天界にて
私は、久々に妹を訪ねた。
「シーファ、久しぶりね」
「あら、キャティ姉様、お久しぶり。姉様が天界に来るなんて珍しいですわね」
「まあね、たまにはね」
適当に答え、ドカッとソファーに腰を降ろした。
シーファの見た目は十二歳くらい。ウエーブがかったパールホワイトの髪を持った、とっても優し気な美少女。実際、性格も穏やか。お母様が作られた同胞の中では一番、話しやすい。だから訪ねた。
「キャティ姉様、はしたないですわよ。そんな大股広げて。もう少し、女性らしくなさいませ」
「疲れてるのよ。少しくらい大目に見てよ」
私はさらに、ぐでーっとした。
その、だらけ切った姿を見て、シーファは溜息をついていたが、もう何も言わなかった。私を窘めるのを諦めたようだ。
「姉様は、人間の少年と融合されましたが、その影響なのですか?」
「うんにゃ、ノエルは、ノリは軽いけれど、色々ちゃんとした少年だよ。これは、私、本来の性格」
私達、十三柱には干支(&それに関する説話)に因んだモチーフがある。
シーファは羊。
私、キャティは猫。
シーファが温厚な性格で、私が、気ままな性格であるのは、それに沿った設定ともいえる。しかし、最近の私を取り巻く状況は、猫だから~ と適当にやっていて良い状況ではなくなっていた。
「シーファ、ドランケン姉様の情報って入ってる?」
私は、コカ・コーラをコップに注いでくれているシーファの背中に向かって尋ねた。
「ドランケン姉様の、ですか?」
「そう、ドランケン姉様の、よ」
どうぞ、と、シーファはお盆に載せてコーラを差し出してくれた。ありがと、ほんと貴女、良い娘ね。
私はコーラを頂いた。あー、美味しい。
「ドランケン姉様、果ての大陸で、ドラゴンを増やしているようなんだけど……。それに関する情報は入ってる?」
「確かに増やしてますねー。ホワイトドラゴンとブラックドラゴンを番にして、産ませてるようですね。で、その間に生まれたのが、グレイドラゴン。まんまな色ですね」
そう言って、シーファが笑う。
うーん、ユンカーが、この前に言っていた以上の情報はないか……、残念。
「あのさー、貴方達。残すドラゴンは二頭、そして、増やしてはダメ。そういう制限をドランケン姉様に課したんじゃなかったの? 私は、バッファ兄様にそう聞いたわよ」
「そうですね、ドラゴンを消した時、そういう通告をドランケン姉様に私達はしました。けれど、私達が姉様にしたのは、残すのは二頭、姉様自身が新たなるドラゴンを作り出すのはダメということです。禁止事項にドラゴン自身の自然繁殖は入っておりません」
頭が痛くなって来た。適当な性格の私がいうのもなんだけれど、他の皆も適当過ぎる。
「何なの、そのザルな通告。意味無いじゃない」
「あの時は、仕方なかったのですよ。ドランケン姉様が可愛がっていたドラゴン達を殆ど廃棄、土に戻させたのです。こちらも、あれ以上は強く出れませんでした」
「強く出れませんでしたって、そこは強く出るべきじゃない? ドラゴンは下界生物の懲罰用には強過ぎる、貴方達もそう思ったから、廃棄を決めたのでしょ、生温いわ」
シーファの表情が変わった、目つきが険悪になった。温厚な彼女にしては珍しいことだ。
「キャティ姉様。貴女にそんなことを言う資格はございませんよ。私達が世界を創り、治めるのに苦労している間、姉様は、お母様の隣で、ぬくぬくとしていたのですから」
ぐさり。心が呻いた。
「ごめん……」
私は、謝った。それを言われると返す言葉が無い。でも、シーファも謝ってくれた。
「すみません、姉様。あれはお母様の意向で、姉様の責任ではありませんでした。ただ、皆、羨ましかったのです。お母様に、隣に居続けるようにと言われたキャティ姉様が……」
心とは、ほんと悩ましいものだ。私も、皆が羨ましかった、神である、お母様に、神としての仕事を託された皆が……。
「お母様には申し訳ないけれど、あの時のお母様の判断は、間違いだったと思うわ。私達、十三柱の間に、目に見えない亀裂が入ったもの。まあ、私のところに現れた亀裂は露骨だったけどね。ドランケン姉様は、あれ以来、口を聞いてくれなくなったわ」
「あー、ドランケン姉様は一番、お母様を慕っておりましたからね。お母様に選ばれたキャティ姉様が許せなかったのでしょう。『どうして、私がいるべき場所にあの子が!』って」
ドランケン姉様はとても愛情深い、というか、相手に対して、大変思い入れをする。思い入れは、愛の一つの形、本来悪いことではない、でも行き過ぎると……。
ドランケン姉様の、行き過ぎた思い入れの例を一つ上げよう。
それはエトレーゼ。
エトレーゼは、ドランケン姉様が、セルマという女性に、神契の印を与え、作らせた国だ。姉様はセルマを大層愛したそうだ、その寵愛の御蔭で、セルマは、たった一年で前王朝を倒し、新たなる王朝、エトレーゼ王朝を創建出来た。
しかし、その余りにも早い王朝創建が仇となった。短い時間で作られた王朝故、セルマには信頼できる家臣団が育たなかった。
『女王などに、国を治める器があるものか!』
