共闘
20/05/30 エルシーのセリフ変更しました。
「オールストレームはなんて外道なの! こんなの対人に使う魔術じゃない!」
「お姉様! 全力で止めましょう! それしかありません!」
セイディとシャロンが悲鳴のような声をあげた。さすがに、これほどの大攻勢魔術を向けられれば、焦りもしよう。しかし、彼女らは、曲がりなりにも神力を使っている。神力は魔力の上位互換。私達の放った魔力球がいくら巨大だとはいえ、受け止めること、対消滅させることは出来るだろう。
それに、私達は外道ではない。
もし、セイディとシャロンが止めることに失敗しても、彼女らも後ろの騎士団も、死にはしない。元々、そのような場合、魔力球自体が瞬時に収束するように、陛下も私も術式を組んでいる。
私はクローディア陛下に約束した、「セイディさんやシャロンさんを殺したりはしません」。約束は守る。
セイディとシャロンは、神力で防隔を、盾を作り魔力球に対抗して来た。
魔力球と盾が、火花をあげてぶつかり合った。どちらも、高密度のエネルギー体。それらが、超高圧で、互いを擂り潰しあい、対消滅してゆく。そのせいで、大気の帯電量は臨界に達し、青白い放電が草原中で発生し、雷鳴を響かせた。まるで空間自体が悲鳴をあげているようだ。
その凄まじい光景に、その場にいる誰もが身動き出来なかった。後でエルシミリアに感想を聞いたところ、とてもファンタジックな絢爛たる光景、まるで神話の世界にいるようでしたとのこと。
確かにね。魔術が溢れている、この世界でも、これほどの魔術スペクタクルは滅多にない。まるでCG映画だよ。
魔力球と神力の盾の力のせめぎ合いは長く続いた。二つの力は拮抗しているように見えた。しかし、セイディとシャロンが本気を出した。
「いい加減にしろー!」「消えろー!」
ギャース!
彼女達の神力の盾の輝きが一気に増し。どんどん私達の巨大魔力球を飲み込んでゆく、消滅させてゆく。敵ながら、天晴。褒めてつかわそう。
「アリスティア、あの二人が叫んだ時、何か他の声、咆哮のようなものが聞こえなかったか?」
「聞こえました。近くに魔獣でもいたのかもしれませんね。まあ、もう逃げちゃったでしょう」
「魔獣か。魔獣狩り、最近はとんと行ってないな。今度一緒に行くか?」
「はい、御供いたします」
などと悠長な会話をしていると、二刃の斬撃が襲ってきた。陛下と私は、即座に神与の盾を展開した。
パリン! パリン! あっさりと破ってくれた。普通の斬撃ではない、神力を含んでいる。
『精霊石!』
『カイン!』
二つの斬撃は、どちらも届かなかった。陛下に向かったものは途中で爆散し、私に向かってきたものは、あたる寸前で消滅した。服が少し切れた。この騎士服、オーダーメイドなのに!
カイン! ちゃんとやってよ! いきなり傷物になっちゃたじゃない。
『ごめん、ごめん。あの二人の神力、ちょっとちがう、純粋な神力じゃないんだ。それで解析に手間取ってしまった。もう、癖は掴んだから、大丈』
カインの弁解を最後まで聞いている暇はなかった。セイディとシャロンは次々と攻撃を繰り出してきた。今度はあちらのターン。純粋な魔術による攻撃は殆どなかった。全ての攻勢魔術に神力が含まれていた。神力に魔術では対抗出来ない。陛下は精霊石に、私はカインに、頼るしか術はない。
私達は、彼女達の攻撃を悉く防いだ。防ぎ切った。こうしてれば勝てる。これも作戦のひとつ。しかし、
「陛下、おかしくありませんか? セイディとシャロンはゴールドの下位だった筈。これだけの魔術を放てば、もう、そろそろ魔力切れを起こして良い頃です。ですが、全くその気配がありません」
「だな。何かズルをしてるのであろう。もう魔力切れを狙うのは止めだ。行くぞ、物理戦!」
「はい!」
