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神の国、神が愛せし国

 女神の声が、聖堂前広場中に、いや王都全体に響いた。


「 人よ。我が名はキャティ。そなた達が知らぬ、十三番目の神 」


 人々に驚愕が走った。それは仕方ないこと。神話時代の昔から、神々は十二柱、それは常識だった。エイスト教会はそう教え導き続けてきた。突如、十三番目の神だと言われても、はい、そうですか、にはなりようがない。人々は混乱し、教会の頂点におわすお方、教皇コルネリオに救いの手を求めた。


 群衆の視線を一身に集めたコルネリオ猊下は、立ち上がると、前に進み出た。そしてキャティ様に向かって跪いた。


「キャティ様、お久しゅうございます。偉大なる御身自ら、顕現下されましたこと、我らにとって無上の歓び。感謝いたします、本当に感謝いたします。我らの(しゅ)よ、天上の尊き一柱よ」


 宗教的権威者である教皇は何者にも従属しない。その教皇が平伏し、神を示す「主」、「一柱」という言葉を使った。そして、それだけではなく以前から彼女を知っていたことを明かした。つまり、エイスト教会は認めたのだ。


 今、空中に降臨している白銀の髪と金色の瞳を持つ超絶な美女は、真に神々の一柱、()()()()()()なのだと……。


 コルネリオ猊下は立ち上がり、群衆の方へ向き直った。


「エイスト教の敬虔なる信徒達よ」


 猊下の呼びかけに、群衆は完全に傾聴モードに入った。これは当然のこと。天候予測、気候予測の能力により食糧生産を安定せしめたコルネリオ猊下の人気は今や絶大。猊下を慕わない、信徒はいないと言って良い。


「私の天候や気候を予測できる能力は、キャティ神様より賜ったもの。今日、多くの者が、食べる物に事欠かず暮らしていけるのも、キャティ神様のお蔭といっても過言ではない。キャティ神様は、かように心お優しきお方、我らのことを思って下さるお方なのだ」


 コルネリオ猊下は、紋章隠しブレスレットを外し、掌を前向きにして左手を高く掲げた。その手首には、私とエルシミリアが持つ紋章と同じものが刻まれている。


「見よ、私が頂きし二つ目の紋章、キャティ神様の紋章を! 私は、既にキャティ神様の眷属である!」


 群衆からどよめきが起こった。近くにいる者以外、ちゃんと見えないだろうに何故? とも思ったが、理由は簡単、猊下の掲げた左手の上空には、猊下の紋章の拡大映像が浮かんでいた。キャティ様は、ノエル殿下と融合しているせいもあってか、結構気配りがきく性格。言っては悪いが、あまり、神々ぽくない。


 数万にも上る群衆が地面に伏した。最初のように、神圧に押さえ付けられてではなく、自らの意志で、跪いた。彼ら彼女らは認めたのだ。キャティ様が、敬い従うべき神々なのだと。


「皆の者、よく聞きなさい」


 キャティ様が人々に語り掛け始めた。


「私は長らく、私の同胞(はらから)、他の神々に世界を任せておりました。私には私の使命があったのです。ですが、そうも言ってられなくなりました。今、世界の調和は乱れ、危機が訪れようとしています。このままでは世界的な戦乱がおき、多くの命が失われることでしょう」


 重苦しい空気が人々を包んだ。それは誰もが思っていること、恐れていること。


「では、どうしてそうなったのか? それは、とある神、私の同胞の一柱が、真なる魔獣、ドラゴンをエトレーゼに与えてしまったからです。このことにより、世界のパワーバランスは崩れてしまいました。このようなことは本来あってはならぬこと。真に申し訳なく思っております」


 私は耳を疑った。え? 謝るの? 謝っちゃうの? 


 エイスト教の教えによれば、神々は万能で、無謬の存在。何があろうと、()()()()に対して謝るなど有り得ないことだ。こんな風に神々のイメージを壊して良いの? 他の神々が怒ってこない? などと、つい思ってしまう。心配してしまう。


 でも、とりあえず、今ここでの、人々の反応は良好なものだった。とても良好だった。


「勿体なきお言葉……。本当に勿体なき……」


「なんてお優しき神々。どうか、(わたくし)めも貴女様の眷属に! キャティ神様!」


 「「「「「 (わたくし)めも! 」」」」」


 キャティ様は、右手を軽く上げ、人々に興奮を抑えるようにと促した。そして、微笑んだ。


「皆の気持ち、嬉しく思いますよ」


 その微笑みは、まさに天上の微笑み。見ているだけで、心が蕩けてしまう。造作(ぞうさく)から言えば、この世界最高の美少女だと私が思っているコーデリアだって、これほどまで魅力的な笑みは出来ない。やはり神々は私達(ひと)とは次元が違う。真の神ではないといっても、高次な存在であることを思い知らされた。


