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ご褒美

2021.09.17 アリスの台詞を一部変更。

 私の名前は、エメライン・エトレーゼ。


 エトレーゼの次期女王です。現在、国を姉達に奪われておりますが、必ずや、母上、クローディア陛下に再び玉座に座って頂きます。女尊男卑を頑なに信奉し、孤立を全く厭わない姉達の統治では、エトレーゼに未来はありません。


 現在のエトレーゼに関する情勢は、ある()()を無視すれば、こちら側が圧倒的に優勢です。


 母上の亡命政権には、オールストレームを中心とする大陸諸国連合がついているのです。ですから、本来なら、簡単に国を取り戻せるはずなのですが……。姉上達の後ろ盾には、あの()()()()、ドラゴンがいるのです。圧倒的な力を持つドラゴンに対して、今のところ、打つ手はありません。今は潜伏し力を蓄える時です。必ずやドラゴンへの対抗方法は見つかると信じています。焦ってはなりません。


 そのような訳で、亡命政権の手伝いをしつつも、私はオールストレーム王国王立貴族学院で、留学生としての学生生活を普通に送っております。政治を離れれば、私は一少女です。普通の少女なのです。



 とある休日、アリスティア様が仰られました。


「エメライン、今日は気持ちの良い天気ですし、少し遠くまで散歩に出ませんか?」


 アリスティア様、アリス様は、寮の部屋のルームメイト。そして、私が「私の騎士様」としてお慕いしている方です。騎士様といっても、アリス様は殿方ではなく女性、美しい少女です、この世で一番の超絶美少女です。


 アリス様の他にも、エルシミリア様、ルーシャ先生、コーデリア様など、とてもお美しい方はおられますが、私的には、やはりアリス様が格段です。


 先日、アリス様の侍女のコレットさんと一緒に、たまたま昼寝されていたアリス様の足の臭いを嗅いでみました、普通、どんな美少女であろうと、足の臭いなど嗅いで気持ちの良いものではありません。


 それなのに! アリス様の足は、臭くないどころか、何とも良い匂いがしました。その匂いの、あまりの(かぐわ)しさに、私とコレットさんは思わず、トリップしてしまったほどです。


 後で、比較参考のために、双子の妹であられるエルシミリア様の足も嗅いでみました。(これも勿論、昼寝で眠っている時です)彼女のは、別段臭くもありませんでしたが、良い匂いもしませんでした。


 やはり、アリス様は素晴らしいです。足の匂いまで素晴らしい美少女。こんな方は他にはおられません、唯一無二の存在、この世の奇跡です。



「はい、お供いたします」遠出の散歩、良いですね。


 私は、アリス様の言うことには逆らいません。アリス様の不利益にならない限り、逆らわないと決めております。私のからの返事は「はい」しかありません。


 私のアリス様への従順ぶりは、一部の学院生に揶揄されています。


『エメライン殿下は、一国の王族なのに、アリスティア様の言うがまま。あれでは、まるでペットよ。恥ずかしくないのかしら』


 勝手に言ってて下さい。私は自分の意志でアリスティア様に従っているのです。別にペットだと思って下さっても良いです。なんなら、首輪をつけて、リードをアリスティア様に持ってもらいましょうか? 別に私はかまいませんよ。ワンワン。


 アリス様と私は、王都ノルバートの外にある、精霊の森に瞬間移動しました。精霊の森と言っても、本当に精霊が棲んでいる訳ではないようです。「いかにも棲んでいそうな森だから、そう呼ばれているの、安易ね」と、アリス様は笑っておられました。


 その精霊の森は原初の森とかでは全くなく、かなり人の手が入った森です。遊歩道がそれなりに整備され散策するのには打って付けです。このような気持ちの良いところを、アリス様と二人で歩けるなんて、私にはご褒美以外の何ものでもありません。


「エメライン、今日、貴女にご褒美をあげようと思っているの」


 アリス様が、とっても優し気な笑みを浮かべながら言ってくれました。


「ええ、そんな。私はご褒美をもらえるようなことは何もしておりません」


「そんなことはないわ。クローディア陛下を助けるため、魔術薬の製造に精一杯励んでるし、学院の授業だって頑張ってるわ。体育の長距離走の時は凄かったわね、十人以上ごぼう抜きしたものね、貴女、根性あると思う。素晴らしいわ」


「そんなことは……」


 普段、アリス様は私を滅多に褒めてはくれません。叱られることが多いです。これはコレットさんも同様。私達はアリス様を好き過ぎるので、時に暴走してしまうのです。私達が悪いのです。


 だから、褒めてもらっても、どう答えて良いかわかりませんでした。


 そうこうしているうちに、私達は、遊歩道の最終地点、精霊の湖に到着しました。水が澄んだ奇麗な湖です。この奇麗さなら、水の精霊アクエスが棲んでいると言われれば信じてしまいそうです。


 今日は風がありません。湖の水面が静まりかえり、まるで鏡のようです。森の向こうにそびえるアラント山が、湖面に逆さまに映っています。逆さアラントです。なんとも美しい光景でした。ここに連れて来てくれた、アリス様に感謝です。この光景が、ご褒美でしょうか?


