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シャロン強奪作戦、その三・ルシア

 胃液が逆流して来た。苦い、苦しい、気持ち悪い!


 眼の前の灰色の髪の女の子が、呟いた。


「はぇ? どうして死なないの? まだ、立ってるの?」


 死んでたまるものか。若い身空で死ぬなんて、もう懲り懲りなのよ。今日はユリアと私は別行動、ちゃんと対策してる。神術式を記された鎧、神力の籠った鎧を着けているの!


 ユリアが切れた。


「アリスに、手を触れるな! この糞ガキが!」


 カインからユリアになって以来、彼女の口調は、ほんとに穏やかになった。私よりずっと、女性らしい喋り方をする。これほどまでに口汚くなった彼女を見たことがない。


 ユリアは女の子に飛びつくと左腕を掴み捻じり上げた。その回転力は消されることも無く、さらに強くなり女の子の体を宙に振り上げ、地面に叩きつける。ユリアはすぐに上乗りになり、うつ伏せの女の子の体を押さえつけると腕を関節の駆動方向とは逆に拉いだ。完璧に決まった。


 見ていて辛かった。見た目的にはユリアが幼女を虐待しているようにしか見えない……。


 だが、彼女は多分人ではない、もし、人だとしても第七段階の防隔を素手で打ち破れるような者に手加減なんてしていたら、命がいくつあっても足りない。ユリアだって私を守るために必死なのだ。


「ルシア!」 シャロンが叫んだ。


 そうか、この少女はルシアと言うのか。シャロンが駆け寄ろうとするが、お兄様がそれを阻む。間に入り立ちはだかる、


「雑魚が! 邪魔だ!」


 シャロンはお兄様に斬撃を繰り出し、薙ぎ払おうとした。勿論、普通の斬撃ではない、神力が籠っていた。でも、その斬撃は、お兄様の剣によって打ち払われる。


「なっ……」シャロンは二の句が継げない、一瞬動作が止まった。このような隙、リーアムお兄様が見逃すはずがない。お兄様は剣の向きを瞬時に切り替えると柄を、シャロンの鳩尾に打ち込んだ。ルシアに打たれた先ほどの私とは違い、確実に入った。


 今回の襲撃の目的はシャロンを捕らえること。よし! さすが、お兄様!


 しかし、そう喜んだ瞬間。地面に崩れ落ちたシャロンが消えた、瞬間移動した。何故? 瞬間移動しよう、させようとすれば、ユリアが即座に無効化する。跳べる筈がない。


「ユリア、どうして防がないの! シャロンが逃げちゃったじゃない!」


 ルシアを押さえつけながらユリアが答えた。


「防ごうとしたのよ。でも、強い神力で無理やり突破された、あれ程の神力は想定して……、うわぁ!」


 信じられないもの見た。ユリアはルシアに関節技をがっしりと決めていた。それなのに、ルシアは取られた腕を力任せに振りほどき、バネ仕掛けの人形のように中空に跳ね上がった。その影響でユリアも飛ばされる。


 ルシアは宙を舞い一回転して、ストンと着地した。奇麗な着地、体操選手並みの着地だった。ユリアに決められていた左腕を肩ごとぐるぐると回す。まるで肩こりをほぐすかのように。


「あー、痛かった」


 お兄様が私を庇うように前に立ってくれた。続いて、飛ばされたユリアも。


「ごめんなさい、私のせいで、シャロンを……」


 ユリアの顔は悔恨で歪んでいる。でも、誰も彼女を責めることは出来ない。ユリアが止めることが出来ないものを誰が止められると言うのか。


「アリス、大丈夫か?」


「大丈夫です、お兄様。ダメージは()()()()()


