無詠唱魔術
私、アリスティアとコーデリアの仲は、あまりよろしくない。普通に話していても、いつの間にか喧嘩になっている。
互いに、平行世界の自分。普段、見たくなくて避けている己の悪い部分が目に付くからだろう。
この日、私はオルバリスにいた。コーデリアに伝えたいことがあったのだ。別に手紙でも良かったのだけれど、直接伝えたかったので帰って来た。
「コーデリア、ミリア様に顔を見せてあげて。一年近く顔を出してないでしょ、ミリア様、とっても淋しがってたわよ」
「わかりました。確かに母上には不義理をしていますね。明日にでも王宮へ向かいましょう。でも、母上、私が会いに行っても、何かよそよそしいのですよ。何故でしょうか?」
「あー、それね。ミリア様に聞いた。コーデをとても愛してはいるけれど、コーデがあまりにも美少女過ぎるので、自分の娘なのに嫉妬してしまい、自己嫌悪に陥るんだとか。もっと不細工に生まれて欲しかったと言っておられましたよ」
コーデの目が半眼になった。
「もっと不細工にって、そんなことを願う母親ってどうでしょう? 問題あるのではありませんか?」
「んん、まあね。どうだろうね」
気持ちはわかる、どちらの気持ちも。
容姿の差というものは残酷。人生のイージー差が全然違う。美人、美男子は本当に得だ。同じことをしていても平凡な容姿の人より高い評価を貰える。理不尽極まりない。
だから、外見ばかり見ていてはダメ、人は外見より心だよ! と思う。思うのだけれど、野乃の頃ならいざ知らず、今現在、容姿に恵まれまくった(胸部除く)私が言うと絶対白ける。白けるくらいなら良い。
『何言ってんだ、こいつ。この偽善者め』
と思われる。コーデも言っちゃダメよ、絶対よ。
「コーデ、貴女の容姿はもうどうしようもない。その代わりに、アホキャラになりなさい。そうすれば、
『まあ、コーデリアはこんなに美しいのに、なんて残念な娘なの! 良かった、神々はちゃんとバランスをとっているのね!』
ってなって、お母上との親子関係は解決よ、是非そうしなさい」
コーデの私を見る目が軽蔑に満ちている。何で? 名案でしょ、名案。
「イヤです。残念な娘はアリス姉様で間に合ってます。ゲインズブラント家にそんなのは二人もいりません」
「なんですって! 姉に対してよくもそんな、撤回しなさい!」
「しません。アリス姉様は残念です。残念 of 残念。オールストレーム、一の残念娘ですわ!」
「きーっ! 貴女の言動には、もうこれ以上我慢できません。今日こそ決着をつけてあげるわ!」
「望むところです、返り討ちにしてあげます」
私とコーデは、何もない荒野に瞬間移動した。そして、一対一の対戦を行った。結果は……。
私のボロ負け。
あっという間に、のされ地面に転がされた。なんという屈辱!
カイン、何でよ! 何でコーデの魔術を無効化してくれないのよ。あの子、無詠唱で魔術使えるのよ! 貴女の協力無しで勝てる訳無いじゃない! アホ、アホ、カインのスカポンタン!
『アリスティアさん。言葉がお乱れになっていてよ。言葉の乱れは心の乱れ、淑女たるもの常に気をつけねばなりませんよ。 マリア様はいつも見ておいでです。では、ごきげんよう』
こんな時に、マリみてごっこなんてしなくていい! ちゃんと無効化してよ!
『あのね、アリスティアさん。私だって忙しいんです。貴女のバカな行動に、いちいち付き合っていられませんの。もう少し、自分のことを見つめ直してみては如何かしら。では、ごきげんよう』
そんな……。
カインが私を見捨てるなんて……。はっ! 宰相閣下の養女になることが決まったので、もう私なんか用済みってこと! 酷い、酷いわ、カイン! 私はただの踏み台だったのね、用が無くなったから捨てるのね!
許さない! 絶対許さない! 一生恨んでやる!
