エルシーは物じゃない
ユンカー様の言葉に、私は混乱して……、いえ違います。困惑です、大困惑。
抗議します、断然抗議します!
「ちょ、ちょっとユンカー様! どうしていきなりそんなことを言うのですか! それに、私の最愛の妹を、勝手に交渉材料にしないで下さい、エルシミリアは物ではありません!」
「最愛! アリス姉様にそう言っていただけるなんて、エルシミリアは幸せ者です。私は、お姉様をお慕い続けて人生を生きてまいりました。お姉様と共に立ち、共に人生を過ごすことが、わたしの……」
「エルシー、あんた、ちょっと煩い。黙ってて!」
私は目が完全にハートマークになっているエルシーを叱りつけました。この子は、もう!
「とにかく、こんな政略結婚は認めませんよ、絶対認めませんからね!」
私の腹立ちは大変なものでした。ダン! と床を踏んでやろうかと思ったぐらいです。当然、そんなことは致しませんでした。相手はユンカー様です、それくらいの理性は残っていました。
「政略結婚の何が悪い。貴族の結婚とは概ね、そういうものだ」
ユンカー様は、しれーっとされています。
「それはそうかもしれませんが、エルシーには、政略結婚などさせたくないのです。もっと互いを想いあっての結婚をしてもらいたいのです」
「それなら問題ないではないか、ノエルとエルシミリアは、それなりに仲良かっただろう。私は、二人で楽しく談笑している姿を何度も見たぞ」
「そ、それは友達というか……、エルシー!」
「はい、アリス姉様、何でしょう!」
この子は何で、こんなにニコニコしているのよ。
「貴女、ノエル殿下に恋愛感情はあるの? これ重要だからね、ちゃんと答えて!」
エルシーは顔に手を当て、小首を傾げて、左斜め上を見上げました。如何にもな思案のポーズ。
「さあ、どうなんでしょうねー。わたしは物語でとかなら、わかかるのですが、現実の男女の恋愛となると、よくわからないのです。昔はそうではなかったように思うのですが……。でも、ノエル殿下は嫌いではありませんよ、お話していると楽しいですし」
私にはエルシーの答えは、わかったような、わからないような曖昧模糊に、思えたのですが、ユンカー様は勝ち誇られました。
「ほら、エルシーはノエルを好いておる。これで何の問題もないであろう」
「そ、それは……」
キャティ様が苦境に陥った私を助けようと、口を挟んで来てくれました。
「ユンカー、私はそなたに、そのような命令を出して欲しいとは思っていません、自分のことは自分で……」
「ノエル! お主は黙っておれ! 私が話しているのはアリスティアだ!」
「は、はひっ」
うわっ、神々の一柱たるキャティ様を叱りつけたよ。キャティ様、抑えてはくれているけれど、かなりの神圧を出してました。あの神圧を跳ね返して、叱りつけるなんて、この人、本当に人種?
「だいたい、お主に意気地がないから、私がこうやって気を使ってやっているのではないか、恥ずかしく思え」
「……すみません」
酷い、酷過ぎる! キャティ様は神もどきとはいえ、私達なんか、蟻のように捻り潰せる凄い存在なのよ。その御方に向かって。「意気地がない」だの、「恥ずかしくないか」だの言いたい放題。
ユンカー様。少しは相手の立場も考えましょうよ。こんなことされたら(真の神ではないとしても)神々としての威厳なんて、あったもんじゃないわ!
キャティ神が項垂れています。
「うう」
可哀そうなキャティ様。こんど共同で、ユンカー様に訴訟を起こしましょう(訴える先がないけれど)
私が、あくまで、ユンカー様の命令に反抗しようしているのは、エルシーの幸せを慮ってのこと。エルシーの中にある愛の大部分は私に向かっています。そのような状態で結婚して、幸せな結婚生活が送れるでしょうか?
