キャティ様の帰還
2021.08.16 神々の協力体制を少し変更。
2021.08.17 ドランケン神の強さを変更。
「皆さん、大変遅くなってしまい申し訳ありませんでした」
キャティ様が天界から戻られた。彼女が天界へと向かったのはルシアが、王宮の大広間に襲来(?)した日の夜。だから、もうかれこれ二か月近く経っている。
『アリスティア。長かったわね、とっても長かった』
心の中でユリアが話しかけて来た。そうね、ほんとにね、と彼女に心から同意する。実際のところ、キャティ様がどう動かれるのかを知ることなしに、私達は何も決められない。エトレーゼのバックにドランケン神がいる限り、そうせざるを得ない。
歯がゆい、とても歯がゆくて情けない。それがアレグザンター陛下以下、私達、全員の気持ちだった。だったのだが……、その気持ちをユンカー様が最悪な形で表明した。どうしてこの方は、こんなに口が悪いのか。エルフって皆、こんななの?
「遅くなった? 遅過ぎじゃい! そなたは時は金なりという言葉を知らんのか、この愚か者が!」
ユンカー様の、文字通り神をも恐れぬ暴言に、この部屋(陛下の執務室)にいる全員が固まった。
部屋にいるのは、キャティ様を除けば総勢八名。ユンカー様、アレグザンター陛下、宰相閣下、第一騎士団騎士団長オリアーナ大叔母様、私、エルシミリア、コーデリア、そして、メダル状態のユリア。
キャティ様の表情が険しくなった。彼女の横に座るエルシーも、むうっと口をとんがらかしている。あきらかに夫を非難されたことが不満なようだ。なんとも新妻らしいエルシーの反応に、心が、ほっこりする。しかし、それと同時に心の奥底がキリリッと痛む。
この痛みは何だろう? この切ない痛みは何なのだろう?
「ユンカー。ノエルの姿の時は、まあいいでしょう。ですが、この姿、キャティの姿の時は言葉を考えなさい。私にも我慢の限度というものがあるのですよ」
キャティ様の超絶美貌は私とエルシーの上位互換。そんな美し過ぎる顔が、冷え冷えとし表情になると怖い。はっきり言って、超怖い。それなのにユンカー様は全く気にしない、ひるまない。さすがはご先祖様、ちょっと尊敬します。ちょっとだけ……。
「しゃらくさいこと言うな、この神もどきが! わしは本当の神であったコーデリアに対しても、こういう物言いなんだ。今更、変えられるかい!」
「ちょ!」
思わず声が出てしまった。なんでそれを言うの! ここには陛下も、宰相閣下も、オリアーナ大叔母様もおられる。この三人は、コーデリアが元、神様だったことを知らない。この難しい時期に、わざわざ、場を混乱させるようなことをして何の意味があるのか。
「なんだアリスティア、不満か。もう良いではないか。ここまでの事態になってしまっているのだ。ちゃんと話をして、すっきりとした方が良い。その方が絶対良いのだ」
「そ、それは……」
私は言葉を続けられなかった。少し冷静に考えてみれば、ユンカー様の言われていることは間違っているとは言い難い、どちらかと言えば正解のような気もする。しかし、しかしだ。ユンカー様の辞書に根回しという言葉は無いのか? 少しは振り回される周りのことも考えて欲しい。お願いです、ほんとお願いですよ。お祖母様。
ユンカー様は続いて、本人、コーデの方に視線を向けた。
「コーデリア。もう良いであろう、もう話すべきだ」
「そうですね、ユンカーの言う通りですね」
コーデが、同意した。
漸く、茫然自失の状態から少し戻られたアレグ陛下がキャティ様に尋ねられた。
「キャティ様、これは真実なのですか? ユンカーお祖母様の言っていることは本当のことなのですか?」
キャティ様もコーデが肯定した以上もう隠すべきではないと思ったのだろう。あっさりと頷いた。
「そうです、本当です。この世界の真の神は、私達のお母様。貴方の娘、コーデリアは、そのお母様の転生なのです」
「そんな……」
