人生に必要なのは……。
20/07/31
ユリアの独白、最後尾に追加しました。
「アリス姉様!!」
わたしは寮の自室で、叫んでいました。別に意図して叫んだのではありません。今は深夜、大声を出すなど迷惑千万な行為です。ですが、ご安心を。わたしが出した声は部屋の外には響きません。外へ音が漏れぬよう、消音の魔術具を部屋の四隅に設置してあるからです。この魔術具は囲んだ範囲外へ音が漏れるのを防いでくれます。
わたしが、このような魔術具を設置したのは、ある悪夢を、頻繁に見るようになったせいです。見る度に、大声を上げ、寝汗がびっしょりで、跳び起きてしまいます。
その悪夢とは、アリス姉様、わたしの最愛のアリスティアお姉様が死ぬ夢です。
このような、最悪な夢を見るようになったのは、三カ月前から。アリスティアお姉様が、エトレーゼの逆賊達、そして、ドラゴンと戦ってからです。
あの戦いでは、神力を扱えない、わたしは何の役にも立てませんでした。元、真の神であるコーデと精霊石を得た、アレグザンター陛下、そしてユリア(当時はカイン)が、アリスティアお姉様と一緒に戦いました。
悔しかったです、
本当に悔しかったです。
体を分け合った双子の妹である、わたし。
生まれた時から、一日たりとも離れて暮らしたことのない、わたし。
その、わたし、エルシミリアが外野で見ているだけなんて!
こんなこと、あってはならないことです。
わたしは、アリスティアお姉様を守るためなら、何でもしようと思って来ました。コーデリアが錯乱して、魔力を暴走させた時、お姉様を守るために、コーデを殺そうとさえ思いました。(思っただけです。行動には移せませんでした。その頃にはもう、お姉様がわたしを、変えていたのです)
それなのに、
それなのに!
わたしは、コーデを、陛下を憎んでしまいます。(ユリアには憎しみを覚えません。彼女はお姉様の一部です。お姉様を憎むことなど出来ません)
そこは、貴方達がいる場所じゃない!
アリスティアお姉様の隣にいるべきは、わたしなの!
わたしの場所なのよ!
出てって、
二人とも、出っててよー!!!
完璧に難癖です。言いがかかりです。
コーデリアも陛下も悪くありません。二人はアリス姉様を守ってくれました。感謝しこそすれ、憎むなんて……、
憎むべきは、自分自身です。気持ちだけで、実際の力が無い、わたしが悪いのです。
情けない……、
本当に情けない。
今、逆賊たちとドラゴンが支配するエトレーゼとは、小康状態を保っております。でも、いつ何時、戦端が開かれるかわかりません。エトレーゼの逆賊たちは退けることは出来るでしょうが、ドランケン神が強化したブラックドラゴンの力は強大です。今のお姉様では、勝てる見込みは殆どないでしょう。
お姉様は、一月前、キャティ神から神の剣、天羽々斬を賜りましたが、未だ使いこなせてはおりません。
わたしの悪夢の中では、お姉様は、ドラゴンの火炎に飲まれてしまいます。私は何も出来ません、炎の中で死にゆくお姉様を見て、悲鳴を上げる、上げ続ける、それだけです。
アリスティアお姉様のいなくなった世界、そんな世界、考えたくもありません。
無です、虚無です。
純粋な恐怖です。
そのようなものに立ち向かう勇気は、わたしにはありません。
私は日々、お姉様を失う恐怖に怯え暮らしています。でも、そのような姿は、絶対外には見せません。もし、見せたら、お姉様に心配をかけてしまいます。お姉様を助けて一緒に戦うことも出来ないのに、心配だけかけるなんて……、そんな自分なら、いない方がマシです。自ら幕を下ろします。
そう思うので頑張って、普段通り、今まで通りのエルシミリアを演じていたのですが……。
「ねえ、エルシミリア。少し、お話したいことがあるの。いいかしら?」
「良いわよ。ユリア」
