んだ。
なんて情けなきこと……。なんて恥ずかしきこと……。
私の人生最大の汚点だよ。
だからね、
あの時の借りを、今日、返すよ。
当然、利子をつけて、
沢山の利子をつけて。
「エルシミリア、行くよ!」
「はい、アリスティアお姉様!」
私達は重力魔術を発動し、大空へと向かった。
アリス達が結構余裕をかましているのには理由があります。それは、ドラゴンが王都まで飛んできたからです。それ故、国境警備の騎士達に感知され、すぐさま王宮への報告が(瞬間移動で)でなされました。つまり、ドラゴンの襲来は成功した急襲ではなかったのです。
アリス達は、ドラゴンの飛翔を楽しみ、瞬間移動を嫌う性格に助けられました。まあ、運が良かったということです。