アリスティアの挨拶
「侍女選考会」の日がやって来た。いや、ちゃんと書かねば。
「挺身侍女選考会」の日がやって来た。
二十数名の娘達が館の前庭に集合している。窓からそっと覗いてみる、彼女たちの年齢は十五歳くらいから二十歳前くらい、一番女性として輝かしい頃で、活力に溢れているのが見て取れる。彼女たちは伯爵家の寄子の下級貴族(騎士爵家、落ちぶれていれば、準男爵家も含まれる)の家から集められた。
それにしても、よくこれだけの人数が集まったものだ。これは、ただの侍女の選考ではない。「挺身」なのだ。文字通り、命を捨てる仕事なのに……。
普通、まともな親なら自分達の娘を、死ぬ可能性が高いこのような役目に送り出そうとは思わない。しかし、それ相応の見返りがあるならば別だ。寄子達が、お父様やお母様から、どのような見返りを提示されたかは、わたしは知らない。多額の金品だろうか? いや、それもあるだろうが、寄子達の目的は、やはり寄親の伯爵家に恩を売ることだろう。自分の娘を生贄に差し出すのだ。これからは、
それ相応の待遇をしてくれよ、そうでないなら寄親といえど…… なのだ。
もちろん、ゲインズブラント家も「挺身侍女」を出した寄子の家々をきちんと厚遇するだろう。もし、しなければ、挺身侍女を出した家だけではなく、全寄子が反旗を翻す可能性さえある。そうなっても大丈夫なほど、伯爵家の権力基盤は盤石ではない。
「ではそろそろ始めます。私が先に行って話をしますから、あなた達は呼ばれたら出て来なさい」
「 「 はい、お母様 」 」
お母様は、従僕を二人つれて、玄関口から出て行った。わたしは、隣にいるアリスティアお姉様に話かける。
「アリス姉様、どなたか気になる子はございましたか?」
先ほどから、アリスティアお姉様もわたしと一緒に窓から彼女たちを見ていたのだ。
「遠目で見ただけでは、なんとも。エルシーはどうですか?」
「わたしもです。気の合う子が見つかれば、良いのですが」
「ですね、良い子を見つけましょう。四人も増えれば賑やかになります。楽しみですね」
「はい、お姉様」
わたしは心にも無いことを言った。わたしが欲しいのはお姉様を命を捨てて守ってくれる護衛だけ、仲良くするお仲間はいらない。わたしはアリスティアお姉様だけいれば良い、他の娘なんていらないのだ。けれど、アリスティアお姉様はそういうことを喜ばないだろう。お姉様には私、エルシミリアが温かい心を持たない欠陥品だとは知られたくはない。お姉様を悲しませたくない。わたしは満面の笑みで言う。
「ほんと楽しみです」
玄関口の方からお母様の声がする。
「アリスティア、エルシミリア、出ていらっしゃい」
さあ、本番だ。
今日も、わたしとお姉様はお揃いの服を着た。可愛いフリルいっぱいのライラック色の子供服。わたしが「これでいきましょう」と提案した。お姉様は「ちょっと子供っぽ過ぎない?」という反応だったが、わたしは押し通した。これから選ぶ娘達には、せめて、庇護欲をそそらせてもらおう。守りたいと思えるような相手なら、命を落とすにしても本人も納得いくだろう。死ぬ時には心安らかに死んでもらいたい。
アリスティアお姉様とわたしは、従僕一人を後ろに従えて玄関を出た。
目の前に整列している娘達に、声にならないどよめきが起こった。お姉様を初めて見た人達のいつもの反応なので、気にはしないが、どよめきが収まった後、誰も口を開いたりしないのには感心した。さすがは下級とはいえ貴族の子女、平民とは違う。躾けられている。
「さあ、この台に上がって」 とお母様。
わたし達は仮設された演説用の台に上がる、かなり高い台で侍女志望の娘達より視線の高さが高くなる。わたしは、ざっと娘達を見渡した。知っている顔が数人いた。年始に全寄子達が挨拶に来る、その時に会ったというか、見たことがある娘達。ということはその数人は長女ということになる。寄親への年始の挨拶に連れて来るのは普通、長男もしくは長女、次男次女以降を連れて来ることは殆どない。
長女を出して来るとは……。出してくるなら、次女以降だろうと予想していた。お父様達は、破格の条件を提示したのかもしれない。
