閑話 ・ エルシミリア ファンクラブ 第一回総会
「皆様、本日はお忙しい中、お集まりいただき誠にありがとうございます。では、エルシミリア様ファンクラブ『この世の天使、エルシミリア・フォン・ゲインズブラント 様を愛でる会』の第一回総会を始めたいと思います。司会進行は、不肖、わたくし、ベアトリス・オールストレームが務めさせていただきます」
マルドフォード公爵家令嬢、ベアトリス様が一礼しました。彼女は わたしの貴族学院でのクラスメイトです。
「では、皆様、我らが女神、エルシミリア様に拍手~!」
わ~! わ~! パチ! パチ! パチ! パチ! パチ! パチ! パチ! パチ! パチ! パチ! パチ! パチ! パチ! パチ! パチ! パチ! パチ! パチ! パチ! パチ! パチ~!
天使から女神に格上げされました。適当ですね。
ベアトリス様にお茶会に招待されました。彼女とは仲良くさせてもらっていますし、家格も、うちより高い公爵家、お誘いをお断りするなど考えられません。招待をお受けしました。
ただ、ベアトリス様のお家、マルドフォード公爵家邸宅に着いた時、少し変だとは思ったのです。沢山の馬車が、ひしめいて停まっておりました。不審に思ったのですが、まあ、マルドフォード公爵が寄子を集めて会議でも開いてるのであろうと思いました。それなのに…… ううう。
ベアトリス様が、ウインクで、挨拶を促してきます。ベアトリス様のウインク、可愛いです、可愛いですけど……。
仕方なく、立ち上がりました。わたしの目の前には、学院の生徒、男女取り混ぜ、二十数名が席についております。この方達全員が、わたしのファンクラブの会員だそうです。殆どが同級生ですが、中には上級生もいます。溜息しかでません。私は立ち上がりました。
「エルシミリアです。このような会を開いて頂き、光栄の限りです。謹んでお礼を申し上げます。ただ、皆様の貴重な時間を、わたしのような者に使って頂いて良いのか? そうも思います」
私は本音をオブラートに包みました。(みんな暇ですねー。外の世界は大変ですよ、エトレーゼとか)
「何をおっしゃるのです! 私達にとり、エルシミリア様と一緒に過ごせる時間ほど、有意義な時間はございません。皆さん、そうですよね!」
ブライアン様が、立ち上がり叫びました。この方はリッテン伯爵家のご長男。普段は冷静沈着な方なのに、人とはわからないものです。
一斉に賛同が湧きました。
「そうだ!」「そうです!」、「同じく!」「同じです!」、「その通り!」「その通り! 一番幸せな時間です!」
ベアトリス様がとどめを刺しにきます。
「エルシミリア様こそ、この世の至宝、この世の奇跡! 神々よ、感謝致します! よくぞ、エルシミリア様を同じ時代、同じ国に送り出してくれました!」
いえ、あの、その……、ベアトリス様、貴女、きっと目がお悪いのですよ。眼鏡を検討されてはいかがでしょう。
「皆様に、そのように思ってもらえる、わたしは幸せ者です。ありがとうございます」ぺこり。
もう、こう言うしかないです。こう言うしか。
わたしは、あのアリスティアお姉様と双子。それ故、お姉様の陰に隠れて来ました。わたしはアリス姉様の付属物。そのような位置づけで育って来たのです。一少女、エルシミリアとして評価されることはあまりなかったのです。ですが、学院に入学して、ファンクラブが出来ました。出来てしまいました。
アリス姉様に出来るのは、わかっていたのです。なんていったって、わたしのアリス姉様なのです。出来ない訳はありません。でも、わたしにも出来るとは思っていませんでした。
横断幕がかかっています。
『この世の天使、エルシミリア・フォン・ゲインズブラント 様を愛でる会』
なんですか、この会の名前は。恥ずかしいにもほどがあります。それに、微妙に背徳的な感じがします。地下で何やらやっていそうです。
思い知りました。わたし個人が注目されるのは性にあいません。わたしはアリスティアお姉様の陰で、ひっそり、こっそり、サポートするのが好きです。「あら、エルシミリアさんもいたのね」くらいが、ちょうど良いのです。日陰ライフ、最高! なのです。
