シャロン強奪作戦、その二・突入
瞬間移動は、目的地との位置関係を空間的に把握していないと、上手く移動できない。突入部隊の中で、シャロンのいる位置を把握しているのは、私だけ。だから、私が全員を転移させた。
皆、ごめん。少しずれた。
心の中で謝った。
シャロンのテント迄、三十メートル程。もっと近くに降りたかったせめて、半分の十五メートルくらいにしたかった。やはり、夜、それも上空からの確認では精度がでない。
突然現れた私達に、エトレーゼの騎士達が愕然としている、動けないでいる。当然だろう、彼女達は、瞬間移動など全く警戒してしなかった。主君であるシャロンが、神力を籠めて張った結界に安心し切っていたのだ。でも、こちらにはユリアがいる。少々の神力を籠めようが、無効化してくれる、解除してくれる。まあ、私やユンカー様でも、シャロンの結界は打ち破ることは出来る。でもそれは、扉をぶち壊して入るようなもの。ユリアの無効化は、言わば合鍵。シャロンは未だ、結界が破られたことさえ知らないだろう。
『十分な距離よ、大丈夫』
ユリアからの返事が、心の中に返って来た。それと同時に、エトレーゼの陣が一気に暗くなった。陣全体がざわめいた。
何! 何が起こったの!
ユリアが、各所の浮かんでいる灯り、灯火の魔術の灯りを一斉に消去したのだ。ユリアの無効化は、低位の魔術なら広範囲で解除できる。今更ながら凄いと思う、彼女の方が私よりずっとチートだ。
しかし、完全な暗闇にはなっていない。人を見ても全く判別は出来ないが、なんとかいることはわかる程度の闇。本当の火、かがり火が、数か所ながら焚かれていたせいだ。ほくそ笑む。
これは好都合、完全な闇など望んでいなかった。
私は、腕を上げ、シャロンのテント指し示すと、一気に駆けだした。他の皆もそれに続く。突入部隊全員、この闇の中であってさえ、私の指示が確実に見えている。それは何故か?
答えは簡単。暗視スコープを……って、勿論こちらの世界にはそんなものはない。でも、同じようなことは出来る。ルーシャお姉様のような優秀な回復術師がいれば可能なのだ。
私はルーシャお姉様に。私達、突入部隊の瞳孔の開く度合いを上げてくれるように頼んだ。(瞳孔が大きく開けば、少々の暗闇でも見ることはできる。夜目の効く動物と同じになれる)
お姉様は、稀代の回復魔術の使い手。体の組織を操る能力は空前絶後。その程度は何の造作もない。
「ちゃんと無事に戻って来るのよ。特に、私のリーアムに怪我なんてさせたら許さないからね」
私のリーアムって。ルーシャお姉様、貴女のリーアムである前から、私のお兄様なんですよ。そこは、お忘れなく。
「奇襲だ! 敵の奇襲だ! 敵の数は十数名!」 エトレーゼの騎士の叫び声が闇夜に響いた。
シャロンのテントへ、一心に突進した。闇の中、何人かエトレーゼの騎士が、必死で攻撃をかけて来たが、お兄様達にあっさりと打ち飛ばされた。お兄様達は、騎士団から選抜された精鋭ばかり、闇で相手を完全に把握しきれない敵が、かなう訳がない。
テントが目前に迫って来た。もう少し!
その瞬間、テントの中から七人の騎士が飛び出して来た、多分、シャロンの護衛、近衛達だろう。彼女達は一斉に同じ魔術を使った。これは共同魔術。全員が同じ魔術を同時に使うことによって魔術効果を何倍にも高めることが出来る。だが、たった一人でも練度が足りていない者がいれば、簡単に破綻する。
「さすがに主君の護衛達、素晴らしい」お兄様が珍しく相手への賛辞を述べられた。
彼女達が使った魔術は神与の盾、防隔。共同魔術で張っただけあって第七段階のもの、騎士団長クラスでもここまでの防隔を出せるものは少ない。でも、お兄様、オールストレームの騎士達は突き進むのを止めない。防隔へ体ごと飛び込んでゆく。
「馬鹿め! 脳筋が!」
エトレーゼの騎士がお兄様達を嘲った。しかし、彼女達が見たのは、防隔を簡単に突き破るオールストレームの騎士の姿。彼らを前にして、彼女達の張った防隔は紙のようなものだった。彼らが纏っているのは神力を籠めた鎧。普通の魔術では傷一つつけることは出来ない。
しかし、シャロンの護衛達も流石。直ぐに驚愕から立ち直り、剣で打ちかかって来た。これほどの近接戦になると魔術なんて使ってはいられない。剣と剣がぶつかる数多の金属音が響き渡る。
「皆様は中へ! ここは私達が!」
騎士の一人が叫んだ。
「頼んだわ!」そうは言いつつ、不安になった。想定より敵の行動は迅速だった、かなりのエトレーゼの騎士が集まり始めている。すると、ユンカー様が仰ってくれた。
「私もここに残る、リーアム、アリス、ユリア、行け!」
よし、ユンカー様がおられるなら!
私達は天幕を、剣で切り裂き、テントの中へ突入した。私は突入のさなか、祈っていた。
どうか、シャロン、ここにいて! 瞬間移動で逃げてないで!
普通の魔術による瞬間移動なら、ユリアは広範囲で防ぐことができる、でも、シャロンは神力使い、近距離、目視出来ていないと、いくらユリアでも移動を防ぐことは難しい。
果たしてそこに……。シャロンはそこにいた。確かにいたのだが、その隣には……。思わず、声が出た。
「どうして、こんな戦場に……」
シャロンの隣にいたのは小さな女の子。年は七歳くらい。長い灰色の髪に、赤い瞳の可愛い子。袖と襟に花柄のレースがあしらわれた白いワンピースと着ている。とっても場違い、違和感が酷い。
その女の子が、満面の笑顔で、口を開いた。とても通りの良い声、心に妙に突き刺さって来る声だった。
「お姉ちゃん、お兄ちゃん、あなたたち、悪い人なのよね! 悪い人なんでしょ!」
私も、ユリアも、リーアムお兄様もあっけにとられていて、上手く返事が出来なかった。だが、戦い慣れたリーアムお兄様が一番に正常な判断力を取り戻した。
「気を付けろ! 来るぞ!」
その女の子は、バネ仕掛けのように跳ね飛ぶや、正面いた私に向かって来た。羽々斬で切り伏せようか、でもこんな小さな子に、そんな残酷なことは……。結局、防隔を張った。張った防隔は第八段階の超強度のもの。手を抜いた気は全く無かった。
防隔は簡単に打ち破られた。
彼女の小さな拳が、私の胴にのめり込んだ。