ドラゴンぺしゃんこ大作戦
突如、来襲したドラゴンを前に。私達、人は呆然と立ち尽くすしかなかった。あのオリアーナ大叔母様でさえ明確な指示を、騎士達に出せずにいた。当然かもしれない。下手な指示を出した途端、惨劇の幕が上がるかもしれないのだ。様子を見る以外何が出来ようか。
『オマエタチ ユルサナイ』
ドラゴンの声が心の中に響いて来た。ドラゴンの発声器官は唸ったり、咆哮をあげたりすることしか出来ない、それ故、思念波を使って意志を伝えるという話を聞いたことがある。眉唾だと思っていたが、本当だったようだ。
しかし、言葉がたどたどしい。ドラゴンの知能はどれくらいなのだろう。話し合いが出来るくらいはあって欲しい。
『セイディ ト シャロン ヲ イジメタ。アタシノ ケンゾクヲ イジメタ』
あたしの眷属!
セイディとシャロンはドラゴンの眷属だったのか。それなら、セイディの左手にあった紋章に見覚えがなかったのも納得がいく。しかし、神々以外が人に紋章を与えたという話は聞いたことがない。何故、ドラゴンが……。
『ドランケンサマ ガ、オカアサマ ガ、ハジメテ ユルシテクレタ ケンゾク、ナノニ……』
やはり、背後に神々がいたか。よりにもよってドランケン神。以前、神々の性格や特徴をコーデリアに聞いたことがある。ドランケン神は、良く言えば、愛情深い性格。悪く言えば、執着心が強い性格だそうだ。
「ドランケンは私に一番なついていました。いつも私の傍にいました。それ故、世界を改変するために、十二柱を送り出す時は、彼女を宥めるのに苦労しました」
「もし、ドランケンに会うことがあれば注意して下さい。決して悪い子ではないのですが、変な会い方をすると厄介です」
変な会い方どころか、このままでは、最悪の会い方になりそう。
『オールストレーム キライ。コロス、ブチコロス……』
そんな! 短絡過ぎる!
私は思わず、ドラゴンに向けて叫んでしまった。
「 話し合いましょう! 話せばわかる、人類皆兄弟って言うでしょ! いや、貴女はドラゴンだけど、私、気にしません!」
「アリス姉様! ボケをかましてる場合ではありません! 早く逃げましょう! 瞬間移動で逃げるのです!」
エルシーに怒られた。しかし、エルシーもテンパってる。ドラゴンの周囲においては、ドラゴンから溢れ出る神力のせいで、瞬間移動が出来ないことは、ドラゴンとの戦闘報告で何度も記述されている。勉強熱心なエルシミリアが、それを知らない訳がない。
カインが私の方を見て、頷いた。私も頷き返す。カインと私は常日頃、心の中でやり取りしているせいもあって、意志疎通は、長年連れ添った夫婦レベルになっている。
皆を、逃がそう!
「ドラゴンの神力、どれくらいの間抑えておける?」
「十秒くらいならなんとかね。後のことを考えると、それ以上は御免被りたいよ」
カインの言葉にホッとした。それくらいあれば大丈夫。
「それじゃやるよ。タイミングを合わせてね」
私は瞬間移動の術式を組み始めた。一人で跳ぶのなら無意識でもやれる。しかし、今、組み始めている術式は、ここにいる何百人もの人達を移動させるための術式。そのあまりの複雑さに、紋章と頭がオーバーヒートしそうになるが、めげずに組み続ける。
出来た、組みあがった。それと同時に、カインがドラゴンの神力を無効化にかかった。私達の周囲から神力が、潮が引くように消えて行く。
「全ての空間はメビウスの輪、ここは彼方、彼方はここ。跳べ、己が故郷へ!」
私は、一気に術式を解放した。
私の渾身の大魔術が、同心円状に波及してゆく、人々が次々に転移して行った。平原が、人がいない本来のオークヘルム平原に戻って行く。成功だ。
私の他に、平原に残っている者は、カイン、アレグ陛下、コーデリア。
この三人は、神力に対抗出来る力を持っているので、残ってもらった。最初は、私を含め、全員で逃げようとも思ったけれど、それは止めにした。ここで逃げてもドラゴンは追ってくるだろう。王都になんて来られたりしたら、最悪なんてものではない、この世の地獄が現われる。
だから、ドラゴンは、ここで叩く。なんとしても!
