ルシアとの再会
「羽々斬!」
私が名を叫ぶと同時に、一振りの剣が眼前に現れる。私はその美しき神剣をガシッと掴みとり、心の中で胸元の小袋に収まっている彼女に礼を言った。
ありがとう、ユリア。
ユリアの能力は今でも進化を続けている。半年ほど前から彼女は「収納」という特別な能力を使えるようになった。かなりの大きさのモノでも、亜空間というか何というか別空間にしまっておけ、一瞬で出し入れ可能。これは本当に素敵な能力だ。という訳で、ものぐさの気がある私は、彼女にバンバン物を預けている。いやー、便利、便利。
『どういたしまして、アリスティア』
頭の中に直接彼女の声が響く。
この声が共にある限り、私は大丈夫。大丈夫だと思える。ユリアは私の守護者にして一番の親友。MY神様、葛城の神が下さった最高の恩寵だ。
アレグ陛下がこちらを向かれた。視線が厳しくなっている、それは私達も同じ。これからルシアの下へ向かうのだ。緊張しない方がおかしい。
「用意は良いか、アリス、コーデ」
「「はい、陛下(父上)!」」
私とコーデの返事が偶然重なった。それがおかしかったのか、陛下が少し緊張を解かれ、苦笑ぎみに言われた。
「このような時になんだが、私には、お前達が妙に似ているように思えるんだ。アリスティアの双子のエルシミリアより、コーデの方がずっとアリスに重なって見える。お祖母様、そう思われませんか?」
ぎくりとした。コーデも同様だったようだ。その証拠にコーデは何も言わなかった。普段通りの彼女なら、『失敬ですね、アリス姉様と私が似ているなどありえません』くらいのことは言うだろう。
アレグ陛下は時々ほんと鋭い。私とコーデの関係については、ユンカー様でさえ気づいていない筈だ。いや、どうだろう……。ユンカー様は何百年も生きている。その長い年月で培った洞察力は侮れない、もしかしたら……。
「アリスとコーデが似ている? そんなことどうでも良い。それよりお前の方はどうなのだ? その嵌めている指輪にちゃんとアスカルトは居るのであろうな。あの精霊がおらんと何の力も出せんぞ」
心配して損した。ユンカー様は基本趣味の人、興味の無いことは、ほんとどうでも良い人だった。
「いますよ。殆どの時間、指輪の中で眠っています。滅多に出て来ません。ミリアが『アスカルトちゃんを、もっともっと可愛がりたいのにー!』と嘆いてます。せっかく養女にしてやったのに、ほんと親不孝者ですよ」
ミリア様は陛下の第三妃で、コーデのお母様。しかし、コーデに続いてアスカルトまでとは……、なんて御労しい。今度慰めに行って差し上げよう。
用意が整った私達は(といっても、私が天羽々斬を取り出しただけだが)、大広前へと転移した。王宮内の瞬間移動は基本、結界で出来ないのだが、結界除外登録者は可能。私達、四人は勿論登録者だ。
大広間に転移すると。大勢の騎士達が、ルシアを自称する一人の少女を遠巻きに囲んでいた。ほんとに遠巻き、壁際ぎりぎりまでひいている。まあ、近衛の団長が一瞬でやられる相手、これは仕方ないだろう。逃げ出していない分、その勇気を褒めたたえるべきだ。
そのルシアを自称する少女は、転移してきた私達に気づくと、にっこりした。まるで親しい者、愛する者に会ったかのように……。
コーデがぼそっと呟いた。
「あの者が、ルシア?」
先ほどから彼女を、ルシアを自称する少女と言っているのは、彼女が本当にルシアかということが、わからないから。大広間の中央に一人立つ彼女は、くすんだ灰色の髪に深紅の瞳。そこまでは以前、対戦したルシアと同じ。声もあの時と同じ声質のように思える。しかし、見た目の年齢が、どう見ても十五六歳。私と同じくらいの年齢に見える。
二年半前に会った時のルシアは、見た目七歳くらいだったし、実年齢も七歳(これはルシアの母親、クローディア陛下から裏付けはとれている)。だから、今は十歳か九歳。どう考えても年齢計算が合わない。
私は、問い質すために、一歩前に出た。彼女の深紅の瞳が大きく見開かれ、頬が微かに上気した。
「貴女、本当にルシアなの?」
「ああ、アリスティア! 貴女はちょっと会わなかったくらいで、もう私のことがわからなくなってしまっているのね。なんてこと、ほんとになんてことなの……」
彼女は左手を胸に当て、右手を私に向けて差し出した。
