ドラゴンスレイヤー
「貴女達は、私に何を望むの? 何をして欲しいの?」
キャティ神から直球が来たので少々驚いた。でも、妙齢の超絶美女という見た目に、混乱させられているが、相手は、知り合って三年近くになるノエル殿下だ。これくらいの直球、当たり前と言えば、当たり前だろう。
でも、慎重に行くに越したことはない。こちらは頼む側、主導権はあちらにある。
「質問に質問で返すのは失礼かと思いますが、聞かせて下さい。どのような範囲まで許容なさってくれるのですか?」
「そうですね、人同士の争い、戦闘に、私達、十三柱が直接出向くことはありません。これは神々間の協定でもありますし、お母様が私達に固く禁じたことでもあります」
エルシミリアがコーデリアに確認をとった。
「そうなの?」
「はい、禁じました。神は世界を創りますが、世界の主役ではありません、黒子に徹すべきなのです」
直接……、黒子……。制限する基準としては、かなり緩い。これなら、有益な援助が見込めそう。少し、予定以上の願い、要求をしてみてもいいかも。しかし、その前に。
「キャティ様、申し訳ないのですが、ノエル殿下の姿に戻ってもらえませんか? どうも話づらいというか、落ち着かないのです」
一瞬、キャティ神はきょとんとされたが、すぐに、ふふっと笑われた。
「そうですね。その方がいいですね。わかりました」
エルシーが、フッと息を吐いた。ノエル殿下がエルシーに好意を持っているのは、周知のこと、当然エルシーも知っている。その彼が、自分より奇麗な女性として、目の前にいるのは、さぞ複雑な気分だろう。
「うーん、やっぱり、僕もこちらの方が落ち着くよ。キャテイの姿になると、女言葉使わなきゃならないだろう。喋ってて、なんだかこそばゆい、うぎゃーってなって来るんだ」
キャティ神の姿から戻られたノエル殿下は、いつものノエル殿下だった。とても和む、みんな笑顔になった。
エルシーの素直な笑顔に思う。やはり、ノエル殿下はノエル殿下の方が良い。ほんとに、そう思う。
「では、殿下、私達の望みを伝えたいと思います」
「どうぞ、アリスティア。でも、ダメな時は、ダメとはっきり言いますよ」
「はい、わかっています」
殿下からの私への呼称が「アリスティア嬢」から「アリスティア」になった。単に「嬢」をつけ忘れただけかもしれないが、私は親愛の証ととった。
「あちらにはドラゴンがついてます。私達にもドラゴンを下さいませ。神の魔獣、ドラゴンを。お願いします」
途端に、ノエル殿下の顔が難しくなり、腕組みを始めた。
「う~~ん、ドラゴンねぇ。う~~ん、ちょっと、それはねー……」
殿下はおもむろに、頭を深く下げた。
「ごめん、それは出来ない。勘弁して!」
まあ、予想通りだったので、失望はしていない。でも理由くらいは聞いておこう。
「え~ 殿下~、どうしてですかぁ、不公平ですよ~。殿下と私の仲じゃないですかぁ~」
遊び心で、ぶりぶりしてみた。イラっとするエルシミリア、苦笑いのノエル殿下。コーデリアは、情けないものをみるような目でこちらを見ていた。
やめて、そんな目で私を見ないで!
