勅命
20/08/21 アリスがする説明(冒頭あたりの地の文)で、おかしいところがあったのを修正。
20/08/22 ユンカーのキャティ神への反応を追加。
「神力を扱える者が他にもいるだろう、あやつに頼ろう。めっちゃ楽になるぞ」
ユンカー様が、頼ろうと言っている人がわかった。
ノエル殿下……、つまり、キャテイ神だ。
当たり前だが、彼女は神力を持っている、溢れかえっている。彼女に比べたら、私や、ユンカー様、コーデが扱える神力など、象に対する蟻んこ並み。
でも、今、この場には、オリアーナ大叔母様とリーアムお兄様もいる。二人には、キャテイ神の存在と、彼女から羽々斬を授かったことは伝えてあったが、殿下とキャテイ神が融合していることまでは知らせていない。
融合のことは、ノエル殿下とキャテイ神のプライベート。これ以上、広めて良い話とは思えない。
それ故、私達は、このことは後で話し合うこととし、王宮へ帰還した。
その日の晩、私、エルシミリア、コーデリアの三人は、ユンカー様の部屋にいた。旅の話をもっと聞きたいという名目で、ユンカー様の部屋に泊ることにしたのだ。
夕食を終え、湯浴みも済ました後なので、全員、寝間着である。
「ユンカー、キャティには、天羽々斬を授けてもらうなど既に協力してもらっています。これ以上を求めるのは無理でしょう」
コーデが真っ先に反論を唱えた。まあ、当然の意見だと思う、キャティ神も十三柱の一柱、あまり勝手なことは出来ない筈だ。
「その無理を通させるのだ、コーデリア。幸いなことに、キャティ神はノエルと融合している。そこが彼女の弱みになる。弱いところがあるのなら突けば良い。容赦などいらん」
相手の弱みを突く、戦術的には正しいと思う。でも、コーデは全然納得していない様子。
「弱み突くって、今回の場合、情に訴える、泣き落としをするってことでしょ。いくら、キャテイがノエル兄上と融合しているからって、そう上手く行かないわよ。あの子達は、世界全体を俯瞰する者。結構ドライよ」
「世界全体を俯瞰する? ドライ? 私には、そう思えんな。上手く行くさ」
エルシーが溜息まじりに言った。
「ユンカー様、どうしてそのように自信満々なのですか? わたしにはその自信の根拠が見えません」
私もエルシーと同意見。ユンカー様は、昔より喋られるようになったが、やはり言葉が足りない、説明が無さすぎる。
「根拠はある、目の前にな」
「?」「?」「?」三人の目が遠い目になった。
ほら、全然説明になってない。全くわからない。ほんとユンカー様はマイペースだ。
「とにかく、さらなる助力を乞えるかどうか、頼んでみようではないか」
「まあ、ダメ元と思えば……。では、いつ頼みます。明日でもノエル殿下の下へ伺いましょうか?」
私がそう尋ねると、ユンカー様は時計を見ながら、答えられた。
「その必要はない。もう直ぐノエルが来る。先ほど呼び出しの手紙を転送しておいた」
何ですって! と言おうと思ったのだが、エルシーに先に言われてしまった。
「何ですって! ノエル殿下がここに来られるのですか! 私達、今、全員寝間着ですよ。そのような場所に殿方を呼ぶのですか!」
「心配するな、エルシミリア。キャテイ神の姿で来るようにと、ちゃんと書いた。来るのは妙齢の美女、女同士だ。何の問題も無い」
「あー、それなら」
「アリス姉様、そういう問題ではございません! 少しは恥じらいをお持ち下さい!」
エルシミリアに怒られた。エルシーは、一部豪快なところ(尿や便を瞬間転送したりだとか)もあるが、基本、私よりずっと繊細。その繊細さにはかなり助けられている。(お茶会とかね)
「そうですよ、アリス姉様。姉様は、うら若き女性であることの自覚が無さすぎます」
うるさいよ、コーデ。あんたも、のほほんと納得しかけてたじゃない。私は見てたわよ。
私はコーデに文句を言おうとしたが、その前にキャテイ神が、瞬間移動して来たので言えなかった。部屋の中央に現れた彼女は、以前見た通りの、もの凄い美女。MY神様が、私達のお手本にしただけはある。彼女から美が溢れまくってる。
それなのに、キャティ神を初見の筈のユンカー様は全く動じない。眉一つ動かさない。この人は、肝が据わっているというか、なんというか。
「ユンカー、いくら私がノエルと融合したとは言え、神々の一柱たる私を、呼びつけるなんて……って、どうして、この三人がいるのですか! それに皆、寝間着!」
