二つの問題点
ドラゴンスレイヤー、天羽々斬をキャティ神からもらって、十日たった。
天羽々斬は、使用する者の魔力を吸収する。そして、その吸収した魔力をもとに神力を生成し、刃に蓄積する。その蓄積された神力の量が多ければ多いほど、天羽々斬は力を発揮する。最大限に神力を溜めれば、あの強化されたブラックドラゴンを一撃のもとに葬り去ることも夢ではないそうだ。
しかし、現状、全然使いこなせない。というか、使えない。
使用に関して問題点は二つあった。
一つは、天羽々斬が必要とする魔力量の問題。とんでもなく大量の魔力を必要とする。最初に試した時など、いくらでも吸い込んでくれるので、私はバンバン魔力を供給したのだが、途中で、眩暈に襲われた。
一種の魔力切れである。私の三つある魔力槽の第一槽が空になったのだ。普通なら、第二槽から魔力が補充されるのだが、天羽々斬が吸収する速度が速く、補充が追い付かなかった。
この世界の人で最大の魔力量を誇る、オリハルコン位の私が、このような体たらくになるのは、さすがにおかしい、絶対おかしい。そう思った私は、キャティ神であるノエル殿下に聞いてみた。
「ノエル殿下、天羽々斬は大食い過ぎです。この剣は過食症です、きっと病気ですよ」
殿下は、私の擬人的表現に苦笑いしながらも、きちんと答えてくれた。
「アリスティア、神力は魔力の上位互換なのは知っているよね」
「ええ、勿論」常識である。
「つまり、神力と魔力は等価ではないってことだよ。天羽々斬は、魔力を神力に変換してくれる。ようするに両替してくれるんだ。その交換レートは、一対百。神力を「1」作ろうとすれば、魔力は「100」必要ってこと。ガンガン吸い取られるのは仕方ないよ。そうじゃなきゃ、あの強化ドラゴンに対抗出来るほどの神力を得ることなんて不可能だ」
一対百か……。あまりにも酷いレート、私達の国、文化、文明を支え続けてきた魔力粒子の価値が、百分の一しかないなんて、悲し過ぎる。なんだか、腹が立って来たので、とりあえず、殿下に八つ当たりした。
「神力、チート過ぎます。もっとバランスを考えて下さいよ、こんなのゲームとして、楽しめません、成り立ちません!」
「いや、これ、ゲームじゃないし。神力や魔力の定義作ったの、遥かに上の高位神達だし、僕に言われてもね。当たる相手を間違えてるよ」
「高位神なんて会うことも出来ないじゃないですか。それに殿下は将来の私の弟になるかもしれないのです。少しくらい、私の愚痴に付き合って下さいませ」
「弟って、それって認めるというか、応援してくれるってこと?」
「ええ、認めますよ! 応援しますよ! 応援してますともよ!!」大声。
「それは嬉しいけど、何で、そんなケンカ腰なの?」
「さあ、何ででしょうね!」
将来、エルシミリアが嫁ぐとしたら、ノエル殿下くらいにしか可能性がないだろう。これまで、私達は、それなりに多くの男性に会って来てはいるが、エルシミリアは殆ど興味を示さなかった。唯一、それらしき反応をみせたのが、ノエル殿下、彼にだけだった。
もし、ノエル殿下でダメだったら、多分、エルシミリアは嫁がない。私の傍に一生いることを選ぶだろう。
私とエルシミリアは、まだ十三歳。そんな年で、未来のことをわかったようにいうのは、馬鹿馬鹿しいと、自分でも思う。でも、双子の姉として彼女から濃密な愛を受けて来た私にはわかる。わかるのだ。
エルシミリアが私のことを常に思ってくれているのは嬉しい。でも、彼女の愛は何かおかしい、もし、私が真面目に、
私のために、死んで。
と、頼めば、エルシーは喜んで死ぬだろう。でも、そんな愛は悲しい。いや、それも、ちゃんとした愛、究極の愛なのかもしれないが、私が理想とする愛とは違う。この違和感は、エルシーと対する時、どうしてもつきまとう。だから、エルシーとは、おバカな関係でありたいと思って来た。
バカな姉と、その姉に呆れながらも、なんやかんや世話を焼いてくれる、優しく賢い妹。それで、いいではないか。生き死になんて、絡んで来て欲しくない。
そして、エルシミリアには、私への愛や思いとは別に、自身の人生の幸せを考えてみて欲しい。それが、ノエル殿下に嫁ぐことと、言い切ることはできないが、一つの道であることは確かだと思っている。
そして、ノエル殿下には、次のような私の思いを進呈したい。
いくら神様でも、エルシーを泣かせるようなことがあったら許さない。小姑の恐ろしさ見せてあげる。
話が、少々脇に逸れた。天羽々斬に戻そう。
天羽々斬のもう一つの問題点は、この剣が余りにも、じゃじゃ馬なこと。
魔力を天羽々斬に与え続けていくと、生成された神力が、刃に蓄積され、神力の濃度が高まって行く。最初、濃度の薄い時は、まだマシなのだが、濃度が高まり、強敵と戦えるほど状態になってくると、剣としての制御が出来なくなる。普通に振ろうとしても、刃の軌道がブレブレ。意図しない方へ向かってしまう天羽々斬を、必死で抑えねばならない(そのせいで、私は毎日、全身筋肉痛。ルーシャお姉様の助けがなかったら、どうなっていることか)。これでは戦うどころの話ではない。
どうして、そうなってしまうのか?
