招待客は、キャティ神
20/07/17 ノエルのセリフ、不自然なところがあったので修正。
ユリアから、キャティ神と連絡がとれたという報告がなされたのは、昨日のことだった。連絡がとれただけではなく、ユリアは実際に会って来たそうだ。
「どうして勝手に動いたの? 連絡が取れた時点で私に知らせてよ、知ってれば私も一緒に行ったのに!」
私はユリアを一心同体だと思っている。だから、単独行動をされるのは嫌だ、とても嫌なのだ。
ただ、ベイジル家の長女、ユリアとしての行動は別、その部分は彼女のプライベートとして尊重する。恋愛だってしてくれてかまわないと思っている。でも、今回のキャティ神のことは、ベイジル家のユリアの範疇ではない。
「アリスティア、キャティ神が味方かどうか、わかっていない状態で、主である貴女を直接会わせる訳には行かないの、危険にさらす訳には行かないのよ。わかってよ」
ユリアの細められた目から、彼女の切ない気持ちが見て取れる。
ユリアになってから、カインの時のような、軽妙さは彼女から消え去った。その分、彼女の意志や感情がダイレクトに表現されるようになった。
私は、貴女のことをこんなに思っている、思っているの。
「ユリアの気持ちや配慮には感謝してるわ。でも、今回の独断専行は良くない、貴女が私を思ってくれていると同様に、私も貴女を思ってる。それだけは、ちゃんとわかってて、お願いだから」
「……」
ユリアは少しの間、黙ったままだったが、言ってくれた。
「ごめんなさい。もうしないわ……」
この後、私は、エルシミリアとコーデリアにキャティ神と連絡がとれたことを伝えた。二人にはキャティ神と会う時には同席してもらう。
エルシミリアは私と同様、キャティ神から眷属の紋章を授けられているし。コーデリアは、元本当の神、キャティ神の親といっても過言ではない。この二人を外す訳にはいかない。
彼女達にキャティ神の居場所というか、誰だったかを教えると、二人とも凄く驚いていた。驚くのも当然、キャティ神は私達にとても身近な人物だったのだ。
でも、実のところ、私はそんなに驚きはしなかった。分かっていたとは言わないが、微かにだが、疑ってはいた。
キャティ神が、神力を使ったのではないかと思われることや、現れたりは、私の知る限り、三回あった。
一回目は、アレグザンター陛下らが、オルバリスを訪問された時のことだった。陛下らから、コーデリアの侍女になることを頼まれ、私達三姉妹は快く承諾した。それに、不服だったベルノルトお祖父様は反対唱えようとしたが、何故か口が動かなかったとか。本人も、全く理由がわからないと不思議がっていた。
二回目は、私達がコーデリアの侍女になった初日に起こった。エルシミリアは攻勢魔術が得意ではないので、コーデリアと魔術戦など絶対やりたくなかったそうだ、それなのに、ベルノルトお祖父様と同様、口が全く動かず、顎が勝手に頷き、承諾してしまったらしい。エルシーの弁によると、体を乗っ取られた気がしたそうだ。
三回目は、教皇猊下にお礼をするために十二聖国を訪れた時だった。到着したその日の晩、教皇猊下の寝室に、キャティ神が顕現され、猊下に、難題と二つ目の眷属の紋章を与えらえた。
この三回とも全てに、その人物は、その場にいたり、近くにいた。しかし、キャティ神は女神、性別も違うし、やはり、単なる偶然だろうと私は判断し、彼に対してアクションは起こさなかった。
私達、三人は彼をお茶会に招待した。
「本日は、私達のお茶会への招待をお受け下さりありがとうございます。ノエル殿下……。いえ、キャティ神様」
私はかなり、もったいぶった口調で話しかけたつもだったが、ノエル殿下は普段と全く変わらぬ調子だった。
「ユリアとは先に会ったからね。そろそろお呼びがかかるだろうと思ってた。今更だけど、ちゃんと自己紹介しよう。僕はキャティ、キャティ神で間違いないよ」
こうして、すんなりと始まったキャティ神とのお茶会であるが、本題に入る前に気になっていたことを聞いてみた。
私は持っていたティカップをソーサーに戻した。
