こじらせアリスティア
アイラお姉様、アイラ・フォン・ローゼンバーグに、第一子が生まれました。
ローゼンバーグ家に嫁いで、四年目にして漸くです。
ゲインズブラント家の皆は、安堵しました。
特に安堵したのは、ロバートお父様とエリザベートお母様。とっても、お姉様の立場を心配していたのです。
アイラお姉様と夫である、レイホード伯爵、オイゲン・フォン・ローゼンバーグとの夫婦仲は良好ですが、やはり貴族家において、子供が出来ない夫人はどうしても立場は弱くなります。夫が、第二、第三と娶とり、そちらに子供が出来れば、正妻と言えど、かなりの面で裏方に回らざるを得えないのです。これは、かなり屈辱的なこと、親として娘に、そのような不幸を味わってもらいたくないと思うのは、当然のことでしょう。
まあ、アイラお姉様なら、もし、そうなっても、あのホワホワした性格で、他の夫人が産んだ子供を可愛がり、実母より慕われると思います。お姉様は基本マイナスなことは考えないし、人を悪く思わないです。
はっきり言って、幸せな人生を送りたいなら、アイラお姉様のような女性が最強でしょう。私、アリスティアやエルシミリアのように、直ぐに疑心暗鬼になるような性格では太刀打ちできません。
私達はアイラお姉様が大好きです、憧れてもいます。
アイラお姉様が産んだ赤ん坊は、男の子。
ゲインズブラントの家系は近年、女ばかり増えていくので、これはとても喜ばしいこと。ロバートお父様に至っては、涙ぐんでさえいました。何も泣かなくても……と思いましたが、お父様には、女性の私達には、わからない苦労、そして疎外感があったのでしょう。
すみません、お父様。もし来世で、またお父様の子供に生まれることがあったら、息子として生まれて来ますね。一緒にキャッチボールでもやりましょう(野球がある世界だったらだけど)。
とまあ、そのような訳で、初孫、初甥の誕生に喜んだ、私達、ゲインズブラント一家、お父様、お母様、リーアムお兄様、ルーシャお姉様、私、エルシミリア、コーデリア、の総勢七名は、赤ん坊を見るため、&、お祝いをするため、アイラお姉様達の家、レイホード伯爵邸にやって来ました。
勿論、瞬間移動で。うちほど、魔力が有り余っている家はどこにありません。使わなければ損です。
「皆揃って来てくれるなんて、とっても嬉しいわ。ありがとうー」
久々に会った、アイラお姉様は殆ど変わっていませんでした。相変わらず、ホワホワしており、癒しの光を周囲にばら撒いています。稀代の癒しの使い手である、ルーシャお姉様が敗北感を覚えるほどに。
『アイラお姉様にお会いすると、いつも思うのだけれど、お姉様の方が、聖女に向いてない? 絶対、向いてる。ねえ、そう思わない?』
無茶な難癖です……。アイラお姉様は、雰囲気聖女。神人レベルの回復魔術など使える訳もありません。第四段階の回復魔術でも怪しいでしょう。リーアムお兄様が、そんなことはないと、ルーシャお姉様を慰めています。とっても仲睦まじいです。
最近、この二人は人目を憚らなくなって来ました。うう、リア充め……。末永く爆発してろ。
アイラお姉様は、蕩けるような笑顔で仰いました。
「自分で産んだ子に、言うのはなんだけど、とんでもなく可愛い子なの。会ってあげて」
夫である、オイゲンお兄様もアイラお姉様に同意。
「また、親馬鹿なことを……と、思われるでしょうが、本当なのです。アイラも整った顔立ちですし、妹さん達が、美少女揃いなので、私も少々期待していたのですが、まさか、これほどの可愛い子を授かるとは……。とにかく、会ってやって下さい」
皆の目がニヨニヨしました。
あー、親はね、みんな、そう思うんだよ、皆、そう。現実は甘くはないよ、甘くは。
全員がそう思いました。(私の推測)
私達は、アイラお姉様達に導かれて、赤ん坊、カミル君(命名は、父親オイゲン様)がいる、子供部屋に向かいました。カミル君は乳母の胸に抱かれ、すやすやと眠っていました。アイラお姉様は、乳母からカミル君を受け取り、私達にカミル君を見せてくれました。
「この子が私達の天使、カミル君。どうです、可愛いでしょう~」
アイラお姉様の、その声で目が覚めたのでしょう。カミル君がぱっちりと目を開け、笑顔になりました。(一番に、母親であるアイラお姉様のお顔が目に入ったからでしょう)
がーん! この衝撃を一生忘れません。
カミル君は、アイラお姉様達が言った通り、めちゃくちゃ可愛いい赤ん坊でした。女の子の赤ん坊でも、これほど可愛い子を見たことがありません。私は思いました。
なんて、愛らしいの! 食べてしまいたい!
