エリザベート
エルシミリアの魔力量ランク、変更しております。(他の話でも修正済み)
一文が、全く違う場所に挿入されていたミス、修正しました。
「紋無し」の設定を変更し「神棄」に。
昨日、お父様から瞬間転送魔術で手紙が届いた。
夫のロバートからリーアムの報告を聞き、お父様に連絡したのが一昨日。一日で返事が来た。まあ、予想通りの早さなので驚きはしない。しかし、昔は面会を申し出ても、十日以内で会えれば御の字、酷い時は一カ月以上ほったらかしであった。
私の名前は、エリザベート・フォン・ゲインズブラント。
オルバリス伯爵、ロバート卿の第一夫人。(第二以降はいない)
父はクラウメント侯爵、ベルノルト・フォン・ライナーノーツ。
私は七女。兄弟姉妹は計、十五人。いくら侯爵様でも、よくこんなに作ったものである。こんなに多いと息子、娘といっても親からの扱いが雑な者も出てくる。第三夫人の産んだ七女の私など、その筆頭かもしれない。
私の魔力量は「シルバーの下位」、侯爵家生まれの者としてはかなり物足らないランクだ。これが父の私への扱いの雑さに拍車をかけた。子供の頃からめったに会ってくれなかったし、大事な縁談なども、第三夫人である私の母親まかせ。その母も魔力量の多い姉達の時ほど力をいれてくれなかった。ロバートが求婚してくれなかったらどうなっていたことだろう。
それでも、七女といえど、魔力量が低いといえど、一応は侯爵家令嬢、容姿も悪くない(と自分では思っている)、なら、何もしなくても縁談や求婚など、いくらでも向こうからやってくると思われるかもしれない。確かに、申し出は多数あった。
しかし、やはり魔力量の少なさがネックとなるのか、来るのは第二夫人以降ばかり、私はそういうのは父の母への扱いを知っているので嫌だった。第一夫人としての申し出もあったが、それらは殆ど子爵、男爵からの申し出でばかり。さすがに侯爵家令嬢が子爵家、男爵家に嫁ぐのは辛いものがある。
「エリザベート様は男爵家へ嫁ぐのですって、なんてお心の広いお方なんでしょう」
「皆様、エリザベート様のおおらかさを見習わなくてはなくてはなりませんね。オーホッホ!」
サロンで私を嘲笑う貴婦人達の姿が目に浮かぶ。「オルバリスに来て欲しい、妻はあなた一人でいい」とロバートが申し出てくれた時は、涙が出そうなほど嬉しかった。
貴族社会の基本は「蹴落としあい」。これはいくら貴族階級上位の侯爵家令嬢とて逃れられない。昔は、これでは平民に生まれた方が、幸せなのではないかと思ってしまったこともある。もちろん、今はそんなことは微塵も思ってはいない。平民の生活は過酷だ。それに、力関係は永遠に固定されるものではない。何かがあれば簡単に動く、時にはひっくり返る。
父の私への扱いが激変したのは、アリスティアとエルシミリアを産んだ後。リーアムとアイラ(共に魔力量はシルバーの中位)の時は、お祝いの品が届いただけだったが、アリスティアとエルシミリアの時は、神官を連れて瞬間移動魔術を使い、跳んできた。(なんて魔力の無駄遣い!)