答えは簡単。天羽々斬に蓄えられた神力、それが余りにも膨大だから。同量で魔力の約百倍の力、エネルギーを持つ神力が、大量に、超高密度で刃に収斂されている。エネルギー量から言えば、小さな太陽と言っても過言ではない。
つまり、天羽々斬を自由自在に扱うということは、ちいさな太陽を自在に扱うのと同じこと。とても、人の技で可能とは思えない。キャティ神は言った。
『天羽々斬は、神の剣』
もし、そうなら、人である私には使いこなせないではなかろうか? でも、ノエル殿下でもあるキャティ神が、私に無駄なものを与えるとも思えない……。
そう、悩んでいたところ、コーデリアが助け舟を出してくれた。
「アリス姉様。無詠唱魔術の時のことを思い出して下さい。あの時、私は申したでしょ。この世は全てイメージなのです、と」
「神力もなの? 魔術だけではないの?」
「勿論です。でも、無詠唱で魔術を使う時より、遥かに確固たるイメージが必要ですよ」
私は、げんなりした。無詠唱魔術でさえ、最近、ようやくなんとかなって来たばかりなのに、それ以上のイメージ力がいるとか、勘弁してもらいたい。
「ふふ、やる気を削いでしまいましたか。では、ニンジンをぶら下げてあげましょう。天羽々斬を上手く使いこなせるようになると、神力が使えないアリス姉様でも、こういうことができますよ」
コーデが、両の掌を上に向けて前に差し出し、目をつぶって、うんうん唸り出した。彼女が何をしようとしているのかは全くわからなかったが、凄く真剣なのはわかった。これほど真剣なコーデは久しく見たことが無かった。
「出でよ! お好み焼きイカ玉!」
コーデの一声と同時に、彼女の両掌に上に、皿に乗った、ほかほかと湯気をたてる焼きたてのお好み焼きが、現われた。たっぷりとソースが塗られ、かつお節も青海苔も十分乗っている。端の方かイカの足が顔を覗かせている。まさしくイカ玉! なんて、美味しそう! 涎が……。
イカ玉のお好み焼きを持ったまま、コーデはガクッと座り込んだ。
「あー、めっちゃ神力使った。無から有を作り出すの、今の私じゃ全然ダメ。この程度でこんなに疲れるなんて」
「無から有、って、そのお好み焼き、瞬間転送してきたものじゃなく、神力で作った物なの?」
「そうですよ。神力で創りました」
コーデは、エルフのユンカー様の子孫で、先祖帰りを起こしている。その影響で、少ないながらも神力が使える。でも、このようなことが出来るなんて夢にも思っていなかった。
「アリス姉様、魔力と神力の違いを正確に表現出来ますか?」
「ん? 神力は魔力の上位互換、でしょ」
「はい、不合格。正解は、神力は、思ったことが実現する力。魔力は、思ったことを実現させる力、です」
「そんなの同じじゃない。【実現する】と【実現させる】に、どう違いがあるのよ」
「全然違います。神力の場合は、思った瞬間に実現しているんです。それに、対し、魔力の方は、思ったことを実現させようとする力が、現実に働きかけ、思ったことを実現するのです。つまり、魔力は、神力に比べ、ワンクッション多いし、全くの無から有を作り出すことは出来ません。魔力が神力に勝てないのは、この二点で完全に劣っているからです。どうです、この私の完璧な説明!」
イカ玉お好み焼きが載った皿を手に持った、超絶美少女が勝ち誇っている。変な絵面である。
彼女の説明は、私には、わかったような、わからないような説明だったけれど、魔力が決定的に、神力に劣っていることは明確にわかった。だって、魔力では、お好み焼きを出すことは出来ないが、神力では出来る! なんたる差! なんたる格の違いなのか!
私は、神力の信奉者になることにしました。神力、最高!
「という訳で、コーデ。そのお好み焼き、頂戴」
「何が、という訳なのですか。それに、このお好み焼きイカ玉は私が出したものです。私が食べます」
あんぐり、がぷ! もにゅもにゅ、ごっくん。
「あー、美味しかった。やっぱり前世の食べ物は違うわね。こっちのも、まあまあだけど、やっぱり、日本のが最高!」
酷い! 酷過ぎる! 一口も食べさせてくれないなんて、こんな残酷な妹だとは思ってもいなかった。この人でなし! それに何よ、あの大口は! いくら小さめのお好み焼きだったとはいえ、一口でって、おかしいでしょ! 一応超絶美少女なんだから、普通に小分けして食べなさいよ。貴女を可愛がっている美少女マニアのエルシーが、あんな大口もにゅもにゅを見たら泣くわよ!
コーデリアのバカ! あんたなんか大嫌い!
「アリス姉様。人から出してもらったものを食べても、そんなに美味しくはありません。自分で頑張って、頑張って作り出したものこそ、真に美味しいのです」
そ、それは……。確かにそうかもしれない、他力本願ではいけないわ。
「ですから、天羽々斬の訓練がんばって下さい。頑張って扱いが上手くなれば、天羽々斬を通してアリス姉様も神力が使えます。お好み焼きイカ玉が食べれるのです」
「わかったわ、コーデ。私が間違ってた。頑張るよ、めっちゃ頑張る。お好み焼きイカ玉が食べれるその日まで!」
「そうです、その意気です、アリス姉様!」
その日からは私は、心を入れ替え、真剣に天羽々斬の訓練に取り組んだ。それはそれは真剣に取り組んだ。そして一カ月たった。
私は、まだ、お好み焼きイカ玉が食べられていなかった。
「アリス姉様、頑張って下さいまし、それにしても、なんて美味しいのでしょう。やっぱ、お好み焼きは豚玉ですね。たまりません!」
皆さん、この妹、酷すぎません? 酷過ぎますよねえ。
たこ焼きにすべきかとも思ったのですが、お好み焼きにしました。