「エメライン、これはまだ誰にも見せてません。エルシーにさえ見せてないのです。貴女が一番最初ですよ」


 そう言って、ニコッと微笑むと、アリス様は湖に向かって歩き始めました。


「私が一番最初……」


 アリス様の中にちゃんと私の席がある、その席も遠い所にあるのではなく、時には、エルシミリア様より優先してもらえるような近くに……。そう思うと胸がいっぱいになります。


 アリス様はどんどんどん、湖に向かって進まれています。水際がもうそこまで、来ているのに、全く歩く速度を落とそうとはしません。


「アリス様! それ以上進んだら水の中に!」


 そう、私が叫んだ時、私は信じられないものを見ました。明らかに、アリス様は湖の中に入っているのに、足が水に浸かっておりません。アリス様の足裏は、湖面を踏みつけ、どんどんどん進まれます。


「そんな! 水の上を歩くなんてありえない!」


 私は急いで、水際に近づくと足を水に漬けてみました。ポチャリ、普通の水です。当たり前ですが、踏みしめることなんて出来ません。私は、アリス様の方へ目をやりました。アリス様は数十歩ほど、湖面を歩かれたようで、岸から少し離れた所の水面の上に立っておられます。


 アリス様の立っておられるところは、どう見ても、アリス様の身長以上の水深があります。そして、アリス様の足の下には、アリス様の体を支えてくれるようなものなど何もありません。


 私は幻覚を見ているのでしょうか? 現実感が無さ過ぎて、こちらに手を振っておられるアリス様が、水の精霊(アクエス)に見える始末です。


「どうです、私の重力魔術。素晴らしいと思いませんか?」


「重力魔術? 重力とは何ですか?」


「簡単に言えば、大地などのような大きなものが、私達を引き寄せる力です。その力を制御したり、疑似的に発生させたりするのが重力魔術です。私が水面の上に立ったり、歩いたり出来るのは、この魔術のおかげです」


 アリス様の説明で何とかおぼろげには理解は出来ました。でも、今まで、重力魔術など見たことも聞いたこともありません。アリス様のオリジナルでしょうか? それならとんでもないことです。魔術の歴史に名を残せます。


 ふわっ。今何かが、私の体に染みこみました。


「エメライン、今、貴女にも同じ魔術をかけました。もう水面を歩けます。さあ、こちらへいらっしゃい」


「私にもって、大丈夫なんですか?」


「大丈夫ですよ。私を信じて」


 私は右足を恐る恐る水面に降ろしました。ふにふに。


 足が水の中へ沈み込みません。さすがに確固とした固体を踏んでいるような感覚はありませんが、これなら歩けます。私は、普通に歩く半分以下の速度で、一歩一歩確実にアリス様に向かって進みました。


 それでも、直ぐにアリス様のところに到着しました。


「はい、良く出来ました。どうでした? 水面を歩いた感想は」


「とても奇妙で、現実感がなくて……。でも、水の精霊アクエスになれたような、なんともいえぬ良い気分です」


 アリス様と私は、何の支えも無い、水面の上に立っています。今、世界で私達だけが特別です、アリス様と私だけが……。私の心は高揚していました。


「では、今度は、風の精霊フィンディーになりましょう。こうやって、私から離れてはだめですよ」


 そう言って、アリス様は右手で私を抱き寄せました。アリス様の体温を沢山感じました。これほど感じたのは、初めてお会いした時のお姫様抱っこ以来です。幸福感が全身を包みと……。


 と、言いたいところですが、次に起こったことに驚き過ぎて、幸せを噛みしめる余裕などありませんでした。アリス様と私の体は、天に向かって一直線に、もの凄い速度で駆け上り始めたのです。ぐんぐんぐん、高度を上げて行きます。私はアリス様にしがみつく以外、どうしようもありません。


「アリス様! アリス様! 私達、空に! 天に!」


「重力を完全に遮断し、上に疑似重力を発生させています。いくらでも上れますよ。でも、あまり上に昇ってもね、そろそろこれくらいでいいでしょう」


 アリス様の言葉と同時に、天へと駆け上がる速度が減速し始め、遂に私達は停止しました。何も無い空中に停止したのです。足元の遥か下には、精霊の森。そして西に目をやると王都ノルバートが見えます。王都ノルバートは世界で一番の大都市です、その全体を一望です。


