アスカルト
「あら、その若さで難聴ですの? どブスと、言ったのですわ、どブスと」
アスカルトは、可哀そうな子を見る目で私を見ながら、二度も「どブス」を繰り返した。
私は頭が痛くなった。これが光の精霊? こんなのが、人々に幸運を運んで来てくれる光の精霊アスカルトなの?
それらしいの外見だけじゃない!
「誰が、どブスよ! 誰が! これでも、神の化身の如き美少女と言われ続けてきたのよ! あんた、どこに目をつけてんのよ!」
「Oh!~」
アスカルトは両の掌を上に向けて肩をすくめた。
「あなたは井の中の蛙で~す。世の中、全て比較の問題なので~す。美の頂点たる、このアタシ、光の精霊アスカルトの前では、あなたなど有象無象。『どブス』の称号がお似合いで~す。ユー アンダスタン?」
私の怒りは頂点に達した。いつから、「どブス」が称号になったのよ!
それに、何よ、その口調! そのオーバーアクション! エセ外人かー!
「もう許さん! 絶対許さん! 天誅を下してくれる!」
「ううっ」
急にアスカルトが、涙目になった。
「うわーん! そこの抜刀した怖いお姉ちゃんが、アタシをいじめるー! 子供らしいフレンドリーなジョークなのにー!」
誰が怖いお姉ちゃんだ! それに抜刀なんてしてないだろ! ウソつくなー!
と、息巻く私であったが、三人に止められた。
「まあ、まあ、アリス姉様。こんな子供に大人げない」
「アリス。心に余裕を持て。短気は損気だぞ」
「幼女に怒鳴り散らすなんて最低だよ、アリスティア。みっともない」
そして、一匹にも。
『スルーシロ。ソイツハ ヤクビョウガミダ カカワルナ』
へ? となって思わず、ドラゴンの方を見た。そこに、圧倒的な力を見せつけ、私達を嘲笑していた先程までのドラゴンの姿はなかった。ドラゴンの表情は人ほど豊かではない。それでも分かった。ドラゴンは、私に同情している。ドラゴンが同情……。
「あ、ブラックちゃんだ! 久しぶりー、百七十年ぶりくらいかなー。元気してた?」
アスカルトがドラゴンを見つけて、手を振った。
『オマエモ ゲンキソウ、ナニヨリ。デハ、サラバ』
ドラゴンはそう言うと、クルリと身を翻した。
「「「「 へ? 」」」」
私、カイン、陛下、コーデの四人は目が点になった。先程まで、私達をじっくり楽しんで殺す気満々だったドラゴンが、何もせず帰る? 帰ってくれる?
ホントに、帰ってくれるのー!
やったー! これからも生きれる! 生きられる!
人生を続けられる!
光りの精霊が幸運を運んでくるというのは本当だった!
ありがとう! ホントにありがとう!
精霊様! アスカルト様!
と、歓喜したのに。精霊様が空気を全く読まない。読んでくれない!
「えー、帰っちゃうの? 久しぶりなんだから、対戦でもしようよ。引き籠ってたせいで、体なまってるの。付き合ってよ~」
私達全員が、ムンクになった。あのムンクに。
『イヤ、オマエ ヨワイ。タタカッテモ オモシロクナイ。カエル』
ドラゴンはすげない態度。あくまでアスカルトには関わりたくないようだ。ホッとした、安堵した。
そうです、アスカルトの相手なんてしなくて良いです。早くお帰り下さい。お元気で~!
「ドラゴン様!」突如、シャロンの声がした。
シャロンは、私達とドラゴンの闘いに巻き込まれないように、気を失ったセイディを抱いて、離れたところへ避難していたが、いつの間にか戻って来ていた。
「私達も一緒に連れて帰って下さい! 私達はもう、殆ど魔力も神力も残っておりません。自力で帰ることができないのです。お願いです」
『アイ ワカッタ。ツレテユク』 ドラゴンは頭を盾に振った。
「ありがとうございます! ドラゴン様!」
シャロンは涙を流して喜んだ。そして、意識の無いセイディを抱きしめ、語りかけた。
「良かった、良かったですね。セイディお姉様……」
シャロンは、ほんとに姉のことが好きなのね。そう思うと、シャロンがエルシーに重なって見えた。
ダメだ、同情し感傷に浸ってる場合じゃない。頭を明晰にするために、きっちりと現状を把握しよう。
ドラゴンは何故かわからないが、アスカルトを避けたいようだ。まあ、理由は何でもよい。私達の命が助かる、ありがたい。そして、今回、教皇猊下立会いの下に開いたオールストレーム対エトレーゼの対戦は、無意味なものとなりそうだ。シャロンが降参の意を示しているので、私達の勝利は明確であるが、セイディとシャロンの二つ目の紋章の主であるドラゴンが出っ張って来た。このドラゴンが圧倒的な力を見せつけたため、私達が、勝者としての権利をエトレーゼに突き付けることが、大変難しくなった。いや、素直に認めよう。無理だ。
エトレーゼはクローディア陛下の統治には戻らない。セイディとシャロンの天下がこれからも続いてゆく。これは、ドラゴンをなんとかしない限り、どうしようもない。
「ブラックちゃんのイジワル! これでもくらえ! ライトニング スプラッシュ!」
ドギャーン!