エリザベートお母様が仰られました。
「ロバート、私達の初孫は、なんて可愛いのかしら。もしかしたら、アリスティアやエルシミリアが、赤子だった時よりも、可愛いかもしれない。あなた、どう思う?」
「うーん、かもしれん。いや、そうだな。カミルの方が可愛いな、二人に勝ってるよ」
お父様、お母様。私とエルシーを前にして、その発言は如何なものでしょう? と言いたいところではありますが、カミル君ほど可愛ければ、負けても悔いはありません。我が赤ん坊生に悔いなし。
コーデリアが言いました。
「ほんと可愛い赤ん坊ですね。この子なら、私が赤ん坊だった時に匹敵します」
コーデ。あんた、何で自分の赤ん坊の時のことが分かるのよ、この世界に写真はないよ、ビデオをもスマホもないんだからね。
ルーシャお姉様とリーアム兄上はカミル君を見ながら、うっとりしています。どうせ、自分達の将来の子供のことでも考えているのでしょう。この二人は無視です。放っておきます。
そして、エルシミリア。この子が一番まともな反応でした。
「アイラお姉様。わたしに、わたしにカミル君を抱かせて下さい。お願いです!」
「良いわよー。でも、まだ首が座ってないから気を付けて上げてね」
エルシーはアイラお姉様からカミル君を、慎重に受け取りました。
「カミル君。わたしはエルシミリア。あなたの叔母さんよ。でも、叔母様、呼びはちょっとねー。エルシーお姉様って呼んでね。あ、カミル君、笑った! 可愛い! 可愛過ぎる!」
エルシーのカミル君を抱く姿は、とても様になっています。そのせいか、カミル君を見るエルシーの顔が、母親の顔に見えて仕方ありません。こういう顔も出来るんだ……。
生まれてから十三年。一緒に育って来たエルシミリアですが、私の知らない部分は、まだまだありそうです。
「カミル君は良い子ですねー、もっと大きくなったら一緒に、遊びましょうね」
エルシーが、カミル君を独占しているので、焦れて来ました。
「エルシー、そろそろ替わってよ。私だってカミル君、抱きたいのよ!」
「あ、アリス姉様。すみませんでした、カミル君が可愛くて、つい」
エルシミリアは謝って、カミル君を譲ってくれました。カミル君は私の腕の中に、納まりました。
ああ、なんて可愛いの! なんて柔らかいの!
カミル君と私の視線が、バッチリ合いました。その時です。キャキャ! っと、カミル君が笑いました。
あかん! もう辛抱たまらん!