そして、もう二人残っている。セイディとシャロン。彼女達も意図的に残した。ドラゴンは彼女達のことで怒っている。その彼女達を勝手に転移させたりすれば、さらにドラゴンは怒るだろう。そんなことは避けるべきだ。恐ろしいドラゴンを、さらに恐ろしくするなど、愚の骨頂。
しかし、二人を転移させなくても、ドラゴンが怒っていることには変りない。
『オマエタチ、ナニヲシタ、ナニヲシタンダ!』
ドラゴンがブレスを放って来た。超高温の火炎攻撃、魔術にも似たような技は沢山あるが、ドラゴンの火炎には、神力が含まれている。魔術で防ぐのは不可能だ。カインは先ほど、ドラゴンの周囲の神力を一気に無効化したため、このブレスを無効化しきるのは難しいだろう。つまり、私はピンチ、大ピンチ!
ああ、死ぬ~! 死んでしまう~!
なんて、勿論ならない。陛下とコーデがいる。私とカインの前に立ち、盛大に吹き付けて来る、巨大な火炎を防いでくれている。
「暑い! 暑いのです! 父上もっと頑張って下さい!」
「何を言う! 今まで休んでいたコーデリアこそ、頑張れ! 私はもうヘトヘトだー!!」
陛下は、まだまだ元気なようだ。安心した。
ドラゴンのブレスが、漸く止まった。周囲の平原は見るも無残な焼け野原。皆を瞬間移動させておいて、ほんとに良かった。あれだけの人数を私達で守り切るなど、絶対無理だ。
カインが手を上げて、軽く笑った。回復したようだ。よし!
「カイン、陛下、コーデ。三人でドラゴンの神力を抑えて下さい。いかなドラゴンでも、神力を失っている状態なら魔術は効く筈です。その間に、私が全力で攻撃かけ、制圧します」
私の提案にコーデが疑問符を付ける。
「うーん、ドラゴンの鱗はとっても強靭です。殆どの攻勢魔術は通じませんよ」
「大丈夫、私が使うのは重力魔術。鱗が幾ら強靭でも関係ない。超荷重をかけてやる。何十倍、何百倍、何千倍! あんな巨体、耐えられる訳無いよ!」
私の自信満々な説明に、皆の表情が少し明るくなった。
「いけそうですね」
「良い案だ」
「アリスティアにしては、すごく真面な案だね。驚いたよ」
カイン、やっぱりその捻くれ直しなさい。褒める時は、ちゃんと褒める。基本だよ。
「それじゃ行くよ! ドラゴンぺしゃんこ大作戦、開始~!」
私が叫ぶと同時に、三人が散開した。三方向からドラゴンを取り囲み、制圧するために。
コーデの声「センス古~!」が聞こえたが気にしない。その言葉、あんたにはブーメランだから、ブーメラン。
ドラゴンは、私達の行動を完璧に放置した。
『ナニヲシテモ ムダ。ジックリ コロス、タノシマナケレバ ソン』
何を余裕ぶってるの。それは負けフラグ、後で泣いても知らないわよ。
三人が予定の位置についた。三人は、三者三様の力を、たたみ掛ける。
「無効化が最強なんだよ、覚えておけ!」
「精霊石に宿しアスカルト、光の精霊アスカルトよ、我に力を!」
「なめないでよね。貴女の親の親よ、敬いなさい!」
うーん、自分がノリで言ってる時はまだ良いが、人のを聞くのは辛い。どうしても、厨二病に思える。やっぱり寡黙がいいね。不言実行、これこそが至高。
三人の共同攻撃は素晴らしい効果を示した。ドラゴンから溢れ出ていた神力が一気に消えて行く。今、ドラゴンの体を満たしてるのは魔力粒子のみ。
いける! これならいける!
