エルフの置き土産
20/08/14
リーアムの鎧の説明、「(重装タイプ)」を削除しました。さすがに、ちょっとなー でしたので。
ユンカー様が、のほほんとコーヒーを楽しまれているので、少々腹が立って来た。
私に、エルシミリア、元、神であったコーデリアまで落ち込んでいるのに、極楽蜻蛉にも程がある。それか、何かドラゴンへの対策案があるのだろうか?
「ユンカー様、えらく泰然とされておられますね。若輩ゆえか、私達には、そう出来る理由が全くわかりません。宜しければ、無策な私達に光をお与え下さいませ」
嫌味たっぷりに言ったつもりだが、彼女の表情は殆ど変わらなかった。コンニャロメ~。
「まあ、そう急かすな。お前達と違って、久々のコーヒーだ。堪能させろ」
それを言われると辛い。私達はアレグ陛下の御蔭で、最近は飲み放題。恵まれている。このまま静かに待つとしよう。
漸く、ユンカー様が飲み終えられ、私達の方を向いてくれた。
「アリスティア、エルシミリア、コーデリア。お前達はどうして、個人の力で対抗しようとする。対ドラゴンなど、個々の力で対応出来るものではない。集団で対抗すべきものだろう」
私は直に反論した。
「しております。現に、前回の対戦では、アレグザンター陛下、ココーデリアと共闘しました」
ユリア(カイン)のことは、わざと外した。ユンカー様には、まだ、ユリアを紹介していないので話すと、話が面倒になる。
「私が言っているのはそんな小さな集団ではない。我が国には、オリアーナが率いる大陸一の実力を誇る大騎士団があるではないか。どうしてそれに目を向けない」
この言葉にはエルシミリアが一番に反応した。気持ちはわかる。
「騎士団に頼れるなら、頼っております。ですが、神力を持つドラゴンには、魔力しか使えない騎士団では対抗できません。彼ら、彼女らを無駄死させろと仰るのですか」
エルシミリアの口調は抑えられたものであったが、腹立ちは明確に伝わって来た。彼女はドラゴンとの闘いには参加していない。エルシーが神力に対抗する術を持たないため、私が転移魔法で強制退去させたからだ。姉思い、かつ、プライドの高いエルシーは、忸怩たる思いで一杯になったことだろう。でも、あの時は、そうするしか仕方がなかった。今でも正しい判断だったと思っている。
「無駄死させよなど言っておらん、対抗できないなら対抗出来るようにすれば良いだけではないか」
話の相手は私が引き継いだ。エルシーに続けさせるのは可哀そうだ。
「対抗出来るようにすれば良いって、どうやってです?」
「今、説明してやっても良いが、百聞は一見に如かずだ。三日待て、答えを見せてやろう」
「三日ですか」
「いや、五日待て」
私達は、挨拶と話し合いを終え、ユンカー様の部屋を辞去した。その帰り道、今回殆ど話さなかった、コーデリアがポツリと言った。
「今の私は、ただの人間、ただの少女に過ぎないのですね……」
「どうしたのよ、急に」
「……」
コーデはどうやら、ユンカー様が、自分が思いつけなかったことを、思いついているらしいことにショックを受けたようだ。慰めてあげよう。
「コーデ、亀の甲より年の功よ。年寄りには花を持たせなきゃね」
「前の文と後の文、意味合いが違いますよ。アリス姉様は国語力をもっと高められませ」
ムカッ。前言撤回、絶対、慰めない。勝手に落ち込んでろ。平行世界の自分のくせに、どうしてこんなに可愛くないのか!
