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セシルの縁談

 私の名前はセシル。セシル・フォン・ツバク。


 オルバリス伯爵家三女、アリスティアお嬢様の侍女です。私はもうすぐ十九歳。そろそろ、嫁ぎ先を見つけねば! と焦る年齢になってきました。でも、今はまだ、アリスティアお嬢様のお傍を離れたくございません。侍女をしていとうございます。


 それに、実のところ。嫁ぎ先など幾らでもあるのです。実家のツバク家からは、どこどこの家から、婚約の申し出があったと、ひっきりなしに連絡が届きます。これは、アリスティアお嬢様の御蔭です。私がお嬢様の侍女だから、男爵家の子女に過ぎない私に、申し込みが殺到するのです。


 これは余談ですが、私の妹のマーヤまで恩恵にあやかっています。第二夫人としてですが、子爵家へ嫁ぐことになりました。アリスティアお嬢様に頼まれたエリザベート奥様が仲介してくれたのです。ありがたいことです。お二方には、なんとお礼をいってよいかわかりません。


 マーヤは末っ子の七女、私の実家、ツバク家は子供が多いので仕方ないのかもしれませんが、父上も母上もマーヤには無関心でした。いてもいなくても良い存在。はっきり言って員数外の扱いでした。そのマーヤが第二とはいえ、子爵夫人。貴族の位としては、男爵家であるツバク家を超えるのです。


 マーヤが嫁げば、公式な場では、ツバク家の者は、いくら元家族の者であったとしても、マーヤを「マーヤ様」と呼ばなければならないのです。マーヤがアリスティア様とエルシミリア様の侍女選考に落ちた時、「家の恥さらし」だの「あなたなど産まなければ良かった」だのと罵った父上、母上、兄上達、姉上達、家族全員が、マーヤに「マーヤ様」なのです。


 なんて痛快なんでしょう。


 これは神々に、感謝の祈りを捧げるべきでしょう。私は両手を胸元で組み合わせました。


 神々よ、感謝いたします。よくぞ、アリスティアお嬢様に巡り合わせてくれました。もし、会えていなかったら、私もマーヤも、ろくな人生を……。


「セシル様、セシル様」


 私の祈りは 、コレットにより中断されました。コレットは私と同じくお嬢様の侍女。私は、妹のように思い可愛がっております。彼女は、アリスティア様、大好きっ子。元々利発な娘であるのですが、アリスティアお嬢様を好き過ぎるあまり、ちょっと変です。言動がおかしい時があります。


 最近、コレットは、なんとエトレーゼの次期女王、エメライン殿下と友達になりました。エメライン殿下もアリスティア様、大好きっ子。互いに大変馬が合うようです。もと平民と王族、身分差を乗り越えた美しい友情物語のようにも思えますが……。


 この二人が、一緒になると変さが、暴走し、変態の域へ突入します。この前など、昼寝をされているアリスティア様の足の臭いを、二人で嗅いでおりました。あの時の二人の恍惚とした顔。私もアリスティア様は好きですし、尊敬もしておりますが、さすがに、あの二人のような行動をとろうとは思いません。


 コレット、エメライン殿下。人には越えてはならぬ一線があります、ございます。自重を、どうかご自重を。



「コレット、どうしました?」


「アリスティアお嬢様が呼んでおられます。お嬢様のお部屋にお向かい下さい」


「わかりました。すぐ、参ります」


 はて、なんでしょう。今日のご用事はもう殆ど済んだはずですが…… まあ、行ってみれば、わかるでしょう。


 アリスティアお嬢様のご用事は、私の縁談話でした。


「セシル、この縁談は、第二夫人なんだけれど、とても条件が良いの。検討してみない?」


 お嬢様は笑顔ですが、微妙な笑顔です。私が実家での経験から、第一夫人を望んでいることを知っておられるのです。十二歳の主が、十八歳の私に、この気の使いよう。誠に申し訳なく思いました。


「そうでございますか。では、その条件をお聞かせ下さいませ」


 アリスティア様は縁談の詳細を教えてくれました。


 ・お相手のお家は、なんと伯爵家。


 ・持参金は不要。


 ・第一夫人は病弱、子供はいない。


 ・婚姻後、第二夫人になった後でも、本人の希望があれば、仕事(侍女)続けても良い。


「凄い条件ですね、というか呆れてしまいます」


 私は素直な感想を述べさせてもらいました。


 第一夫人は子供がおらず、病弱。これはもう第二夫人が、実質の第一夫人。この条件なら、格下男爵家、それも六女の私などを娶らずとも、伯爵家や侯爵家の令嬢を簡単に娶れるだろうに、どうして……?


