対戦開始
エメラインの姉達との対戦に、見届け人として参加するのは、エイスト教会関係者のみとなった。
最初は、諸国の王も招いての対戦が考えられていたが、対戦中に魔力や神力の暴走が起こった場合、安全を確保するのは難しいとの結論に至った。
臨席下さる、教皇猊下及び、数人の枢機卿(在エトレーゼ、在オールストレームを含む)の安全確保は、近衛、オリアーナ大叔母様率いる第一、の両騎士団と、コーデリア、エルシミリアが担うこととなった。
そして、当然だが、ルーシャお姉様と数名の回復術師も控えている。怪我人が出ない保証はない、聖女様、回復術師らは必要不可欠な存在である。
「クローディア陛下、エメライン殿下。ご心配なさらないで下さい。セイディさんやシャロンさんを殺したりはしません。少々痛い目をみてもらいますが、当然の報いですので、ご理解下さいませ」
女王陛下とエメラインには、王都に留まってもらうつもりだった。彼女らの娘や姉と、私達が戦うのを、二人に見せたくはなかった。しかし、女王陛下もエメラインも流浪の身であっても、私達はエトレーゼの王族、きちんと見届けたいと出席を強硬に要望してきた。
「アリス様、せめて私だけでも! そうでなければ、私達は自らの王朝の揉め事を、完全に他人任せにした恥知らずになってしまいます。どうか、お願いです!」
涙目で訴えるエメラインに私は勝てなかった。彼女の心は強い、ならば、見ていてもらおう。力に奢った者達がどうなるかを、姉達の末路を。
王都に残るクローディア陛下を御慰めするため、ロバートお父様とエリザベートお母様に、オルバリスから来てもらった。
「お父様、お母様。陛下と私は万全の準備をもって臨んでいます。それに、陛下には精霊石、私には印がございます。心安らかに私達の帰りをお待ち下さいませ。必ず勝って帰ります。それまで、クローディア陛下のことを、よろしくお願いします」
二人とも、陛下と私に勝てる者など、この世にいないだろう。心配などしていないよ。頑張って、陛下をお助けしなさいと言ってくれた。しかし、言葉とは裏腹に、表情がめちゃくちゃ心配そうだった。
すみません。親不孝な娘です。帰ってきたら、慎ましやかで清楚な令嬢になります。いえ、なりたいと思います。(あくまで努力目標……)
私達が対戦する場所、オークヘルム平原は、九州ほどの広さを持つ全く未開発な平原。少々もったいないような気もするが、この世界の人口では開発できる余力がない。前世の人が溢れていた地球とは違う、はっきり言って過疎、大陸自体が過疎ってる。それに、重機がなく、魔術に頼るばかりなのに、魔術が使える貴族は人口の十分の一以下。これでは、盛大な開発など、夢のまた夢である。
この世界に来たのが、私ではなく晶兄さんだったらと、つい思ってしまう。兄さんは工学部。機械関係はとんでもなく強い。きっとこの世界の経済に革命を起こしたことだろう。機械なら平民でも使える、人口の九割をも占める平民の経済力が一気に上がる。貴族との格差が減少する。
この世界の皆、ごめんね、私みたいな中坊では殆どお役に立つことが出来ません。知識は力、ほんとそう思う。特に理系の知識……。うう、文系でごめんなさい。
「陛下、そろそろ太陽が南中します。始めませんか」
「そうだな、始めるか」
アレグザンター陛下が手上げて合図を送った。教皇猊下が立ち上がり、伝声の魔術を使い宣言された。
「私、教皇コルネリオは神の代理人として、この対戦を承認し、見届ける。両者、正々堂々と戦い、おのが理を証明してみせよ。始めよ!」
私は眼が良い、マサイ族並み、4.0くらいはあるだろう。猊下が「神の代理人として」と言った時、セイディの片方の口角が上がった。完全に猊下を小馬鹿にしている。シャロンの方は、なんの反応も示さなかった。この娘の方がマシかもしれない。
セイディ、猊下だって、いまや二つの紋章持ち、お前達となんら変わらない。人を馬鹿にするのもいい加減にしろ。
それに、二つめの紋章によって猊下の得た能力が素晴らしい。セイディ達のように戦闘に使えるものではないけれど、世の中の役に立つという意味では、ルーシャお姉様並み、いや、それ以上かもしれない。猊下の得た能力は『気象予測』。
猊下の気候や気象の予測精度は、八割を超える。日本の気象庁並み、世界に与える恩恵は、計り知れない。気候変動による対策ができるようになるので、食糧難は確実に減る。餓死者の根絶も夢ではないだろう。
余談だが、対戦日の決定にも、猊下の予測は貢献した。雨の中、泥だらけで戦うなんて嫌、遠慮したい。でしょ?