「オリハルコンの私をなめるなよ! くらえ! 最強荷重八千G! 耐えれるものなら耐えてみろ!」
私は第一魔力槽を全部使って重力魔術展開しドラゴンに叩きつけた。とっても大量の魔力粒子を使った、先ほどの集団転移の倍以上は使っただろう。
うう、気分悪い、第二槽からの補給が追いつかない、完全に魔力切れ。
「グギャー!」
ドラゴンが悲鳴を上げた。当然だろう、ドラゴンには八千Gもの重力、荷重がかかっている。これで何ともなかったら、それはもはや、生き物ではない。生き物でないものは倒せない。ゴーストバスターズにでも来て頂こう。
凄まじい重力にさらされたドラゴンは完璧に地面に押さえつけられている。そして、その地面も荷重に耐えかねているのか、すり鉢状に凹んできた。大丈夫かな? 荷重かけ過ぎ? 地殻が割れて、大地震なんか起こったりしないよね? この世界に来て、一度も地震を経験していないけれど、元、日本人としては大変心配だ。
コーデが私の下へ戻って来た。
「アリス姉様、この荷重、いつまで続くのですか?」
「使った魔力粒子の量からみて、後三分くらいかな」
「それで、いけます? 大丈夫ですか?」
「今、ドラゴンにかかっているのは、八千Gよ。一匹のドラゴンに八千匹分の荷重がかかっているの。魔術が切れる頃には、ドラゴンの骨はバキバキ、内臓だってどうなっていることか。安心して、大丈夫よ」
「そうかなー、ドラゴンが悲鳴上げたの最初だけだけど……」
私は、コーデの言葉をちゃんと聞かなかった。
「ねえ、カイン、陛下。そう思いますよね?」
続いて戻って来ていた二人に私は同意を求めた。二人とも力を出し切り、疲労の色が隠せていない。ご苦労様です。おかげで、魔術をぶつけることが出来ました。
「そうだな、そうだと良いな」
「いけるといいね。アリスティアの予想どおりに進むことを、僕も祈るよ」
二人からも思っていたような返事は戻って来なかった。
「ほんと皆、心配性ねぇ。見て、ドラゴンのこの有様。超荷重にやられ、ほんとにペシャンコ。目や口でさえ開けられない。もう、このドラゴンは終わってる、終わってるんです」
『オワッテル? ダレアガ オワッテルノ、ダレガ?』
頭の中に、ドラゴンが声が響いて来た。びっくりしてドラゴンを見た。強烈なGは未だかかったまま、ドラゴンは地面にへばりつけられたまま。
なんだ、強がりか。驚かさないでよ。そう思った。思ったのに……
ドラゴンは、ゆっくりと眼を開き、私達を嘲笑うかのように口元を歪めた。
そして、首を持ち上げ、その巨体を立ち上げた。
三人とも呆然となった。
「ウソでしょ。八千Gよ、八千倍の重力なのよ、こんなこと有り得る訳がない」
私はそう呟いた。しかし、有り得た。ドラゴンは自分の健在性を見せつけるが如く、翼を広げてさえ見せた。巨大なドラゴンが、さらに巨大に見える。
ドラゴンに比べると、人は矮小な存在。当たり前のことだ。私は、わかってるつもりでいた。でも、いただけだ。わかっていなかった、全くわかっていなかった。
『オマエタチ オモシロイ。ジカンヲ アゲル。モット、タノシマセテヨ モット』
心の中にドラゴンの声は響いていたが、もう殆ど聞いていなかった。
ドラゴンは本物の化け物だ、こんなものに、どうやって勝てば良いのだ。
もう私達には為す術がない。
ダメ。本当にダメ……。
全身に震えが走り止められない。絶対の自信を持っていたものが崩れ去っていった。魔術、魔力量、カインの力でさえ……。
ゲインズブラントの双珠、大陸一の魔力量を誇る 神々の巫女として、称えられた少女の姿は、ここにはない。あるのは、無力な少女、何でも出来る、才智を尽くせばドラゴンにだって勝てると勘違いしていたバカな少女の姿あるだけだ。
殺される、殺されてしまう、私は十二歳。まだ、学院に入学したばかり。これでは野乃の時より酷い。
涙が溢れた。
また、私は愛する人達を残して死ぬの?
皆を悲しませるの?
ロバート父様、エリザベートお母様、オリアーナ大叔母様、ベルノルトお祖父様、リーアムお兄様、アイラお姉様、ルーシャお姉様、コレット、セシル、ローレンツ、ナンシー、キャロライナ、サンドラ、ユンカー様、エメライン、皆の顔が浮かんだ。そして……
エルシミリア!
私の半身。自分の命より私が大切だと言ってくれた妹。
もう会えない、もう二度と会えない……
淋しい、淋しい。
死にたくない……
死にたくない! 死にたくない!
嫌だ! 嫌だ! 嫌だ!
死ぬのは嫌だー!
誰か、助けて、助けてよ。
これじゃ同じ、前と同じじゃない!
イヤ――――ッ!