カインから名前を変え、ベイジル家の養女になったユリアは。とても女性らしくなりました。アリスティアお姉様の前世の姿なので、異人種なのですが、立ち居振る舞い良好、完璧な令嬢です。時々、面倒がって貴族のマナーを無視するお姉様にも見習って欲しいくらいです。
「エルシミリア、さぞ、苦しいでしょうね。でも、それは心の底からアリスティアを愛しているから、愛ゆえの苦しみです。私も貴女同様に彼女を愛しています。でも、貴女の苦しみようを見ていると、もしかしたら、貴女の愛の方が、私の愛より大きいかもしれませんね」
「ユリア……」
ユリアは、わたしの悩みに気づいていました。ユリアは、いつもお姉様のことを一番に考えています。わたしと同じです。だから、わたしの隠蔽は、かなり以前から、あっさりと見破られていたのでしょう。
簡単に見破られていたのは少々恥ずかしかったのですが、神様が、お姉様の守護者として遣わしたユリアが、わたしの愛を認め、自分のより大きいかもと言ってくれたことは大変嬉しかったです。
「でも、貴女のアリスティアへの愛は、私の心の弱さが原因で出来たものなの。それを、ずっと前から謝りたかったのに勇気がなくて……。本当にごめんなさい、エルシミリア」
ユリアは、とっても悲し気。奥歯を噛みしめた表情からは、後悔が滲み出ています。わたしに謝りたいのは本当のようです。でも……。
「話が見えないわ。順を追って、ちゃんと話してくれる?」
「ええ、もちろん」
ユリアは、丁寧に話してくれました。
前世のお姉様は、十五の時に事故で亡くなったのですが、お姉様にMY神様として崇められていた神様(土地神様だそうです)は、神の規約上、お姉様を助けられませんでした。それを悔やんだ神様は、せめて、もう一度の人生をと、お姉様の魂をこちらの世界に送られました。
そして、神様は、お姉様に、前世のような不幸が起こらないよう、ユリアに、お姉様の守護者として随行するように命じられたそうです。
ユリアはお姉様の感情から生まれた付喪神(こちらでいう精霊のようなもの?)。謹んで、拝命したそうです。
「でも、私はその頃、生まれたばかり。アリスティアを守り切れる自信は正直言って無かったの。それを、葛城の神は見抜いたのね、貴女達が生まれる前、貴女達のお母様、エリザベート様のお腹の中にいる間に、二人に分けてしまったの。貴女達は本来、双子で生まれる予定じゃなかったのよ]
「双子じゃなかった……、それじゃ、わたしは」
「そう、本当は、生まれるのはアリスティアだけだった。エルシミリア、貴女は生まれる予定はなかったの」
わたしが本来生まれる予定ではなかったことには、大変驚きました。でも、それより、気になったのは、
「ユリア、どうして神様は、そのようなことを為されたの? 二人に分ける意味がわからない。守護者としての貴女の負担が増えるだけでしょ」
「いいえ、殆ど負担は増えないの。絶対守るべきは片方だけ、お前を掴んだ方を守れ、本当の魂がはいっている。もう片方は、余裕があれば守ってやれと神様は、仰られたわ」
「ユリアを掴んだ方に本当の魂が入っている……。それが、アリスティアお姉様なのね。それじゃ、わたしは……」
「こんなこと言いたくない。言いたくないけれど、貴女は、アリスティアの体の『予備』なの。貴女の魂は、その肉体を維持するために、葛城の神が造った仮初のもの」
ユリアは、わたしの反応が気になるのでしょう、視線をこちらに送ってきましたが、わたしは反応を見せませんでした。早く、続きを。
「もし、アリスティアの体が損傷し、生命を維持できなくなれば、自動的にアリスティアの魂は、貴女、エルシミリアの体に移るわ。アリスティアはまた、同じ体で、アリスティアとして生きていける。でも、貴女、エルシミリアの魂は……」
ユリアは言葉を続けらません。代わりに、わたしが繋ぎました。
「消えるのね」
