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二人の母

 エルシミリアが言葉を投げつけた。


「ルシア、アリスティアお姉様は貴女に懸想される必要なんてありません。貴女なんかに思われなくても、お姉様は沢山の者に愛されています、慕われているのです! わたしとて……」


 エルシーが私を思ってくれる気持ちは、とても嬉しかった。でも、エルシーはもう……。


 ルシアは気の抜けたような声で答えた。


「ふーん、貴女が聞いていたアリスティアの双子かあ。ちょっと期待していたのに、がっかりだわ。オーラを見ただけでわかる。貴女弱いわ、アリスティアよりずっと弱い」


 くそ! ルシアの奴、オーラまで見えるのか。ルシアに対する私のアドバンテージはどこにあるんだ!


 エルシーはキッとなった。


「五月蠅い! とにかく、貴女の倒錯した愛などに席は無いのです、諦めなさい! さもないと……」


「さもないと、何なのです?」


「今すぐ、ここで殺してあげます。フェイルノート!」


 美しく力強い白銀の弓がエルシミリアの手に現れた。神弓フェイルノート、昨日、エルシーがキャティ様から私の羽々斬にも匹敵する強力な武器だ。しかし、ルシアに矢を向けて弓を引き絞るエルシミリアの肩が小刻みに震えていた(彼女とて、ルシアの強さは十分わかっている)。見ていられなかった。瞬間移動し、彼女の腕を掴んだ。


「エルシミリア殿下、お止め下さい。お願いですから、お止め下さいませ」


「お姉様……」


 敬称も敬語も使いたくなかった。使えば、エルシーは悲しむことはわかっている。でも、ここには大勢の騎士達がいる。使わない訳にはいかない。


 エルシー。貴女の私への愛はとっても嬉しい。でも、その愛が故に追い詰められていく貴女を見るのはとても辛い。私には貴女の愛に報いる術がない、どうしたら良いの? 本当にどうしたら……


 エルシーは肩から力を抜き、弓を降ろしてくれた。私は視線をエルシミリアからキャティ様へ移した。


 エルシーをお願いします、キャティ様。


 キャティ様は頷いてくれた。もう彼女のパートナーはキャティ様だ。出過ぎた真似(まね)はしたくない。


 キャティ様は変身を解かれ、ノエル殿下に姿を戻された。


「エルシー。ルシアを殺すだけで良いなら簡単なことだよ。でも、そうじゃない、それじゃ問題は解決しないことは君もわかってるだろ。僕を信じて。君を、君達を絶対守るから。自分の夫を信じるんだ」


 エルシーは素直に頷いた。


「はい、信じます。殿下」


 ノエル殿下のエルシーを見つめる目は温かい。ちゃんとエルシーを愛してくれている。それを大変嬉しく思うとともに、ほんの少しだが嫉妬心が湧いた。ノエル殿下は、私ではなくエルシーを好きになられた。それはエルシーには、私に無い魅力があったということだ。その魅力とは何だろう? 私には何が足りないのだろう?


 殿下がルシアの方へ向き直られた。


「ルシア、君は何をしに来たんだ? 何のためにわざわざ敵地へやって来た?」


 そうそう、さっきからそれを聞きたかったのだ。ユンカー様が聞いたのだが、ルシアが答えを言う前に何故かグダグダに……。誰のせい? ユンカー様? それとも私?


 ルシアは肩をすくめた。ようやく答えが言えるよ、と言う感じ。


「私がこの王宮に来たのは三人の人に会いたかったから。一人目は愛するアリスティア。二人目は、会ったことがなかったオールストレームの王。そして、三人目は貴方、今や神々の一柱となられた貴方ですよ、ノエル殿下」


「僕に? 何の用だ?」


「一言、御忠告したかったのです。無粋な真似は止めて下さいませ、とね」


 殿下の表情が険しくなった。普段の殿下は軽いノリのお方、こういう表情は滅多に見せられない。


「ノエル殿下、いえ、キャティ神様。下界のことは我々下界生物にお任せ下さいませ。下界の争いに神々が関与なされるなど、子供の喧嘩に親が出て来るようなもの。無粋、まことに無粋そのものです」


「ルシア。君は間違っている。下界生物とは、我々、神々がこの世界に来た時に、混沌(カオス)の中で蠢くことしか出来ていなかった悲しき生き物に端を発する者だ。それに対し、ドラゴンとは、反乱を起こした人に懲罰を与えるために作り出された()()だ。決して下界生物などではない」


「神獣! 御冗談を!」


 ルシアの表情まで険しくなった。


「必要が無くなったら簡単に土に戻される私達が、そのような尊き獣である訳がありません。神々にとってドラゴンなど、ただの道具。下界生物と何ら変わらない価値しかないのです。違いますか、違いませんよねぇ」


「それは……」


 キャティ様は言葉に詰まられた。実際、ルシアの指摘は的を射ていた。ドランケン神以外の神々はドラゴンを道具として扱った。これは、当時コーデのもとにおりドラゴン廃棄に関わっていないキャティ様も同様な感覚。ドラゴンなど全頭廃棄すべきだったと、彼女が口にされたのを私は聞いたことがある。