「キャティ神様」
「キャティでいいよ。君達に神様と呼ばれるのもなんだかね。呼び捨てでいいよ」
となりにコーデやエルシーがいるせいかもしれないが、ドンキ神やマンキ神とはえらい違い、こんなにフランクに出て来るとは思っていなかった。
「では、お言葉に甘えて、キャティ。本物のノエル殿下はどうしたのですか? まさか消したなんてことは……」
「そんなことはしないよ。本物のノエルは目の前にいる。僕が本物のノエルだよ」
キャティ神の言っていることがわからない。
「本物のノエルって、今さっき、自分がキャティ神であることを認めたじゃないですか」
混乱する私の右肩を、エルシーがポンと叩いた。
「アリス姉様、頭が固すぎですよ」
コーデが左肩をポン。
「エルシ姉様の言う通りです。平行世界の私としては恥ずかしい限りです、もっと頭を柔軟になさいませ、アリス姉様」
柔軟にと言われても……。
結局、エルシーが助け舟を出してくれた。
「ノエル殿下、あえて殿下と呼ばせていただきます。殿下とキャティ神は融合されたのですね。もう、お一人なのですね」
キャティ神は……ええい、なんか言いにくい。いつもの通り行く! ノエル殿下は、にこやかに笑われた。
「正解。察しが良いですね。さすがエルシー」
殿下がエルシーに向ける笑顔はほんと良い。なんだか、女としてエルシーに後れをとっているようで少々腹が立つ。それに、いつの間にか、エルシミリアの呼び方、エルシミリア嬢じゃなく、愛称のエルシーになってるしー!
ダメだ、嫉妬なんてしてる場合じゃない。私は再度、確認をとった。
「それでは、殿下は、ノエル殿下でもあり、キャティ神でもあるのですね。体も一つ、意識も一つなんですね」
「そうですよ。でも、体の方は変えられる。キャティ神、本来の姿になってみましょうか」
殿下がそう言った瞬間、淡い光が殿下の全身を包んだ、でも、それはほんの一瞬、直ぐにその光は消え去った。そしてそこにいたのは、とんでもない美女。銀の髪に金色の瞳、すらっとした体は、人体が一番美しく見える黄金比を寸分も違えていない。
あまりの美しさに、腰が砕けそうになった。面食いのエルシーなど口を開けて惚けている。動じてないのはコーデぐらいだろう。まあ、コーデは十三柱を作った本当の神である、平然としているのは当然だろう。
私の周りには、美女や美少女はいっぱいいる。エルシミリア、ルーシャお姉様、コーデリア、ユンカー様。エメラインだってなかなかである。だから、少々奇麗なくらいではなんとも思わない。思わない……のだが、
ガクッと膝をついた。容姿に関して、これほどまでに敗北感を感じたことはなかった。
「負けたわ、完全に負けた。もう私はダメ、ヒロインの座は完全にキャティに移るわ、もう私は終わりよ!」
私の言葉に我に返った、エルシミリアが慰めてくれた。
「お姉様、そんなこと言わないで下さい! わたしにはアリス姉様が一番です、永遠に一番なのです!」
「エルシー! 貴女って子は!」
「アリス姉様!」
ひしっ! (抱き合う二人)
などと、いつものコント突入したのだが、この後のコーデリアの言葉に、二人とも少々白けてしまった。
「あら、今になって気づいたのだけれど、キャティとお姉様方って似てらっしゃいますね。瞳の色が、金色と菫色で違いますが、他はかなり……。ああ、わかった! 葛城の神がこの世界にお姉様方と生み出す時、キャティの容姿を参考にされたのね」
「参考? どういうこと?」
「参考は参考ですよ、アリス姉様。神様だって、なんでも一から作るの大変なんです。既存のものを参考にするのはよくあることなのです」
「……」
「……」
「良かったですね、アリス姉様、エルシ姉様。将来のお二人は、このように素晴らしい美女になられるのですよ。あら、あまり喜んでおられませんの?」
「そ、そんなことはありませんわ。うれしいですわよね、アリス姉様……」
「そうね。ほんと嬉しいわね。エルシー……」
と、コーデには答えたが、私達の心は超微妙だった。だって、私とエルシーは、キャティ神のパチモノだった。盗作もどきだったのだ!