 人々は、彼女の笑みと言葉に感激し、骨抜きとなった。感激のあまり、すすり泣く声が各所で聞こえた。


 その感情の嵐がおさまるのを少し待ってから、キャティ様はアレグ陛下の方へ向き直り、声を発された。その声のトーンは低く、ある種の冷たささえ感じられた。


人の王(アレグザンター)よ、そなたに問います。そなたは王として、ドラゴンを擁するエトレーゼを打ち破り、民を守り抜くことが出来ますか? 答えなさい」


「そ、それは……」


 いきなり話を振られたアレグ陛下は、冷や汗を流しながら答えに窮している。これは仕方がない。神々のような圧倒的な存在に詰問されて、平然としていられる人などこの世にはいない。


 それに、よく考えると、陛下は今まで、顕現した神々に会ったことがない。今回が初めてだ。それを考えると、ほんとよく頑張っている。


「恐れながら申し上げます。オールストレームは、私を始め、尊き神々より数々の恩寵を賜っております。そして、命尽きるまで戦い続ける覚悟も出来ております。ですが、敵がドラゴンを擁していては、王の責務を果たしえる自信、エトレーゼに打ち勝てる自信は、私にはございません」


 陛下の言葉に動揺が起こる。アレグザンター陛下は圧倒的魔力量を誇る賢王として、王国民から大いに慕われている。その陛下から、オールストレームはエトレーゼに勝てないという言葉が出た。これは王国民にとって、本当にショックなこと。


 エトレーゼは確かに強くはなったかもしれないが、戦えば、幾多の苦戦はあったとしても、最後にはオールストレームが勝つ。殆どの王国民はそう考えていただろう。オールストレームは大陸一の大国、負ける筈がないと考えるのが常識的感覚なのだ。


 今回の式に参列していた各国の王達も蒼白になっていた。オールストレームが勝てない相手に、有象無象の大陸諸国が勝てる訳がない。

 

「アレグザンターよ。私は大言壮語を好みません、その正直さ、評価いたします」


 陛下は、キャティ様が下さったお褒めの言葉にお礼を述べた。そして、思い切った。


「キャティ神様、お願いがございます。どうか、お聞き届け下さいませ」


「何ですか? 申してみなさい」


「貴女様のお力で、エトレーゼからドラゴンを取り上げて下さいませ。何卒、何卒!」


 これは、もっともな頼みだと思う。もし、キャティ様に会うのが初めてだったら、私も絶対同じことを頼んだことだろう。


「それは無理です。ドラゴンをエトレーゼに遣わしたのも私と同じ、神々の一柱。介入することは出来ません。私達、神々には上下の関係はないのです。このことは聖典に記されています、忘れたのですか」


「申し訳ございません。ことがこと故……」


 頭を下げて謝る陛下を見ていると、少しイライラしてきた。


 キャティ様、エルシー。貴女達、何がしたいの? 本当に何をしようとしているの?


 私の心を察した、ユリアが心の中で話しかけて来た。


『アリスティア、気持ちはわかるけれど、ここはエルシーとキャティ様を信じましょう。エルシーは貴女の半身。貴女が信じないでどうするの』


 信じてはいる、信じてはいるけれど。エルシーの愛は時に行き過ぎる、行き過ぎてしまう。



 キャティ様の声が、再び優しくなった。


「アレグザンターよ。そなたの国を、国の民を思う気持ちよくわかります。私もこの国、オールストレームが好きです。滅んで欲しくはありません。ですから、私に出来る最大の祝福を、この国に与えましょう」


「おお! 有難き幸せでございます! キャティ神様!」


 アレグ陛下は何度もお礼を言った。人々も当然喜んだ。


「キャティ神様、その最大の祝福とは、どのような祝福をいただけるのでございましょう? 神契(しんけい)の印のようなものでしょうか? それとも新たなる能力でしょうか?」