などと、わたしの思考がモヨモヨしているうちに、愛でる会、第一回総会は進行していたようです。
「皆様、わたくし達、『この世の天使、エルシミリア・フォン・ゲインズブラント 様を愛でる会』、略して『エルシー会』は危機に陥っております」
危機! 第一回総会なのに、もう危機ですか? そんな会はダメです。解散してはいかがでしょう。
「第一勢力、アリスティア様ファンクラブ『超絶美少女といったら、アリス様、それ以外は認めない! 会』から遥かに離され、会員数は二分の一以下。それなのに、第三勢力、マシュー・フォン・アイレスク様ファンクラブ『こんな可愛いマシュー姫が女の子な訳がない!会』が台頭してきたのです!」
マシュー様? ああ、エメライン殿下の許婚の。確かに男の子にしては、やたら可愛かったけれど、そんなことになっているとは……。マシュー様、すみません。オールストレームが変な国ですみません。
「エルシー会のこの危機を見過ごせますか? 見過ごせませんね? 見過ごしてなるものですか!」
わ~! パチ! パチ! パチ! パチ! パチ~!
ベアトリス様、ノリノリですね。もう貴女の会にしては如何でしょう。
「マシュー様ファンクラブを突き放すため、アリスティア様ファンクラブに追いつくため、エルシミリア様の素晴らしさを世に広めるため、さらなる会員数の確保に挑まねばなりません!」
「会長、おっしゃることはわかります。しかし、無党派層を開拓することは、非常に困難です。そんなことをしてないで、勉学に励んだら? とか言って来ます。難しいです」
良かった。オールストレームにも真面な貴族子弟が残っていました。
「そんな揶揄で挫けるなんて、貴方のエルシミリア様への愛はその程度だったの!……と言いたいところですが、気持ちはわかります。これはモチベーションの問題です。モチベーションを上げていかねばなりません」
うん、うん、とベアトリス殿下は両手を腰にあて、一人納得しております。
「ですから、これから、会員皆様方のモチベーションが上がり、会員勧誘にも使えるアイテムを作成したいと思います。これが、あれば、勇気千倍、万の敵だって打ち破れることでしょう!」
「おお、なんと!」
「さすがは、ベアトリス様。こんなこともあろうかとですね!」
わたしには、彼、彼女達が、何を話しているのかわからなくなってきました。異世界に来た気分です。
ベアトリス様が一人の女生徒を手招きしました。
「ポーリーナ、こちらへ」
ポーリーナ様は初めてお会いするお方。眼鏡をかけておられます、眼鏡っ娘です。
「エルシミリア様、ご協力下さいませ」
わたしは、ベアトリス様に、ポーリーナ様の前に立つようにと指示されました。ポーリーナ様は何やら術式を唱えています。少し聞こえましたが、全く知らない術式です。何をしようとしているのでしょう? 少々不審に思い、結界を張るべきかと思った時、
「エルシミリア様、この子を見て下さいませ!、わたくしの愛猫です!」
ベアトリス様が真っ白い子猫を両手で持って、わたしに差し出しました。その子猫の、なんと可愛かったこと。わたしは子猫を受け取ると、その、あまりの可愛さに思わず頬擦りしたくなりました。しかし、寸前で止めました。相手はまだ小さい子猫、些細なことで怪我をするかもしれません。しかし、子猫の方から、わたしの頬に頭を寄せて来ました。
「ミヤァ」 なんて人懐っこいんでしょう! 体全体でわたしに甘えてきます。
可愛い、可愛過ぎます! この世にこんな可愛い生き物がいて良いのでしょうか。
「ねえ、ベアトリス様。わたしなんかではなく、この子を愛でましょうよ。その方が絶対楽しいですよ、そうしましょう!」
「いえ、それは、その~」
ベアトリス様は、子猫の可愛さに興奮する私に苦笑しておられましたが、他の皆様方も、子猫を見ようと集まって来られ、ほんとに「子猫様を愛でよう会」になってしまいました。しかし、その中にポーリーナ様はおられませんでした。どこへ行かれてしまったのでしょう?
