ユンカー様の帰還
ユンカー様が、放浪の旅から戻られた。漸くである。
彼女の旅は、一年半近くの長旅だった。その間に、エトレーゼとの件があり、ユンカー様が、おられればと何度思ったことだろう。
ノエル殿下から、帰還の連絡を受けた私は、コーデリア、エルシミリアと共に、王宮へ参上した。ユンカー様と会ったのは、以前、コーデリアが使っていた部屋。今はユンカー様の自室となっている。コーデリアの専任メイドとして、一緒に住んでいたので馴染んでしまい、移ったそうだ。
「ユンカー様、お帰りなさいませ。諸国漫遊の旅は如何でございましたか? 楽しかったですか? 面白かったですか? リラックスされましたですか? こちらは、大変でございましたよ。ほんとに、ほんと大変でございました。ドッカン、バッキンの大スペクタクルでございました。泣きたいくらいでした、いえ、泣きました」
私はユンカー様が帰られたことを大変喜んでいたが、挨拶は大変嫌味なものとなってしまった。近頃ろくなことがなく、心が捻くれ気味なのだ。素直に喜びを表現出来ない。
そんな私を見ても、コーデはニヤニヤしているだけだったが、真面目なエルシミリアは、直ぐに諫めて来た。
「アリス姉様。そのような物言いい、失礼ではございませぬか。ユンカー様にお謝りなさいませ」
ユンカー様が、いつも通り、殆ど表情を動かさずに仰られた。
「エルシミリア、別に良い。アリスティアは、元々、辛気臭いやつだ、私は気にしない」
辛気臭い! この私が、辛気臭い!!
魂が抜けていくのを感じました。前世も今世も、能天気だの、頭がお花畑だのと言われたことはありましたが、辛気臭いなど、一度も言われたことはありませんでした。
もう私はダメかも……。
体から力が抜け、ぐらりと傾きかけたところを、エルシーが支えてくれました。そして、抗議してくれました。
「ユンカー様も酷いことを仰らないで下さい。お姉様は頑張っているのです、それはそれは頑張って下さっているのですよ」
うう、ありがとう、エルシー。貴女は、いつも私の味方ね、愛してる。
ユンカー様が表情を崩された、苦笑だった。
「許せ、半分冗談だ。気にするな」
半分! ちゃんと否定してよ、余計に気になるよ!
再会の挨拶を無事に終えた私達は、ユンカー様にこれまでのことを説明した。
エトレーゼのクローディア陛下が国を追われたこと、私と陛下とコーデリアが、エトレーゼの逆賊達と対戦し、勝利したこと、そして、その勝利がブラックドラゴンの出現により水泡に帰したこと…。
「そうか、大変だったな」
そうです、大変だったのですよ。
「で、これからどうするのだ。対策は考えてあるのか?」
私は、持って来ていた天羽々斬を取り上げた。
「一応あります。これです。神の剣、天羽々斬。魔力を神力に変換できます。とある神から授かりました」
「とある神?」
キャティ神のことは、コーデに説明してもらった。ただ、コーデはノエル殿下がキャティ神であることは言わなかった。これはキャティ神というかノエル殿下が、
『父上には、僕がキャテイだというのは内緒でお願いね。自分の息子が神だなんて知ったら、頭が痛いどころじゃないだろう。これ以上負担をかけたくないんだよ』
と、仰られてたので、それに倣ったのだろう。それなのに……、
「そうか、ノエルに貰ったのか」
あっさり見抜かれてしまった。如何に、人の上位種のエルフとはいえ、慧眼にもほどがある。
「いつから、殿下が神であると知っていたのですか?」
「神だとは知らなかったよ。ただな、五年ほど前か。ノエルの感じが、突如、ちょっと変わった。気になってオーラを見てみたが、こちらも微妙に変わってる。何か、人ならざる者に憑りつかれたのかなーと思ったが、まあ、相変わらずの妹思いだし、実害は無さそうなので放っておいた」
私は少々呆れてしまった。これは、エルシミリアもコーデも同様だった。
「実害は無さそうって、ユンカー様は、結構アバウトですね」
「ユンカー。ノエル兄上も一応、王国の王子なのですよ。危機感が無さ過ぎです」
一応って、ノエル殿下はちゃんと王子の業務を頑張ってるよ。引き籠って王女の義務放棄してた、あんたが何言ってんの。
「エルシミリア、コーデリア。二百数十年も生きてるとな、そこまで気力が続かなくなるんだ。要するに、『細けぇことはいいんだよ!』だ」
エルシーとコーデの追及はそれで終わった。十三歳と十二歳。二百数十歳に文句を言える立場ではない。
「で、どうだアリスティア。その神の剣とやらは使いこなせそうか?」
「現状はまだまだ使いこなせてはおりません。ですが、少しずつですが、上達はしております。先日はついに、お好み焼きを創ることに成功いたしました」
「おこのみやき? 何だそれは?」
百聞は一見に如かず。私は、鞘から天羽々斬を抜き放った。白銀の刃が神々しい、何時見ても、本当に美しい剣だ。私は、天羽々斬にバンバン魔力を送り込んだ。魔力と神力の交換レートは一対百。出し惜しみなんてしていられない。刃が、光を発し始めた。その光は段々強くなっていく。
もう十分だ。私は叫んだ。
「出でよ! 特大お好み焼き、広島風!」
その瞬間、眼前の空中に、大皿に乗った、巨大お好み焼きが現われた。慌てて、エルシーとコーデがキャッチする。ナイスアシスト!
