私の欲しいもの
20/11/12 途中の一文「でも、彼女は大勢の人の前で~」を削除しました。要らない文でした。他
、各所数行も修正。
エルシーから婚約を知らされた後、私は生きた屍とかした。
彼女は私の別れた半身。でも、それでも、別の人格を持った他者であることには違いない。いつかは私の隣から去ってゆくとは思っていたが、こんなに早くとは思っていなかった。恥ずかしい話だけれど、エルシミリアとユリアは、なんやかんやありつつも、私と永遠に一緒……。そんな非現実的な空想を私は抱いていた。
だから、腑抜けになった。こんなことではいけないと、どんなに自らを叱咤しても力が湧いてこない。心が未来へと向かっていかない。
普段、エルシーの愛は重すぎるよなーなどと思ってたくせに、これほどまで、彼女に依存していたなんて。過去の自分に会うことができるなら、詰りまくってやりたい。
アホ、ボケ、カス! 何が愛が重いや、その愛に甘えまくっとったんは誰や!
すみません、それは私です。葛城野乃として十五年、アリスティアとして十四年、計二十九年も生きた私でございます。ううう。
そんな情けない私をユリアは叱咤してくれた。
「アリスティア。エルシミリアは自らの人生を賭して、キャティ様を、こちらの陣営に完全に引き入れてくれた。これがどれほど凄いことなのか貴女に分からない筈ないでしょ。惚けてる場合じゃないわよ。エルシーの決断を無駄にしないで、私に自分の主人は馬鹿だと思わせないで、お願いよ」
ユリアの言うことは、ごもっとも。私はなんとか立ち直り、やるべきこと、神の剣、天羽々斬を完全に使いこなすための訓練に励んだ。
時には、キャティ様に相手を頼み(神々の一柱が練習相手、なんたる贅沢!)本当に一生懸命に練習した。そして、キャティ様から、相手がブラックドラゴンやホワイトドラゴンなら負けはしないだろうと言ってもらえるまでに、私の剣捌きは上達した。
「では、ルシアが相手ではどうですか、勝てますか?」
「うーん、ルシアの強さは、私から見ても得体の知れないところがあるわ。勝てる保証はちょっと無理。でも、それは一対一で戦った場合の話。貴女には沢山の仲間がいて、その中に私もいるのよ。それを忘れないでね」
「はい、キャティ様。ありがとうございます」
キャティ様がそう言ってくれるのは心強かったし、とても嬉しかった。でも、心の底には、疑念があった。彼女は永遠のごとき時を生きる万能に近き存在。どんなに長くても百年くらいしか生きられない私達、脆弱な人との感覚のズレは必ずある。彼女の言葉をどこまで信じて良いのだろう? 彼女はどこまで、私達を見捨てないでいてくれるだろう?
私のキャティ様に対する心は安定しなかった。揺らぎ続けた。
ノエル殿下とエルシミリアの結婚式は、大聖堂で滞りなく執り行われ、教皇、コルネリオ猊下の立ち合いの下、結婚の宣誓は無事になされた。宣誓後の二人のキスは、あっさりとしたものだった。え? それだけ? って感じ。でも、二人らしいなとも思えたし、私的にも、ほっとした。エルシーが私と同じ顔だけに、フレンチ・キスみたいなねっとりとしたのをされたら、こちらがドギマギしてしまう。
おめでとう! エルシー、ノエル殿下!
幸せにね、幸せな未来を皆で作っていこうね!
後は、国民からの祝福を受けるだけ。聖堂内に参列していた者全員、堂外へ出た。目の前の大広場には、空前の大群衆。ノルバートの奇跡の時を超える数万人もの人々が、久々に誕生したロイヤルカップルを、一目見んと詰めかけて来ている。
まあ、来た価値はあると思う。ウエディングドレス姿のエルシーは、目に焼き付けておいて損はない、ほんと奇麗。式の最中、ブライズメイドとして私やコーデが近くにいたのに、参列者の目が見つめるのはエルシーばかり。私達は大いに自信を喪失した。
(これは全くの余談だが、エルシーファンクラブの元会長、ベアトリス様は今回も抜け目が無かった。ポーリーナ様を使って写真もどきを撮っていた。それをもとに作られたエルシミリア嬢婚礼ブロマイドは空前の売り上げをあげた。ちょっと悔しい。ねえ、ベアトリス様、肖像権って知ってる?)