「アイラお姉様! オイゲンお兄様!」
私は二人に真剣な目を向けました。人生でこれほど真剣な目をしたことがあったでしょうか? いえ、ありません。
「カミル君を、わたしのお婿さんに下さい! お願いです!」
「まあ、なんてこと!」
アイラお姉様は驚かれました。他の皆も、驚いたようですが、驚き過ぎたのか声を出す者はいませんでした。
「うちのカミルは、ゼロ歳にして、オールストレーム最強の美少女として名高い、アーちゃんを篭絡してしまったわ、なんて罪作りな子なのからしら! 私達の子は稀代の女たらしになるかもしれません。どうしましょう、オイゲン様!」
アイラお姉様は、口調こそ嘆きっぽいですが目は笑っています。楽しんでますね、お姉様。
エリザお母様が、私の真剣さを感じ取って諫めてきました。
「アリスティア、貴女は何を馬鹿なことを言っているのです。カミルは貴女の甥ですよ」
「そうだぞ、甥だぞ」
ロバートお父様、一度聞けば結構、繰り返して頂く必要はありません。
「そんなことは問題ではありません。王国の法では叔母と甥の結婚は禁じられてはいません」きりっ!
私の反論のしようのない明確な回答にお母様達は黙られました。(後で聞くに、呆れ返っただけだそうです)
お母様の代わりに、エルシーが突っかかって来ました。
「アリス姉様。貴女はアホですか! お姉様は十三歳、カミル君はゼロ歳。十三歳も年の差があるんですよ!」
「愛があれば、年の差なんて!」
「愛! 愛なんてどこにあるんです。アリス姉様の方からだけでしょ、カミル君はなんとも思ってませんよ」
「そんなことはありません。先ほど目が合い、カミル君は笑顔になってくれました。あれは愛です。カミル君は私を愛しています」
エルシーが頭を抱えて座り込んでしまいました。愛の力の前には何物も抗うことは出来ません。
それなのに、今度はルーシャお姉様がしゃしゃり出て来ました。
「アリス、よく考えて。カミル君が成人する頃、貴女はほぼ、三十ですよ。はっきり言って、おばさんです。おばさんなのです。カミル君が可哀そうではありませんか」
私は軽く目を閉じ、ゆっくりと首を振りました。
ふっ、甘いです、甘いですよ。ルーシャお姉様。
「私は、老けましぇーん!」
「老けるわ! お前は武田鉄矢かー!!」
今まで黙っていた、コーデリアに一喝され、一瞬で私の勢いは霧散しました。老けないのはコーデです。私は普通に老けていきます。うう。
私は、抱いていたカミル君をアイラお姉様に返しました。さようなら、私の未来の夫だったかも知れない人。
後で、ユリアが心の中で話しかけて来ました。
『どうして、あんな馬鹿なことを言ったの? いくらアリスティアでも、あれはちょっとね』
だって、だって。全然、殿方と縁が出来ないんですもの。もう、こうなったら、光源氏方式しかないと思ったのよ。
『光源氏方式? あー、幼い若紫を育てて、自分の妻にしたってやつ?』
そう、それよそれ。カミル君、信じられないくらい可愛かったじゃない。もうこんな可愛い男の子、絶対出て来ないよ。だったら、今のうちにツバ付けといてさー。
はあ~。 ユリアの深いため息が聞こえました。
何よ、そんなわざとらしいため息ついちゃって。
『まさか、貴女が、ここまでこじらせているとは思っていませんでした。よほど、この前、山で会った殿方のことが、そんなにショックだったの?』
うん、まあね。せっかく、年頃の女の子らしい出会いがあったのに、先輩いきなり婚約しちゃうんだもの。それも、相手が私の従姉よ。何なのよ、それ。
『でも、その先輩も悲しんだんじゃない。どうせ、親が決めた縁談でしょう。逆らえないわ。貴族の結婚はそういうもの。そうでしょ』
そうね。そうかもね。先輩も少しは悲しんでくれたかもね。
そう思うと少し、心が軽くなった。
ユリアが暖かい応援をくれた。
『アリスティア、貴女はまだ十三歳。青春はこれから、恋だってこれからよ。私が手伝うよ、手伝うからね!』
ありがとう、ユリア。
私は、心の中で頭を下げた。
山で出会ったラインハルト先輩。はっきり言って、王国で重要人物であるアリスティアに見合う相手ではありません。ですが、前世庶民のアリスには、そんなことはどうでも良く、それなりの期待感はあったのでしょう。まあ縁が無かったとしか言いようがありません。