アリス姉様とのお出かけ、温泉
アリスティアお姉様から外出のお誘いがありました。
「エルシー、二人で温泉に行きましょう。小浴場を借り切ったから、ゆっくり出来るわよ」
お姉様が言った温泉とは、王都の西の端にあるセントラル温泉のこと。かけ流しのお湯が最高に気持ちいいです。
「今からですか?」
「そう、今。たった今からよ……、エルシー」
お姉様は、ニッコリとした笑顔で返事を返されました。とてもニッコリとした笑顔で……。
わたしは歓喜しました。久々のアリス姉様と二人っきりのお出かけです。
二人っきり! なんて素晴らしい響きでしょう。
はっきり言いまして、わたしがアリス姉様と、二人っきりになれる時間は殆どありません。貴族令嬢であるわたし達には、侍女(わたしには、キャロライナ、サンドラ。アリス姉様には、セシル、コレット)がついておりますし、お姉様には、さらにユリアがいます。メダルの形状で携帯されています。
でも、今日は違います。神々が定めた祝日、安息日(年に十二日)故、侍女達にはお休みを与えておりますし、ユリアは養女先のベイジル家へ、顔を出しております。
「わかりました! 今すぐ用意いたします、少々お待ち下さいませ!」
わたしは元気いっぱいに答えました。
ガラガラガラ。車輪が石畳を叩く音が気持ち良いです。
今、私達は馬車に乗っております。アリス姉様もわたしも魔力なら無尽蔵といえるほど持っているので、瞬間移動を使えば良いのですが、それでは味気ないのです。せっかくのアリス姉様との時間を堪能したいので、馬車で行こうと提案しましたところ、お姉様は笑顔で了承下さいました。
「そうね、そう致しましょう。エルシー」
でも、その笑顔のお姉様を見ていると、少し悲しくなりました。お姉様のお顔は、わたしの視線より、少し下にあります。近くで並ぶと、よりはっきりと意識してしまいます。今のわたしはアリス姉様より背が高いのです。三センチ(これはお姉様の前世の世界の長さの単位)くらいですが……。
わたしはこれが嫌です。本当に嫌なのです。わたしはアリス姉様が好きです、大好きです、愛しているのです。だから、アリス姉様とそっくりの自分の姿は、わたしの誇りなのです。それなのに……。
もう! この世界は魔法で満ち溢れた世界なのに、どうして体の成長を制御出来る魔法がないのでしょう! 神々のバカ、その神々を創ったコーデのバカ!
心の中で、理不尽な八つ当たりをしました。コーデ、ついでに、神々、ごめんね。
わたしは車窓を流れる王都の街並みと、右隣に座るアリス姉様の麗しい横顔を見ながら尋ねました。
「アリス姉様。どうして突然、誘って下さったのですか?」
「最近までエトレーゼ関連でバタバタしてたでしょ。貴女との時間が殆どとれなかった。貴女は私の半身なのに、遠い人になっていくようで淋しかったわ。私は貴女の全てを知っていたいのよ。貴女もそうでしょ、そう思ってくれてるわよね、エルシー」
わたしの心は感動に打ち震えました。お姉様からこのような嬉しい言葉を頂けるなんて、今、もし死んだとしても、悔いはありません。
「勿論です! わたしは、いつまでもお姉様と共にありたいと思っています。お姉様と一緒です!」
「そう、嬉しいわ。わたしとエルシーは永遠に、いっしょなのね」
「はい、一緒です。アリス姉様!」
セントラル温泉に着き、私達は受付をすませ脱衣場に向かいました。
じー。
温泉に入るため、服を脱いでおりますと、誰かの視線を感じました。不届き者が盗み見しているのでしょうか? そんな筈はありません。わたしは脱衣場に入ってから結界を張りました。そのようなものがいれば直ぐわかります。ということは、その視線の主は……。
アリス姉様。この脱衣場にいるのは、わたしの他にはアリス姉様しかいません。
突如、わたしを糾弾する声が響きました。
「エルシーの裏切り者! 貴女は最後まで私の同類、味方だと思っていたのに! もう、何も信じられない! この世は全て闇、闇しかないわ!」
「お、お姉様。わたしはお姉様を裏切ってなどおりません! どうか、お気を確かに! さきほども、わたしは、お姉様と永遠に一緒だと申したではないですか!」
アリス姉様の激昂は青天の霹靂でした。全く身に覚えがありませんでした。
「何が、永遠にいっしょよ! その胸は何なのよ、その大きく膨らんだ胸は!」
へっ? 大きく膨らんだ胸?
わたしは自分の双丘を見下ろしました。確かに最近は、それなりに大きくなってきました。ですが、それなりです。同年代の平均的大きさには届いていません。アリス姉様の胸を見てみました、まじまじ。
ペッタン……。
いえ、それは流石に言い過ぎです。膨らんでいます、膨らんではいるのです、ほのかに……。わたしも半年くらい前は、それくらいでした。
「アリス姉様、大丈夫です! アリス姉様もそのうち大きくなってきます。わたし達は双子です。わたしがこの程度になれるなら、お姉様が成れない訳がないじゃありませんか!」
「慰めはよして! 身長を見てもわかるように、私と貴方は違って来てる。きっと私のは大きくならない。ペッタンの呪いは、前世から続いたままなのよ! 夢も希望もないわ、もう終わってる、わたしの胸の成長は終わってるんだわ!」
この世の終わりのような悲嘆にくれるアリス姉様に、なんと声をかけて良いかわかりません。わたしは、そっとお姉様の両肩に手をやりました。
「いつまでも、ここにいるとお風邪をひいてしまいます。さ、浴場に参りましょう」
「そうね、そうする……」
捨てられた子猫のようになってしまった、お姉様を抱いて湯舟へと向かいました。
お姉様、元気を出して下さいませ。お姉様のささやか胸だって、いつかは成長します、する筈です。でも、もしも成長せず、お姉様が悲しみの底に沈んだままなら、わたしの体を渡します。わたしの体は、アリス姉様のためのスペア。本来はお姉様のものです。
ただ、そうするためには、一度お姉様には死んでもらわなければなりません。そうしなければ、お姉様に身体を明け渡すことは出来ません。一番苦しまない死に方は……、殺し方は……。
落ち着きましょう。何を馬鹿なことを考えているのでしょう。胸の膨らみなど、脂肪のかたまりに過ぎないのです。そんなものの為に、わたしはお姉様と別れたくありません、消えたくないのです。
お姉様、私はこれからいっそう、勉学に励みます。そして魔術の研究者となり、お姉様のための魔術を開発いたします。そう、豊胸の魔術を!
