融合
ここで、僕、オールストレーム王国第三王子、ノエル・オールストレームとキャティ神の出会いを述べてみたい。
まずは、僕の妹、第五王女コーデリアのことから。
僕達、アレグザンター陛下の子供は九人。王子四人、王女五人。コーデリアは一番下、末っ子だ。
僕はコーデリアより四つ年上なので、僕の記憶にあるコーデリアは二歳くらいから。小さな頃から、彼女はほんとに可愛かった。完璧な美少女ならぬ、美幼女だった。あの当時、可愛さでコーデリアに対抗出来たのは、ゲインズブラントの双珠と呼ばれていた、アリスティアとエルシミリアくらいだっただろう。(これは伝聞による想像。あの頃の二人を僕は知らない)
だから、コーデリアは、親や周りの大人は勿論、僕達、兄弟姉妹から大変持て囃され、可愛がられた。
でも、それも最初の内だけ、段々と皆、コーデリアを構わなくなっていった。別に、皆が愛情が薄いとか、冷たい性格だった訳ではない。原因はコーデリアの方にあった。コーデリアは容姿こそ超絶に可愛いものの、子供らしい喜怒哀楽を殆ど見せなかったし、皆が可愛がっても、愛想の一つも示さなかった。これでは、人が離れて行くのも仕方がない。
最終的に、兄弟姉妹の中で、コーデリアに会いに行くのは僕だけになった。
コーデリアほどの可愛さならば、笑顔を一つ浮かべるだけで、相手はどんなに喜び、尽くしてくれることか。コーデリアにこの程度のことが、わからないとは思えなかった。
実際、コーデリアはとても頭が良い。
彼女は部屋から殆ど出ないので、本を読んでいることが多かった。それも、年齢相応の絵本などではなく、文字がびっしり詰まった大人向けの本。僕もチラッと見てみたが、内容が難し過ぎて眩暈がしただけだった。
「コーデリアはとても賢いんだな。僕は四歳も上だけど、こんな本、難しい過ぎてチンプンカンプンだよ」
「私が賢いのではありません。ノエル兄上の頭が悪いのです」
愛想の欠片も無いと言いたいところだが、返事してくれる時はマシ。少しでも彼女の機嫌が悪ければジロリと睨まれて終わりだった。それでも僕は、兄上や姉上達に呆れられながらも、コーデリアの部屋に通い続けた。
「ノエル、もうコーデリアなんて放っておきなさいよ。ちょっと可愛いからって図に乗って、あの態度は許せないわ」
「まあ、見た目が極上だからかまいたくなる気持ちはわかる。でも、コーデリアはダメだ。あいつには心が無い。あんなのお人形だよ」
忠告してくれた兄上や姉上には申し訳ないが、僕はコーデリアが、図に乗っているとも、心が無いお人形だとも全く思えなかった。
コーデリアはよく見ていないとわからないが、微妙に表情を変えている。心はきちんと動いている。そして、その心は図になど乗っていない。図に乗った人は、相手に対し、上から目線で働きかけてくる。自分の方が上だとマウントを取りに来る。
コーデリアには、そういうものを全く感じなかった。コーデリアに接して彼女から受け取る彼女の感情は、
私のことは、放っておいて欲しい。
どうして、コーデリアのような幼い娘が、このような淋しい感情を持ってしまったのかは全くわからない。けれど、この彼女の感情に気づいたせいで、僕はコーデリアを放っておけなくなった。
さすがに彼女が他人であったら、僕も放っておいただろう。でも、彼女は他人ではない。腹違いといえど、妹だ。不愛想極まりないが、部屋に通ううち、少しずつだが返事をしてくれるようにもなってきている。そんなコーデリアを、一人にしたくなかった。
そんな僕にユンカー様が声をかけてくれた。この人はエルフで、初代様の伴侶。権力構造の上では、国王である父上より上に立っている人。王子の僕からみても雲の上の人だ。
「ノエル、おまえはどうして、コーデリアの部屋に通い続ける?」
「どうしてと言われましても、ただ、放ってはおけないというか、彼女を一人にしてしまうような人に、なってはいけないと、何故か思うからです」
この人には、嘘やごまかしは効かないと思い本当のことを言った。実際、コーデリアと一緒にいると、突如、彼女への感謝の気持ちで満たされ、涙が溢れて来ることが何度かあった。自分でもどうしてそのようなことになるのか全くわからないけれど、この気持ちは大切にしたい。大切にしなければと思っている。
「そうか、ノエルは恩知らずではないのだな」
「恩知らず?」