五日後、私達は騎士団の練習場へ呼び出された。
練習場へ行くと、そこにいたのは、たった三人。ユンカー様、オリアーナ大叔母様、そしてリーアムお兄様。お兄様だけが、騎士の鎧を纏い、帯剣していた。
三人との挨拶もそこそこに、私は言った。
「さあ、ユンカー様。神力を使えない騎士が、どのようにすればドラゴンと戦えるのか、教えて下さいませ」
「せわしないな。そう急かすな」
急かすなと言われても、五日も待った。これ以上焦らさないで欲しい。その気持ちが、オリアーナ大叔母様には伝わったのであろう、大叔母はユンカー様に確認をとると、お兄様に指示を出された。
「リーアム一等騎士、あちらへ行って、防御体勢をとれ」
「はっ」
お兄様は、練習場の奥の方へ駆けて行かれた。
「準備はいいか!」
「万端であります、閣下!」
オリアーナ大叔母は第一騎士団団長、つまり全騎士団の長である。それゆえ、閣下と呼ばれる。第二以降の団長は、普通に「団長」呼び。
ユンカー様が、コーデに指示を出した。
「コーデリア、リーアム一等騎士に向けて、神力を使った斬撃を放て」
「……わかりました」
コーデは一瞬、躊躇したようだ。リーアムお兄様は先日、ルーシャお姉様と婚約が決まったばかり、そのお兄様に怪我などさせられない。もし、させようものなら、ルーシャお姉様から、どのような制裁を受けるか……。私は、その恐ろしさに身震いをした。女は男が出来ると変わると言うが、ホントそうだ。
ルーシャお姉様とリーアムお兄様がくっついたことによって、私とルーシャお姉様の力関係は逆転した。昔は禁術を使おうとした過去もあり、私に遠慮していたような面もあったが、最近は本当に姉である、小煩いお姉ちゃんである。こちらもそれに対抗して、無神経な妹として対抗しようとしたが、兄を完全に抑えられ、両親まで、聖女が長男の嫁! と満足しきっている今、劣勢は明らかである。うう。
「ユンカー、貴女を信じていますよ」
そう言って、コーデはお兄様に向けて斬撃を放った。私が見たところ、その斬撃には、かなり量の神力が乗せられていた。やばいと思った。こんなの大怪我で済んだら御の字だ。
え? どうして、神力を直接扱えない私が、神力の度合いがわかるのか? ですって。
それは、天羽々斬の御蔭、この剣を帯剣し、柄を握っていると、剣を通して神力を感じることができる。真に、神の剣の名に恥じない素晴らしい剣である。
コーデの斬撃は、一直線にリーアムお兄様へ突き進む。お兄様は退避行動もとらず、抜剣もしない。鎧の防御力だけで立ち向かうようだ。
ダーン!! 斬撃がお兄様を直撃した。
一瞬、目を瞑りそうになったが、頑張って耐えた。ユンカー様とオリアーナ大叔母様を信じた。二人は断固とした自信があるのであろう、そうでなければ、私達の大事なお兄様を、被験者として連れて来るわけがない。
二人の自信は証明された。コーデの斬撃が直撃した筈のお兄様は。なんの怪我も無く、その場に立っていた。凄い……。
「ユンカー様、何故、お兄様はあのように無傷なのですか、どうしてです? 教えて下さいませ」
「アリスティア、人に聞く前に少しは考えろ。神力に対抗できるものは何だ?」
神力に対抗できるのは……、ユリアの無効化の力。いや、それはないな。あの力は、コーデでさえ、自分より高位の神である葛城の神から与えられたもの、理解不可能だと言っていた。いくらエルフのユンカー様とて再現は不可能だろう。他には……。
「アリス姉様、何を悩んでおられるのです。神力に対抗出来るのは、神力、それ以外ありません。リーアムお兄様の纏われている鎧には、神力が込められているのですよ」
エルシーが、そう、つっこんで来た後、お兄様の声が聞こえた。
「さすがだな、エルシミリア」
向こうから戻って来たのだ。私は天羽々斬の柄を握ってみた。本当だ、リーアムお兄様から神力の波動を感じる。
「それに比べ、アリスティア。頭が固いぞ、昔はもっと冴えていただろう、どうしたんだ」
お兄様が私をからかって来たので、盛大に膨れてやった。むう!
リーアムお兄様は、昔は、あんなに寡黙だったのに最近は結構喋られます。先ほど、女は男が出来ると……と言いましたが、逆もまた真なり。男も変わります。ああ、リーアムお兄様が、これ以上お喋り男になったら、どうしよう。寡黙なところが良かったのに!
「アリスティア、リーアムの鎧と剣には、私が神力のコーティングを施した。そのコーティングが彼を守ったのだ」
「神力でコーティング! どうして、そんなことが出来るのです」
「出来ないと考える方がおかしいだろう。魔力を込められた魔術具などゴロゴロしている。神力だって出来ると考えるのが普通だ」
「魔力と神力は違います。魔力は術式で扱えますが、神力には術式はありません。無いものは刻めません。神術具など出来る訳がないのです」
「神力に術式が無い? それは誰に教わった?」
「コーデリアです。ねえ、コーデ。神力は術式じゃなくイメージで扱うのよね」
私はコーデに同意を求めました。そうよね!