こ・の・う・ら・み・は・ら・さ・で・お・く・べ・き・か
『「魔太郎が来る」だね。よく知ってるね。あんな古いマンガ』
お母さんが持ってた。借りて読んだ。
『あー、それで。まあ、そんなことはどうでも良いか。それより、アリスティア。自分の実力をちゃんと把握してね。僕はもうすぐ養女になるから、十日に一度は離れ離れになる。その時は、自分の力だけで、自分の身を守らなきゃならないんだからね』
わかってる、わかってるわよ。
『だったら、やるべきことをやろうよ。少しでも自分の力を底上げするんだ』
やります、やれば良いんでしょ。悔しいけれど、ちゃんと頼むよ。
私は、地面から起き上がるとコーデリアのもとへ行き、彼女の前で土下座した。
「コーデリア様。いくら効率化を極めた高速術式を使っても、貴女の無詠唱にはかないません。どうかお願いです。無詠唱で魔術を発動する方法を教えて下さい。お願いでございます」
「そう、教えて欲しいの?」
顔を上げ、コーデの目をみて、はっきりとした声で、再度意志表示した。
「はい、知りたいのです、教えて下さいませ!」
コーデの顔がニヘ~となった。やばい、コーデの奴、変なモードに入った。コーデは草の上に腰をおろすと、右足の靴と靴下を脱ぎ、足先を私の前に突き出した。
「さあ、私の足をお舐めなさい。そうすれば教えてあげる」
ん、ぬぬぬ……。なんたる屈辱、なんたる……。
コーデが私の顔の前で、足をふにょふにょさせる。
「ほら、早くお舐めなさいよ。ほれ、ほれ」
くそ~、コーデの足を舐めるなんて、私の誇りが許さない。でも、そうしないと無詠唱の方法は教えてくれないだろう。どうすれば……。
目の前でコーデの足がふにょふにょしている。いつまで振ってるのよ!
しかし、至近距離でまじまじと見てみると、コーデの小さめの足はほんと奇麗な足だった。足の形は一番美しいギリシャ型。爪は桜貝のようなピンク色、艶が素晴らしい。そして、極め付きは肌。肌理が整いなんとも滑らか、とっても柔らかそう。角質なんて存在してないのでは、と思ってしまう。少女の素足として、これ以上のものがあるだろうか?
美味しそう……。これなら舐めても。
『アリスティア、変な世界へ行くな! 十二歳でそんな世界へ行ってどうする!』
はっ! カインの言葉で我に返った。
私は、目の前のコーデの右足を両手で掴み、上へ跳ね上げた。
「ええい、こなくそー!」
当然、コーデはでんぐり返り。
「きゃあ!」
「アホか! あんたの足なんて舐められるかー! そんな変態プレイ出来るかー!」
私は、自分のノーマル性を主張すべく、精一杯の大声で怒鳴った。
危なかった、もう少しで舐めてしまうとこだった。恐るべし、超絶美少女の足。
「何ですか、あんなの冗談に決まってるでしょ。冗談がわからないなんて無粋です。ほんとに、もう!」
コーデリアは転がった時についた土埃を払い落しながら、ぶつくさ文句を言っている。しかし、先ほど私の目の前に足を突き出した時のコーデの「二へ~」っとしたあの顔。あの顔は、ただの冗談の顔ではなかった。プレイを楽しむぞ~! という顔だった。
こいつ、Mっ気があるだけでなく、Sっ気もあるのか……。なんて恐ろしい。よくこんなのが神様になれたもんだ。魂の格とは何なのだろう。カイン、教えて。これはどういうことなの?
『う~ん、僕にもよくわかんない。ノーコメントにさせてもらうよ』
とまあ、このような紆余曲折(?)があったが、コーデリアは魔術を無詠唱で発動する方法を教えてくれることとなった。
「魔術を発動させる方法は三つあります。アリス姉様や皆がやっているのが、術式を組み立てる方法。この方法は十二柱もやっております。もう一つは魔術陣、こちらは陣を描くことによって発動します。主に、魔道具等に使われております、まあ、術式の図柄版です。そして、私のやっている方法。術式も陣も使いません。使うのはイメージ、それだけです」
「それだけ、そんな簡単なことなの?」
私は気抜けしてしまった。もっと凄い秘密があると思っていたのに、がっかりだ。
「全然簡単ではありません。やってみればわかります。では、術式を使わず灯火の魔術をイメージだけで発動してください。まず失敗します」
「しないよ、こんなの楽勝~!」
イメージ力には自信があった。マンガをそれなりに描いて来た。マンガは写生ではない。イメージ力無くして描けはしない。私は意気込んで、灯火の炎をイメージした。
赤々と燃える大きな炎! 出でよ!