私は、腰に下げた剣に手をやった。黒光りする剣、アダマンタイトの剣を、鞘から引き抜いて構えた。この剣もオーダーメイド。陛下が、手にしているような大柄な剣は、私には扱えない(陛下の剣も勿論アダマンタイト)。それ故、細身の軽い剣に、せっかくなので、反りをいれて日本刀風に仕上げてもらった。めっちゃカッコイイ。
剣道は小学生の頃、少し習っていた。基本は出来ている……? まあ、いいや。シャロン、セイディ、今から刀の錆にしてくれる! フン! フン!(素振り)
「剣? バッカじゃないの。私達の攻撃を受け取めるのが精一杯のくせに、近寄れる訳ないでしょ」
「来れるものなら来てみろ、これでも喰らえ!」
「喰らうか! バカモノ!」
シャロンが火烈弾を放って来たが、陛下が防いでくれた。
陛下、精霊石の使い方、ほんと上手くなられました。コーデに叱られまくった、あの苦労は無駄ではありませんでしたね。
陛下と私は左右に別れてダッシュした。機動性を使う作戦に切り替えた。当たり前のことだが、止まっている的は当て易いが、動いている場合、当てることは格段に難しくなる。しかし、強力な魔術を使える者ほど、魔術万能主義に陥り、これを忘れてしまう。魔術に頼りっきりになり、機動性の担保である体力強化を疎かにしてしまう。
どんなに強力な魔術でも、当たらなければなんてことはない。
私は駆けに駆けた。彼女達が狙いをつけにくいように不規則なジグザグな軌道をとった。
「くそ、この小娘、どうしてこんなに速く!」
セイディの、怨み言が耳に心地よい。
私が速いんじゃない。魔術にばかり目がいって、体力強化を蔑ろにしていた、あんたらが悪いのだ。はっきり言おう、セイディ、あんた鈍くさい。
カインがセイディが出した神力の盾を消去した。彼女はもう眼前にいる!
「しまった!」
セイディが愕然として、お約束のセリフを吐いた。もう、遅いよ!
私は上段から、彼女に向かって、一気に剣を振り下ろした。この剣に、刃は付けていないし、力も加減している。打撲はあっても死にはしないだろう。
当たった感触はあった。あったけれど…… なんと、セイディは私の剣を左手で受け止めていた。
ウソでしょう。いくら刃を殺してあるとはいえ、力を加減したとはいえ、アダマンタイトの剣を振り下ろされて、無事な訳がない。素手で受け止められる訳などない。
剣の刃先をみてみると、セイディは左手の手首の裏で、私の剣を受け止めていた。とっさに左手で庇ったのだろう。
剣が当たった衝撃のせいだろうか? ブレスレットが壊れて外れ。紋章が露出している。ブレスレットの御蔭で受け止められたのか? いや、そんな筈はない。紋章隠しのブレスレットは常時使うもの故、非常に軽く出来ている。剣を受け止める強度などありはしない。では、どのようにして……
……紋章! 紋章自体が受け止めたか!
そう思った瞬間、セイディの左手の紋章が、光を放ち、私は後方へ跳ね飛ばされた。なんとか転倒を免れたものの、私は、この対戦で初めて、本格的な焦りを感じた。
セイディの左手にあった紋章は、どの神々のものでもなかった。キャティ神を含め、あのような紋章は見たことがない。未知の神がいるのか? いや、それはない。コーデリアが十三柱しか作っていないと明言している。では、他に紋章を与えられるような存在が……
『アリスティア! 前だ! 前を見ろ!』
カインの声で我に返った時、セイディが私に向かって、剣を振り下ろそうする瞬間だった。私は、なんとかそれを、横にした剣で受け止めたが、思わず屈んでしまったが為に、とても悪い体勢になってしまった。上にのしかかって来るセイディを押し返せない。
セイディの奴、剣など持っていなかったのに何時の間に? 彼女の後方にエトレーゼの騎士がいるのが見えた。あの騎士が渡したのか! 途中で補給を受けるのはダメな約束だ。相手は形振り構わずになってきた。そろそろ決着をつけなければ……。
陛下! 陛下はどうしてる! 私はセイディの剣を必死で押し返しながら、陛下を探した。
ギィン! ギィン!