「私は貴女を愛している、心の底から愛している。私は毎日、貴女のことを想い続けて暮らしているのに……、それなのに貴女は……。どうして、どうしてなの、アリスティア!」
溜息が出た。まるで悲恋もののお姫様のようなセリフだ。ただ、相手は王子様ではなく、女の私だが……。
「冗談を言ってないで、ちゃんと答えて。貴女がルシアだとしたら見た目と年齢が合わないわ。身体が大人過ぎる」
彼女の身体のラインは女性として大変魅力的なカーブを描いている。豊かなバスト、くびれたウエスト、張り出しつつも下品に見えないギリギリのサイズのヒップ。はっきり言って、妬ましい。
彼女はそれまでの悲壮な表情を一転させ、フフッと笑った。その笑みは整った顔もあいまって、女の私でさえゾクッとするほど妖艶。こんな十歳いる訳無い。
「貴女って案外頭が固いのね。私をなんだと思ってるの? 人とドラゴンの融合体よ。普通の人と同じような育ち方をするわけないでしょ」
「それはそうかもしれないけれど……」
彼女の言っていることはわかる。確かにそれはありえるし、実際そうなのだろう。でも、受け入れたくはなかった、嫌悪を感じていた。ルシアに初めて会った時から私は思っていた。この子はどこか歪んでいる。そして、数年ぶりに会ってもそれは全く変わらない。いや、違う。以前よりさらに歪んでいるように見える。
二度の人生を生きている私にはわかる。心というのは簡単に成長出来ない、時間をかけて、ゆっくりゆっくり成長して行くしかない。心と身体のアンバランスが、彼女の歪みに拍車をかけている。
ルシア……、可哀そうな子。どうして不幸は連鎖して行くのか。
「まあ良いわ、納得してくれなくてもかまわない。もうすぐ、貴女は私をよく知るようになる。だって、私達、殺し合うんですもの。これは最高の愛の形よ。楽しみだわ、ほんと楽しみ!」
「何時まで糞ポエムを喋っとるだ、この糞ガキ!」
罵倒と同時に、ルシアに向かって神力の籠った光弾が放たれた。罵倒も攻撃したのもユンカー様。けれど彼女は、左手を翳すだけでその攻撃を弾き、霧散させた。そしてユンカー様を睨みつける。
「そこの女、今、何と言いました、何と……」
「糞ポエムだ、糞ポエム。あんな恥ずかし過ぎる台詞、物を考え始めたガキぐらいしか言えん。糞ポエムとしか言いようがないわ!」
ルシアが顔を真っ赤にしている。あれ? もしかして恥ずかしがってる?
この瞬間だけ、ルシアが普通の少女のように見えた。ただのナイスバディの少女に……。しかし、ルシアは直ぐに表情を戻し、ユンカー様を再びねめつけた。彼女の赤い双眸に暗い光が宿っている。
「貴女、エルフね。神々の失敗作。もう、殆どいないと聞いているけれど、こんなところに潜んでいたとはね。もしかして貴女が最後の一人なのかしら」
周りを取り囲んでいる騎士達に動揺が走った。ユンカー様がエルフということは王宮内でも一部のひとしか知らない機密。こんなことでばれてしまうとは……。秘密って守るの難しいね。
「知らん。わしは気にしとらんし、我が種族のことを病んでるポエマーなんぞに心配してもらおうとも思わん。そんなことより、ここへ何しに来たんだ? 申してみよ、ルシアとやら」
私もあまり他人のことは言えないけれど、ユンカー様の言葉遣いは荒い。相手はドラゴン、それも最強のドラゴン。私達全員が、束になってかかっても勝てるかどうかの(たぶん負ける……)相手なのに、その相手に向かって「糞ガキ」、「病んでるポエマー」、「ルシアとやら」って……。
アレグ陛下は眉間に手を当て下げた頭を振ってしまっているし、コーデにいたっては先ほどからユンカー様の背中を「止めろ、止めろ」という感じで何度も叩いてた。
ルシア、激昂しないでお願い、お願いだから……。
私の願いは聞き届けられた。ルシアは切れなかった。普通に会話してくれた。
「とやらって、ほんと失礼な女ね。人にものを尋ねる時は、先に自分の名前を名乗りなさいよ。大体、貴女はオールストレームの何なの?」
「おー、すまんかった。わしの名はユンカー・オールストレーム。オールストレーム王国の王である」
ユンカー様自らの国家機密暴露に、アレグ陛下は半泣き、私とコーデは腰砕け。騎士達に至っては、MMR状態になった。
な、なんだってー!!