それなのに、ああ、それなのに。コーデは私からスーっと視線を逸らせました。
「あら、そんなこと言ったかしら?」
なんや、こいつ。姉を裏切るのか、姉を! 全てはイメージ! とか、のたまってたやないの!
「アリスティア、コーデリアが教えた方法は、出来れば最高の方法だ。ただし、出来ればだ。私はエルフで、神力を扱える。だが、神力を制御できるほどのイメージ力なんて持ってはいない。だから、神力を使う場合も、魔術同様に術式を使う、発動時間もそれなりにかかる。だが、簡便だ。これは、かけがえのない利点だ」
私は、じーっとコーデを睨みました。コーデは、あちゃらの方を向いたまま。
「そう、責めてやるな。天才に凡人の苦心はわからないものだ」
「まあ、それはそうかもしれませんが……」
ユンカー様が、お兄様の鎧と剣に神力のコーティングを出来た理由はわかった。神力用術式、神術式を刻み、神力を籠めれば良いのである。でも一つ、疑問が残る。その神術式は誰が開発したのであろう。コーデは知らなかったのだからコーデある訳がない。
「それはな、私達エルフの先祖が作ったのだ。私達は神々より、少量だが神力を与えられた。しかし、イメージ力では上手く扱えなかった。でも、せっかく賜ったのだ、使わねばもったいない。それ故、魔術の術式を参考に開発した。神力は魔力の上位互換、共通性はあると考えたのだろう」
「エルフって凄いですね。どうして、こんなに減ってしまったのですか?」
「さあな、私は二十歳になる頃には同族とは袂を分かっていたからな。理由はよくわからない。まあ、変人ばっかりだったから、仲違いしているうちに、人に押されてしまったんじゃないか」
ユンカー様は、自分の種族について、あまり興味なさげだった。
「そんなに変わり者が多かったのですか?」
「ああ、私はあの中では素直過ぎてな、馬鹿ばかり見ていたよ。二度と戻りたくはない」
ユンカー様が素直。恐ろしい種族だ……。
「我が種族のことはどうでも良い。次は剣の試験だ。コーデリア、アリスは、天羽々斬をどれくらい使いこなせている?」
「うーん、剣の能力の一割弱くらいでしょうか。それでも、私の神力の全力と同じくらいの強さはあると思いますよ」
一割弱……、かなり使いこなせるようになって来たと思っていたのにガッカリだよ。いや、伸びしろが、まだまだあることを喜ばなきゃね。プラス思考、プラス思考。
コーデの答えを聞いたユンカー様が、オリアーナ大叔母様に向かって、ニヤリとする。オリアーナ大叔母様もニヤリ。二人とも、何か企んでそうな悪い顔。不気味だ……。
「十分いけるな」
「そうですね、陛下。いけます」
大叔母様はユンカー様の地位を知っている、それ故、「陛下」呼びである。オリアーナ大叔母様は、お兄様に命令を発した。
「リーアム、これからアリスティアと剣の闘いを行え! 相手は、戦闘の素人だ。だが、情けはかけるな。叩きのめせ!」
「はっ、閣下。素人であろうと、妹であろうと、試合で情けをかけることはありません」
オリアーナ大叔母様、リーアムお兄様、二人の私への「素人」扱いが少々腹立たしかった。いや、正直に言おう、大変腹が立った。確かに、私は戦闘のプロではない。しかし、神力を使えるエメラインの姉達とも戦ったし、挙句の果てはドラゴンとも戦った。
いくら、自分達が戦闘のプロ、職業軍人だとしても、もっと私へ敬意を払ってくれても良いのでないか。そう思った。
「これは剣の検証のための戦いだ。戦い方を制限する。相手への攻撃は剣でのみ。攻撃以外でなら、魔術を使っても良し。わかったな」
「「 はい! 大叔母様(閣下)! 」」
「両者、前へ!」
私達は大叔母様の指示のもと、練習場の中央へ行き、対峙した。
「リーアムお兄様。今のお兄様は、神力を込められた鎧で守られています。それ故、手加減は致しません。お恨みなさらないで下さいませ」
私は密かに重力魔法を展開し、自分の体重を半分にした。これで倍近い速度で動ける。天羽々斬にも十分魔力を吸わせ、神力を溜めこんだ。準備は万端、私が負ける要素は無い。私は勝利を確信した。
「さあ、何時でも来て下さいませ。一閃でお兄様の剣を叩き折って差し上げましょう」
お兄様は、私の挑発には何の反応も見せなかった。うーん、心理戦は無意味のよう。
試合は始まった。
お兄様は、じりじりと間合いを詰めて来た。かなり近づかれたが、これくらいの距離なら、まだ大丈夫と思っていると、突如、お兄様がダッシュをかけて来た。その瞬発力は凄いものだった。私の想定を遥かに越えていた。速過ぎる!