父上(ホワイドラゴン)母上(ブラックドラゴン)に聞きましたよ。同胞は神々に従い、その命令の遂行に力を尽くした。それなのに……。神々は、ほんと冷たきお方達です。でも、ドランケン様だけは違いました。ドラゴンを愛して下さいました。他の神々に抗い、父上と母上を生き残らせてくれました。だから、私達はドランケン様をお慕いし、命に従うのです」


 殿下は苛立たれた。


「恨み節はもう良い、君は何が言いたいんだ」


「まだ、わかりませんか。では、ちゃんと言葉にしましょう。私達ドラゴンにだって()()()()ということです。私の心はアリスティアを求めています。私は、彼女との命のやり取りを()()()()()()()()()のです。だから、貴方様が本当に邪魔なのです、邪魔で邪魔で仕方ないのですよ。キャテイ神様」


 ルシアのキャティ様への不敬ぶりと、私への執着に頭が痛くなって来た。周りを取り囲み、二人の話を一語漏らさず聞いていた騎士達もドン引きしている。


「おい、俺達。こんな危ない女王がいる国と戦うのか、なんか嫌だ」


「俺も嫌だ。引退して領地へ引っ込もうかなー」


 こら、こら。引退なんて絶対ダメ。私なんて当事者よ、当事者。逃げられないんだから、大変なんだから。


 怒気を含んだ声が響いた。ノエル殿下がこれほど低い声を出すのを初めて聞いた。


「ルシア、僕は昨日、オールストレームを守ると国民の前で誓ったんだ。そのような与迷い事を聞いて。僕が、はい、そうですかと、手を引くと思うのか? 」


「思いません。ですからこれを。ドランケン様からお手紙を預かって参りました」


 ルシアは、しれっと答えると、ゆっくりとノエル殿下に近づき、一通の手紙を差し出した。殿下はそれを受け取り、封を解いた。殿下の顔から一気に血の気が引いて行く。そして、姿がキャティ様本来のものに戻られた。明らかにうろたえている。声が(こぼ)れた。


「マイスがそんな……」


 マイス? マイス神のこと? キャティ様、マイス神様に何があったのですか! そう聞こうとしたが、私は二人の話に入れなかった。


「これは本当なのですか? 答えなさい!」


「本当でございますよ。次は貴女様かもしれませんね、フフフッ」


「ルシア!!」


 キャティ様は神々の中では温厚な方だが、ついに切れた。怒鳴り声とともに、強烈な神圧がルシアを襲った。でも、彼女はそれに耐えた、なんとか踏ん張った。流石、最強のドラゴンといえる。悔しいが、私だったら、為す術無く飛ばされていたことだろう。


 ルシアは顔を上げた。そして、キャティ様を嘲った。


「キャティ神様。貴女の()()()は、ドランケン様が封じられました。もはや、貴女様が勝てる可能性など殆ど無くなったのです。オールストレームの人々を守る? ご冗談を。そんなことより、ご自分の身を心配なさいませ。ご自分のね」


「そなた、神に向かってよくもそのような無礼なことを!」


 キャティ様は本当に怒っていた。普通の人なら、その怒気だけでどうにかなってしまうだろう。現に、あおりを受けた騎士達の半数が失神をしている。しかし、ルシアはもろともせず、尊き一柱をさらに嘲った。


「神ですか、確かに貴女様は神と呼ばれています。でも、貴女様はお弱い、本当にお弱い。オーラを見ればわかります。貴女様など束になってかかってもドランケン様に勝てないでしょう。ぶっちゃけ、神はドランケン様だけがいれば良いのですよ、最強のドランケン様だけが神たりえる存在です! この世界はドランケン様のものなのです!」


 なんて暴言、ありえない。ルシアは気でも狂ったの? 私はキャティ様が怒りのあまり、ルシアを殺してしまわないかとヒヤヒヤした。彼女は自制してくれた、彼女は()()()()()、ほんと温厚なお方だ。


「では皆様、ごきげんよう。また、お会いしましょう」


 ルシアは、笑顔と共に転移した。私達の前から消え去った。



 そして、それと入れ替わるが如く、一人の()()()()()()の女性が駆け込んで来た。


「ルシア! ルシアはどこ、どこにいるのです!」


 駆け込んできたのはクローディア陛下。ルシアの母上。息を切らす彼女に、エトレーゼの絶対者だった頃の面影はない。あるのは、娘を、大切な娘のことを思う一人の母親の姿。


「アレグザンター陛下、教えて下さいませ、あの子はどこにいるのです! 陛下!」


 彼女の悲痛な声は聞いていられなかった。私とコーデは大広間を後にした。



 隣を歩くコーデの涙声が聞こえる。


「ドランケン、バカな()……、あんた、何しとんの、ほんと何しとんのよ……」


 コーデが関西弁を使うのを初めて聞いた。こんな悲しい台詞で聞きたくはなかった。


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