マッチの炎くらいのが一瞬現れた。でもそれだけ、たった一瞬だけ。
ふふんと、コーデが鼻で笑ってくれた。
「ほらね」
「何でよ、何でちゃんと炎が浮かばないのよ!」
「何でも何も。アリス姉様のイメージ力が弱すぎるのです。もっと確固としたイメージを作らないと」
イメージ力が弱いって、そんな筈はない。そんな筈は。これでも何も見ずにそれなりの絵が描けるのだ。私のイメージ力が弱いなんてありえない。私はコーデに抗議した。
「コーデ、貴女まだ何か隠してるでしょ! 私は貴女の絵を知ってるわ。エルシーとどっこいどっこいじゃない。つまり貴女のイメージ力は貧困。その貴女が無詠唱で魔術をバンバン使ってる。何かコツがあるんでしょ、教えてよ、ちゃんと教えなさいよ」
コーデリアは一瞬きょとんとなったが、フッという感じで笑い出した。
「あー、あれ。見てたんですか。あれは敬愛するエルシ姉様を悲しませたくなくて、わざと下手に描いたのです。私はきちんとした絵が描けます。なんなら描いて見せましょう」
屋敷に戻ったあと、コーデは私の前で描いてくれた。圧倒的技量だった。絵画的な絵も、マンガ的な絵も、とんでもなく上手。コーデにくらべたら私なんて……。
私はガクッと膝をついてしまった。ここまで完全な敗北は予想していなかった。
きっと、コーデリアは嘲笑ってくるだろう、こんにゃろめ~。そう思っていたのに、コーデの声は、非常に優しく思いやり溢れる声だった。
「アリス姉様。頑張ってイメージ力を磨いて下さいませ。無詠唱魔術のためだけではありません。これは未来のためなのです」
「未来? イメージ力と未来が関係あるの」
「ええ。突き詰めて言えば、世界は、この世の全てはイメージなのです。イメージする力こそが世界を切り開いて行くのです。さあ、立って下さい」
私は差しだされた手をとり、立ち上がった。見上げていたコーデの顔が少し下になる。私の方が五センチほど背が高いのだ。
「この世界は私が十二柱に作らせたものです。でも、私は手を放した。もう私の手を離れたのです。そして、この世界を統べているように見える十二柱、いえ十三柱は本物の神ではありません。この世界に神はいないのです」
「神がいない……」
恐ろしいと思った。神がいないということは、私達を導いてくれる存在がいないということ。完全なる自由、完全なる自己責任……。
「だから、頑張って下さいませ。望む世界を強くイメージし、私達にその世界を見せて下さいませ。アリス姉様なら出来ます。私は出来ると信じます」
「ちょっと待ってよ。どうしてそんなことを、私に、一少女に過ぎない私に言うの? 無茶ぶりもいいところだわ」
「この世界は、アリス姉様を中心に動く。私にはそう思えるのです」
頭が痛くなって来た。コーデ、変なモノでも食べたの?
「根拠は? 根拠を言ってよ」
「根拠はありません。ただ、周りを見ているとそう思えるのです。皆、アリス姉様に引き寄せられ、いつしか姉様を中心に動くようになって行きます。この世界、最大最強の国の王たる、父上もそうです。アリス姉様に気を配り頼っています。元神である私でさえ、いつの間にか、貴女の妹に収まってしまいました」
「それは、エルシーが頑張ったから。私の功績ではないわ」
「エルシ姉様が、あの時、頑張れたのはアリス姉様の存在があったからです。エルシ姉様の行動の起点は常にアリス姉様への想いです。そんなことは良くおわかりでしょう」
「……」
エルシミリアのことを言われると反論しづらい。あの子の私への愛はどこから来るのだろう。ほんと、どうして私なんかに。
「もう、諦めて下さいませ。世界はアリス姉様を選んだようです。姉様が動くと世界が、皆が動くのです。責任重大ですよ」
コーデが茶目っ気たっぷりの笑顔を向けて来た。めっちゃ可愛い。腹が立つほど可愛い。
「あー、もう! コーデ、人任せにしないで、貴女も協力してよ、手伝ってよね!」
「はい、きっちり、がっつり協力しますよ。存分に頼って下さいませ!」
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アリス姉様。貴女は葛城の神がこの世界に遣わした巫女。
この世界を癒す巫女なのです。
私は勝手に神をやめました。もう、この世界にどうこう言う権利ありません。
けれど、罪滅ぼしはしたいのです。
どうか、この出来損ないに情けを下さい。
どうか、貴女と一緒に「神楽」舞わせて下さい。
世界を癒す神楽を。
貴女と一緒に、皆と一緒に、この世界の生きとしい生けるものと共に。
最近、文字数が多めです。もっとスッキリしたのが書きたいのですが、なかなか。