 回復魔術に関しては、学院でルーシャお姉様に、泣きたいほどしごかれた。ちょっとやそっとの怪我や痛みなど直ぐに回復出来る。努力は裏切らない、ほんとそうだ。実感した。


 私は羽々斬(はばきり)を構え直し、目の前の少女を、ルシアを睨みつけた。


「貴女、何者なの? シャロン達の何なの、答えて!」


 シャロンの逃亡を許してしまった時点で、今回の作戦は失敗。でも、このまま戻る訳にはいかない。目の前の謎の少女、ルシア。この子の放ってはおくわけには……。


 幼い見た目にも拘わらず、ルシアの戦闘力は凄い。素手で第七段階の防隔を打ち砕き、がっしりと決められた関節技でさえ簡単に外してしまう腕力、そしてユリアの無効化を突破できる神力(シャロンは意識を失っていた。どう考えても瞬間移動させたのはルシア)。私達三人がかりでも勝てるかどうか……。


 それに、勝てたとしても、ルシアに人質としての価値があるだろうか? 


 くそ! エトレーゼに関したことは、どうしてこんなに上手く行かないの!


「さあ、何者かな。ちょっと考えてみて」


 ルシアは小さな手を口に添えて、クスリと笑った。このような状況でなければ、その愛らしい容姿、その無邪気な仕草を可愛いいと思っただろう。だが、今は恐ろしい、ただただ恐ろしい。


 私は視覚をオーラモードに切り替えた。ルシアのオーラはマーブル模様。灰白色の光と桔梗色の光、二つの光が入り乱れ絡み合っている。


 このようなマーブル模様のオーラを持った者を一人知っている。それは昔の私、まだ魂の混ぜ合わせが不完全だった頃の私だ。


「ルシア、貴女は二つの魂の融合体ね。一つは、普通の人……」


 普通の人といったのは桔梗色の方。


「もう一つは……」


 灰白色の方は、これに似た波動のオーラどこかで見たんだけど、どこかで……。どこだったっけ……。あのオーラを見たのは…………、オークヘルム平原!


 声が震えるのを必死に抑える。落ち着け、落ち着け!


「わかったわ、もう一つの方は()()()()。貴女は人とドラゴンの融合体ね」


 ユリアとお兄様が息を飲んだのがわかる。でも二人を見る余裕は無い。


「きゃー、正解! お姉ちゃん凄い、ほんと凄い! どうしてわかるの!」


 ルシアが、七歳くらいの可憐な少女が手をパチパチ叩きながら、ぴょんぴょんと左右を跳ねまわる。違和感が凄い。もう、今自分が、どこにいて、何をしているのかわからなくなってくるレベル。


「じゃ、ちゃんと自己紹介するね」


 ルシアは跳ねまわるのを止めた。


「あたしは、現エトレーゼ女王、ルシア・エトレーゼ。前女王クローディア・エトレーゼの()()よ。以後、お見知りおきをね」


 現エトレーゼ女王……。ルシアの言葉に私達は固まった。


 それに、クローディア陛下の四女って、陛下には四女はいない筈……。エメラインが姉妹は自分をいれて三人と言っていた。その疑問を口に出そうとした時、私達がいるテントが吹き飛んだ。ルシアが、テントだけ吹き飛ばした。器用なものだ。


 ルシアの体から銀色の光が放たれ始めた、そして、スーっと宙へ、天へと浮かんで行く。新月の夜の闇の中、それはとても美しい幻想的な光景だった。思わず見惚れてしまう。


 彼女は十メートルほどの高さで静止した。


 幼き声が、陣全体に響き渡る。


「皆、戦闘停止! 今回のお遊びはこれで終わり、エトレーゼに帰るわよ。全軍撤収!」


 彼女の命令に、エトレーゼの騎士達、従卒達、全員が従った。テントの外でユンカー様やオールストレーム精鋭騎士達と闘っていた者達もピタッと戦闘を止め、目の前の敵を放ったまま撤収の準備に動きだした。


 シュールで恐ろしい光景だった。ルシアはエトレーゼ女王として家臣達を、不可能と思えるレベルで掌握している。もし、同じ状況で、同じような命令をアレグ陛下が出されたとしても、従わない者は絶対に出て来る。ほんの一瞬前まで、命をかけて戦っていたのだ、はい、そうですかで止めるのは至難と言って良い。