私から見て右サイドから、お兄様の刃が飛んで来た。お兄様は右利き故、左側に注意を向けていた。予想は外された。私は必死で天羽々斬でそれを打ち払おうとした。間に合った。ギャイン! しかし、強烈な打撃音と共に、私は跳ね飛ばされた。重力魔法で体重を軽くしていることが仇となった。
でも、転倒などしない、絶対してやるものか! 私は後ろ向きに跳ばされながらも、前方に重力場を発生させ、体勢を瞬時に建て直した。見たか! そう思った瞬間、お兄様の第二撃が襲って来た。お兄様は最初から一撃で終わらせるつもりではなかったようだ。
今度は上段、これも天羽々斬を横にしてなんとか受け止めた。ギリギリとした刃の押し付け合い、力の押し合いになった。
……ダメだ、相手は騎士のお兄様、力で勝てる筈がない。押し込まれ、手が痺れるばかりで、もう後がない。天羽々斬の角度をずらし、お兄様の剣を滑らせた瞬間、己の上空後方に重力場を作り、体と上空へ退避させた。もう形振りなんてかまっていられない。
お兄様は、私が空を飛んでいることに驚いてはいなかった。たぶん、エルシーあたりから、私が重力魔法を使えることを聞いていたのであろう。リーアムお兄様が話しかけて来た。
「そのようなところに浮かんでいては試合にならない。早く降りて来い」
ちょっと待って、息を整える時間ちょうだいよ。それと、対策を考える時間を……。悔しいが、私は騎士というものを舐めていたようだ。こんなに身体能力が高いとは思わなかった。重力魔法を使ってでさえ、私よりお兄様の方が俊敏だ。
「アリスティア、騎士の殆どはシルバーランクだ。つまり、私達は、お前のように、膨大な魔力に胡坐をかいていないんだ。今回のルールの中では、お前に勝ち目はない」
確かに、今回のルールでは、私が勝つのは難しいだろう。
ただ、そんなことより……
「もう止めるか? この剣は、お前の神の剣、天羽々斬とやらとも十分打ち合える。性能は実証された。目的は達成された」
お兄様の言っていることは本当だ。あれだけ、天羽々斬ときつく打ち合ったのに、お兄様の剣は刃こぼれさえしていない(私は目が良い)。ユンカー様の施したコーティングは本当に優秀だ。
どうしよう。もう止めるか? お兄様の言うように、目的は達せられている。しかし……
逡巡する私に、レフリー役のオリアーナ大叔母様が、最後通牒を突きつけて来た。
「アリスティア、ちゃんと答えろ。止めるのか、続けるのか、どっちなんだ!」
私の頭の中では、先ほどの、お兄様の言葉がリフレインしていた。どうしても、納得いかない、いかないのだ。
『 私達は、お前のように、膨大な魔力に胡坐をかいていないんだ 』
膨大な魔力は私の個性だと思っている。その個性を悪く言って欲しくない。私は、この個性を生かすためにいろいろと頑張って来た。重力魔法を開発したのもその一つの成果だ。胡坐なんてかいていない。私だって、お兄様達、騎士達と同様、足掻いているのだ。
私は決断を下した。
「続けます! 誰が止めてなんてやるものですか、浪速女を舐めないで下さいませ!」
実は勝つだけならば、アリスが勝つのは簡単です。のらりくらりと逃げ回り、持久戦に持ち込めば必ず勝てます。リーアムの鎧や剣に込められた神力など限定されています。
それに比べ、アリスは魔力が尽きない限り、天羽々斬で神力を作り続けることが出来ます。アリスの容量はオリハルコンクラス。何日でも、戦い続けられるでしょう。