二人の行先
カインとアスカルトについて、陛下の判断を仰ぐ日が来た。
私は今、王宮の謁見の間にいる。この部屋にいるのは、私を含めて四人。アレグザンター陛下は、宰相閣下と、陛下の第三妃ミリア様をお連れになっていた。
これだけで、陛下の二人への処遇が、わかってしまった。どちらも高待遇この上ない。
「アリスティア、二人の行先を決めたぞ。アスカルトは、当然だが、うちで引き取る、私の養女にする。ミリアが世話をしてくれるそうだ。コーデリアを、お主達に拉致られて淋しいらしい。ちょうど良い」
陛下の言葉は冗談めかされていたが、グサッと来た。あの時は、あれが最善だと思ってやったし、今でも間違ったとは思っていない。実際、コーデがうちに来ることで、大侯爵家、ライナーノーツ家と王家の親密さが強調され、国内情勢の安定化に、多大なる寄与をもたらした。しかし、一人の母親から、娘を奪ったことには違いない。そのことに関しては、後ろめたく思っている。それ故、ミリア様とは積極的には、いや、嘘はよそう、殆ど関わって来なかった。逃げていた。
「ミリア様。コーデリア様の件に関しては、誠に申し訳ございませんでした。コーデリア様への気持ち、母親としてのお気持ちを重々承知しながらも、国内情勢の安定化や、コーデリア様ともっと一緒にいたいという、自分達の欲を優先してしまいました。深くお詫びいたします。どうか、お許し下さいませ」
ミリア様は、可愛いタイプ。愛嬌はあるが、美人とは言い難い。とても、あの美少女の理想形とも言えるコーデリアの母親とは思えない。しかし、そっくりなところが一つある。それは目。ミリア様もコーデリアも瞳の色は、共に金色。美しいことこの上ない。
ミリア様は、その美しい瞳に愁いを湛えつつ、私の言葉を否定した。
「いえ、謝らなければならないのはこちらです。母親なのにコーデリアを救えず、貴女達に頼ることに……私が至りませんでした。アリスティア嬢、コーデリアが、今元気に普通に暮らせているのは、貴女達の御蔭です。感謝しています。ほんとうに感謝しているのです」
「あの、その、それは……こちらこそでございます。ミリア様」
私の返事はもにゃもにゃしたもの。どう答えて良いのかわからない。
「謝罪合戦はそれくらいにしておけ。最終的な判断は私がしたのだ、責任は私にある。そなた達はあまり、気に病むな」
「陛下……」
「陛下……」
「そうですね。責任者は陛下です。謝るべきは陛下です」
「ほんと、そうだわ。陛下が悪いのです、陛下が。謝ってくださいまし、陛下」
「ちょ、ちょっと待て、お前達。何でそうなる」
突如、タッグを組んだ、私とミリア様に慌てる陛下。いい気味である。先ほどの陛下の顔は『どうよ、この気遣い。素晴らしいであろう。感心したであろう、感謝したくなったであろう』という顔だった。男性のこういう感情には、私達女性は敏感である。絶対、感謝したくない、意地でもしない。
困り顔の陛下を尻目に、私とミリア様はアイコンタクトで笑いあった。
続いて、カインの話になった。予想通りだった。
「カインは、バーソロミューが養女にしてくれる。子供が息子ばかりでな、娘も欲しいとのことだ。そうであったな」
陛下が、隣に座る宰相閣下の方を見た。宰相閣下が頷く。
「はい、陛下。息子も良いのですが、そればかりだとむさくるしくて、いけません。一輪でも華が欲しくなります」
閣下は私の方へ向き直り、続けた。
「そして、その一輪の華が、アリスティア嬢の分身ともいえるカイン嬢なら、大歓迎です。ベイジル家をあげて、誠意ある、お迎えをいたします」
「勿体なきお言葉です。閣下」
私は、深く頭を下げた。
オールストレーム王国宰相、バーソロミュー・フォン・ベイジル。
四十九歳、爵位は伯爵(宮中伯、領地無し)、魔力容量はシルバーの中位。
陛下のバーソロミュー閣下への信頼はとても厚い。それ故、オールストレーム王国における権力構造において、陛下に次ぐ地位を持っている。はっきり言って、小国の王よりずっと力がある。そんなところにカインが……。事前の予想を上回る大物。ちょっとびびってしまう。
