シャロン強奪作戦、その一・偵察
頭上に、強力な重力場を発生させた。
私達は、新月の夜空に向かってグングン上昇した。先ほどまでいた、巨大なサイフォロス砦が眼下に一望出来る。これくらい上がれば十分だろう、水平移動に移行した。風を切り突き進む。
「おお、空を飛ぶのがこれほど、気持ちの良いものとは!」
「でしょ。オリアーナ大叔母様も覚えますか?」
「勿論だ。騎士達にも覚えさせよう。重力魔術の軍事的有効性は計り知れない、戦闘に革命が起こるぞ。ことが落ち着いたら講習会を開く、講師を務めてくれ。アリスティア」
「良いですよ。準備をしておきます」
私は笑顔と共に了解した。それにしても、今まで、よく我慢してくれたものだ。大叔母様としては、もっと早く頼みたかったことだろう。でも、最近までの私は、神の剣、天羽々斬を使いこなすための訓練でいっぱいいっぱい、講師をする余裕など全くなかった。大叔母様の気配りには感謝しかない。
私達が、飛翔しているのは偵察のため。シャロン率いるエトーレゼ軍は、サイフォロス砦より西側、四エクター(約2キロメートル)のところに陣を敷いている。
本日、アレグ陛下より、シャロンの拉致を命じられた私達は、すぐさまに作戦工程を立案決定し、実行に移った。
私達が立てた作戦は、少数精鋭の部隊を、シャロンのすぐ傍に送り込んで、一気に彼女を拉致。とってもシンプル。
でも、シンプル故、手順は、きっちりしなければならない。そうでなければ、シャロンの逃亡を許し作戦は失敗に終わる。先ず、するべきは、シャロンの位置の特定。標的がどこにいるかわからなくては、話にならない。
「大叔母様。上空に着きましたよ。私達、下から見えませんよね?」
「見えないよ、私達は全身黒づくめだ。夜空に溶け込んでる」
私達の真下。サイフォロス平原中央部に、エトレーゼの陣は敷かれている。防御柵と何十もの大型テントが敷設され、陣の外周では、多くの見張りが警戒にあたっている。そして、これも夜襲対策のためだろう、灯火の魔術による多数の灯りによって、陣の外側を煌々と照らし出している。
灯火の魔術の灯りは使い勝手が良い。けれど、普通のかがり火と違い、魔力を消費する。戦場では、戦闘時のため、魔力は極力温存すべきだ、それなのに……。
私は、ほくそ笑んだ。思ってた通りだ。敵の関心は外にしかない。
陣を敷き、敵と相対する場合、瞬間移動による敵の侵入を阻止するための結界を張り巡らすのは、常識である。そして、その結界がとてつもなく強力なものであった場合、結界が破られることなど、あろう筈もない、敵は外周からしか襲って来れない、と考えてしまうのは致し方がない。
けどね、シャロン。
貴女は神力に自信を持ち過ぎ。神力の結界であろうと、なかろうと、この世に破れないものなど、何もありはしないの。
私は、心の中で話しかけた。
ユリア、聞こえてる?
『ええ、聞こえているわ。アリスティア』
私と、守護者ユリアの関係は、日々進化して来ている。今では、ユリアが野乃の形態となり、私と離れていても六エクター(約三キロメートル)くらいまでなら、心の中で話をすることが出来る。
これは、余談だが、ユリアの方はエルシミリアとも同じことが出来るようになった。どうして、エルシーとも出来るの? と、ユリアに聞いてみた。
「私は、アリスティアの守護者だけど、エルシミリアの守護者でもあるべきだと思ったの。だから、今、私の主は二人。そのせいではないかしら」
ユリアが何故そのように判断をしたのかは、聞いていないのでわからない。(何故か聞いてはいけないような気した) けれど、エルシーは私の大切な妹、大事な半身。ユリアが、そう思ってくれるなら嬉しいことだ。
ただ、ちょっと心配。エルシーの方が人として、しっかりしてる……。
ユリア、最初からの主人である私を見捨てないでね、お願いよ。
予想通りよ、陣内部への警戒は手薄、お兄様達に、すぐさま突入出来るよう準備をと、伝えておいて。
『了解。偵察、引き続きがんばってね』
うん、頑張るよ。 主に、オリアーナ大叔母様がだけど……。
「大叔母様、シャロンの位置、わかりましたか?」
「ああ、今漸くわかった。この陣には千人以上の、エトレーゼ騎士がいる。見分けるのは大変だった。シャロンがいるのは、あそこだ。陣中央部にある二番目に大きなテント、彼女はあの中にいる」
私は、視覚をオーラモードに切り替えた。眼下に千以上の光、オーラ光の浮かび上がる。その光は色とりどりで、とっても奇麗、でも、その光達、彼女達は、私達の敵、これから戦う相手なのだ……。
私は、大叔母様がシャロンの居場所として特定した二番目に大きなテントへ視線を移した。
う~ん。テントの分厚い布地越しのせいか、あまり、はっきりわからない。確かに、他の者より、光が大きく、少し異質に見えるが、このオーラの光の主が、シャロンだと断定する勇気は私にはない。
一人で偵察に来なくて良かった。オリアーナ大叔母様に一緒に来てもらって、本当に良かった。
大叔母様は、私同様、人のオーラを見ることが出来るオーラ眼を持っている。そして、そのオーラ眼は、私のより凄い。オーラの深遠を見る力、オーラを知覚する感度等、私は大叔母様に全く敵わない。
「では、砦は戻りましょう。もうここに用はありません」
「アリス、シャロンのテントを守ってるのは何人だ? 下を見ずに答えろ」
大叔母様の質問に愕然とした。何人だったっけ……。わかりません。
大叔母様は盛大に溜息をつかれた。
「まあ、まだ十三歳のアリスに言うのも酷だが、お前の知識は実践に裏打ちされていない。はっきり言って穴だらけだ。それは、自覚しておけよ」
「はい、わかりました。以後、気を付けます、すみませんでした」
しょんぼりとなった。でも、しょんぼりとなんてしてられる内は、まだマシだ。私の過失で、味方に怪我人や死人を出してしまったら……。もし、リーアムお兄様に何かあったら……。考えたくもない。
リーアムお兄様は、今回、突入する精鋭部隊の部隊長である。
大叔母様が気を遣ってくれた。
「そう、落ち込むな。悪いのはお前ではない。本当に悪いのは、まだ成人していないお前達に頼っている私達、大人だ。情けないよ」
「大叔母様……」
「まあ、敵の真上で、こんなことを言っていても仕方がない。戻ろう、作戦はこれからが、本番だ」
「ですね。では!」
心を瞬時に切り替え、私達は瞬間移動を行った。瞬間移動は空中へは転移出来ないが、空中から地上へは転移出来る。
瞬間移動時、特有の淡い光が消え去ると、目の前に、いたのは、ユリア、リーアムお兄様率いる九人(お兄様含め)の精鋭部隊、そしてユンカー様。
この十一人に、私を加えて、計、十二人が突入する。
私はユリアが持って来てくれた、羽々斬を手に取った。鎧は偵察に出る前から身に着けている。
「皆様。レディがお待ちですよ。頑張って、エスコートいたしましょう。さあ、舞踏会の始まりです!」
「「「「「「「 おおーっ! 」」」」」」
力強い鬨の声が砦に響いた、私達は転移した。
エトレーゼ陣の核心部へ、シャロンの下へ。