たぶん難しいでしょう。せめて、私への半分でも、愛が向かう相手ならば……。
「ユンカー様。それでも私は反対致します。エルシーには、エルシー自ら結婚したいと意志を示せるほど、好きになった相手と結婚して欲しいからです。エルシーのノエル殿下への好意はまだ、そのレベルに達しておりません」
「アリスティア、そなた達は、私やコーデとは違うのだ。そのようなことを言っていると、いつの間にか皺皺のおばあちゃんだぞ」
「なっ、皺皺のおばあちゃん!」
酷い、ほんと今日のユンカー様は酷い。いくらユンカー様でも、言っていいことと悪いことがあります。
「アリス、これは私が、王としての命じていることだ。そなたは王国の臣下であろう、命令を聞けないのか?」
「決してそのようなことは、ですが……」
はっきり言って、ユンカー様と対決した場合、私は勝つ自信があります。私には膨大な魔力容量がありますし、ユリアもいます。そして、神力ジェネレーターである天羽々斬も持っているのです。勝てない訳がありません。
しかし、私は、この国を、我が祖国、オールストレーム王国を愛しています。だから、この王国を創建以来支え続けて来た王、真の王であるユンカー様に反旗を翻そうなどとは決して思いません。
けれど、この命令は……。私は苦悩の淵に沈みました。
「お姉様、わたしはかまいませんよ。ユンカー様のご命令に従おうと思います」
「「「 ええっ! 」」」
ユンカー様以外の全員が、驚きました。
私は、無理をしなくて良いと、声をかけようとしたのですが、コーデの方が先でした。
「エルシ姉様。無理をなさることはありませんよ。ノエル兄上も、キャティも私には愛しい者達です。ですが、それとエルシ姉様の結婚とは関係ありません。もし、少しでも躊躇するお心があるのなら言って下さいませ。ユンカーのことは気にする必要はありません。私は元、真の神。ユンカーくらい抑えてさしあげます」
コーデは私の言いたいことを殆ど言ってくれました。でも、コーデにユンカー様が抑えられるかと言うと……、まず、無理でしょう。コーデは、引き籠っていた間、さんざんユンカー様の世話になっています。強く出れる立場ではありません。
「コーデありがとう。わたしだって、無条件で従おうとは思っていないわ。一つだけ条件があるの」
エルシミリアは、コーデから視線を外し、ユンカー様を正面から見据えました。
「陛下、わたしの条件を聞いて頂けますか?」
「許す、言うが良い」
「わたしの条件は……」
エルシーが私の方をちらりと見て来ました。きっと不安なのでしょう。
負けないで、エルシー。とんでもない条件を出してやれば良いわ。そうすれば、ユンカー様だって引き下がってくれるかも!
「アリスティアお姉様を、ノエル殿下の第一妃にして下さいませ、わたしは第二妃として嫁がせていただきます」
ドン、ガラガラ~ン!
足元が崩れ落ちるような気がしました。本当に、とんでもない条件でした。
「な、何を言ってるの、エルシー! 貴女、気は確かなの!」
「確かですよ。こうすれば、私は最愛のお姉様と一生一緒にいられます。それに、わたし達に子供が生まれれば、その子供達は、従兄弟、従姉妹ではなく、兄弟、姉妹なのです。これほど素晴らしいことがありましょうか」
「おお、そのような面白い観点は私には無かったな。褒めて遣わすぞ」
「ありがとうございます。陛下」
ちょっと二人とも、何が「褒めて遣わす」よ、何が「ありがとうございます」よ。おかしいでしょ、何で、エルシーの結婚に私がオプションされるのよ。私の意志はどうなるのよ!
「エルシーの案は凄く良い案だ。ゲインズブラントの双珠を娶ったノエルは、次期国王なるのは決まったも、同然。つまり、次の国王は神なのだ! オールストレーム王国の繁栄は約束されたも同然、素晴らしき哉!」
「ホントです、真の最強国の誕生です。大陸統一でも、いたしましょうか? オーホッホッホ!」
「ワーハッハッハ!」
「……」「……」
私とコーデは、二人の狂態に呆然とする他ありませんでした。するとキャティ様が、ポンと私の肩に手を乗せ、言ってくれました。
「アリスティア、心配しないで。ここは私がなんとか致しましょう。これ以上、貴女の心を傷つけさせません」
うう、キャティ様の優しさに、涙が出そうになって来ました。この方になら、お嫁にいっても良いかも……。
「ユンカー! エルシー! 貴女達は自分が何をやろうとしているのか、わかっているの! 貴女達の心にあるのは自らの欲望だけ、アリスの意志など気にもしていないではないですか!」
うん、うん。そうだ、そうだ。もっと言ってやって。
「アリスは言いましたよ、『エルシーを物扱いするな』と。それなのに、貴女達は……、恥ずかしくないのですか!」
キャティ様の仰られていることは、もっともなこと。二人とも、少しは心を痛めることだろうと思ったのですが、エルシーもユンカー様も平然としています。いつから、こんな冷血漢に……。
ユンカー様が仰られました。
「だったら、アリスを物扱いせずに済むようにすれば、良いだろう」
「へ? 物扱いせずに済むように?」
「そうです、キャティ様。そうして下さいませ」
あっ! と思いました。
これは罠。ユンカー様が張った、キャティ様を嵌める罠なのです。
そしてエルシミリア、彼女もグルです。私と違って頭の回転が速いエルシーは、途中でユンカー様の意図を見抜き、協力関係になったのです。くそ~、どうして、双子なのに、ここまで頭の出来が違うのでしょう。
「そなたが、無償で協力してくれれば、アリスは泣かなくて済む。そうであろう」
「そ、それは……」
「殿下、器量を見せて下さいませ。女というものは、そういうところに惚れるのでございますよ」
エルシーが、キャティ様に顔を寄せ、甘ったるい声で囁きました。あざとい、あざと過ぎる……。いつから、そんな娘に!
