幸せ者
私は、セシルの結婚のお祝いに、ウェディングドレスを贈ることにした。
今まで頑張ってくれたセシルの結婚。最高のドレスを贈りたかったので、陛下に頼んで、王家ご用達の服飾店、縫製職人を紹介してもらった。デザインは私がするつもりだった。デザイン画も描き上げた。
セシルはそれなりに身長もあるし、胸もある。彼女の女性美を生かさないのはもったいない。オフショルダーを採用し、胸も背中も目一杯大胆にした。服のラインは勿論、プリンセスライン。こんなの着れるの若いうちだけだよ。
「完璧! なんて素晴らしいドレスなんでしょう。デザイナーの才能もあったなんて、私マジ万能!」
と、増長していたのだが、エルシミリアに却下された。
「何ですか、この破廉恥ドレス。セシルを笑い者にしたいのですか? これでは酒場の娼婦です」
破廉恥ドレス! ガーン。酒場の娼婦! ガ、ガーン。
ショックだった。これくらいの大胆さのドレス、前世の日本じゃ皆着てたよ。親戚の梓お姉ちゃんだって、式で着た。とっても奇麗だったよ。奇麗だった。
それが、酒場の娼婦って……。うう、この世界はまだまだ保守的だわ。
「アリス姉様、セシルのために自分でデザインしたい気持ちもわかりますが、やはり専門家に頼んだ方が良いですよ。ケーキはケーキ屋です」
結局、陛下に一流の服飾デザイナーを斡旋してもらった。なんだか、陛下に頼りっぱなし、こんなに頼り切って良いのであろうか?
エルシミリアが言いたくないのですが、とういう感じで言って来た。
「陛下にお頼りするの少し自重した方が……。極一部の人達ですが、『アリスティア様は、陛下の愛人だ』とか言ってるのがいます。こんなの、お父様とお母様の耳に入ったら大変ですよ」
なんですって! 下衆の勘繰りにもほどがあるわ!
と言いたかったけれど、良く考えてみれば、一伯爵令嬢に過ぎないのに、頻繁に王宮に出入りし、陛下と密談用の部屋で謁見。セシルのウェディングドレスの件でもわかるように、陛下への頼みごとも頻繁……。色々と協力してるからだけど、報奨金ももらってる。
うーん、これではちょっとねー。外側だけ見ると、愛人、援交と思われても仕方がないかも。
「陛下ー。お金ちょうだい、それに、あれしてー、これしてー」
ハハハ、乾いた笑いが出る。
最悪だ、以前から「陛下の側近」とは言われていたが、ついには「愛人」に。もう、男子は誰も寄って来ない……。私の未来は真っ暗!
「エルシー、私、結婚出来ないかもしれない」
「まあ、そんな。御労しい」
大丈夫、出来ますよって、言わないのね、エルシー。
「大丈夫です。お姉様がしないなら、わたしもしません。わたしが一生、お姉様の面倒をみます!」
「うう、なんて優しいのエルシー。私にはやっぱり貴女しかいないわ」
「わたし、お姉様のお世話、頑張りますよ。老後の排泄の世話だってやります。あんなの瞬間移動で、ちょちょいのちょいです!」
「それは止めて、それは! 絶対内臓持ってかれる! それだけはー!」
エルシミリアの意見に従って良かった。専門家に頼んでよかった。
出来上がった、ウェディングドレスは大変素晴らしいモノだった。艶やかさはないが、とても清楚で気品溢れるデザイン。仕立ても完璧。まさにバージンロードを歩むに相応しいドレスだった。
見ているだけで、惚れ惚れとする。セシルが実際にこれを着たら、どんなに素晴らしいだろう、式の当日が待ちきれない。
私のデザインで作らなくて良かった。セシルが酒場の娼婦にならなくて、ほんと良かった。
このドレスをセシルに渡した時のことは、一生忘れない。
セシルは私の目の前で泣いた、わんわん泣いた。彼女は、隠れて泣くタイプ。私もその時まで、彼女が泣くのを見たことがなかった。マーヤが詰られ蔑まれた選考会の件の時でさえ、泣き顔は見せなかった。
そのセシルが泣き顔を見せてくれた。これは彼女から私への信頼の証。なんという喜び、人から貰えるものでこれ以上のものはない。
これで、私のするべきことは殆ど終わった。式当日を待つだけ……。
と、言いたいところだが、私には、会っておかなければならない人がいた。
「ライオネル様。お時間をとって頂き、ありがとう存じます」
「いえ、こちらこそ。ゲインズブラントの双珠として御高名な、アリスティア様にお会い出来、光栄の至りです」
「双珠。今は、別の呼び方の方がよくされております。お聞き及びではございませんか?」
「何でございましょう。神々の巫女でしょうか?」
「いえ、違います。『陛下の側近』、『陛下の愛人』でございます」
「それは……」
ライオネル様の言葉が続かない。これは仕方がない。ライオネル様はとても真面目だときく、こういう台詞に対し、世慣れた切り返しなど無理だろう。
「後者の愛人というのは全くの出鱈目です。陛下のために申しておきます。ですが、前者の方はそれなりに真実に近いです。陛下や宰相閣下とは頻繁にお会いし、国の政策等検討させていただいております。ですから、それなりの力があるのです。これはわかって頂けますよね」
私はライオネル様に向かって、にっこり微笑んだ。とってもにっこりと。
「わかっております……。私はリーアム殿とも同僚です。貴女のことも、貴女のご家族、ご親戚のことも、わかっているつもりです」
彼の表情が、厳しいものとなった。私がこれから言うことの予想がついたのだろう。
「そうですか。それなら話が早くて結構。ライオネル様、セシルを絶対に不幸にしないで下さいませ。もし、あの子を不幸にしたら、私は全力をもって貴方を潰します。何なら、マドリガル伯爵家まるまる潰して上げます。私はそんなことはしたくありません。わかって頂けますよね?」
私のやっていることは恫喝。権力、力を傘に切る恫喝。
「お約束します。セシル嬢を不幸には致しません」
「そうですか。それは重畳」
「ですが!」
ライオネル様の顔つきが変わった。キッとした。良し、それで良い。ドンと来て!