「この二人が私の娘達、次女、アリスティアと三女エルシミリアです。さあ、アリスティア、代表して挨拶なさい」
「はい、お母様」
お姉様は一歩前へ出た。そして、まず、娘達に向かってニッコリとほほ笑んだ。そこにだけ春がやって来たような心安らぐ笑顔。わたしは少し後ろできちんと見えていないが、いつも見ているのでよく分かる。
あー、これでこの娘達の眼中から、私、エルシミリアは消えたな。きっと私に選ばれた娘はがっかりするだろう。
「お姉様方、今日はわたしとエルシミリアの侍女選考会に来て下さり、ほんとうにありがとうございます。数人の方以外、殆ど初めてお会いするお姉様方ばかりですが、皆さん、私やエルシミリアのような、まだ十歳の子供には勿体ないような素晴らしいお姉様方ばかりとお見受けします。」
アリスティアお姉様はここでいったん間を置いた。そして、表情は少し悲しげになる。
「ですが、私に二人、エルシミリアに二人、計四人を選らばなくてはなりません。もし、選ばれなかったとしても気を悪くされないようにお願い致します。私はお姉様方全員と仲良くなりたいと思っています。ですが、我が伯爵家は貧乏なのです、四人分の給料がやっとです。私もお小遣いを少し返上しようと思います」
ハハハハハ と、緊張していた、侍女志望の娘達の表情が和らぐ。
アリス姉様、お小遣いって何ですか? わたし達、そんなもの貰ったことありませんよ。
お姉様の話は続く。
「選ばれた方々には、私やエルシミリアと生活を共にしてもらうことになります。共に過ごす時間はとても、長くなります。もしかしたら、姉妹である私とエルシミリアが、一緒に過ごす時間より長くなるかもしれません」
わたしの心が黒くなる。アリスティアお姉様に悪気はない。けれど、その言葉はどうしても、わたしの心を苛立たせる。
「ですから、今、ここで申し上げておきます。もし、私やエルシミリアに選ばれたとしても、侍女になることに、一瞬でも躊躇する心があれば、断って下さってかまいません」
こんどは本当にどよめきが起こった。
お母様も虚を突かれたようで、固まってしまっている。何を言ってるの! お姉様!
「寄子の立場で断れる訳がないと思われるでしょうが、もし、断られたとしても、伯爵家からお姉様方の家に不当な圧力がかかることはありません。私達姉妹が慕い、信頼する優しいお父様、お母様です。間違ってもそんなことはしないとは思いますが、もし、されるようなら私はこの家を出ます。娘を失ってまで、寄子いじめをするような寄親はいません。ですから、安心してください」
「これから、私達は、お姉様方がどのような方々か、よく見たいと思います。それと同時に、お姉様方も私とエルシミリアが、侍女として仕えるにたる者であるかをよく見て欲しいのです。隣にいる、私の可愛い妹、エルシミリアも同じ気持ちだと思います」
同じ……同じって。
「これで、私からの挨拶を終えたいと思います、清聴ありがとうございました」
アリスティアお姉様は深々と一礼をして、一歩下がり、私の真横に戻って来た。わたしが呆然とした感じでお姉様を見つめていると、それに気がついたお姉様は小さな声で言った。
「良かったでしょ」
その時の表情は、ほんと朗らかで、先ほどの言葉が全くの真意であることが見て取れる。
ダメだ…… こんな人は、貴族社会で生きてゆけない。
現王朝を倒して、新たな王朝の初代王になる? 神々はバカなのか? こんな人に出来る訳がない。どんなに膨大な魔力があったって、魔法を弾ける「神契の印」があっても無理だ。手練手管や姦計であっさり潰されて終わるだろう。
わたしはアリスティアお姉様に不幸になって欲しくない。一瞬だって悲しんで欲しくない。それならば、わたしのやるべきことは何? そんなの明白。お姉様の出来ないことをすれば良い。
汚れ仕事は全て引き受けよう。お姉様にはいつも笑っていて欲しいのだ。私はその隣でその笑顔を見ていたい。願いはそれだけだ、その為には何だってする。
「では、面接会場に移りたいと思います。お嬢様方、館の大広間にお入りください」
従僕の野太い声が前庭に響いた。
なんだかエルシミリアの方が主人公ぽい気がする。アリスティアにテコ入れしないと…