マイス神
「やばい……」
私、キャティは、エトレーゼの隣国、ザカライア王国が、エトレーゼと戦闘状態に陥ったことを知ると直ぐに、天界に舞い戻った。
オールストレームはザカライアと同盟関係にある。参戦は避けられないだろう。でも、今のオールストレームでは……。私は、アリスティアに、ドラゴンをも倒せる神の剣、天羽々斬を与えたが、神剣使いとしては、彼女は、まだまだ未熟。天羽々斬の真なる力を引き出すまでには至っていない
このような状態でドラゴンが出てきたら、ましてや、ドランケン姉様自身が出てきてしまったら、歴史上比類なき最強国家、オールストレーム王国といえど、一瞬で終わり、大陸は大混乱に陥るだろう。
私は至急、安全弁を用意しなければならない。一時的にでも、ドランケン姉様を止めることが出来る安全弁を。
他の十一柱、全てを廻る余裕はない。ある一柱に頼み込むことにした。その一柱とは、マイス。マイス神。
モチーフがネズミ故、十三柱で、一番力弱いと目される神だ。
シーファは言った、私達、十三柱の中でドランケン姉様が最強です。
しかし、それは本当だろうか?
力には相性がある。~が一番強いと言い切れることは滅多に無い。極論を言えば、力など、じゃんけん、「グー・チョキ・パー」の関係であるのが真理なのだ。
ドランケン姉様に勝てる、もしくは抑えることが出来る一柱は、必ずいる。そう私は考え、弟、マイスを選んだ。
先ほども言った通り、マイスは力強い神ではない。では、何故マイスを選んだのか? その理由は、私達、十三柱が人に与える眷属の紋章間に発生する相性問題に起因する。
眷属の紋章。それは魔術術式ジェネレーター。十三柱、それぞれが独自に作り、人、忠の民に与えている。ただ、幾ら独自にと言っても、それぞれの紋章自体の性能にあきらかな差があっては困る。神々に序列が出来てしまう。それが望ましきことではない。
それ故、神々間の申し合わせで、どの眷属の紋章も、殆ど同じくらいの性能のもの、優劣のないものにするとなっている。
それなのに、眷属の紋章間で、優劣、相性の問題は発生している。例えば、クイネス神の紋章を持つ者は、バンド神の紋章を持つ者に対して相性が悪い。魔力容量が同程度の両者が魔術戦を行った場合、勝つのはバンド神の紋章を持つ者だ。
このようなことは、どの神々の紋章においても、同様に起こっている。
これは、それぞれの眷属の紋章が、作り授けた神の特性を受け継いでいるからではないだろうか?
他の十二柱から、そのような見解を聞いたことはないが、ここは自分の立てた仮説を信じよう。信じることにする。
眷属の紋章間の相性問題は、授けた神々の特性に起因する。そうであるならば、神々の相性も眷属の紋章の相性を見れば、わかる筈だ。
では、ドランケン神の紋章を持つ者が、苦手とする相手は、どの紋章を持つ者だろう?
それは、マイス、マイス神の紋章を持つ者だ。
事実、マイス神の紋章を持つ者は、ドランケン神の紋章を持つ者に対して優位である、これは人が、積み上げて来た歴史の中で発見した、厳然たる事実。
それ故、私はマイスを訪ね、頼み込むことにした。
「マイス、お願いよ。力を貸して」
「はあ? なんで俺が、オールストレームを助けなきゃいけないんだ。あの国はピーター姉さんが作らせた国だろ。ピーター姉さんに頼めよ」
「ピーター姉様は事なかれ主義、助けてなんかくれない。あの人が得意なのは逃げ足だけよ」
ピーター姉様の性格は、温厚で悪くない。普通に付き合う分には何の問題も無い。けれど、肝心な時にはどこかへ行ってしまう、隠れてしまう。そういう方だ。
「ほんと助けてよ。マイス、貴方ならドランケン姉様に対抗出来る。私は知ってるんですからね、昔、貴方がドランケン姉様をやっつけたこと」
私達、十三柱は悠久の時間を生きる。時間を持て余すことも多い。暇潰しに座興に対戦することもたまにある。
「どうして、それを……」
マイスが、私を睨んできた。マイスの容姿は、十五歳くらいの美少年。白銀の短髪に、金色の瞳。私に似ていなくもない。
「良かった、やっぱり勝ったことあるのね。フフッ」
私は、ほっと胸を撫で下ろした。そのせいで、少し笑いが出た。それが、勘に触ったのだろう、マイスは怒り出した。