「アリス様、ここは空、空なんですね」


「そうです。空です、私達は今、空を飛んでいます。いえ、浮かんでいると言った方が良いかしら」


 涙が出ました。空は、鳥の、そして神々の領域だと思っていました。瞬間移動でさえ、空には移動出来ません。地面や、建物の床から全く離れた空間に移ることが出来ないのです。それなのに、アリス様と私は、空にいます。人が長年、憧れ続けた空に。


「アリス様。このような素晴らしい経験をさせて下さり、ありがとうございます。これが、アリス様の言われていたご褒美なんですよね」


「そうですよ」


 アリス様はハンカチーフを取り出すと、私の涙を拭ってくれました。


「エメライン。私は貴女が大好きですし、高く評価しています。もしあなたが殿方だったら、私を妻に迎えて欲しいくらいです。それくらい思っているのです。ですから、現実に負けないで下さいませ。皆、あなたを応援しています。エルシーだって、ルーシャお姉様だって、コレットだって、カインだって。みんな、貴女を好いていますよ」


「嬉しいです。こんな私を、次期女王でありながら、何も出来ない私なんかを……」


「何も出来ない? そんなのは皆、同じです。私だって、ドラゴン前では無力そのものでした。だから、出来る、出来ないなんて忘れましょう。人を好きになるのは、~が出来るからとか、そんなことではないのです」


 アリス様の言葉は、とても心に染みました。私はエトレーゼ人、エトレーゼの女性は、男性を、まともな魔術を()使()()()()()からと言って、何百年も蔑んで来ました。


 なんて情けない、そしてなんて悲しい国なんでしょう。母上、クローディア陛下は、王配である私の父上、フレドリック様を愛し、頼りにしていました。でもその母上の想いは、隠され、表に出ることはありませんでした。母上は、娘の私が気づかない程、完璧に隠していました。


 エトレーゼの女性貴族にとって、男性に頼るなど恥以外の何ものでもありません。ほんと、悲しい国です。愛する男性への愛でさえ、公にすることが出来ないなんて……。


「わかりました。これから出来ることを頑張っていきます。あれが出来ない、これが出来ないと嘆くことはもう止めます」


「そうです。そういう前向きな考えで行きましょう。そうしていれば、道は開けてきます」


 私はアリス様の顔を見て、首を大きく縦に振った。


 アリス様の言う通りです。きっと開けます、きっと開いてみせます。


「では、ご褒美の続きを行いましょう」


「へ? 続き?」


「そうですよ。せっかく空へと昇ったのです。もっと楽しみましょうよ。重力を巧みに制御すれば、空中を自由自在に飛べますよ、鳥の如くにね」



    レッツゴー! エメライン!



 私は、この後、アリス様と一緒に見た世界の広さ、美しさを一生忘れません。


 アリス様。素敵なご褒美をありがとうございます。エメラインは天下一の幸せ者です。


 本当にありがとうございました。



 そして、同時に陳謝いたします。


 私のために、エルシミリア様を怒らせることになってしまって……。


 私が、コレットさんに「あの経験は、ほんと素晴らしく楽しいものでした」と、つい話してしまったのを、エルシミリア様に聞かれてしまったのです。


 エルシミリア様は、アリス様が自分より、私を優先したことを知ると、とてもお怒りになりました。アリス様は必死に謝り続け、なんとか宥めようとしておりましたが、無駄でした。アリス様はエルシミリア様に三日間口を聞いてもらえなかったのです。


 エルシミリア様がお怒りになると大変恐ろしいです。周囲の空気の温度が明らかに下がります。まるで、魔王のようです。並みの勇者では太刀打ちできないでしょう。


 私も睨まれました。体がガタガタ震えそうでした、殆ど蛇に睨まれたカエルでした。


「エメライン殿下。数日、わたしと部屋を交換いたしませんか? うちのバカな姉といつも一緒ではお疲れになることでしょう。一人部屋で、ゆっくり休んで下さいませ」


「いえ、その私は、別に疲れてなどは、逆に元気に……」


「休んで下さいませ!」


「は、はひっ、休ませていただきまふ!」


 その瞬間、アリス様が絶望のあまりバタンとお倒れになりました。


 なんと御労しい。


愛人(?)にばかりにかまけているから。アリスは自業自得でしょう。



短編が日間ランキング入りした御蔭で、本作もかなりPVが増えて来ました。ありがたいことです。

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― 新着の感想 ―
[良い点] あっ、そういえば、黒幕のドラゴンが自ら出て来たの所為で、アリスさん達は大敗を喫しましたね。 そうですか、エメラインさんとコレットさんが先にイケナイ扉を開けてしまいましたかぁw 是非そのまま…
[一言] セシルの嫁ぎ先の夫人、 ルーシア様の力は及ばないのかな?先天的なもの云々? 真っ先に健康回復を贈り物にしそうなのに、と思いました。
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