陛下の声は震えていた。そりゃそうなるよ。自分の娘が、今まで崇め奉っていた神々、十三柱より更に上の神だったなんて聞かされても、簡単に受け入れられる訳がない。いやー、自分の愛娘はそんなに偉かったのか。凄い、凄い、になる訳がない。私は陛下に同情した、キャティ様と融合したノエル殿下に続いて、コーデまで……、大変大変同情した。
そして、陛下と同様、コーデが神だったことを知らなかった他の二人の反応は?バーソロミュー宰相閣下の方は、陛下と大して変わらない。こめかみに汗を浮かべつつの困惑状態。さすがに大陸一の賢宰相と謳われる閣下でも、コーデリアの事実は驚天動地過ぎたようだ。
オリアーナ大叔母様の方は……、あれ? 全く驚いてない。驚いてないどころか、にこやかに笑ってる。先ほど、メイドがいれてくれたお茶を優雅に飲んでいる。
もしかして、先にユンカー様から聞いてた? いや、それは無いな。もし、そうなら大叔母様は絶対私に話してくる。彼女はその手の面白い話(?)が大好きだ。そして、そういう話の一番の話し相手が私なのだ。私に黙っている訳がない。
う~ん、ようわからん。何時まで経っても大叔母様は謎な人だ。
コーデは陛下の元へ行き、陛下の大きな手へ、自らのたおやかな手を添えた。
「父上。今まで隠し続けて来たこと誠に申し訳ございませんでした。しかし、この世界の真の神であったのは昔のこと、前世の話です。今の私は普通の人です。父上と母上の娘、コーデリア……。それ以下でも、それ以上でもありません。これをお忘れ下さいますな」
そう言ったコーデが陛下に投げかける眼差しは、切なさに満ちていた。
わかった、と言って欲しい。これまでと一緒だ、何も変わらない、と言って欲しい。
彼女は並行世界の私であるが、私、アリスティアよりずっと冷めた性格だ。その彼女が心からに願っている。陛下は賢明な人、優しい人。答えを間違えなかった。
「わかったよ、コーデリア。間違ってもお前を崇め奉ったりしない、お前は私の娘、わがままな娘……、永遠に愛しい自慢の娘だ」
「ありがとうございます、父上、父上……」
コーデの美しい顔が涙でくしゃくしゃになった。それでも、美しい。美少女って得だね。まあ、私もそうなんだけど。
この後、コーデは、人として転生するまでの経緯を説明した。神として、この世界を任されたが、この世界を、どのようにしていけば良いのかという明確なビジョンを持てなかったこと。それ故、代行者として十三柱の神々を作ったこと……、
「私は、十三柱に、私の神核、神力の源の殆どを分け与えました。この時、普通に均等に分ければ良かったのです。ですが、私はそうはしませんでした。十三柱にはそれぞれモチーフになる生き物がいます。例えば、今、私達の目の前にいるキャティ。彼女のモチーフは『猫』……」
皆の視線が、一斉にキャティ様に向けられた。
「うーん、猫か」と陛下
「確かに猫だ。キャティ様の優美さは猫そのものだ」と宰相閣下。
「何ですか。恥ずかしいじゃないですか、止めてください」
キャティ様が照れられた。とっても可愛いと思った。今度、猫耳つきのカチューシャをキャティ様に贈ろう。そして、ニャ~ン! と言ってもらおう。
ユリアの呆れ声が、心の中に伝わって来た。
『アリス、貴女、馬鹿? 絶対ボコられるわよ』
コーデは続けた。
「浅はかなことに、私はそのモチーフのイメージに引きずられてしまったのです。十三柱、彼ら彼女らに振り分けられた神核は全くの不平等でした。大きな力の格差を神々の間に、私は作ってしまったのです」
アレグ陛下が尋ねられた。当然なされるべき質問だ。陛下がしなかったら、当然他の者がするだろう。
「コーデリア、大きな力の格差とはどれくらいのものなのだ? 最強の神とは、やはりルシアが言っていたようにドランケン神なのか?」
「ええ、ドランケンが最強です。そして力の格差は、最弱を1とすれば、最強のドランケンは40くらいでしょうか……」