結局、彼女は第一回総会が終わるまでに、戻って来ませんでした。
数日後、寮の部屋で静かに読書をしていますと、アリスティアお姉様が入って来ました。
「エルシーちゃ~ん」
姉様の顔がニヨニヨしています。お慕い敬愛するお姉様ですが、その締まりがないお顔、止めて下さいませ
「私が以前に、言った『写真』って覚えてる?」
「写真? 覚えてますよ。お姉様の前世にあった、見た光景をそっくりそのまま紙に写し取れるもの、でしたよね」
「そうそう、それ。わたし、この世界で、初めて、それと同じものを見たわ。驚きましたよ~」
「へー、そうなんですか。わたしも見たかったですね」
「見たい? 見たいの? ぬふ~~ん」
今日のアリスティアお姉様は変です。少々、キモイです。変なお薬でもやってるんですか?
「じゃじゃーん! ここにあります! さあ、ご覧あれー!」
アリスティアお姉様が、掌ぐらいの一枚の絵を私に差し出しました。しかし、それは絵ではありませんでした。どう考えても、筆やペンで描けるものではありません。現実がそのまま写っています。お姉様が言っていた写真そのものです。
そして、その写真(?)に写っていたものは、白い子猫を抱いた少女。まったく衒いの無い笑顔で微笑んでおり、ご丁寧にもソフトフォーカス(この言葉は後にアリス姉様から教えてもらいました)まで、かかっています。
はっきり言って、少女趣味極まるものです、ベタな題材に、ベタな構図。でも、その少女がアリス姉様だったら、わたしは驚喜したでしょう、しかし、悲しいことに、猫を抱いた少女は、アリス姉様ではありません。わたし、エルシミリアなのです。私の声が震えました。
「お、お姉様、こ、これを誰から?」
「ベアトリス様よ。愛でる会特製リアルポートレートだって。エルシーのファンクラブに入った人は漏れなく貰えるって宣伝してたから、入会して貰って来た。凄い人気だよ、アタシのファンクラブを抜くんじゃない? やったね、エルシー!」
ぎゃーー!
ベアトリス様のアホ、ボケ、カスー! なんで、こんな恥ずかしいもの配ってるのよ! もう、学院に行けない。いや、行くものか! 登院拒否よ、登院拒否!
うがーっ!
「何、恥ずかしがってるの? 良い写真じゃない?」
「じゃ、それ、アリス姉様だったということにして下さい」
「いや」
「即答じゃないですか!」
うう、それにしても、誰がこのようなモノを……
ポーリーナ様! ポーリーナ様よ。あの時、謎の術式唱えていたもの! 前に、ルーシャ姉様が、特殊な映像転写の魔術を使える者が出たって言ってた。それが、ポーリーナ様だったのね!
あの可愛い子猫は、この写真もどきを作るための姦計! ベアトリス様、ポーリーナ様、恨みますよ、一生恨みます。あんな会、潰れてしまえ~! うわーん!
「エルシー。この写真、ほんと良いいわー。私の部屋の机の前に貼っとくね。可愛い子猫に、エルシーの可憐な笑顔、癒される~! じゃあね、エルシー」
アリス姉様はルンルンで出て行かれました。抜け殻になった私を残して……。
こうして、私は、この世界初のブロマイドモデルとして、歴史に名を残すことになりました。ブロマイドという名称をつけたのはアリス姉様。前世では、この手のモノをそう呼んでいたそうです。
教訓。敵は身近にいる、重々、警戒を怠らぬこと。
心しましょうね。皆さん。
短編書いていたら、遅くなってしまいました。ご興味がおありの方は、読んでやって下さいませ。
「秘密・俺と公爵令嬢(悪役)の1000日」