未熟者としての戦い
20/08/17 アリスティア(野乃)の剣道の習っていた期間、誤っていたので修正。
私は大きな声で答えた。
「続けます! 誰が止めてなんてやるものですか、浪速女を舐めないで下さいませ!」
「なにわおんな? 何だそれは」
ユンカー様が仰られた。ここで、私が前世の記憶持ちであることを知らないのは、ユンカー様とリーアムお兄様。
リーアムお兄様は、
「……」
無反応。たぶん、戦闘時には、無駄な言葉は喋らない主義なのだろう。理にかなっている。さすが、私のお兄様である。カッコイイ。
私は、天羽々斬に魔力を送り込んだ。最初から、羽々斬(名前が長いので、これからは略す)には、かなりの量の魔力を入れていたのであるが、それは羽々斬の許容量からみれば微々たるもの。ただ、それ以上入れると、羽々斬が暴走を始め、制御するのが難しいため、入れていなかった。もうそんなことはいってはいられない。
羽々斬、魔力なんて幾らでもくれてあげる。神の剣としての力を示すのよ!
私の内なる言葉がわかるかのように、羽々斬が私の魔力を、どんどん吸収する。母親になったことなど無いが、赤ん坊に乳を与えているような気分がした。
大きく、強く、美しく育つのよ。
刀身が、白色の光を放ちだした。とても奇麗……。美しくは別にいいかも、羽々斬は最初からとても美しい剣だ。
『アリスティア、もうそろそろいいんじゃない』
ユリアが、心の中で話しかけて来た。
今日は、助言は要らないわ。自分の力だけで、お兄様と相対してみたいの。本当に危険な時以外は、放っておいて、お願いよ。
『わかったわ。でも、言わせて。これ以上魔力を羽々斬に魔力を与えたら、リーアム様が心配よ。もういいわよ』
確かにそうかもしれない。羽々斬の放つ光は、目が痛いくらいになってきている。生み出される神力は、先ほどまでの倍近いだろう。
カインの時には気付かなかったが、ユリアは本当に優しい娘、相手に対する気遣いを絶対忘れない。私はユリアの主人であるが、女性的優しさでは完璧に負けている。
私は重力魔法を解き、降下した。着地するとともに、羽々斬を下段に構える。お兄様も、それに答えるかのように剣を中段に構えた。中段は攻守ともに使える、オールマイティな構え。
剣の練度において、私とリーアムお兄様では雲泥の差がある。私の剣の基礎は、前世で習った剣道が元になっている。ただ、習っていたのは一年だけ。基礎と言って良いものか? のレベル。それに比べ、お兄様は騎士(それも一等騎士)、如何に、騎士の戦闘が魔術戦が主になっているとはいえ、騎士にとって、剣技の修練は必須。特にオリアーナ大叔母様が騎士団を率いるようになってからは、剣技、体技等、肉体的訓練が増えたと聞く。大叔母様は、魔術の天才であるのに、魔術第一主義ではない。素晴らしいことだと思う。
全身の力を抜いた。
私は今まで勝手に動こうとする羽々斬を、腕力でねじ伏せよう、イメージ力で従えようとしてきた。でも、考え方を変えた。もう制御しようなんて思わない。羽々斬の勝手にさせる。羽々斬に自由に戦ってもらう。
私は今まで、羽々斬はじゃじゃ馬な剣。ねじ伏せてでも制御しなければと考えていた。でも、本当にそうだろうか、羽々斬は、じゃじゃ馬な剣なのだろうか?
たぶん、違う。羽々斬がじゃじゃ馬に見えるのは、私の剣技がお粗末だからに違いない。羽々斬はなんと言っても、神の剣。私のような未熟者に下手な使われ方をされたくないのだ。しかし、突如、熟達者になれる訳も無い。だから、任す。
羽々斬に、全て任す。私は羽々斬についていく。主従の逆転である。私が主になるのは、もっと実力をつけてから、羽々斬が認めてくれてからで良い。
柄を通じて、羽々斬の意志を感じた。私も意志を返す。
私は貴方に従うから、ついて行くから。共に助け合って戦いましょう。
私は呼吸を止めた、お兄様に向かって駆け出した。もうすぐ剣先が届くという距離まで近づいた時、お兄様の剣が、左斜め前方から襲って来た。お兄様の剣の方が、羽々斬よりリーチがある。
私は羽々斬の意志のままに、下方からお兄様の剣を打ち払う。鈍い金属音と共に、両者の剣が弾かれた。だが、最初に刃を合わせた時とは違い、羽々斬は打ち負けてはいない、弾かれた度合いは、お兄様の剣の方が大きいだろう。
直ぐさま、お兄様の第二刃が迫って来る。手首のスナップで切り返したようだ、このようなことは筋力がないと出来ない。羽々斬は動こうとしない、わたしは意図を瞬時に理解し回避行動をとる。バックステップ。お兄様の剣が空を薙いだ。