 テントが飛ばされ、私達の状態が見えるようになったユンカー様が尋ねて来た。


「アリス、これはどういう状況なんだ? あの少女は何だ? シャロンはどうした?」


「後で説明いたします。今は……」


 私は重力魔術を発動し、ルシアの元へと飛翔した。



「へー。お姉ちゃんも飛べるのね、どうやって飛んでるの?」


 ルシアの疑問には答えなかった。その代わりに虚勢を張った。


「ねえ、どういうつもりなの? 逃げるの?」


「逃げる? まさかぁ。お姉ちゃんに時間をあげるのよ。今のままじゃお姉ちゃん弱過ぎて、つまんない。だから時間をあげる。頑張って強くなってよ。セイディ(ねえ)やシャロン(ねえ)は、あたしが止めとくからさー」


「舐めてくれるわね。貴女本当に強いの?」


「強いよ。それじゃ、その持ってる剣でかかって来てよ。おもいっきりで良いよ、受け止めて上げる」


 羽々斬を構えた。羽々斬にはとうに神力が、今、私が制御できる最大限が溜め込まれている。だが、それを超えてさらに魔力を注ぎ込んだ。羽々斬が、黄金色に輝き、唸り始める。


 舐められて終わるのは嫌だ。


 渾身の力を込めて、神の剣、羽々斬をルシアに打ち込んだ。


「ね、強いでしょ」


 打ち込んだ羽々斬の刃先はルシアの左手でがっしりと掴まれていた。私が両腕を使って引き離そうとしても、びくともしない。


「あたしねー。ホワイトドラゴン(パパ)ブラックドラゴン(ママ)より強いんだー。ほんとよー」


 ルシアの台詞に、眩暈がした。ルシアが羽々斬から手を放した。


「お姉ちゃん、名前は?」


「アリスティア……」


「あー、お姉ちゃんがアリスティアなんだ! セイディ(ねえ)から名前、聞いたことあるわ。卑怯な手でセイディ(ねえ)をボコボコにしたんですってね。セイディ(ねえ)、怒ってたよー」


 ルシアの言葉を聞いてはいたが、頭には入らなかった。ユンカー様が見た三番目のドラゴンが、親達より強いなんて……。無理ゲーにもほどがある。ゲームだったらコントローラーを床に叩きつけてやりたい。


「ねえ、アリスティア」


「何……」もう、ルシアを見る気力も無い。俯きながら返事した。


 眼の前にルシアの顔が現われた。高度を下げて私を覗き込んで微笑んできた。


「アリスティア。あたし、貴女のことが好きよ。大好きになった」


「そう。何で?」


「だって、こんなに奇麗なんだもん。アリスティアみたいに超絶に奇麗な人、あたし見たことない。ドランケン様とだって張り合えるよ」


「そうなの、ありがとう」


 私は目の前のルシアに現実感を持てなかった。この灰色髪の少女は捉えどころがない。彼女と噛み合うところが見いだせない。


「だから愛してあげる、めちゃめちゃにしてあげるわ。気が狂う程にね」


 

 気持ち悪いと思った。


 このような台詞。七歳くらいの見た目の少女から聞きたくない。



「楽しみにしててね。お姉ちゃん」



 ルシアは消えた。瞬間移動した。私を一人を空中に残して……。




 翌日、オールストレームへ、エトレーゼの使者が訪れた。彼女達が持って来たのは、休戦協定案。


 内容は、ザカライアとオールストレームが賠償金を払うこと、そして、三年間の休戦。


 アレグザンター陛下は調印した。するしかなかった。


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― 新着の感想 ―
[一言] 和泉さん、お気遣いは誠にありがとうございます! こちらこそ、面白くて素敵な作品を書いてくれる事に感謝しています! 知らずの内にもうラストが近付いているですか、少し寂しいかも知れません。。。と…
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