ルシアはきょとんとしている。
「あら、オールストレームの王はアレグなんちゃらって言う男性じゃなかった? 女王だなんて聞いてないけど……」
半泣き顔のアレグ陛下がルシアに声をかけた。
「ルシア殿。私がそのアレグなんちゃら。アレグザンター・オールストレーム。オールストレームの国王だ」
「国王が二人?」
ルシアは益々きょとんとした。私達三人は、ユンカー様に精一杯の白い目を送った。この状況をなんとかしろー!
流石にユンカー様もこれ以上場を混乱させてはいけないと思ったのだろう。さきほどの国王というのは冗談、実際は初代王の妻で、今の身分は後見職であるという、それなりの弁解をしてくれた。
「つまり、長命な私は子孫達が誤った道を行かぬよう、生温かく見守っとるという訳だ。特にこの三人、アレグ、アリス、コーデには目をかけている」
へ? 目が点になった。
「ねえ、コーデ。今、ユンカー様が私のことを子孫に入れてなかった? 入れてたよね」
「入れましたね。それがどうかしましたか?」
「どうかしましたかって、私は王族じゃないよ、ただの田舎伯爵家よ」
「あのですね。ゲインズブラント家も、エリザお母様のライナーノーツ家も、初代様以来の家臣ですよ。王族の一人や二人、嫁いだり婿に入ったりしてます。だから、アリス姉様にもユンカーの血が入ってます。こんなの、ちょっと考えればわかることです。まさか気づいてなかったのですか?」
コーデが情けない物を見るかのような目で私を見ている。そして、その視線に耐えられず、ユンカー様の方を見ると、ニマッとした笑顔。そして猫なで声。
「ユンカーお祖母様と呼んでね、私の可愛い可愛いアリスちゃん」
ぐわあぁ!!
むずがゆさが全開になった。普段のユンカー様は知ってる私にとって、このような孫大好き、甘々おばあちゃん的セリフ、耐えられない。もはや悶絶するしかない。
ルシアが抗議してきた。
「アリスティア、貴女、今、完全に私のこと頭から消えてたでしょ! 消えてたよね!」
「いえ、そんなこと…………、ないよ」
「何なの、その間は! ちゃんと否定しなさいよ、ちゃんと! 恋する乙女を舐めんじゃないわよ!」
ルシアはもう激おこぷんぷん丸……。というか、もう、この場はもうグダグダだった。緊張感の溶けまくる舞台進行に、騎士達も気が抜けて来たというか、げんなりしているというか……。ははは。
最初、ルシアが現われた時は、今日が自分の命日になるかもしれないと覚悟したのに、どうしてこうなった? もう帰って寝ようかしら……、なんて考えて始めた時、
天井をすり抜けて入って来た膨大なエネルギーがルシアに叩きつけられた。その力はあまりにも強く、ユンカー様の攻撃を片手であしらったルシアが為す術も無く、体を大理石の床にめり込ませている。ルシアは悲鳴を上げているようだが、轟音にかき消され全く聞き取れない。
そのような地獄の圧殺が十秒ほど続いたのち、天からの衝撃派は少しずつ消えていった。そして、そこに残ったのは大理石の床の残骸とペシャンコになったルシア。そして、その前に現れた二人の女性、とんでもない美女と、素晴らしき美少女。
美少女は美女に縋るように体を寄せ、美女の手は美少女を守るかのごとく彼女の肩に添えられている。女性同士であるが、彼女達がパートナーであることは一目瞭然。
「キャティ神様……、エルシミリア殿下……」
その場にいた騎士達は、神の持つ力の素晴らしさと、二人の麗しさに圧倒され、次々と跪き始め、最後に立っているのは、私達四人だけになった。私達が跪かなかったのは、ユンカー様が「あんなのに跪かんで良い」と言い張ったから。ほんと、ユンカー様は意地っ張りである。
キャティ様の凛とした美しい声が響きわたる。
「ルシア、下手な演技は止めなさい。貴女があれくらいで死ぬ訳ないでしょう。神をバカにしているのですか?」
「えへへ、わかります? やっぱりわかりますよねー」
残骸の中、明らかにペシャンコになっていた筈のルシアが、むっくりと起き上がった。流石に服はボロボロになってはいるが、体の方は全くの無傷。かすり傷一つ残っていない。完璧に回復している。
ルシアが生きていたことに騎士達は驚愕しているが、私は全く……。彼女が死んでいないことは、わかっていた。私の目にはオーラを見るモードがある。そのモードで見れば、生きているか、死んでいるかなど一目瞭然。
ルシアは強い、本当に呆れてしまうほど強い。
どうしよう、どうやって勝とう……?
休戦協定が、後数カ月で終わろうとしている今、
私は、その答えの影さえ見出してはいなかった。