黄金の光を放つ斬撃が、ドラゴンの後頭部を直撃した。いつの間にか天高く飛翔していたアスカルトが、ドラゴンの意志を無視して、勝手に攻撃を始めたのだ。これには私達は焦った、焦りまくった。
「アスカルト、止めろ! 精霊石の主として命令する、止めてくれ!」
陛下、その語尾は命令ではありません。お願いです。
「アスカルトちゃん、止めて。戦いたいなら、アリスティアがいくらでも戦うから!」
いや、あんたが戦えよ、コーデ。なんで私なんだよ。
「アスカルト、戦いは無意味だ。僕たちがすべきことは、互いを尊敬し、愛し合うことなんだ! ラブ アンド ピース!」
古い三流映画のラストの主人公か! カイン、あなた遊んでるでしょ、絶対遊んでるわ!
「止めて、アスカルト、お願いよ! 止めてくれたら、美味しいもの買ったげる(陛下が)、好きなのもの何でも買ったげるから(陛下が)!」
私達は精一杯、アスカルトを止めた、止めようとした。しかし、アスカルトは……
「シャイニング アロー!」 ビシューン!
「ヘブンズゲート サンダー!」 ダダーン!
「セレスティアル スピア!」 ズキューン!
「サニー バースト!」 バババーン!
聞いちゃあーねー。
「ほらほら、どうしたのブラックちゃん? アタシの華麗なる攻撃の前に、手も足も出ないのね。少しは抵抗してみなさいよ!」
ドラゴンはアスカルトに背を向け、立ち尽くしたまま。
「皆さん、どう思います? アスカルトの攻撃、効いてます?」
「効いてないな」
「効いてませんね」
「ドラゴンからしたら、肩や背中をポカポカ叩かれてる感じでしょうね。肩こりが解消されるかも」
それでも、アスカルトの攻撃は続いた。ドラゴンは黙ってそれに耐えていたが、さすがに耐え切れなくなったようだ。大きな翼を広げ飛び立つと、あっと言う間に、アスカルトの前に到達した。あの巨体で、あの敏捷性、恐ろしい、恐ろし過ぎる。
『イイカゲンニシテ アタシダッテ オコルワヨ!』
ドラゴンは空中でホバーしたまま、体を一気に回転させた。ドラゴンの巨大な尾が、鞭のようにしなり、アスカルトに直撃した。アスカルトは、彼方へとふっ飛ばされた。
「あ~れ~!」
「死んだな」
「死にましたね」
「可愛い子だったのに(外見だけは)」
「ご冥福をお祈りします、南無阿弥陀仏」
「勝手に殺すなー!」
アスカルトは元気いっぱいに戻って来た。そして、めげずにドラゴンに果敢なる攻撃を続けた。全く効いてないけど。ドラゴンはまた、そのへっぽこな攻撃に、かなりの間つきあっていた。
このドラゴン、けっこう良いドラゴンかも。アスカルトみたいなの、あんまし相手したくない。私だったら、こんなに我慢出来ない。
さすがに、ドラゴンにも限界が来たようだ。反撃を始めた。ドラゴンの攻撃は、毎度毎度 確実に、アスカルトにヒットした。はっきり言って、アスカルトはボコボコだった。それでも、アスカルトはドラゴンに立ち向かっていった。
私はアスカルトを見直した。アスカルトって強いんやな。
確かに、攻撃力は大したことはない。私達の方がマシなレベル。でも、耐久力がとんでもない。あのドラゴンの攻撃を何発も何発も受け続けても、めげずに突進する。突進出来る元気さがある。これは凄いことだ。私達なら十回以上、天国へお邪魔している。
『イイカゲンニシテ! アスカルトチャン!!』
ついに、怒りが頂点に達したのか、ドラゴンは本日、最大のブレスを放った。今までのブレスがマッチの火に見える……。
さっきから思ってたんだけど、ドラゴンの口調なんだか、変わって来てる? 少しずつ可愛くなっていってるような。
ブレスが消え去った後、残ったのは、真っ黒になったアスカルトだった。あれで生きてるとは、ほんと凄いわ。世界最強の生物の一種に認定します。
「うわーん! ブラックちゃんのバカ! こんなのじゃれ合いじゃない。それなのに、本気出すなんて酷い! アホ、アホ、アホー!」
『ジャレアイ ウソ。アスカルトチャン ホンキダッタ。メチャ ホンキ。ウソ、ダメ。ウソツキハ ドロボウ ノ ハジマリ』
「うー」
アスカルトは涙目になりながら、むくれていた。そして、ついに、人としてやってはいけないことを……。
「へーん。そんなイジワル言うなら。ブラックちゃんの昔書いたポエムを公開してやるもん。みんなー、聞いてー!」
酷い、酷過ぎる! なんて可哀そうなブラックちゃん。アスカルトの人でなし!