「くそ! 鎌をかけたな! キャティ、あんたは、どうしていつもそうなんだ。相手の心を逆撫でばかりする。心を慮ることがない。あんたはドランケン姉さんと同じだ!」
今度は、マイスが私の琴線に触った。
「何でよ、どこがドランケン姉様と同じなのよ。私は姉様とは違うわ!」
「同じなんだよ。ドランケン姉様は、相手に対して大変愛情を持つ、思い入れをする。でも、相手が自分の希望に沿ってくれないと、拗ねる、不貞腐れる」
マイスのドランケン姉様に対する見解は正しい、でも、私は……。
「キャティ、あんたは皆から愛される。お母様だって、あんたを一番愛した。でも、あんたは、その愛に対し、愛を返そうとはしない。そりゃー、少しは返したこともあっただろう。でも、それは気まぐれ。本当の気持ちからのものではない」
私は、この若干、線の細い弟を、精一杯睨みつけた。けれど彼の、私と同じ金色の瞳は全く怯みを見せなかった。
「あんたにとって、愛は受け取るもの、与えるものではないんだ。自分勝手という意味では、ドランケン姉さんと同じだ。同じなんだよ、キャティ」
「……」
私には、マイスに返せる言葉が無かった。確かに、私の今までの行動を見れば、そのように言われても仕方がない。でも、私が与える愛を持っていないように言うのは止めて欲しい。
私にだって、愛する者、守りたい者がいる。だから、こうやって、頭を下げて頼んでいるのだ。
「貴方の言いたいことはわかったわ。間違っていないと思う……ごめんなさい。けどね、その上で頼むわ、助けてお願い、あの子達を死なせたくないの。お願いだから!」
私は、膝をつき、額を床に擦りつけた。
マイスから返事が返ってくるまでに、少し間が空いた。永劫の時間のように思えた。
「一つ条件がある」
「条件? どんな条件なの? 私に出来ることだったら何でもするわ!」
喜びのあまり、顔を上げて、即尋ねたのだが、目の前にいるマイスの顔が、少し赤らんでいる……。何故に?
「俺の妻になれ、妻になるなら、助けてやるよ」
マイスの言葉に、私の心が主観を放棄した。
キャティちゃん、最近、モテモテねー。エルシミリアとの婚姻話があったばかりなのに、今度は、弟のマイスから。次は誰から来るんでしょうねー…………、って、心の中でバカ言ってる場合ではない。
「妻になれって、マイス、貴方、私のこと嫌いじゃなかったの?」
「好きだよ。嫌いだなんて、何時言った? 一度も言ったことないぞ」
確かにそうだ……。マイスの口から、嫌いだなんて言葉は全く無かった。
「で、でもね。貴方、いつも私に突っかかってくるし、姉なのに、私だけ呼び捨てじゃない。これで、嫌われていると思わない方がおかしいわ」
「五月蠅いな、男心はナイーブなんだよ。鈍感な女心と一緒にするな」
ぷいっと横を向いてしまった、マイスの顔は真っ赤だ。彼が私のことを好いてくれているのは、本当のようだ。ちょっと胸が熱くなった。
私は、マイスのことをどう思っているのだろう。自問してみた。……嫌いではない。けれど、今まで彼をそういう目で見たことはなかった。
それに……。
「マイス。十三柱間での婚姻は、お母様によって禁じられているわ。そのことはどう思っているの? お母様が神を辞めたから、無効だ思ってる?」
「ああ、そういう禁止事項もあったね。忘れていたよ。俺も、お母様のことは今でも慕っている。無効だなんていうつもりはない」
マイスの言葉に安堵した。
もし、お母様が禁じていなかったなら、昔の自分なら、マイスの申し出を受け入れていたかもしれない。でも、ノエルと融合した今は……。
「それじゃ、条件を変えてくれる、他の条件なら……」
「条件は変えないよ」
「え? 変えない? お母様が禁じているのよ、無理よ」
「お母様が禁じているのは、十三柱間の婚姻だろう。そうでなくなれば良いだけじゃないか」
良いだけ? 私の頭には?マークしか浮かばない。
「キャティ、あんた、神を辞めろよ。人でも、エルフでもいいから転生しろ。あんたは神に向いていない、俺の妻になった方が幸せになれる。幸せにしてやるよ」
私は開いた口が塞がらなかった。この子、いつからこんな俺様に……。