「閣下。養女といいましても、普段、カインは私と行動を共にします。それゆえ、カインが閣下のベイジル家は伺えるのは、多くても十日に一度くらいです。そのような、形ばかりの娘、養女ですが、良いのですか?」
心配げな私に、閣下は笑って答えてくれた。
「アリスティア嬢、『0』と『1』では全然違います。待望の娘を持てるのです。それくらい我慢しますよ」
ほっとした。
私は、カインの名目上の親を欲していた。しかし、その行為に対して、自己嫌悪を抱かざるを得なかった。自分の不注意で、母と兄を残して死んでしまった過去を持つ私は、どうしても、家族というものを神聖視してしまう。それなのに、カインの身元保証のため、どこどこの家族の一員という形だけ使わせてもらいたい。そう考えている自分が嫌だった。
まず、うちの養女にしてもらおうかとも考えた。でも、うちは、ゲインズブラント家は、聖女、ルーシャお姉様と、陛下の第五王女、コーデリアを養女にしている。これだけでも、他の貴族からの追従や、やっかみが凄いのに、明らかに異人種姿のカインを養女になどすれば、ますます注目を浴びてしまう。それでなくても、エリザお母様は、サロン等でへとへとになっている。これ以上負担をかけたくない。だから、陛下に頼み、他の家をさがしてもらったのだが、陛下は理想的な相手を紹介してくれた。
「陛下、宰相閣下にお声を掛けて下さり、ありがとうございます。なんとお礼を申し上げれば良いのか……」
「そうかしこまるな。カインは神々がそなたに遣わした者。粗末に扱う訳にはいかぬ。それに、カインはなかなか面白い娘であるしな。堅物の宰相に持って来いだと思ったのだ。カインなら、仕事に邁進するだけが人生ではないということを、バーソロミューに教えてくれるだろう。そうは思わぬか、アリス」
いや、思わぬかといわれましても。宰相閣下を目の前にして、そうですね、などとは言えません、アレグ陛下。
「それではどちらが親なのか、わかりません。親になるのは私です。教育するのは私なのです、陛下」
珍しい、宰相閣下が陛下に露骨な不満を表明している。普段の宰相閣下はもっと冷静沈着な人、感情を露わにすることなど滅多に無い。
「私は、昔から、もし娘が出来たら、教えておくべきと考えていたことが色々とあります。そういうことは、カイン嬢にもきちっと学んでもらうつもりです。家族に迎えるのです。カイン嬢に対して、私の出来ることは全力をもってやります」
「お前という奴は……」
強烈な意思表明をした宰相閣下に陛下は、少々呆れ気味だった。
宰相閣下は、ほんとうに、ちゃんと一人の人としてカインのことを考えてくれている。ちゃんと家族の一人として迎えようとしてくれている。嬉しい。
私は心の中で語りかけた。
カイン、良い縁組が見つかって良かったわね。宰相閣下なら安心だわ、何度もお話させてもらってるけど、立派な方だもの。
『そうだね。立派な人だと思うよ。でも、教育方法、スパルタな気がしない? 絶対スパルタだよ』
それくらい我慢しなさい。こんな良い話に不満なんて言ってちゃダメでしょ。
『別に不満を言いたい訳じゃない。どこの誰ともわからない、本当の人でもない僕を家族に迎え入れようしてくれてるんだ、感謝しかないよ』
そうよ、わかってるじゃない。
『僕には元々、親はいない。まあ、君の感情から生まれたんだから、君が親ともいえないことないんだけど、ちょっと違うよねー』
確かにね。お腹を痛めた訳でもないからね、アタシもカインの親とは自覚できないかな。(親愛の情はあるけれど)
『だから、楽しみだよ。義理とは言え、親が出来るんだ、娘としてちゃんと、やって行きたいよ。未経験のことだから、不安も少しあるけれど……』
未経験? 不安? そういうものがあるから楽しいんでしょ。わかり切ったもの、安全極まりないもの、そんなのばかりじゃ人生詰まらないわ。
『ああ、それは、わかってるつもりだよ』
カイン、貴女の人生は私、アリスティアのお守りばかりだった。申し訳なく思ってるわ。だから、少し一休みして、自分の人生を楽しんでよ。そうして、これは私、親モドキからのお願い。
『わかった。僕も楽しむよ、宰相閣下の娘、伯爵令嬢カインとしての生活をね』
カインが伯爵令嬢かー、何か笑えるわ。ほんとに出来るの?