将来、このような美女になれるのは嬉しいけれど、なんかひっかかる、なんかひっかるよ。MY神様。
面倒なのはわかるけどさー。そこは、オリジナルでいってよ、オリジナルで!
ユリアの呟きが、心の中に響いて来た。
『人って、欲深いね。なんて欲深いのかしら……。悲しくなるわ、私、出家しようかしら』
すみません。なんかもう、ほんとすみません。
謝ります、オリジナルが欲しいなんて、ワガママ言って申し訳ありませんでした。このように素晴らしい容姿を下さり、感謝しております。ありがとうございます、MY神様。
「お母様……」
キャティ神がコーデリア前に行き跪いた。そうしないと、視線の高さが合わない。その気遣いに、コーデリアは目を細めた。
「キャティ……」
キャティ神は両の手で、コーデリアの手をとった。
「申し訳ございません。私は自分のことしか考えず、勝手に出奔し、お母様をお一人にしてしまいました。その結果、偉大なる神であったお母様を、苦しみ多き人の世に……。悔やんでも悔やみきれません。許して下さいませ、お母様」
彼女の目に薄っすらと涙が浮かんでいた。
「何をバカなことを。神の座を放棄したのは貴女のせいではありません。私が勝手にやったこと、私の心の弱さが為さしめたことです」
「いえ、私のせいです。私がお母様のお傍にいれば、こんなことには……」
「貴女は傍にいてくれたじゃない」
「え?」
キャティ神は、コーデリアの言葉に思わず顔を上げた。
「傍にいてくれたでしょ。神どころか、王女としての義務さえ放棄し、ひきこもっていた私の傍にいてくれた。私の兄として、私に寄り添ってくれた。貴女は私に、ほんと尽くしてくれたわ。だから、謝るのは止めて。謝らなければならないのは私の方。辛い思いをさせて、ごめんね。私が勝手に転生したせいで……。ごめんね、キャティ」
「お母様……」
キャティ神はもう、耐えられなかったのだろう。コーデに抱き着き、泣いた。わんわん泣いた。キャティ神の見た目は二十歳くらいの女性、その彼女が十一歳のコーデに抱き着き泣きじゃくっている。普通に見るなら、滑稽だろう。普通にみるなら……。
コーデが優しく彼女を諭す。その顔は、完全に母の顔、慈しみにあふれている。
「あらあら、キャティ。神が人前で泣くなどあってはならないことですよ」
「私達は本当の神ではございません。そんなことはお母様が一番ご存じでしょう。私達は神もどきです、神のパチモノです。神力はあっても、神たる資格はないのです。だから、少しの間でいいのです。お母様の腕の中で泣かせて下さい、甘えさせて下さい。お願いです、お母様!」
「キャティ……私はなんて馬鹿な母なんでしょう」
ついに、コーデも堪え切れなくなったようで、声が震え出した。私は、エルシミリアの袖を引っ張った。
「ねえ、エルシー。私達ちょっと外へ出てよう。ね、外へ出てよう」
エルシミリアは素直に頷いてくれた。
私達が、部屋に戻ったのは三十分くらい後。その時にはもう二人は落ち着いていた。
「先ほどは恥ずかしい姿を見せて、ごめんなさいね。アリスティア、エルシミリア」
「「いえ、そんな」」 二人の声が偶然ハモった。
ふふっとキャティ神が笑われた。遥かに年上の女性に言うのもなんだが、大変可愛かった。
彼女の美しい唇が動く。
「さあ、気を取り直して、本題にいきましょう」
貴女達は、私に何を望むの? 何をして欲しいの?
ノエルとキャティは融合しているとは言っても、精神は体の形態にかなり左右されているように思えます。キャティ本来の体になっている時は、女性らしく、ノエルの体の時は男性らしく。