「私の心は、今日もブルー」
ドラゴンの顔が青ざめた。いや、黒竜なのだから、色的に青ざめるのは無理なのだが、私には青ざめているように見えた。
『アスカルトチャン ノ バカー! チノハテマデ トンデケー モドッテクンナー!』
凄い頭突きだった。あれほど強烈な頭突きは見たことがない。今のドラゴンの頭突きに比べれば、エルシーがコーデにやったものなど、ミジンコ。象とミジンコ、それくらいの差がある。
「あ~れ~!」
頭突きをくらったアスカルトは、遠く遠く地の果てへ飛んで行った。まあ、アスカルトのことだから、ピンピンしていることだろう。精霊石はここにある。そのうち帰って来るだろう。(実際、翌日帰って来た)
アスカルトから解放されて、落ち着きを取り戻したドラゴン、ブラックちゃんはシャロンとセイディの下へ戻って来た。
「シャロン カエルゾ。セイディ ト イッショニ アタシノ テニ ノレ」
「は、はい。ドラゴン様」
シャロンは今までのコントのようなやり取りを見ていたため、少々微妙な表情だった。アスカルトは、ドラゴンから、圧倒的強者としての威厳をはく奪してしまった。なんて恐ろしい子!
ドラゴンとシャロン達は、南の空へ帰っていった。
そして、そこら中焼け野原、地面がボコボコになったオークヘルム平原に残されたのは、私達四人。先ほどのシャロン同様、私達も微妙な雰囲気だった。
アレグザンター陛下が年長者として、口火を切ってくれた。
「まあ、なんだ。外交的には無意味な結末であったが、セイディとシャロンには勝った。それで良しとしようではないか」
私もカインもコーデも、それに同意した。そうでもしないと心が落ち込んでしまう。私達はドラゴンに全く歯が立たなかった。万能と思っていたカインの無効化でさえ、ドラゴンを制圧できなかった。そのドラゴンはエトレーゼ、セイディとシャロン側についている。気分が暗くなることこの上ない。
この後、帰り支度をしている時に、コーデが、こっそり言って来た。
「あの黒竜。ドラゴンとしては強過ぎます。私の知っていると言うか、十二柱から報告されているドラゴンの比ではありません。あれはドランケンが手を加えています。厄介です、厄介過ぎます」
ドラゴンより強い、強化ドラゴン。さらに、気分が暗くなった。
「じゃ、どうすれば良いの?」
「わかりません。ですが、不可思議に思っていることがあります」
「不可思議って?」
「他の十一柱のことです。彼ら彼女らはどうして、ドランケンがあのようなドラゴンを作り上げることを黙認しているのでしょう? 十二柱には厳格な協定があるはずなのに、不思議です」
このコーデに疑問に私は何も言えなかった。この世界の真の神様で会ったコーデにわからないことが、私にわかる訳がない。
しかし、心に引っかかっていることが、ひとつある。コーデが以前言った言葉。
ドランケンは愛情深い……。
行動原理の双璧は、欲望と愛だと思っている。ドランケン神の愛。それがこれまでの騒動の起点になっている。私には、そう思えて仕方がない。
私達はオークヘルム平原を後にした。
数日後に、もう一度来よう。土木魔術を使って、ボコボコになった地面を修繕しなければならない。他国の領土なのだ、いくら人が住んでいないとはいえ、このまま放置では、オールストレームの体面がたたない。
王都ノルバートに戻るやいなや、エルシミリア、コレット、エメラインが飛びついて来た。お父様、お母様、ルーシャお姉様、オリアーナ大叔母様、クローディア陛下ら他、多くの人達、皆が私達を待っていてくれた。
嬉しかった。また、皆と会えた。この人達と暮らしていける。なんて、幸せなんだろう。
だから、考えよう。この人達の幸せを守るために、私の幸せを守るために。
五百円玉に戻ったカインが、心の中で、話しかけて来た。
『アリスティア、未来のことは重要だよ。でも、そればっかり考える人生は、しんどいよ。だから、時には今だけを見て、楽しみ、愛しむんだ。このことは、以前に思い知ったはずだろう。さあ、言うべき言葉を言いなよ』
あれ、言ってなかったけ?
『言ってないよ』
簡単な言葉。いつも言っている。でも、皆の顔を見ていると泣けて来て、口が上手く動かない。エルシー、コレット、エメライン、そんなに泣かないで。私は無事戻って来たよ。これからも一緒だよ。
だから、ちゃんと言わせて。
「ただいま! みんな!」
愛してる!
エトレーゼ編は一応終わりです。学院に戻ります。解決編は少々後に。