「ええ、その時、貴女が抵抗しないよう、神様は、貴女が徹底的に、アリスティアを愛し、献身的になるよう、設定したの。これらのことは、全て私の責任。私の、心弱さが招いたことなの。ごめんない、許してなんて言える立場ではないけれど、私には謝ることしかできない」
ユリアが床に跪いて、わたしに土下座しました。
「本当に、ごめんなさい。ごめんなさい、出来ることは何でもします、ですから……」
ユリアの声は涙声。実際に涙も出ています、座り込む前に見た彼女の瞳には涙がいっぱいでした。
「ユリア、そんなに謝らないで、泣かないで。わたしの心は今、晴れやかなの。こんなに、晴れやかになったことは今までないわ。ユリア、教えてくれてありがとう」
「晴れやか……」
ユリアは、私の言葉に驚いて顔をあげました。彼女の顔は涙でぐちゃぐちゃになっています。ユリアとは、あまり交流してこなかったのに、こんなに、わたしのことを思ってくれているのかと、少しびっくりしました。心が温かいです、愛おしいです。
わたしはハンカチーフを取り出し、彼女の顔を拭いてあげました。貴女の顔は前世のお姉様の顔なのです。奇麗にしていて下さいませ。
「ええ、とっても晴れやかですよ。だって、アリスティアお姉様のお役にたてるのですよ。これ以上の喜びはありません。お姉様の命が消えかける時、もう一度、生きて貰えるのです。こんなこと出来るのは、わたしだけです。守護者である貴女にさえ出来ない。わたしは嬉しくて仕方ありません」
「エルシー、それは、神が設定した感情のせいなの。そうしないと、アリスティアの魂がスムーズに移って来れないからなのよ」
私は失笑したくなりました。いえ、しました。
「ふふふ。貴女も、コーデリアみたいなことを言うのね。設定なんて、生まれ来る者、生きる者には当たり前にあるものでしょ。それにね、わたしだって、アリスティアお姉様と十三年、姉妹として過ごして来たんです。わたしの感情、お姉様への想いが、設定だけのものだなんてありえません」
ユリアは目をぱちくりさせています。前世のお姉様の顔は、他のパーツがあっさりめなのに、目は大きく、とっても印象的、私は大好きです。
「設定だけのものではない……、本当にそう思うの?」
「そうよ。分かり易く、建物に例えてみましょう。設定はね、基礎だと思うの、その上に、経験や、経験を経て思ったこと、感じたこと、考えたことが、積み重さなり建物が建ち上がっていくの。そうして出来上がった建物が、今のわたし。だからね、今のわたしの感情や想いは、神様の設定だけで出来たものではないの。それ以上に、ずっと、ずっと、わたし自身が造りあげたものなのよ。これくらいのこと、貴女にわからない筈がないでしょ、ユリア」
ユリアは床から立ち上がりました。
「そうね、そんなこと当たり前のことだわね。どうして、私は気づかなかったのかしら」
「気付かなかったんじゃない、気付きたくなかったんでしょ」
「えっ?」
わたしは、精一杯、お姉様を守ってくれているユリアにとても感謝しています。ですから、彼女を罪悪感から救わなければなりません。一生懸命、穏やかな顔をしました。穏やかな声を出しました。
「ユリアは私に怒ってもらいたかったのでしょ。怒り狂って、怒鳴りつけてもらいたかったんでしょ、違う?」
「それは……」
ユリアが目を逸らしました。でも、わたしは続けます。
「貴女はそれほど、わたしに罪悪感を持っていた。でもね、わたしの方は貴女に、感謝の念こそあれ、怒りなんて全く無い。あまり、貴女と交流してこなかったのに、こんなこと言うのは何だけど、わたしは貴女のことが好きよ、大好き。だからね、もう、わたしに悪いことをしたって、絶対に思わないで。お願いよ」
ユリアの目にまた涙が浮かび始めました。
ほんとに、ユリアは泣き虫さんね。カインの時はそんなことはなかったのに、あれって演技だったの?