「私もそう思うわ。でも一度、相手方とお会いしてみない? 貴女は、私の侍女を続けたいからと頑なに縁談話断ってるけれど……。セシルの気持ちは嬉しいのよ。ほんと嬉しいの。でも、時期を逸するのはね、花の命は短いわ。この縁組なら侍女も続けられるし、どうかしら?」


 お嬢様は、穏やかな笑顔で取り繕っておられますが、私への心配が、ありありと透けて見えます。



 自分のせいで、セシルが婚期を逸したりしたら……。



 主にこのような心配をかけるなんて、侍女失格です。私はお相手と会ってみることにしました。



 私の縁談のお相手は、マドリガル伯爵家のご長男、ライオネル・フォン・アーヴィング様。二十七歳。


 がっしりとした体格、鍛えられた筋肉、短く刈り込まれた灰色の髪。精悍な容貌も相まって、まるで騎士物語の騎士のようです。そして、実際にも騎士であり、近衛騎士団、第二分隊長だそうです。完璧にエリートです。


 お会いして早々に、ライオネル様が仰いました。とても言いづらそうでした。


「セシル嬢。このような話、大変失礼かと思いますが述べせて下さい。ご存じのように私には妻が、ソフィアがいます。私は彼女をとても愛しています。それ故、他の女性を娶るつもりはございませんでした。しかし、彼女は病弱故、子供を産めません……」


 ライオネル様は、逡巡されています。どう言ったら良いかわからないのでしょうか? 助けになるかと、私は言葉を繋ぎました。


「それで、世継ぎを作れる、子供を産める第二夫人を、ということですね。別に失礼でも何でもないと思います。ただ、どうして、私のような男爵家の子女などに申し込みをされたのか不思議に思います」


 何故、もっと家格の高い貴族家から娶ろうとしないのですか?


 ライオネル様の額には冷や汗がいっぱい浮いています。そんなに言いにくいことなのでしょうか。


「お怒りになられるのを覚悟で申します。貴女に申し込んだのは、貴女のお家が男爵家で、家格が低かったからです。それ故、申し込ませてもらいました」


「不可解ですね。普通はより高い地位、より高い家格を持つところと繋がりたい、縁を結びたいと思うもの。低いから娶りたいなど、聞いたことがありません」


「私はソフィアを悲しませたくはないのです。私は精一杯守っているつもりですが、子供の産めない彼女の立場は良いものではありません。そこに、家格の高い家、侯爵家や伯爵家出身の令嬢が、第二夫人として来たらどうなります。彼女の立場は奈落へ真っ逆さま、いくら第一夫人とはいえ、病弱、子供無しでは、家族や親戚、世間、そして使用人達からでさえ冷遇されるのは目に見えています。それ故、男爵家の六女の貴方に申し込ませてもらいました。本当に申し訳ございません」


 そう言って、ライオネル様は私に向かって、深々と頭を下げられました。


 この日はこれだけで、マドリガル伯爵家王都別邸を辞去しました。色々と考えてみたかったからです。


 あまりにもあっさり私が帰ってしまったため、ライオネル様は、今回の話は無くなったなと思ったそうです。それ故、私が連絡をとった時は大変驚かれておりました。


「ライオネル様。一度、ソフィア様に面会させてもらえませんか? いえ、ライオネル様はご遠慮下さいませ。二人でお話させていただきたいのです」


 連絡をとってから数日後、私はソフィア様に会うことが出来ました。


「セシル様、よくいらして下さいました。このような場所から申し訳ありません。私がソフィア。ソフィア・フォン・アーヴィング。ライオネルの妻です」


 寝台の上のソフィア様は、そう言って優しく微笑み、私を迎えてくれました。


 彼女は、血色が良くなく、痩せてはいましたが、儚げな美しさがある人でした。微笑まれると、二十歳をとうに過ぎているでしょうに、可憐な少女のようにも見えます。


 私は彼女の寝台の横に置かれた椅子に、腰を下ろしました。いきなり本題に入るのもなんですので、挨拶代わりに他愛のない世間話を幾つかいたしました。それらの話が終わりかけたころ、ソフィア様が、いきなり私の手を取って来ました。彼女の小さな手はとても美しい手。しかし、とても冷たい手でした。


 冷たい手の持ち主は心が温かい。これはアリスティア様の言葉ですが、本当かどうかは知りません。


 私はソフィア様を見つめました。


 何が言いたいのですか。言って下さいませ。


「セシル様、どうか今回の縁談をお受け下さい。私のせいで、あの人が詰られ叩かれ続けるのに私はもう耐えられません。どうか、お願いでございます。私とライオネルをお救い下さい」


 ソフィア様の目は大きく、湖の如く澄んでいます。


 その目には涙が溢れて来ました、大粒の涙が次々と流れ落ちて行きます。


 ソフィア様は、ついに泣き伏されました。



「お願いでございます、セシル様。どうか……」


十八歳で、行き遅れを心配するとは現代の日本では考えらえませんが、十五で姐やは嫁にいき、なんて歌詞もありますし、むかしはそれが当たり前だったようです。


以下、宣伝。


第三短編書きました。読んでやってくだせー。


『女衒から逃れた町娘は、騎士様と愛を紡ぐ。魔力、そんなもの必要ですか?』

 https://ncode.syosetu.com/n8885gh/

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― 新着の感想 ―
[良い点] 作者さん、更新はお疲れ様です! セシルさんも、家族関係が良くなくて、大変ですね。 コレットさん、エメラインさんはアリスさんに凄い熱情的ですね!それはそれで素敵だと思って興奮します、是非自制…
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