まず、アレグザンター陛下が観衆に向かってお話をされ、二人の婚姻の儀が無事に済んだことを知らせた。陛下の声が伝声の魔術で、広場に響き渡る。
「さあ、皆の者、新しき夫婦を祝ってやってくれ! 我が息子ノエル、ゲインズブラントの双珠が一人、エルシミリア!」
儀仗音楽隊の華やかな演奏と共に、ノエル殿下とエルシミリア殿下が堂内から出て来た。二人とも、大群衆に圧倒されたのか少々表情が硬い気するが、しっかり手を握り合っているのが微笑ましい。まあ、大丈夫だろう。
二人は、用意された壇上に進むと、会場を埋め尽くす王国民に笑顔で手を振った。最初は小さく、そして、最後には、天に向かって手を伸ばし大きく! 観衆の喜びは爆発した。盛大な拍手が起こり、数多のお祝いの言葉が人々の口から発せられた。それは、平民(罪の民)、貴族(忠の民)の区別なく叫ばれ、二人を、新たなるロイヤルカップルを祝福した。
隣に立つコーデが話しかけて来た。
「アリス姉様。これほどまでに人々が喜ぶのを私は見たことがありません。こんなのノルバートの奇跡以上ですよ。皆、よほど明るい話題に飢えていたのですね」
「コーデ、貴女って、ほんとにひねてるわね。エルシ姉様のウェディングドレス姿が素晴らし過ぎるから! ぐらい言いなさいよ」
「ひねてるって、平行世界の自分に言われたくありません。それに、エルシ姉様が素晴らしいのは当然のこと。わざわざ言及する必要なんかないです。その上で言っているのですよ。国民は、ほんとうに鬱憤が溜まっているんだと」
「……」
返事が出来なかった。黙り込むしかなかった。コーデの言っていることは全くの真実。オールストレームは大陸一の強大国。十二神教の頂点におわす教皇猊下でさえ、オールストレームに異をとなえることは滅多に無い。いや、出来ない。それほどの国なのだ。
それなのに、近年はどうだ? 人口たかだか五百万、オールストレームの六分の一の小国、女尊男卑の異端の国、エトレーゼに振り回されっぱなし。ザカライア、エトレーゼ戦では、同盟国ザカライアに協力したオールストレームは、エトレーゼに完敗。
(オールストレームの精鋭部隊がエトレーゼ軍の陣に突入し失敗したことは、エトレーゼによって、大陸全土に、ばらされた。大陸最強を欲しいままにしていたオールストレーム王国騎士団の権威は一気に失墜した)
その挙句、賠償金まで払わされる始末。自分達の国が、一番強い、一番素晴らしいと思っていた国民たちは、如何にがっかりしたことだろう。情けなく、悲しく思った事だろう。その責任は、アレグ陛下と私にある。陛下は国の長として、私は作戦を主導して者として……。
ごめんなさい。皆、許して。私だって負けたくて、負けてるんじゃない。精一杯、勝とうとがんばったの、そして精一杯、今も頑張ってる。
「アリス姉様。私達はエルシ姉様に、感謝しなければなりませんね。エルシ姉様は私達の尻拭いばかり。私達は助けて貰ってばかりです」
「そうね、ほんとにね。今だって、私達のせいで落ち込んだ王国を元気づけてくれている。私は姉なのに……、情けないよ」
「!」 コーデの様子が突如変わった。
「アリス姉様、泣き言は後で。エルシ姉様達がしようとしていることは、これからが本番のようですよ」
「これからが本番?」
私にはコーデリアの言っている意味がわからなかった。エルシーとノエル殿下は、皆を十分鼓舞してくれた。初々しい二人は、王国の未来に希望を抱かせてくれた。もう、十分じゃない。
「来ます!」
コーデが小さく叫んだ。その途端、聖堂前の大広場の上空に、巨大な光球が出現した。その光は完全なる白色、眩しくて目を開けていられない。そして、何よりもその光球から放たれる強大な神圧!
それは、以前、ドンキ神とマンキ神がルーシャお姉様に憑依して現れた時に体験したものと全く同じ、魔力なんかでは絶対防げない。あまりにもあまりにも圧倒的な神力、これほどのもの、神々以外誰が発することが出来よう。
ユリアを携帯している私や、元神のコーデ、エルフのユンカー様でさえ。下に押し付けられた。聖堂前広場にいる全員が、地面に伏し倒れる形となった。神圧の経験者である私のような者はともかく、他の者は、生きた心地がしなかったであろう。
神圧がだんだん和らいできた。そして、それと同時に天から声が降って来た。とても美しい澄み切った女性の声、女神の声が。
『 皆の者、面を上げなさい 』
私達は、ゆっくりと顔を上げた。他の者も、観衆たちも顔を天に向けた。そこには、白銀の髪と金色の瞳を持つ、途轍もなく美しい女神、キャティ様がいた。
彼女を初めて見る人々は、その美しさに惚けてしまって、誰も声を出す者はいない。いや、出せる訳がない。強大な神々を前にして、普通、人に出来ることは、出会えたことに感動し惚けるか、ひたすら恐れ、ひれ伏し続けることだけだろう。
私は、壇上を見た。エルシーとノエル殿下はそこにいた。では、宙におわす、あのキャティ様は……と考えしまって、少し馬鹿らしくなった。彼女を自分達のレベルで考えてどうする。分身を作る程度、彼女には何の造作もないことなのだろう。
女神様の声が再度響いた。
『 人よ。我が名はキャティ。そなた達が知らぬ、十三番目の神 』
壇上のノエル殿下は、しっかりと宙に浮かぶ自らの分身を見つめていたが、エルシーはこちらに視線を向けて来た。
彼女の菫色の瞳が言っている。
アリスティアお姉様、心配なさらないで。
二人が何をしようとしているのかはわからない。
でも、それでも良いと思えた。
エルシーは私を見て、微笑んでくれた。優しく目を細めてくれた。
私は気づいた。
漸く、気づいた、
私には、エルシミリアの笑顔以上に、欲しいものが無いということを……。