はっきり言って、このデモンストレーションは失敗だった。
私は、頼りになるユンカー様が、漸く帰還されたので、直ぐに互いの情報共有を図り、これからの対策会議を始めたかった。しかし、私が要らぬことを、ホカホカお好み焼きを出現させたため、対策会議どころではなくなった。要するに、お好み焼きパーティーが始まってしまったのだ。
「アリス姉様、最初、こんなに大量のキャベツは如何なものかと思ったのですが、間違いでした。この食感、最高ですね」モシャモシャ。
「でしょ、広島焼は、キャベツが命、キャベツをケチったりしたら終わりよ」
「アリス姉、タレ少ないです。もっと出して下さい」モシャ。
「貴女、神力使えるでしょ、自分で出しなさいよ」
「アリスティア、お代わりだ」モグモグ、ゴックン。
「ユンカー様まで! もう実物食べたのだから、イメージ出来ますでしょ。自分の神力を使って下さいませ!」
「イヤだ、面倒臭い。早く出せ、命令だ」
「くっ……」
ユンカー様はアレグ陛下をも凌ぐ、王国最頂点のお方、命令ならば仕方がない、仕方がないのだが……。
「次は、豚玉とイカ玉。あっ、モダン焼きも良いですね」
「わたしは、ネギ焼き。ネギ焼きが良いです」
「だそうだ。アリスティア、頑張れ。これも神力の練習、練習なのだ」
ユンカー様の言っていることは正しい、物質の創生はほんと、神力の練習になる。それはわかるのだが、なんか納得がいかない。いかないのだ。
お好み焼きパーティーが終わるまでに、私は八枚の特大お好み焼きを創成した。とっても疲れた。ユンカー様は食後のコーヒーを所望されたが、さすがに面倒見切れずメイドを呼んで淹れて持って来てくれるように頼んだ。
こうして漸く、ユンカー様の話を聞くことが出来た。彼女は、今回の諸国漫遊で色々なことを見聞きして来ていた。私達の知らない、凄い情報も多々あった。その中で一番凄い情報だったのは……。
「あれは、果ての大陸に渡った時のことだ。ドラゴンの子供を見たんだ。灰色のドラゴンだったが、大きさはどう見ても私の数倍くらいだった、子供のドラゴンとしか思えない」
心が奈落の底に落ち込んだ。これは、コーデも、エルシーも同じだった。二人の顔を見ればわかる。血の気が無くなっていた。
今、この世界にはドラゴンは、ブラックドラゴンとホワイトドラゴンの二体しかいないとされていた。でも、三体目、小さなドラゴンが見つかった。どう考えても、ブラックドラゴンとホワイトドラゴンの子供だろう。二頭の成体ドラゴンは番なのだ、夫婦なのだ。
ということは、ブラックドラゴンと敵対中の私達は、自然とホワイトドラゴンとも敵対することとなる。その上そこに、子供とはいえ三体目も加わるとしたら……、
ダメだ、いくら天羽々斬を使いこなせたとしても、三体のドラゴンに勝つなんて、無理だ。もう、終わりである、私達もオールストレームも、もう終わり。私達に残された未来は二つしかない。
あくまで抵抗し、ドラゴンに蹂躙され滅亡する未来、エトレーゼの逆賊達に膝を屈し、属国の憂き目を見る未来……。
なんて暗黒な未来、悲しい未来。
それなのに、ユンカー様は。
「ああ、コーヒーは美味いな。食後の一杯はたまらん」
とっても、優雅にくつろいでいた。
アリスティアは着々と天羽々斬を使いこなせるようになっています。しかし、それ以上に状況が悪化。よくあることですが、当人の気分は、やってらんない! でしょう。