結局、キャティ様は白旗を上げられました。
「ええい、わかりましたよ! 無償で協力すれば良いんでしょ。しますよ、します!」
喧々諤々の交渉の末、キャティ様は騎士、五百人分の鎧と剣を受け持ってくれることとなりました。
「これが最大限の譲歩ですよ、追加は有り得ませんからね」
私達は何度もお礼を述べ、今回の件は終了。キャティ様は自分の部屋へ帰られることになったのですが……
「ユンカー、ちょっとこちらへ」
「何だ、ノエル」
ユンカー様が来られると、キャティ様は指をパチン! と鳴らされました。途端にユンカー様が床に崩れ落ちました。
「な、なんだこれは! 足が動かん、足に全く力が入らん!」
「貴女は、神々というものを舐め過ぎです。十日程その状態です、反省しなさい。私以外の神々だったら、貴女は、とっくに死んでますよ」
「十日……」
床の上で呆然とするユンカー様を残して、キャティ様は転移されていきました。私達は立てなくなったユンカー様のため、車椅子を用意した後、部屋を辞しました。
本当は泊る予定でしたが、ユンカー様も立てなくなった姿など見て欲しくはないでしょう。瞬間移動で、ゲインズブラント家王都別邸に転移しました。学院の寮に戻ってもよかったのですが、なんとなくエルシーと話がしたかったので、私が、別邸へと提案したのです。
コーデは、さらに、ここのベッドは嫌いと言って、オルバリスに帰っていきました。彼女なりに気を利かせたのでしょう。結構、良いところがあります。
エルシミリアと久しぶりに、同じベッドに寝ました。
「ねえ、アリス姉様」
エルシーの方から先に話しかけてきました。
「わたしは本当は、あれでも良かったのですよ。お姉様は、ノエル殿下をどう思われますか?」
「どうって、好きか、嫌いかってこと?」
「ええ」
「嫌いってことは絶対ないわ。ということは好きってことかしら」
「お姉様、先ほどは、曖昧な言い方をしましたが、本当は違います。わたしは、ノエル殿下のことが、ちゃんと好きです。……でも、お姉様のことは、もっと好き、大、大、大好きなのです」
そんなのわかってるわよ。言わなくても十分わかってる。
「だから、アリス姉様が、少しでも自分の婚姻相手として、殿下を認めて下さるなら、あれが、私にとっては最良の形だったのです」
「エルシーにとって最良の形かあ。私にとってはどうかしら……。でも、悪くはないかも、って気はするかな。私もエルシーと離れたくないしね」
「すみません、お姉様」
「別に謝る必要はないわよ、欲の無い人なんていないわ」
そう言って横目で見た彼女の顔は、なんとも心細げ、打ち捨てられた子犬のように思えました。
「……お姉様、久しぶりに、ギューっと抱きしめてくれませんか。お願いです。それとも、こんな大きくなった妹を抱きしめるなど嫌ですか」
ここ最近の話ですが、エルシミリアの方が少し、身長が高くなっています。彼女はそれを気にしています。
「バカね、嫌な訳ないじゃない」
私はエルシミリアを、引き寄せると、強く抱きしめました。
彼女の寝息が聞こえ始めても、強く、さらに強く……。
エルシー、
貴女の愛に応えるには、どうしたら良いの?
私には、わからない。
わからないの……。
ああ、葛城の神様、
私は、どうしたら良いのでしょう?
お願いです、教えて下さいませ。
MY神様。
エルシーはアリスを深く愛するが故、なるべく同じ姿でいたいと思っています。数センチの差が許せません。