キャテイ神の顔が少し赤らんでいる。これは、いけるかも! と私は思った。
キャテイ神と融合したノエル殿下は、キャティ神に圧倒されてはいない。もし、圧倒されているなら、私達の寝間着姿程度であのようになる訳がない。
「キャテイ神よ。服などはどうでも良いではないか。まあ、座れ、実は頼みたいことがあるのだ」
「ユンカー様。少し言葉遣いを考えられませ。キャテイ様は神々の一柱たられる方ですよ。いくら、ユンカー様でも……」
主と従の基本を大切にするエルシー故の忠言だ。でも、ユンカー様に言ってもなー、ほんと真面目だね、エルシー。
キャティ神は、エルシーに優しい目を向けて、仰られた。
「もう良いです、エルシー。ユンカーは、こういう者。私はよく知っています」
キャティ神はほんとさばけている。それに比べ、ドンキ神やマンキ神ときたら……。
そのことを良いことに、ユンカー様は、こちらの要求を、滔々と語った。彼女にしては、珍しく長い熱弁だった。けれど、言っていることは単純。
騎士達の鎧と剣に神力を籠めるのが面倒くさい。手伝えよ、である。
「申し訳ないですが、出来ません。私はドラゴンへの対策として、天羽々斬を与えました。あれでも、かなり特例なのです。あの後、マイスが、神の剣を人如きにあたえるとは何事! と文句を言って来ました。釈明するの大変だったのですよ」
「マイスか……。貴方達、まだ仲が悪いの?」
「ええ、お恥ずかしながら」
コーデが呆れ返ったように、キャティ神に尋ねていることに、私は呆れてしまった。だって、「キャティ神とマイス神」、つまり「猫とネズミ」、仲が良い訳がない。そのように彼女達を作ったのは誰? あんたでしょ、コーデ。
今日のコーデはなんだか役に立たなそうなので、私からも頼むとしよう。キャテイ神の助力が得られないとほんと困る。企業戦士も真っ青になるような、デスマーチ作業が私達に降りかかってくる。
「どうか、そこを曲げて手助け下さいませんか。敵のドラゴンは一体ではなく、三体になるかもしれないのです。前とは状況は違うのです、お願いです、このままでは、過労死への道しか残っておりません」
私は、憐れ感を必死に醸し出し、彼女の情に、いえ、ノエル殿下の情に訴えた。それなのに、ああ、それなのに。一言で拒否された。
「アリスティア、ほんと無理なの。ごめんね」
私の憐れな姿に耐えられなかったのだろう。エルシーも頼んでくれた。ほんと姉思いの優しい子だ。
「キャティ様。そのようなことを仰らずに。もしアリス姉様が過労死などなされたら、私は生きていけません。どうか!」
「エルシーが生きていけない……。それは困りましたねー」
おい、キャテイ神、何で、私の時は、「無理なの」で終わりなのに、エルシーが頼んだら、「困りましたねー」なのよ。いくらなんでも、酷くない? 泣いちゃうよ。
「キャテイ神よ、一つ提案があるのだが……」
ユンカー様が、珍しく重々しい声で呼びかけられた。
「提案? どのような?」
キャテイ神が問い返す。ユンカー様は最初から妙に自信満々だった。多分、素晴らしい策があるのであろう。纏っているのが、薄い寝間着(透けてないよ)だけのせいか、私達ゲインズブラント三姉妹は、調子が出ない。
ここはユンカー様に任そう。そう思ったのだが、ユンカー様の提案は……、
「私は何もタダで協力しろと言っている訳ではない。協力に見合う、報酬を払う。よく考えてくれ」
何だかな、である。人である私達に、神々の一柱たるキャテイ神に払えるものがあるとは思えない。お金なんて無意味だし……。キャテイ神の思いも同様だったようだ。
「ユンカー、冗談を言っているのですか? もし、そうならいまいちですよ。笑えません」
「いいや、冗談などではない。報酬はある、素晴らしい報酬だ」
「言いますね。では、聞かせて下さい。何ですか、その素晴らしい報酬とは?」
「 エルシミリア 」
ユンカー様以外、全員の表情が固まった。
ユンカー様はすくっと立ち上がり、エルシーに向かって指先を向けられた。
「エルシミリ・フォン・ゲインズブラント。オールストレーム王国、真の王たる我、ユンカー・オールストレームが命ずる。学院卒業後、第三王子、ノエル・オールストレームの妃となれ。これは勅命である、逆らうことまかりならん!」
根回し無しの命令。ユンカーらしいと言えば、らしいです。