1対40。そのあまりの差に衝撃が走った。私だって驚いた、ルシアの言葉から、かなりの差はあると思っていたがここまでとは予想していなかった。陛下が慌てて、更に聞いた。
「そ、それではキャティ様のお力はどれくらいなのだ」
「キャティの力は、3と言ったところでしょう。でも、十三柱の中では、中の下くらいですよ。ドランケンが突出しているのです」
エトレーゼについているドランケン神が、40。それに対し、我がオールストレームについてくれているキャティ神は、たった3……。その事実に耐えきれず、宰相閣下がコーデに詰問した、してしまった。
「コーデリア様。憚りながら申し上げます。いくら何でもこの差は酷すぎます、いくらモチーフのイメージに引きずられてしまったとはいえ、十三柱の神々は、貴女様にとっては可愛い我が子の筈、ここまで差をつけるのはおかしいです、おかし過ぎます!」
宰相閣下の声は、最後の方は荒らげると言って良いほどになっていた。それほど、コーデの行為は彼にとっては許容出来ないものであったのだろう。閣下は、ユリアを養女にしてくれた。そして、そのユリアによると、閣下は養女のユリアを、自分の本当の子供たちと全く同じように、全く平等に扱ってくれるそうだ。ユリアは、とっても喜んでいる。
「そう言われると返す言葉もありません。ドランケンのモチーフは『竜』、この世界風に言うとドラゴンなのです。それ故、つい、『バハムート最強!』とか思ってしまったのです。私は神であったのに、とんでもない馬鹿でした。本当に申し訳ありません、許して下さいませ。お願いです」
コーデは宰相閣下に向かって、皆に向かって頭を下げた。その姿は、かつて神であったとは思えぬほどうちしおれており、そんな彼女を更に責めようとする者など誰もいなかった。しかし、私は思う。『バハムート最強!』って、はっきり言って、こちらの世界の人には意味わかんない。わかるのは私と貴女だけ、楽屋ネタはよし子さん。
キャティ様は頭を下げ続けるコーデに、優しく声をかけた。
「お母様。頭をお上げください。もう心配しなくても大丈夫です、私が天界で皆に協力を取り付けてきました」
「協力を取り付けた! それは本当なの?」
コーデはまだ神だった頃、十三柱に互いに争うことを固く禁じたと言っていた。だから、キャティ様の言葉が、いまいち信じがたいのであろう。しかし、コーデは最早、神ではない。何時までもそれが守り続けられると考えるのは、ある意味滑稽だ。人は変わっていく、神々だって変わって行くのだ。
「ええ、本当ですよ。お母様」
キャティ様はコーデに向かって、にっこりと微笑んだ。そして、私達の方を振り返り、大きな声で発表した。
「皆さん、よく聞いて下さい。私は天界で兄弟姉妹達の間を巡り、こちらの味方になってくれるよう説得を続けてきました。そして、その努力の結果。ピーター姉様以外の十柱から了解を取り付けることに成功しました。そして、協力を取り付けられなかったピーター姉様からも、ドランケン姉様には絶対協力しないとの言質を得ました」
エルシーが立ち上がり、言葉を繋いだ。
「十柱ですよ、十柱! 私の夫をいれれば十一柱。十一柱もの神々が私達、オールストレームに味方をしてくれるのです。いくら敵が最強のドランケン神とて、何を恐れる必要がありましょう! 私達は勝利へと向かっています!」
皆に笑顔が戻って行く、私も当然喜んだ。しかし、どうしても、本当にこのまま上手く行くの? そんなに簡単にことは進むの? と思う気持ちが拭いきれなかった。
私は、ユリアに尋ねた。
ねえ、どう思う。大丈夫よね、これは喜んでいいのよね?
ユリアは明確な返事をくれなかった。
『わからないよ、私には何もわからない……』
私とユリアの不安は的中した。数日後、キャティ様とコーデが王宮から姿を消した。忽然と消え去った。
私達への一通の手紙を残して。