「ねえ、ユリア。貴女とわたしは、生まれ方の違いこそあれ、アリスティアお姉様から生まれた者、つまり同類よ、姉妹なのよ。だから、一緒に頑張りましょ、頑張って、頑張って、最後の最後まで、アリス姉様を守るの、守り切るのよ。わたしの願いはこれ、貴女の願いもそうじゃないの?」
「ええ、そうよ。私の願いも、エルシーと同じよ。全く同じなの」
わたしは両手を、ユリアに向けた大きく広げました。
「ユリア、来て」
「エルシー……」
ユリアは、わたしの腕の中に入って来てくれました。彼女を抱きしめました。ユリアの体は十五歳、十三歳のわたしより、かなり大きいです。でも、そんなに大きくは感じませんでした。彼女の体が少し震えていたからでしょうか? いたいけな少女を抱いているような気がしました。
「ユリア、ひとつだけ約束して欲しいの。お姉様には、私がお姉様の体の予備だってことは、絶対言わないで欲しいの。あの優しいお姉様に、これ以上の重荷を背負わせたくないの」
「約束します。絶対にしません。そして、もう一つ約束するわ」
「もうひとつ?」
「ええ」
ユリアは私の顔をしっかりと見据えてきました。泣いていた先程までと違って、目に力が戻っています。
「私は、絶対に、絶対にアリスティアを守ります。アリスティアから貴女を奪うようなこと、どんな敵にでも絶対させはしません。私はアリスティアの守護者、アリスティアを守り切るわ、そうすることによって、貴女も守れる。絶対守るわ。貴女を守る」
私の可愛い妹、エルシミリア。ユリアお姉ちゃんに、任せなさい!
もう、駄目でした。涙が抑えられませんでした。泣きました、わんわん泣きました。先ほど、ユリアに対して、泣き虫だなんて思ったけれど、本当は、わたしの方がずっと泣き虫なのです。わたしの九割は強がりで出来ています。
ねえ、神様。わたしの心は偽物でしょうか?
お姉様のことを思うと、わたしの心は、
喜びに溢れます、温かくなります、切なくなります、
泣きたくなるのです。
このような気持ちは偽物ですか?
もし、それでも偽物だと言われるなら、それでも良いです。
だって、神様は、アリスティアお姉様のために、わたしを造られたのでしょ。
わたしは、神様のアリスティアお姉様への想いです。
お姉様を気遣う、優しい想いなのです。
だから、わたしは幸せです。
温かな想いを持って、アリス姉様と暮らせるのです。
これほど、幸せなことがあるでしょうか?
結局、人生に必要なのは、幸せだけです。それだけなのです。
そうでしょ、違いますか、神様。
答えて下さいませ、神様。
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葛城の神よ。
エルシミリアは、貴方様に怒りを示しませんでした。
でも、私は、貴方様は間違った、過ちを犯した、と思っています。
心弱かった私と共に、非難されるべきです。
いくら、貴方様が野乃のことを大切に思っていたとしても、別の魂を犠牲にして良いものでしょうか?
貴方様は仰られました。「その魂は本物の魂ではない、私が作った仮初のもの」
仮初の魂? 本物の魂?
私には違いがわかりません。エルシミリアは、この世界でちゃんと生きています。喜び、怒り、哀しみ、笑っています。
彼女がアリスティアと一緒にいる時の、幸せそうな表情を見て下さい。これが、仮初のものなのですか? 本当の魂を持っていないと言えるのですか?
結局、貴方様も私達と同じなのですね。
心を持つ限り、間違いを犯してしまいます。もうこれは仕方ありません。
世界は、失敗や過ちで満ちています。
でも、それでも!
世界は生きる価値があるものです。
私は精一杯生きていきます。生きて、彼女達を守ります。
それが、私の贖罪です。
ねえ、葛城の神、神様。
貴方様の贖罪はどうしますか?
エルシミリアとユリアがタッグを組みました。アリスティアはさらに尻に敷かれることでしょう。負けるな、アリス。味方はいるぞ、エメラインとかコレットとか……。うーん。