その時まで、その時まで、しばしお待ち下さいませ、お姉様。
わたし達は、温泉の湯をたっぷりと堪能しました。良いですね、大きな浴室、大きな湯舟。お姉様と一緒なら一生ここにいてもかまいません。
「お姉様。いったん上がりましょう。お背中を流して差し上げますわ」
「ありがとう。悪いわね」
わたし達は湯舟から出て、シャワーのところへ向かいました。シャワー、それは温水が降り注ぐ最高に贅沢な器具。お姉様の前世の世界では、庶民の世帯においてさえ、ほとんど常備されていたと聞いています。凄いですね、お姉様の前世の世界。
私は、備え付けの石鹸を受付で貰ったタオルに擦りつけました。石鹸もタオルも、まあまあです、決して粗悪品ではないのですが、もう少し良い質のものを置いていて欲しかったです。だって……。
眼の前にあるお姉様の透き通るような肌は、どこまでも滑らかで、肌理が整っているなんてものではありません。この世の奇跡としか思えない肌です。あの、美しさではアリス姉様と競うことが出来るコーデだって、肌質に関してはお姉様の方が上です。(お姉様はコーデの肌質を褒めておられましたが、わたしの評価は違います。アリス姉様の方が絶対勝ってます)
お姉様の美しい肌を見ていると。このような石鹸とタオルで、お姉様の麗しい背中をお洗いするなどもっての他のように思えてきました。もっと柔らかくて、滑らかな物はないものか……。
わたしの中に天啓が舞い降りました。
あった! ありました、お姉様の肌を傷めないで済む素晴らしい手段が!
わたしは自分の身体に石鹸を塗りたくりました。
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「うひゃ~!」
浴場全体に、私の絶叫がこだましました。
「ちょ、ちょっとエルシー! 貴女、何してるの! 何してくれるのよー!」
私の半身、私の可愛い妹は全身を石鹸まみれにして、平然と答えます。
「何してるって、お姉様の背中を洗って差し上げてるのです」
「洗ってるって何よ、貴女、タオルも、スポンジも(手に)持っていないじゃない!」
エルシーは横に置いてあったタオルを掴み上げました。
「このタオル、あまり質が良くないのですよ。アリス姉様の素晴らしい肌理のお肌を痛めかねないので、使いたくありません。こんなものを使うくらいなら、わたしの体の方がマシだろうと……」
「アホか! ここはソープか、あんたはソープ嬢か!」
「そーぷ? そーぷじょう? 何ですの、それ?」
エルシーが邪気の無い顔で聞いてきました。
「それはその……、なによ、あーして、こうして、あーするところ、あーする女性よ」
「お姉様。何を言っているのか皆目わかりません。ちゃんと具体的に話していただけませんか?」
「具体的って……」
それは無理です。私が知っているソープ、ソープ嬢に関する知識はドラマで見たものだけです。たまたま見ていたサスペンスドラマにそういうシーンがあったのです。家族、母と兄と共に見ていたので、もの凄く気まずかったのを覚えています。あんなの、ゴールデンに流すべきではありません。家族の団欒が、楽しい食卓が凍り付きます。(後日、親戚のお姉さんが、あれはマットプレイというのよと、教えてくれました。要らぬ知識が増えました)
「お姉様、どうしてだまっておられるのですか、教えて下さいませ。前世の言葉なのでございましょ。わたし、お姉様の前世の話は大好きです。聞かせて下さいませ、さあ!」
全身泡まみれのソープ嬢、もとい、エルシーが、お目々キラキラで食い下がってきました。
「イヤよ、絶対イヤ」
「そんなー」
「わたし、貴女の呼び方、変えることにする」
「え? 変えるって……」
「エルシー、改め、エロシーよ。よろしくね、エロシー」
「エロシー!」
エルシーの顔に盛大に斜線が入りました。この後の彼女の落ち込み方は凄いものでした。軽い冗談、軽い意趣返しのつもりだったのに……。
必死で謝りました。私のせこい嫉妬心(エルシーは、私をおいて、大きくなってるんじゃね? これは由々しき事態、ちゃんと確認せねば!)が、このような惨事になるなんて……。
帰りの馬車の中で、私は反省し、考えました。今日、エルシーはどうして、あのような行動に出たのでしょう? 思いつく理由は……、やはり、淋しかったのかな。
エトレーゼ関連のことにおいて、神力を扱えないエルシミリアは、どうしても蚊帳の外になりがちでした。エルシーが私に見放された、必要とされなくなったと思ったとしても仕方ありません。
私は左隣りに座るエルシーの手を取りました。私と同じ手、全く同じ小さな手。
ギュッと力を込めました。
エルシーごめんね。でも、私が頑張っているのは、もっと貴女といたいから、もっともっと貴女と共に生きたいからよ。それは、わかって。お願いよ。
エルシーは握り返してくれました。
私より強く、ずっと強く……。