何のための同盟?
陛下から、ザカライアとエトレーゼの間で戦端が開かれたという連絡を受けた時は、血の気がひいた。目の前が真っ暗になった。
オールストレームはザカライアと同盟関係にある。それ故、ザカライアからの要請があれば、参戦し助けなければならない。
はっきり言って、エトレーゼの軍(エトレーゼ騎士団+平民部隊)など、全く恐ろしくはない。恐ろしいのは、エトレーゼのバックにいる神の魔獣、ドラゴン。
ついでに、ドラゴンの眷属となっているセイディとシャロン。この二人も強敵であるには違いないが、ドラゴンとは比べるべくもない。
今のオールストレームは、エトレーゼに勝てるだろうか?
悲しい結論だが、無理だろう。
今、我が国において、ドラゴンやセイディ達のような神力使いに対抗出来るのは、
精霊石(アスカルト在住)を持つ、アレグ陛下。
エルフである、ユンカー様。
エルフに先祖返りした、コーデリア。
神の剣、天羽々斬を授かった私、アリスティア。
私の守護者、ユリア。
そして、神術武具(神力術式により、神力を籠めることが可能になった武具)、十揃い。※
※キャティ神との交渉により、五百揃い、神力を籠めてもらえることになってはいるが、より良い神力術式が出来た後の方が……ということで、キャティ神には、とりあえず、十揃いだけお願いした。
オールストレームの戦力は、神力が使えるユンカー様が帰って来て下さったこと、そのユンカー様によって、神術武具が開発されたこと、羽々斬を私が授かったこと、などにより、以前と比べ格段に強化されてはいる。けれど、対ドラゴンという意味では、全然まだまだ。
ドラゴンの強さ、ポテンシャリティは人の想像を遥かに超えたもの。前回、ケチョンケチョンにされた私は身に染みて、わかっている。
それ故、急遽、参内した王宮で、陛下から聞いた言葉には、心底ほっとした。
「今のところ、ドラゴンは出て来ていないそうだ」
「陛下、本当ですか、本当なんですね?」
「ああ、ブラック、ホワイト、グレイ、三体とも一瞬でさえ現れてはいない。旅行中なんじゃないか?」
最後の冗談は、緊張の極にあった私への、陛下の気遣い。くだらないけれど、嬉しかった。
「良かったね、アリスティア……」
ユリアが、私の両肩を抱き、軽く揺すってくれた。ユリアになってから彼女の優しさは、より分かり易いものとなった。
二人とも、とっても優しい。ありがとう、ありがとうございます。
「で、戦況の方は如何ですか? 普通の騎士団同士なら、ザカライアはエトレーゼに劣らない、いえ、勝っている筈……」
オールストレームは対エトレーゼに関しては、殆どの大陸諸国と同盟を結んでいる。そして、その同盟の中でも、エトレーゼと国境を接している国々には様々な軍事的支援を行っている。
その支援には、高品質な武具の供給、騎士団のレベルを上げるための教官(副団長クラス)の派遣などは当然含まれている。つまり、ザカライアの騎士団は、以前よりかなり強くなっている。大陸最強を誇るオールストレームの騎士団には及ばないにしても、女性のみで構成されるエトレーゼの騎士団に負けるなんてことは考えづらい。
「残念ながら、ザカライアは完全に劣勢だ。最初は優勢だったらしいんが、シャロンが出っ張って来たようだ。あれに出て来られては仕方がない」
陛下の代わりにオリアーナ大叔母様、第一騎士団団長が答えてくれた。
今、この部屋(陛下の執務室)にいるのは、ユンカー様、陛下、宰相閣下、大叔母様、私、ユリア、コーデリアの七人。
「そうですか、シャロンが。で、完全に劣勢って、どれくらいの状況なのですか? 大叔母様」
「かなり押し込まれてる。国境から、約五十エクター(二十五キロメートル)のところにある砦、サイフォロス砦で、なんとか持ちこたえている」
「死傷者は?」
「正確な数は分からない。双方、平民部隊は投入されなかった、騎士団同士のみの戦闘だったから、そんなに多くはない筈だ。多分、数百人規模だろう」
「数百人規模! 多くないって、滅茶苦茶多いじゃないですか!」
騎士団は、国にとっては虎の子だ。母数の少ない、忠の民、貴族によって構成される戦闘のプロ集団。その育成、維持には大変な時間と労力と資金がいる。騎士が数人脱落するだけでも、大変な損害だ。
驚き、反論する私の言葉を、宰相閣下が否定した。
「多くはないよ、アリスティア嬢。私もショックだったが、国レベルの戦闘とは本来、これくらいの被害は簡単に出るものなのだ。長らく、オールストレーム、一強時代が続いていたせいで、私達は平和ボケしている。完璧な平和ボケなんだよ」
閣下の声は、苦々しい。
「ザカライア王には、以前から、このようなことが起こらぬよう、生半可なことで戦端を開かれぬようにと何度も言っていた。だが、我が国の支援で、日々、強化されてゆく戦力に、王も騎士達も奢ってしまった、相手にはドラゴンがいるというのに……、くそ! なんで、あんな国に援助などしてしまったんだ!」
ユリアがたまらず、声をかけた。
「お父様、自らを、お責めになるのはお止め下さい。ザカライアは同盟国。お父様は当然のことをなされただけではございませんか」
「すまない、ユリア。だが、陛下へ、近隣諸国への更なる支援を進言したのは私だ、責任は免れないよ。浅はかだった。また、お前に負担をかけてしまうかもしれない。すまない、本当にすまない……」
「お父様……」
互いに労わり合うユリアと宰相閣下の親子関係は素晴らしい。このような時でなければ、いつまでも見ていたい光景だ……。
ああ、腹が立つ!