父が自領の神官を連れてきたのは、私とロバートが報告した二人の魔力量に半信半疑であったからだ。その神官が再鑑定を行い、「アリスティア、プラチナの上位」「エルシミリア、ゴールドの中位」の判定が間違っていないことが確定すると、父は私とロバートを褒めちぎってくれた。私に至っては
「エリザベートよ、良くやった。お前は、王家をも超える、最高の係累を我が一族にもたらしてくれた。これで、王家の圧力に怯える必要も無くなった。おまえはいつか何か凄い貢献をしてくれると以前から思っていたのだ。誇りに思うぞ我が娘よ!!」
と言って私の両肩をバンバン叩いてくれた。(産後で弱っていたのだ、もう少し考えて欲しい)あれだけ、粗雑に扱っておきながら現金なものである。
しかし、父の思いも分からないではない。クラウメント侯爵家は侯爵家筆頭、経済力的にも、軍事力的にも王家にとって大きくなり過ぎていた。ことあるごとに、賦役の供出や、蛮族、魔獣の討伐を命じ、クラウメントの力を削ごうと躍起になる王家への対応に父は苦慮していたのだ。父もある意味、苦労人ともいえる。幾人もの夫人を侍らせ、子作りばかりしていた訳ではない。
その父に私は報告と懇願の手紙を書いた。
『親愛なる父上様。王族間で、アリスティア、エルシミリアの争奪戦が始まりはじめたようです。オルバリスの力では王家に対抗できる由もありません。ご助力をお願いいたします。何卒、我が娘達を、父上の可愛い孫達をお守り下さい。伏してお願い申し上げます』
父は私達の願いを快諾してくれた。望むところだそうだ。
父に頼るのは、私もロバートも忸怩たる思いがある。しかし、そんなことは言っていられない。父が王家を牽制してくれている間に、なんとか娘達を守り、不幸にならないような方向性を見出さねばならない。
私とロバートは王族が動き出すのはもう少し後だと考えていた。貴族子女の縁談や養子関係の話は「眷属の紋章」が得られてからが普通だからだ。
貴族の子女は十二歳の誕生日の朝に、神々から「眷属の紋章」が与えられる。右手の手首の裏側に、十二柱の神々の、いずれか一柱の紋章が浮かびあがり刻まれるのだ。刻まれた紋章はその一柱の神に「眷属」として認められた証。
この証「眷属の紋章」を得ることによって、貴族子女達は魔術が上手く使えるようになる。この紋章を得ていない時期でも、ある程度の魔術は使おうと思えば使える。しかし、その為には術式を魔術教師や教本から学び、理解し、自ら構築するという過程を経ねばならない。どうせ、紋章がもらえれば、魔術を楽に使えるようになるのにと、わざわざ苦労して術式を学ぼうとする貴族は殆どいない。
けれど、夫のロバートは幼少期から術式に取り組んだそうだ。ロバートの弁によると『無駄ではない』。
実際、ロバートの魔力量は「シルバーの中位」であるが、魔術自体の効果は「シルバーの上位」の貴族に比肩する。私も昔から術式に取り組めば良かった。やってみようとロバートから教本を借りたが、頭が痛くなって一日で挫折した。あれは高等数学だ「論理! 論理! 論理!」。感情の嵐が吹き荒れる貴族婦女子の世界で必死で喘いでいた私には、最も遠いものだ。
私は夫を尊敬している。
そして、これは余談になるが、平民にも同じ年齢で神々のいずれかの一柱より「加護の紋」が与えられ、右手の甲に刻まれる。基本的には、加護の紋も、効力はかなり弱いけれど、眷属の紋章と同種のものらしい。
ほんと稀なことだが平民にも魔力を持つ者もいる、しかし、殆どと言っていい平民には魔力が無いのに、何故神々は全ての平民に紋を与えるなどという無駄をするのか? 愚かな人の身である私には全く理解できない。
話が少々脇にそれてしまった。戻そう。
貴族たちの縁談などが、動き出すのは「眷属の紋章」取得後であるのは、貴族子女なのに「眷属の紋章」を得られない者がいるからだ。こうなった者は「神棄」と呼ばれ、貴族社会から放逐される。「神棄」が起きる割合は約二十人に一人。
そういう訳で、紋章取得前に縁談や養子の話を進めて、もし「神棄」に当たってしまったら目も当てられない。だから、私とロバートはまだ時間があると思っていた。
しかし、王族は「神棄」のリスクを考慮にいれてでさえ、早く動くべきだと考えたようだ。それだけ(今だ皇太子が決まらぬを見ても)王族間の争いは泥沼化しているのだろう。
権謀術数が大いに飛び交っているだろうが、やはり最後にものを言うのは魔力量。アリスティア、エルシミリアを(いやここはアリスティアをと言った方がよいだろう)手にいれた方が【勝ち】だ。
王族から見て、エルシミリアはアリスティアの付属物だが、魅力的な付属物。姉妹間の結びつきが普通の姉妹より強い双子、その片割れのエルシミリアが得られれば、アリスティアに働きかけるのも容易になる。
私達夫婦は、魔力量の多い子供を望んだが、ここまでのランクは想定外だった。神々は匙加減をしらないのではないか…… ダメだ、こんな不敬なことを思ってはいけない。神々はあんな可愛い娘達を私達夫婦に与えて下さったのだ。私とロバートは親として為すべきことを為さねば……
扉がノックされ、エルシミリアの声が響く、
「エリザベートお母様、アリスティアお姉様をお連れしました」
その扉越しの声は少しくぐもって聞こえた。
「二人ともお入りなさい」
私は顎を引き、表情を整えた。
次回でようやくエリザお母様からのお話。作者の思う三分の一の速度でしか話が進みません。