犠牲・サクリファイス
サブタイトル少々変更しました。
「そうです。身代わりです。あなた達を守るための犠牲です」
お母様は、肯定してくれた。
「王都から連絡がありました」
「王都? リーアムお兄様からですか」
「ええ、どうも王族間であなた達を、己が陣営に取り込もうとする動きが始まったようです」
「そうですか。わたしはともかく、お姉様の魔力量は魅力的ですものね。王族が何人がかりでも相手にならない、二十人くらいならなんとか……。でも、己が陣営に取り込みたいなら、縁組、『婚約』や『養子』でしょ。何故、危険が及んだ時の身代わりなど必要なのですか」
「エルシミリア、あなたは賢いですが、まだまだな所もありますね。人には短絡的な者も多いのですよ。己の方に取り込むのに失敗した時、不利になった時、取り込めても御せないと判断した時、さらには取り込むこと自体が面倒になった時、欲しかったもの自体を葬り去ろうとします」
「葬り去るって、今の時点で、そんなことをする愚か者がいるのですか?」
自分はともかく、アリスティアお姉様に危害を加えようと思う人間がいると思うと、はらわたが煮えくり返る。
「それはわかりません。でも無いとは言えません」
「ですから、あなた達の警護も、館の守りも厳重にします。その上でのことです」
いろいろな策を検討しましたと、お母様。
「エルシミリア、影武者を知ってますか?」
「はい、主と姿形が似ている者が主に偽装することによって、危険から主を守る。王族や、大侯爵家にはそのような者もいると聞いたことがあります」
「いますよ、実際」
本当にいるのか。ベルノルトお祖父様にもいるのだろうか? いるならば、ちょっと見てみたい。
「最初に考えた策です。けれどあなた達の容姿では無理です。もっと平凡であれば……」
お母様は、ため息をつく、こういう表現をされると、どういう顔をして良いのかわからない。
「そして実行可能な策として見つけたのが、『挺身従者、挺身侍女』です」
お母様の眉間にしわが寄り、表情が厳しくなった。
「彼、彼女らは常に主に付き従い、主を守ります。そしてどうしても主を守り切れない状況になった時には、自分の持てる全魔力を一気に解放してでも敵に立ち向かいます」
「全魔力を一気に解放ですか。その者の体が消し飛んでしまいますね」
「そうです。『挺身従者、挺身侍女』は文字通り、命をとす役目です」
お母様は続けた。
「さきほど、策と言いましたが、ほんといやらしい策です、反吐がでそうな策」
「お母様、忠臣が主人の為に命をとした話は沢山あります。家臣が主のことを思い、自ら己の命を投げうつならば、可哀そうだは思いますが褒めたたえるべき事柄。いやらしい、反吐がでそうな、などの言葉はいかがなものでしょうか」
「確かにそうです。でもそれは家臣が【自ら】行った行為ならばです」
「自ら?」
お母様の話は、おおむね私が予想していた通りで、何も驚くべきところはなかった。しかし……これは……
「……契約魔術」 ダメ、声が震える。
「察しがいいですね。ほんとあなたは頭が良いですね。エルシミリア」
お母様が褒めてくれる。でも、全く嬉しくない。
「『挺身従者、挺身侍女』と交わされる契約はひとつ、主人の身を、他の如何なる行為でも守り切れなくなった時は、自らの命をもって守る、それだけです」
「で、ですが、契約の時、彼、彼女らは納得して契約するのでしょう。ならば、たとえ命を落としたとしても、それは自らが行った行為と言えるのではないですか?」
「言えません。たとえ、契約時に納得していたとしても、まさに命を賭さねばならなくなった時、躊躇してしまうかもしれません。人はそんなに強くはないのです。だからこその契約魔術なのです」
「契約されたことは、本人の心がどれだけ拒否しようと実行されます」
わたしは下を向いてしまった。そんなことは知っている……。
「エルシミリア、契約魔術を使った時点で、その後のことは、自らの意志で行った行為であるか、そうでないか、は絶対分からないのです。あなたは分かっていたはず、どうしてそんな無意味な質問をするのです」
お母様の声が冷たく響く、見えていないが、お母様のわたしを見る眼もきっと冷たいだろう。
「止めてほしいですか?」
「えっ」
思わず、顔をあげた、そこにあったお母様の表情は、予想していたのとは違い柔らかなものだった。
「アリスティア、エルシミリア、二人とも優しいですからね。だから、単なる侍女として、あなた達に隠して契約するつもりでした」
「止めてほしいと言えば、止めてくれるのですか」
「いいえ、止めません。私もお父様もあなた達を守りたいのです。大事な者を守るためならば、他の者を躊躇なく切り捨てます。それが貴族の本質です。そうやって命を繋いでいくのです」
「エルシミリア、あなたは貴族ですか? 大事な者の為に人の命さえ切り捨てますか?」
アリスティアお姉様……
わたしの半身、わたしに最も近い人…… そして、もっとも遠い、純粋な人。
「わたしは貴族です。お母様と同じです」
「わかりました。このままことを進めましょう。けれど、アリスティアには契約のことは隠しつづけます。いいですね。あの子は、あなたほど心が強くはありませんから」
「わかっています。お姉様には絶対知らせたりしません」
お母様が謝って来る。
「あなたは、いつも損な役回りね。ごめんなさいね」
「いえ、そんなことは。では失礼します、お母様」
わたしはお母様の部屋を後にした。
今まで、自分のことを優しい性格だと思ったことは一度もない、けれど、ここまで冷たい性格だとは思ってもいなかった。
わたしは、アリスティアお姉様を守るためなら、人を簡単に切り捨てるだろう。
たとえ、それが、お父様やお母様であっても……
こんな自分に、吐き気がした。
エルシミリアの愛が重い… どうしてこんな子に。アリスティアは大変です。