剣と剣がぶつかる音が聞こえたので、すぐに見つかった。私の左後方で、シャロンと剣を切り結んでいる。シャロンも陛下もかなり息が上がっている。いや、若いシャロンはそうでもない。陛下はもう五十三、あの調子では、これ以上の戦闘は辛いだろう。早く、終わりにしてあげないと、陛下に何かあったら、コーデや皆に申し訳が立たないし、自分自身を許せない。
陛下が一緒に戦ってくれと、言ってくれた時、陛下を止めなければと思ったのと同時に、とっても嬉しかった。それだけ、この人は私を信用してくれている。そう思うと心が暖かくなった。その信頼に応えたい。いや、応えねば!
私は今、幸せだ。素晴らしい家族がいるし、周りには大好きな人がいっぱいだ。だから、
愛する人を、愛する人達を守ろう!
それが出来ないなら、何のための二回目の人生! 何のための(MY神様がくれた)優遇措置!
虚しく死んで、愛してくれた人達を悲しませた野乃の負債を返さなければ! ここで負けたら、また負債を背負ってしまう。もうこれ以上、背負ったら自己破産者。そんな者に私はなりたくない。
この戦いには勝つ! なんとしても絶対に勝つ!
債務者から脱却して、堂々と人生を歩むの。
私はアリスティア。
もう、野乃じゃない。
虚しい終わり方なんてしない。
してやるものか!
カイン! 仕方ないわ、あれをやりましょう。もう終わらせる。これ以上、セイディとシャロンに付き合うなんて、真っ平ごめんよ。
『やるの? 別に良いけど、卑怯に見えるよ。それに、猊下や枢機卿への説明が厄介だよ。それでもやる?』
やる。こっちは卑怯じゃない、最初から持ってる。卑怯なのは向こうよ、セイディもシャロンも後から剣をもらってる。説明の方は、私がなんとかするわ。カインは心配しないでいいよ
『わかった。じゃ、やるよ。やるからね』
返事は良いから早くして。セイディがしつこい! 何時までも押して来る、もう腕の力が持たない!
目の前にセイディの顔が有る。もの凄い形相だ。眉間に大きな皺が寄り、大きく見開かれた目が、ギラギラと光り、私を睨みつけている。セイディがさらに強く剣を押し付けて来た。態勢が悪すぎる。もう、十秒も耐えられない。最後の一押しをセイディがかけて来た。
「この糞ガキがー!」
「くっ!」
その瞬間、私の左側で閃光が走り、一人の黒髪の少女が現われた、もちろんカインである。私の足元には、破れた子袋が落ちている。私は最初から、腰の左に、カインを入れた子袋を提げていた。カインがいつでも野乃になれるように。共闘できるように。
突然、真横に表れたカインに、呆然とするセイディ。そのセイディに向かって、カインが微笑んだ。なんて冷たい微笑み。私はカインを初めて恐ろしいと思った。
「もう終わり、終わりだよ。セイディ」
そう言うやいなや、カインは右拳をセイディの腹に叩きこんだ。プロボクサーのような奇麗なフックだった。
ドガッ! 「うげっ!!」
セイディは口から盛大に唾をまき散らしてくれた。私の顔にも、彼女の唾が沢山かかった。
「汚いなー、もう」
私は、唾を服の袖でぬぐいながら、地面に転がり、のたうち回っているセイディを見下ろした。カインのフックは、胃を直撃していた。胃の周辺には太陽神経叢があり、そこを打たれると、とんでもない激痛に襲われる。(これはボクシングも好きだった晶兄さんの受け売り)
カインは既に、陛下の援護にまわっている。あちらもすぐに決着がつくだろう。
さて、セイディをどうしてやろう。
拷問を受けたクローディア陛下の痛々しい姿が瞼に浮かんだ。
セイディとシャロンは、自分の母親、クローディア陛下を拷問し、妹、エメラインにいたっては、殺意を持って刃を向けた。許せない、それ相応の報いを受けさせねばならない。
私は、セイディの長い髪を左手で乱暴に掴み、彼女の頭を引きずり上げた。苦悶に歪んだその顔は、涙と鼻水でぐちゃぐちゃだった。クローディア陛下似の、それなりに整った顔をしているのに、こうなってしまっては見る影もない。
「さあ、歯を食いしばりなさい! 貴女がやったことを貴女に全部返してあげる!」
私は、右の拳を大きく振りかぶった。
上には上がいます。セイディとシャロンはもっと想像力を持つべきでした。