そのような難癖の元、王朝交代により、既得権益を奪われた者達が反乱を起こした。そして、セルマの家臣達は、彼女を守ろうとはしなかった。
彼らは、ドランケン姉様のバックアップを受け、勢いに乗ったセルマに付き従っただけ。時流がセルマに無いと判断した彼らは、あっさりと自らの主を見放した。セルマの治世は数年もなかった。彼女は、一人の娘を残して早逝した。殺された。
ドランケン姉様は怒り狂ったらしい。姉様は、自ら反乱者達を壊滅させた、誰一人残さず消し去った。(普通神々が、自ら手を下すことはない。代わりに他の者にやらせる)
それでも、姉様の怒りは収まらず、姉様は、エトレーゼの男性貴族に呪いをかけた。永遠と続く理不尽な呪いを……。
『男性などに、国を治める能力があるものか!』
これ以来、六百有余年。エトレーゼの男性貴族は、まともな眷属の紋章を受けられなくなった。ろくな魔術が使えなくなり、子を為すための道具としてしか見られなくなった。
エトレーゼの男性貴族達には、とばっちりも良いところだ。そんな、大昔の一部の先祖の所業など、知らんがな! と大声で叫びたいだろう。
ごめん。うちの姉のせいで、ほんとごめん。
「ねえ、シーファ。ドランケン姉様を、なんとか止めることが出来ないかしら。このままだと、大陸が大変なことになっちゃうよ。ティーゲル兄様にでも、頼んでさー」
ティーゲル兄様のモチーフは虎。それ故、お兄様は大変強い。シーファは勿論のこと、私など相手にはならない。
「頼むのなら、一緒に頼んでさしあげますよ。でも、ティーゲル兄様は動いてくれないでしょうね」
「どうして? 十三柱同士で争うのは避けるべきだけど、ドランケン姉様の暴走は明らかだわ。動いてくれるわよ。ティーゲル兄様が制止してくれれば……、兄様、十三柱で最強だし」
「ダメですよ。最強なのは兄様ではありません。ドランケン姉様です。お二人が、戯れに戦われたことがございますが、ティーゲル兄様、簡単にのされましたよ」
「嘘……」
そんな、ティーゲル兄様、あんなに強いのに、同じ猫族として誇りに思っていたのに……。ティーゲル兄様がドランケン姉様に負ける、それも簡単にだなんて。そんなの嘘よ!
「キャティ姉様は『竜虎相搏つ』って言葉のイメージに惑わされているのですよ。お母様の前世の世界では、虎は現実の生き物です。それに対して竜は空想上の生き物、神にたとえられこともある生き物。竜が、空想の世界から出て地肉を得、虎と相対した時どちらが強いか……。おわかりですね」
「それじゃ、私達の誰もがドランケン姉様に勝てないってこと……?」
「そうなりますね。七柱、八柱くらいで一気にかかれば、勝てなくはないと思いますが」
「七柱、八柱……」
お母様! もう少しパワーバランスを考えて下さいませ、十三柱の中でこんなに差をつけて、どうするんですか!
私の疲れ切った心にさらに、絶望感が……。
「もう、帰るわ……。お邪魔したわね」
私は下界に戻る準備をはじめました。
「キャティ姉様。お気を付けくださいましね。ドランケン姉様は、キャティ姉様を昔よりずっと、嫌っておいでですよ」
「昔より? 何でよ?」
「何でって、姉様は、お母様のところから出奔したくせに、お母様が転生なさったら、転生先の、兄弟である少年と融合なさって、傍に行かれたではないですか。私達だって呆れたくらいの行動ですよ」
「あれは、お母様への謝罪のため、そして、人になられたお母様を守るためであって……」
「たとえ、キャティ姉様的にはそうであっても、外からは、姉様が、気ままに行動してるようにしか見えません。ドランケン姉様などは、たぶん、こう思っていられますよ。ちょっと表現がきついですが……」
ごくりと唾を飲んだ。
「キャティの奴め、なんて恥知らずな。よくもあのようなことをした後で……、出来るなら殺してやりたい」
私はオールストレームの王宮の自分の部屋に戻って来た。今の姿は当然、ノエルの姿。寝台にゴロンと転がった。何の気力も湧いて来ない。
僕はもう、アリス達に協力するのは止めておこうか?
ドランケン姉様を刺激するだけで、皆に余計迷惑がかかる……。でも、それでは完璧な丸投げだ。
ドランケン姉様が、あのように好戦的になってしまったのは、僕のせいでもある。姉様は、お母様の傍に居たかった。でも、お母様は僕を選ばれた。悔しかっただろう、でも、なんとか自分を納得させ、ドランケン姉様は世界創世のため下界へと向かわれた。
それなのに、僕は……。
やはり、人任せにして良い筈がない。自分が蒔いた芽は、自分で刈り取るべきだ。
僕は、いえ、私は決意した。
ドランケン姉様と、きちんと向かい会いましょう。そうすることにしか道はありません。
その翌日。
エトレーゼの隣国、ザカライア王国とエトレーゼの間に戦端が開かれたとの報告が王宮になされた。
ザカライアの騎士団が、エトレーゼ側の挑発に乗ってしまったようだ。
私は、唇を噛みしめた。
馬鹿なことをしてくれた。こちら側は、まだ準備が整っていない、
全然、整っていないのに……。
シーファは、お母様の影響のせいか、かなり人間的生活をしているようです。ソファーとかコーラとか。書いていて、天界がこんなので良いのか? と思ってしまいました。