「わからずとも良い、お前はわかっている。これからもコーデリアに目をかけてやれ。私も、もっと彼女に気を配ろう」
もともと、ユンカー様はコーデリアに目をかけてくれていた。コーデリアの部屋に、父上と母親である第三王妃以外で、未だに顔を出すのは僕とユンカー様ぐらいだった。でも、そのユンカー様が、後にコーデリアの専任メイドになった時には、さすがに驚いた。国王を凌ぐ頂点のお方が、第五王女のメイド、訳が分からない。
ユンカー様がメイドになったのは、コーデリアが七歳、僕が十一歳の時。
その頃だ、僕がキャティ神と出会い、一つになったのは。
キャティ神が僕の部屋に顕現なされた時、本能的に、この御方は神々の一柱だと悟り、僕は、すぐさま床に平伏した。
神々の前では、人など象の前の蟻に過ぎない。いや、もっと小さい、ミジンコレベル。
「ノエル、私は貴方に頼みたいことがあるのです」
「はい、僕などに出来るようなことでありましたら、何なんなりと」
「私には大事な御方、見守りたい御方がいます。ですが、私は以前、その御方に、大変酷いことをしてしまいました。ですから、恥ずかしくて、申し訳なくて、その御方に近づくことが出来ません。ですので、貴方に力を貸して欲しいのです。私と融合して一つとなって下さい。さすれば、私は大事な御方に、寄り添い守ることが出来ます。どうですか? 頼みを聞いていただけますか?」
僕の頭は、神からのとんでもない頼みに大混乱に陥っていたけれど、心の奥底はかなり冷静だった。普通に考えるに神とは超越者。その超越者が、人ごときに頼みごとをするなど恥以外の何物でもないだろう。それでもあえて、頼んできたのだ。その大事なお人というのは、眼前におられる女神様にとって、本当に大事な、大事な人なのだろう。神に対して不敬な物言いかもしれないが、僕は、恥などを乗り越えて、相手を思いやれる女神様に好感を持った。
「僕などで良ければ、仰せのままに」
「そうですか、感謝します。ひとつ言っておきますが、私は貴方の意に沿わぬようなことをしようとしているのではありません。そのことはよくわかっておいてくださいね」
「はい。ご配慮痛み入ります」
この女神様は、神様と思えぬほど腰が低い。これなら聞いても大丈夫だろうと思い、勇気を出して聞いてみた。
「女神様。もしよろしければ、その大事なお人の名前と、僕を選んでくださった理由をお聞かせ下さいませんか」
「言葉で説明しても良いですが、一つになればすぐわかりますよ」
と言って、女神様は微笑むだけだった。でも、その微笑みは、女神様の喜びが満ちて、素晴らしく魅力的だった。こちらの心が湧き立つほどに。
この後直ぐに、女神様は僕との融合を開始した。
意識が、体から一気に解き放たれ、世界の隅々まで広がった。この世界を、この世界の成り立ちを一瞬で、僕は理解した。
「ノエル、私の名はキャティ、本当の神ではありません。本当の神は……。
「わかっています。もう、僕は貴女なのです。コーデリア、僕の妹こそが、本当の神、真実の神」
「そうです、彼女こそ、この世界を創ってくれた恩人です」
愛しいお母様……。
愛しい妹……。
愛しい、コーデリア。
僕とキャティ神の心は重なり溶け合った。融合は成功した。
こうして、一つとなった僕達は、コーデリアに寄り添い、見守った。
「コーデリア、ちょっとオナラをしてみてくれないか」
「はあ? ノエル兄上は頭がおかしくなられたのですか?」
「いやね、この前、この部屋に来た時、コーデリア、昼寝してただろ。その時、バス! っとコーデリアがおならをしたんだが、全然臭くないんだ。むしろ良い香り。でも、オナラが良い香りなんておかしいだろう。ちょっと確かめたいんだよ。してみて」
「……」
「ノエル、お前は気がきかない。オナラなどすぐに出せるものではない。焼き芋の差し入れでも持って来い。さすれば、コーデリアも、バス! っと快音を響かせてくれよう」
「ああ、そうですね。ユンカー様。僕が愚かでした。コーデリア、今度、持ってくるから快音一発お願いね」
「出てけ……」
「「へ?」」
「出てけ! ノエル兄上もユンカーも出てけ! 二度と来んなー!!」
僕達は、温かくコーデリアを見守り続けた。
性格的なところでは、キャティ神はノエルに大きく譲っているように思えます。ノエルの軽いノリの方が、コーデには良いと判断したのでしょうか。