『何をー。アリスティアが出来てるんだ、僕に出来ない訳がないよ』
カイン。一つだけ忠告して良い。令嬢として大切なことよ。
『大切なこと? 何?』
「僕」はダメ、「僕」は。令嬢は「僕」なんて言わない。
私は、最初から気になっていたことを、陛下と閣下に尋ねた。
「陛下、閣下。周りへのアスカルトとカインの出自の説明はどういたしますか? 光の精霊です。神々から与えられた使い魔です、とも言えませんでしょう」
陛下から答えてくれた。
「トレント国の知り合いで、没落してしまっているのがおるのだ。今でも一応貴族だが、長年貴族社会から離れてしまっている。そこの娘、アスカルトを引き取ったという形にする。つまり、私が、アスカルトを気にいり、もらい受けた体裁だ。もう話はついている」
「ああ、それならいけそうですね」
没落して、他の貴族と没交渉というのが良い。そうでなければ、アスカルトみたいな可愛い令嬢が、突如現れるなんて、おかし過ぎ。色々変な噂を立てられるのが落ちだろう。
では、カインの方はどうするのだろう。こちらはアスカルトより、ずっとハードルが高い。黒目黒髪の異人種の娘。養女に迎え入れるのに納得可能な説明をつけるのは容易ではない。如何に宰相閣下でも、と思った。それが、表情に出たらしい。
「アリスティア嬢、君は知らないと思うが、カイン嬢そっくりの少数民族が、大陸の東端、極東にいるのだよ」
「ええ! 東端って神々に見捨てられた地。誰も住んでいない筈では?」
「いや、いるんだ。あそこはアダマンタイトの鉱石がとれる。彼ら彼女らは、その生産に関わって暮らしている。交易、交流があるのは、我が国だけ。アダマンタイト鉱石やその製品は、全てオールストレームが独占している。それゆえ、あまり知られていないが、いるにはいるんだよ。カイン嬢はその民族の娘だと説明する。彼女は、極東に捨て置くには、あまりに勿体ない凄い魔術能力を持っている、だから、我が家に迎え入れる。これでなんとかいけるだろう」
うーん、前世の地球に比べ、この世界は小さいように日々思っていたけれど、私の知らないことが、いっぱいあるな。ことが落ち着き時間が出来たら、世界を回ってみよう。野乃の時に出来なかったことをしよう。
「さすが閣下です。諸外国との貿易を統括しているだけのことはありますね。世界をよく知っておられます」
私は、心からの賛辞を述べた。
こうして、カインとアスカルトの養女先は決まった。これが、貴族社会に通達されれば、彼女らは不審者にならずに済む。陛下と閣下には、感謝しなければならない。
アスカルトはともかく、カインは私の分身ともいえる存在。幸せになれるなら、なってもらいたい。その為には…… 令嬢教育! 私は少々自信がないので、エルシーにでも頼もう。ベイジル家に行く前に、マナーの基礎くらいは覚えさせなければ!
ふふふ、あれは結構大変だよ。苦労するがいい、カイン。令嬢の誰もが通る茨の道、私も通って来た道なの。頑張ってねカイン。私は生暖かい目で見守っているわ。
僕は、不安な日々を過ごしている。
不安の原因は、養女になることではない。養女の件も少々心配だが、これは楽しみの方が大きい。頑張って良い令嬢になろう。せめて、へっぽこ令嬢アリスティアよりはマシになりたい。
本当の不安の原因は、自分が、自分が思っていたより強くなかったことだ。僕は、魔術や神力を無効化できる。だから、殆どのものに勝てる自信があった。でも、それは傲慢な思い込みに過ぎなかった。
ドラゴンの生成する神力を、僕は抑制できなかった。僕が無効化する以上に、ドラゴンが神力を生成して来た。あの時、ドラゴンの使う神力の癖は解析出来ていた。それでも、追いつけなかった。ドラゴンは僕達を鼻で笑っていた。
こんな体たらくでは、アリスティアを守ることが出来ない。彼女に危害が及んだらと思うと、気が狂いそうになる。どうすれば良いのか? 日々、考え続けた。続けて来た。
いろいろと考えたが有効な方法は、これしかない。本当はやりたくない、僕をアリスティアの下へ遣わしてくれた葛城の神を裏切ることになる。でも、手段を選んではいられない。今は小康状態で、平和が保たれているが、いつ何時ことが起こるかわからない。悠長に考えていて良い時ではない。
キャテイ神。聞いているだろう、聞こえているだろう。
決めたよ、僕は貴女の眷属になる。
だから、紋章を下さい。
力を下さい、貴女の眷属、アリスティアを守れる力を。
お願いです、
神よ。
僕は結界を解除した。
カインより、アスカルトの方が令嬢に向いてないような。この世界には、お尻プー、なんて言ってる令嬢はおりません。