この後、お兄様と何度も何度も剣を合わせた。体感、二十分、実際は五分くらいだったろうか。楽しかった。こんなに楽しいなら、これからもお兄様に手合わせしてもらおう、剣を教えてもらおう。ルーシャお姉様に、リーアムお兄様の全てを渡してなるものか。
リーアムお兄様が仰られた。
「そろそろ終わりにしようか。最後の一撃、お前の方から来い」
「わかりました、お兄様」
お兄様の息も少々上がっているが、私の息は盛大に上がっている。全力が出せるのは、これが最後だろう。願ったり叶ったりだ。
私は素早いステップで、お兄様に近づくと、渾身の突きを放った。相手に早く到達するには円運動より、直線運動。羽々斬はそう選択したし、私の考えも同じだった。
しかし、お兄様は私達の突きに瞬時に反応され、剣を同じように突き出し、羽々斬を巻き取られた。
羽々斬は、私の手から離れ、宙に舞い、地面に転がった。
私の負け、完全なる負け、巻き技なんて、相当の実力差が無いと決まるものではない……。そう思った時、お兄様の剣が折れた。刀身が根本近くから、ぽっきりと折れ落ちた。
オリアーナ大叔母様が、宣言された。
「試合終了! 両者ともよくやった。特にアリスティア、ここまで、やれるとは思わなかった、よく頑張ったな」
今日初めてもらえる優しい言葉に、涙が出そうになった。いけ好かない言葉ばかり、かけて来ていたのに、最後の最後に優しくなるなんて、卑怯である。
私は笑顔の大叔母様に、むくれ顔を返してあげました。いーだ。
それを見た、オリアーナ大叔母は、あらら、という感じ。ちょっと反省して下さい。
「アリスティア」
リーアムお兄様が、親指を立てて、グッと拳を突き出してくれた。いわゆるサムズアップ、グッド!の意 以前、お兄様に教えて上げていた。騎士団内で結構流行っているそうだ。
私もお返しにダブルサムズアップ、笑顔付き。
お兄様、また一緒に山に登りましょう。ルーシャお姉様抜きで。
エルシーとコーデが近寄って来た。
「アリス姉様、お兄様とあれだけ剣でやり合えるなんて、凄いです! 素敵です! さすが、わたしのお姉様です!」
お目目、キラキラです。好きな男性アイドルに興奮するJCのようです。エルシー、貴女、相変わらず私のこと好き過ぎ。もうちょっと抑えようね。
「まあまあでしたね。及第点というところでしょうか」
こちらも相変わらず。コーデ、ほんと可愛くないわ。偶には見かけに似合う台詞言ってみなさいよ。
ユンカー様、オリアーナ大叔母、リーアムお兄様、の大人三人組は、お兄様の折れた剣を検証しながら話し合っていた。
「アリスティアと打ち合う時は応力が分散するように気をつけたつもりだったのですが……、まさか根本近くが、ぽっくり折れるとは……」
「材質の問題でしょうか。やはり、ミスリルはやめて、アダマンタイトに替えるべき……。でも、アダマンタイトはなー。値段と供給がなー」
「オリアーナ、材質の問題もあるが、やはり込めた神力の量の問題が大きいであろう。四日間、全力で注入したが少なかったのかもしれん」
ユンカー様の言葉に、耳がピクリとした。
何ですって、四日間全力で注入したですって!
「ユンカー様、今のお言葉は本当ですか、鎧一つと剣一振りに、四日かかったって……」
「ああ、かかった。結構大変だった」
ユンカー様はケロッとされているが、私は頭を抱えたい心境だ。剣と鎧一式で四日間もかかるなんて、悪夢以外の何物でもない。
「大変だったじゃないです! 騎士が何人いると思っているのですか! 何千人ですよ。それなのに、神力を扱える者は、オールストレームには四人しかいません。ユンカー様、精霊石を持つアレグ陛下、羽々斬をもつ私、コーデ、たった四人ですよ。たった四人、やってられません」
「アリスティア、それは違うぞ」
ユンカー様の否定の言葉に私は、希望を見出した、ユンカー様には当てがあるのかも……。
「アレグは無理だ。アスカルトが動かん。あいつのものぐさな性格は、私が一番よく知っている」
四人が三人になった。
私は絶望のあまり、コーデを見た。コーデの顔も真っ青になっている。
コーデはぐるっと向きを変えようとした。私はガシッと彼女の手を掴む。
「アリス姉様!」
「ふふふ、逃がさないわよ。こうなったら貴女も道連れよ。一緒に地獄へ落ちましょう。コーデ」
「イヤー!!」
絶望の淵で、ドタバタする私達に、ユンカー様が仰られた。
「まあ、落ち着け。神力を扱える者が他にもいるだろう、あやつに頼ろう。めっちゃ楽になるぞ」
「あやつって誰ですか?」
「まだ、わからぬか。あやつは一番、神力を持っているのだ、頼らない手はない」
神力を一番持っている……。
あー!
私はポン! と手を叩いた。
殆ど描かれていませんが、アリスティアは前世と同様、ブラコンです。業が深いです。