もう私の顔は涙でぐちゃぐちゃ、完全にパニックになっていた。でも、それを、アレグ陛下が救ってくれた。
陛下は私の両の肩を掴み、言い聞かすように、言ってくれた。
「アリスティア! 気をしっかり持て。まだ手段は残っている。残っているんだ。望みを捨てるな!」
「陛下……」
私は涙を袖で拭った。陛下の顔がちゃんと見えるように。
陛下がこんな状況なのに微笑まれていた、不思議な安心感が湧いて来て、私の心を包んだ。
この人は強い。魔力量が私より遥かに少なくても、断然私より強い。私を守ってくれる。助けてくれる。何が起こるかわからない、この恐ろしい世界を生きるための拠り所となってくれる。
この人に任そう。この人に命を託そう。
私は陛下に取り縋った。
「陛下、私達を助けて下さい! 私達を守って下さい! 今の幸せな人生を続けさせて下さい! お願いです、アレグ陛下!」
「何を当たり前のことを言っているのだ。アリスは私の娘も同然だ。死なせたりするものか。コーデリアもカインも死なせはせん。安心しろ」
そう言って陛下は私の頭を撫でてくれた。陛下の手が少し震えていた。陛下だって恐ろしいのだ、怖いのだ。それでも、必死で頑張ってくれている。頼れる大人を演じてくれている。私の心に感謝の気持ちが満ち溢れた。陛下の傍にいれて嬉しい、幸せだ。
後になってだが、コーデが、あの時の私はまるで、恋人に取り縋る娘のようだったと言ってきた。何を馬鹿な、と私は答えたが、コーデは私の答えなど無視した。そして淋しそうに笑って言った。
ねえ、アリス姉様。「妹」、「娘」、私達の人生はどうして、こんなのばかりなんでしょう。
この時のコーデはとっても大人に見えた。ずっと上の大人に。
「陛下、残っている手段とは何ですか? 僕には想像がつきません」
「父上、私もです。隠し玉でもあるのですか? あるなら教えて下さいませ」
カインとコーデが、私達のやり取りに焦れて、陛下に尋ねてきた。コーデが私を睨んでる。目が言っている。
『いつまで、お涙頂戴をやっているのよ。しっかりしなさい!』
ごめん、コーデ。ほんと、ごめんなさい。
「別に隠してなどおらん。目の前にあるではないか、これだよこれ」
と言って、右手を私達の前にかざした。その手の中指には、金糸雀色の宝石がついた指輪が嵌められている。
「精霊石? それが残っている手段なのですか?」
陛下はとっくに使っている。陛下の意図がわからない。
「精霊石は、光の精霊アスカルトを封じたものだ。それを、今から壊す。アスカルトを解放する。石に封じられていてさえ、あの威力だ。解放されたアスカルトの力はきっとすごい筈だ。試してみる価値はある」
私はオーラモードに目を切り替えてみた。確かに、精霊石の中から凄いオーラが出ている。とんでもない光力だ、とても見ていられない。以前、オリアーナ大叔母様を見た時も、目をやられるような光に驚いたが、次元が違う。これなら、もしかしたら、ドラゴンに対抗できるかもしれない。
「ただ、自由になったアスカルトが、私達に協力してくれるかどうかはわからない。しかし、もう他の手段がない。やってみよう。アリスティア、その剣で精霊石をたたき割ってくれ」
そう言って、陛下は指輪と外し、近くにあった大きな石の上に置いた。
私はアダマンタイトの剣を抜くと、上段に構えた。目標物はとっても小さい、外さない様にしないと!
細心の注意をもって剣を振り下ろそうとした瞬間、精霊石から閃光が炸裂した。
「「「「 目が! 」」」」
私達は四人は、目を押さえてのたうった。そして、女の子の怒鳴り声がした。
「アホかー! アタシのお家を壊す気かー!」
奇麗なソプラノ。とっても幼そうな声、全く怖くない。
私は、必死で自分の目に回復魔術をかけ続けた。全員同じことをしたようだ。そして、ようやく見えるようになった。そして、そこにいたのは。
白いワンピのドレスを着た、とっても可愛いい金髪ロングの女の子。
ほわほわした巻き髪が素晴らしく美しい。年は六歳くらい。でも、すぐに人ではないことがわかる。何故なら、彼女は半透明な羽根を持ち、清らかな光を放ちながら宙に浮かんでいる。まさに(大きさ以外は)私達、人が思い描く精霊そのもの!
その女の子は自己紹介を始めた。
「アタシは光の精霊アスカルト。この世界で、一番可愛くて、可憐で、美しくて、愛らしい、奇跡の存在よ。どう? 崇めたくなったでしょ。さあ早く崇めなさい。崇めるのです、アタシのお家に乱暴狼藉を働こうとした、そこのどブス女。さあ!」
アスカルトを名乗るその女の子は、私に向かってそう言った。神の化身の如き美少女と、称えられる私に向かって。
この時、私はドラゴンのことを忘れていた。完全に……。
「ねえ、アスカルトちゃん。今、何て言ったの? 今、何て?」
コーデはきちんと恋をしたことがありますが、アリスはありません。このあたりが如実に出ています。