ザカライアの馬鹿者達め、簡単に相手の挑発に乗るんじゃないよ、子供か!
今回の戦闘にドラゴンが出て来なかったこと、戦闘相手がオールストレームではなく、小国、ザカライアであること、などから見て、エトレーゼも全面的な戦争を望んでいる訳ではないと思う。偶発的なもの、国境守備隊の暴走とみるのが妥当だろう。
それ故、双方、兵を引くことも可能ではないかと考えたのだが、数百人もの死傷者が出てしまうと、鉾を収めるのは至難と言って良い。死者は何も考えない、でも、生者は違う。
死んでいった者の仲間は……、死んでいった者の家族は……。憎悪の連鎖は果てしなく続く。
「父上、講和するべきです」
コーデが発言した。勇気のある発言だ、私は思ってはいても言葉には出来なかった。
「今、エトレーゼと全面的な戦争は無理です。ザカライア王を押さえつけてでも、エトレーゼに有利な条件でだったとしても、講和して下さいませ。父上には、その力がございます」
「コーデリアよ。私だって出来ることなら、そうしたい。だがな、ザカライアからの参戦要請はもう来ている。それをやってしまうと、諸国連合は崩壊する。ことが起こった時に、何もしてくれない同盟国など、誰が信用してくれよう。今は、対エトレーゼだけで、いっぱい、いっぱいだ。他の国と、もめる余裕はない。とりあえず、援軍は出す、エトレーゼを押し返す、講和はその後だ」
「父上、そのように上手くいく訳がありません。机上の空論です。エトレーゼを押し返せば、ドラゴンが出て来ます。そうなれば、今の我が国の戦力では到底対応出来ません!」
「そこは、アスカルトを使ってだなー。あ奴は、ドラゴンの黒歴史をいっぱい……」
「父上、アスカルトが強いのは、口だけ。ドラゴンが外聞を捨ててしまったら、それで終わりなんです。それなのに、あんな、はっちゃけ、アホアホ精霊、頼ってどうするんですか! 父上はいつから、そのように残念になってしまわれたのです!」
「コーデリア、私はお前の親だぞ。言葉が過ぎるであろう」
「親とか関係ありません。残念な者は、残念な者なのです!」
コーデの意見はもっともである。アスカルトを頼りにするのは危険過ぎる。
でも、コーデ。あんた私怨を含んでない? アスカルトの容姿感覚は独特。私の前世の姿であるユリアを高く評価する半面、私などは、一顧だにされない。コーデリアも同様だった。
『コーデリア、あんたもアリスと同じね。単に整っているだけ、味がないわ、味が。ほんと、つまんない顔ね』
コーデは王国一の呼び声も高い超絶美少女。プライドをズタズタにされたのは間違いない。
今まで、黙っておられたユンカー様が発言された。呆れ声で。
「アレグ、コーデ。残念なのは、お前達二人ともだ。向こうに有利な条件で講和? バカを言え。エトレーゼを押し返して、アスカルトを頼りに講和? アホか。私の子孫が、これほどまでに血の巡りが悪かったとは、情けなくて涙が出て来る」
陛下とコーデの目が半眼になった。全く同じ表情。あー、この二人、やっぱり親子だわ。
「簡単に有利な条件で講和する方法があるだろう。ある者を捕らえろ、我が国には、それが出来る者、出来る装備がある」
ある者? 出来る者? 出来る装備?
ユンカー様の言葉は、私達の固まり切っていた思考を溶かしてくれた。
「おお、そうか!」
「くそ、どうして思いつかなかったんだ」
「その手がありましたか……」
「ユンカー、貴女、凄いわね」
「素晴らしいです、ユンカー様」
皆、次々とユンカー様の意図する相手を理解した行く、そして最後に残ったのは、私。
う~ん、わからへん……、誰や……。
ユリアが助け舟をだしてくれた。
「アリスティア、都合よく出っ張って来てくれている者がいるでしょ、彼女よ」
あー、そうか! 彼女か!
彼女なら十分、交渉材料になる!
正解にたどり着いた私達を見上げて、ユンカー様がにんまりとされた。ユンカー様はまだ、車椅子。十日って結構長いね。
「アレグ、命令を発しろ。王としての役目を果たせ」
「はい、大祖母様」
陛下はユンカー様に一礼をし、私達に命令を発した。
「エトーレゼの騎士団など、どうでも良い。狙うはただ一人、逆賊シャロン。彼女を拉致しろ、我が元へ連れて来るのだ!」