 陛下は、祝福の内容を知りたがった。まあ、当たり前だよね。私だって早く知りたい。


「私が、オールストレームに与えるものは、物や能力ではありません。()()()です」


「へ?」


 思わず、間抜けな疑問符で返してしまった陛下、でも、他の人達も基本的に同様、キャティ様の意図を判じかねている。隣に立つコーデが、ため息をつきつつ、言った。


あの子(キャティ)とエルシ姉様のやろうとしていることがわかりました。二人は責任を持とうとしているのですね。エトレーゼに関連する全ての責任を……」


 コーデの視線は、壇上のノエルとエルシーに注がれ、彼女のその眼には、切なさが溢れている。


「バカな子達、そして、何て優しい子達。本当に責任をとるべきは、真の神であった私なのに……」


 私はコーデの肩に手を回し抱き寄せた。彼女は全く抵抗せず身を預けて来た。コーデの声が震える


「アリス姉様、私達(野乃)はどうしてこうなのでしょう。いつも迷惑をかけてしまう。愛する者達に負担をかけてしまう。どうして私達は……」


 コーデに回した腕に力をいれた。私に出来ることはそれだけだった。



「下さる祝福が、貴女様自身? それはどういう意味でございましょう」


「言葉通りの意味ですよ。私は貴方の()()となりましょう」


「息子? 私の息子?」


 陛下も人々も、益々混乱した。そりゃね、私だってキャティ様とノエル殿下の関係を知らなければ、同様の反応だっただろう。


 キャティ様は壇上にいるノエル殿下を指さされた。


「私は、この者を依代として、その中に入ります。よいですね、人の国の王子、ノエルよ」


 ノエル殿下は、すぐさま跪いた。


「勿論です。我のような卑しき身でよろしければ、キャティ神様の思われる通り、如何様にもお使い下さいませ」


 キャティ様はノエル殿下に向かって頷くと、エルシミリアにも問いかけた。


「ノエルの妻、エルシミリアよ。そなたはどうです?」


「キャティ神様、お答えする前に、ひとつお聞きしたいことがございます。貴女様の依代となった夫は、夫の心は消えてしまうのですか」


「そのようなことはありません。ノエルは私と同一化、融合するのです。ノエルの心はいつも、私の中にありますよ。心配は無用です」


「そうでございますか。ならば、何の異存もございません。わたしは妻として、ノエル様に、そしてキャティ神様に、誠心誠意お仕えしとう存じます」


 エルシーはそう言って、ノエル殿下と同様に跪き頭を垂れた。この間、陛下も、教皇猊下も、各国の王達も、事の成り行きを見守る他はなかった。相手が神では、これまでの人生の経験値など殆ど役に立たない。


「良き答えです。では、婚姻の記念に、貴女の欲しい物を与えましょう。何が良いですか?」


「ありがとうございます。さすれば、キャティ神様は、わたしの姉、アリスティアに神剣『天羽々斬』を下さいました。わたしにも、同様の物を。ドラゴンと戦える力、国を守れる力を下さいませ」


「わかりました。では、これを。神弓、フェイルノート!」


 その瞬間、エルシミリアの目の前に、白銀に輝く優美な弓と、矢筒が現れた。これは後からコーデに聞いて知ったのだが、フェイルノートとはアーサー王伝説に登場する弓で、狙った場所に必ず当たる弓だそうだ。アーサー王伝説かあ、厨二心が(くすぐ)られる。エクスカリバーとか、カッコ良いよね。


 この後、キャティ様は、アレグ陛下と私に、全力で防隔、神与の盾を展開することを命じた。私達二人は本気を出した。何百何十という黄金色に輝く防隔が連なるように空中に浮かんだ。


「エルシミリア、薙ぎ払いなさい」


「はい、キャティ神様」


 エルシーは、私達が出した天に向かって永遠と連なる防隔の行列を見据えて、神弓、フェイルノートを引き絞った。そして、矢を放つ。放たれた矢は、一直線に防隔に向かいそれらを、いとも簡単に打ち破った。


 本当にキャティ様の言葉通り、薙ぎ払われた。私と陛下が出した究極ともいえる神与の盾の群は()()()一掃され、霧散した。盾があった場所には、ただただ、青空だけが広がっている。


 フェイルノートの素晴らしき力を見た王国民の歓びは爆発した。歓喜が渦巻いた。キャティ様は、その渦に向かって、語りかけた、宣言した。


「オールストレームの民よ。これから私は、王子ノエルとして貴方達と共にあります。貴方達を、率い、守り、この世界を戦乱の危機から救って見せます。さあ、これから一緒に歩んでいきましょう。敵にドラゴンがいようと臆すること必要など全くありません。オールストレームには私がいます。オールストレームは()の国、()()()()()国なのです!」


 オールストレーム万歳! キャティ神様万歳!

 オールストレーム万歳! キャティ神様万歳!

 オールストレーム万歳! キャティ神様万歳!


 群衆の連呼は終わらない、いつまでもいつまでも続く。


 私とコーデリアは、この熱狂に加われなかった。ただただ呆然とした、呆然と立ち尽くしていた。


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