「それは、私が夫としてセシル嬢に為すのであって、アリスティア様、貴女に言われたからでは、ありません。貴女に言われずとも、私は彼女を幸せにします。私は二十七歳、貴女の倍以上生きています。それくらいのことは弁えています。バカにしないで下さい。それに、いくらアリスティア様が強かろうが、権力があろうが、簡単には潰されませんよ。私には、二人の妻、家族、領民と守るべきものが沢山あるのです。侮って下さいますな!」
私は彼の目をじっと見た。目をみれば、本気なのかハッタリなのか殆どわかる。彼の視線には力があった。私の瞳孔を真っ直ぐに貫いて来る。ライオネル様は合格、彼なら大丈夫だ。
ライオネル様に向かって頭を下げた。
「申し訳ありません。別に力や権力を振り回すつもりは毛頭ないのです。ただ、私がセシルを思う気持ちを知ってもらいたかった。それだけです……。ライオネル様。セシルは優しい娘です」
「はい、私もそう思います。ソフィアも彼女の優しさに感動したとまで申しておりました」
「一度お会いしただけなのに、感動ですか……。セシルらしいというか」
セシルは相手のことを考えて行動できる。だから慕われる、コレットなど、セシルのことを実の姉のように慕っている。セシルがいなければ、コレットはこれほどスムーズに貴族社会に馴染めなかっただろう。本当に面倒見の良い子、優しい子だ。
「セシルは幸せになる価値がある娘なのです。ライオネル様、貴女が第一夫人のソフィア様を一途に愛しておられるのはセシルから聞きました。ですが、どうかお願いです。セシルも第一夫人と思って下さいませ。ソフィア様と同等の愛を注いでやって下さいませ。セシルは愛を貰いっぱなしにするような娘ではありません。同じくらい、いえ、倍以上の愛を貴方に、そしてソフィア様に返してくれるでしょう。そういう娘です。セシルはそういう娘なのです」
言いたいことは言った。もうこれ以上は何もない。
「貴女の言葉、胸に一生刻ませてもらいます。彼女を幸せにします。騎士として誓わせていただきます」
私は、マドリガル伯爵家、王都別邸を辞去した。
ライオネル様は、「騎士として誓う」と言ってくれた。私には騎士であるリーアムお兄様やオリアーナ大叔母様がいるのでよくわかっている。
騎士が「騎士として誓う」など、滅多に口にするものではない。これは命をかけた誓い、主君に誓う時にくらいにしか使わないもの。嬉しかった、本当に嬉しかった。
今回の縁談は私が紹介したもの。その縁談でセシルが不幸になどなったりしたら……。そう思うと気が気ではなくなりマドリガル伯爵家へと乗り込んでしまった。エルシミリアには、きっと怒られるだろう。
『お姉様、もっとスマートなやり方がありますよ。どうしてお姉様の方法は何時も泥臭いのでしょう』
きっと、そう言うだろう。
でも、許して欲しい。好きだの、愛だのは泥臭いもの。そうでない、好きや、愛は胡散臭い。とても胡散臭いのだ。私はそう思っている。
エルシー、貴女達のセシルへの愛だって泥臭い。
エルシー、そしてコレット、キャロライナ、サンドラ。貴女達、セシルへのプレゼント選び、何時まで悩んでるの? プレゼント候補リスト作ったり、色々な店を廻ったりしてるけど、全然決まらないじゃない。挙句の果てには、「プレゼントが決まらないのは、皆が好き勝手言い過ぎなのよ! ちょっとは妥協して!」って、怒鳴ってたのは、どなたさんだったかしら?
その後、皆に「一番文句言ってるのは、エルシミリア様です!」って返されてたのには、笑っちゃったわ。
ね、エルシー。貴女達の愛は泥臭い。だから本物。
セシルは幸せ者ね、本物の愛に囲まれて式を挙げることができる。
コングラチュレーション、セシル!
幸せになるのよ!
セシルよりキャロライナの方が年上。先を越されました。キャロライナはエルシミリアの侍女。エルシーが、頑張るしかありません。頑張れ、エルシー。作者は何も考えてないよ!