「神々、十二柱の間では、ドラゴンは、もう必要ないもの、造ってはならないものとされているんだ。今残っている二頭、ホワイトドラゴンとブラックドラゴンは例外だよ。ドランケンが必死で抗議したから、二頭だけ生き残れた。本当は、人の反乱の鎮圧後、全頭処分、土に返される筈だったんだ」
殆どのドラゴンが土に返されたのは神話にあるので知っている。でも、二頭残されたのは、人を戒めるためではなく、ドランケン神が抗議したからだったとは。ドランケン神には、ドラゴンに肩入れする何かがあったのだろうか? ドランケン、ドラゴン……。あ、まんまか。
「殿下、ドラゴンを作ったのはドランケン神ですね 全頭、ドランケン神なんですね」
「ご名答。そう、全部、彼女が作ったんだよ。かなり可愛がってたそうだよ。それなのに、必要なくなったらポイ! 他の十一柱、酷いよね」
コーデによると、ドランケン神は愛情深い神、他の神々に大層腹を立てたことだろう。今でも、その腹立ちは残っているに違いない。愛情とは、思い入れ。思い入れは、なかなか消え去りはしない。
「という訳で、ドラゴンはあげられない。他の神々を敵に回すことになる。願いは、他のことで頼むよ」
「わかりました。では、ドラゴンに対抗出来る武器、もしくは能力を下さいませ。殿下」
「随分、大雑把なくくりで来るねー。まあ、いいけどさ」
大雑把なのはわざと。明確に答えると、それ以上のモノを貰える可能性を潰してしまうかもしれない。くれるものの選定は殿下に任せたほうが、良いもの、役に立つものをもらえる可能性が高い。
「じゃ、これをあげよう。これは世界に、二本とないものだからね、大事にしてよ」
ノエル殿下の言葉に、心が躍った。素晴らしい物がもらえそうだ。
殿下が、姿をキャティ神に戻された。一瞬だった。
「こちらの姿の方が、力を出しやすいのです。ではいきますね」
我はキャティ、
十三番目の一柱。
この世界を創りし十二柱は我の同胞。
世界の理よ
我の命に応えよ。
召喚! 天羽々斬!
その瞬間、私達の前の空間に、眩い光を放つ一本の剣が現われた。直刀で、この世界でよく使われているロングソードに近い形をしているが、刃自体がより肉厚で、重厚感がある。そして、何よりも名前が示す通り、剣自体が放つ趣が、古代の日本!
天羽々斬。スサノオノミコトがヤマタノオロチを退治する時に使ったされる剣。
スサノオ自体が神話なので、天羽々斬も架空の剣。でも、目の前のこの剣は、本当にスサノオノミコトがいれば、持っていてもおかしくないような素晴らしい剣だった。元、日本人の私としては大変惹かれる。とってもカッコイイ。
キャティ神は、空中に浮かぶ天羽々斬を掴みとると、私に向かって差し出した。
「さあ、受け取って。この剣は、ドラゴンスレイヤー、ドラゴンを倒せる剣よ」
私は、天羽々斬を受け取った。ずっしりとした重量感に筋肉が緊張した。そして、その刃の美しさに、うっとりとする。
「ドラゴンスレイヤー、天羽々斬。これがあれば、ドラゴンを倒せるのですね」
「ええ、倒せます。完膚なきまで」
その言葉に安堵感が広がった。アスカルトのおかげで、ドラゴンを擁するエトレーゼとは、なんとか小康状態を保っているも、本気でドラゴンに攻められたら敗北は免れない。いつ来るのか、いつ来るのか、と怯える日々が続いていた。でも、この剣があれば、そんな日々ともおさらばだ、やった!
と、思ったのだが、キャティ神が要らない言葉を付け加えてくれた。
「ただ、使いこなせればですがね」
剣を注視していた目をキャティ神に戻した。
キャティ神は片目を閉じ、口角を少し歪められた。私には、彼女が、無力な子供を憐れんでいるように思えた。その無力な子供というのは、私なのであるが……。
「使いこなせれば?」
「その剣は神の剣です。今の貴女では、まともに振ることさえ出来ないでしょう、やってみればわかります」
キャティ神が微笑んだ。これほど麗しい笑顔、残酷な笑顔は見たことがなかった。
「地獄の特訓、がんばって下さいね、助言くらいはしますよ、助言くらいは」
ようやく得た安堵感は霧散した。
エルシーとコーデが両肩を、ポンと叩いて来た。
「アリス姉様。明けない夜はありません」
「そうです、明日は明日の風が吹くのです」
妹二人が何やらわかったようなことを言っています。私が聞きたかった言葉はそんな言葉ではありません。
「貴女達、『なんて可哀そうなお姉様、私が代わりに!』とかないの!」
「「ないです!」」
即答だった。ハモらんでよろしい!
一瞬、エクスカリバーを出したいと思ったのですが、さすがに止めました。