陛下と私は、セイディとシャロンを睨みつけた。
彼女達の遥か後方には、二人の連れて来たエトレーゼの騎士団が控えている。数はあちらの方が多いが、どうでも良い。エトレーゼの騎士団などオリアーナ大叔母達の敵ではない。
「アリス、作戦通りにな」
「はい、陛下」
私は高速術式を使い、セイディとシャロンの周りに防隔、神与の盾を展開した。私が展開した盾は普通の板上のものとは違い、半球状。つまり彼女達を完全に閉じ込めた。続いて陛下が術を使われた。
「####!」
土系の魔術、グレートウォール。私が施した半球状の防隔の周りから、分厚い、土の壁が一気に立ち上がった。高さは三階建てのビルディングほど、到底、越えれる高さではない。
私の防隔は第八段階の超強度のもの。陛下の魔術も同じく八段階ゆえ、ただの土壁ではない、対魔力コーティングがなされた、最強の土壁。普通の騎士ならば、なす術はない。
バリン! ドドン!
陛下と私の魔術はあっさりと打ち破られた。
「まあ、そうであろうな」
陛下の目が半眼になった。
「ですね。見て下さい、あの得意げな顔」
セイディめ、にやにやしやがって……。
「折木さん、私、ムカつきます」
米澤先生の本、読みたいな。える との仲どうなったんだろ?
「おれきさん? 誰だそれ?」
私達、二人は次々と攻勢魔術を放った。火炎系の、火炎弾、火烈弾。風、水系最上位の斬撃、風嵐の刃、水爆の斧。光系の、雷撃、滅破光。魔道具も使った、魔槍、魔弓。
陛下と私は、特に私には、無尽蔵とも言える魔力がある。出し惜しみせず、バンバン使った。
「効いてないな」と陛下。
「全然、効いてませんね」と私。
セイディとシャロンは私達の攻撃を、腕を一振りするだけで、悉く跳ね飛ばした。それに、あいつら、高速詠唱すらしていない。まあ、これは当然かも。コーデによれば、神力は詠唱を必要としないらしい。ちょっと反則である。
「ねえ、シャロン。ノルバートの奇跡とやらを起こされた、アレグザンター殿のお力ってこの程度なんでしょうか? あまりにもしょぼ過ぎ、ほんとにしょぼい魔術ですわ」
セイディは陛下にだけ言及した。私は彼女にとって、口にする価値もないようだ。小娘と思って完全に侮ってくれている。私の名前は大陸でもそれなりに知られている、侮って良いと判断できる相手ではないことは容易に分かる筈なのに……。セイディはもう少し情報の価値を認識すべきだ。
私の中で、セイディは馬鹿、との判定が下った。
「ですね、お姉様。でも、もう少しお強くなってもらわないと、私達退屈してしまいます。おーほっほほ」
退屈かー、そうかー、退屈なのかー。では少し楽しませてあげよう。私は高速術式を唱えた。
「ほぇ?」 ドテン!
私達を嘲笑っていたシャロンが、いきなり右側にひっくりこけた。
「シャロン、あなた何やってるの! 対戦中なのよ、しっかりしなさい!」
セイディがシャロンを叱りつける。しかし、シャロンは……。
「お姉様! これは敵の見えない攻撃です! 結界を、結界を張って下さい!」
あら、簡単に気づかれちゃった。エメラインの話だと、シャロンは少しとろい、とのことだったけれど、前回、私とエメラインが瞬間移動しようとするのも、直ぐに見破ったし、とろいというのは間違いかも。セイディの陰に隠れているだけ、本当に注意すべきなのはセイディより、シャロンなのかも。
「アリスティア、今、どんな魔術を使ったのだ? 私には全く見当がつかん」
アレグ陛下が、呆れ顔で尋ねてきた。どうして呆れ顔なんですか? 凄いな、お前って顔して下さいよ。
「シャロンの左側の重力を遮断したのです。重力魔術です。発展させれば、空をも飛べると思います」
「重力魔術? そんなもの聞いたことないぞ。それに、空をも飛べるって、大革命ではないか。とんでもないことだぞ」
陛下の顔は、言葉とは裏腹、さらなる呆れ顔になった。全然喜んでない。少しは褒めて下さい。
「以前から、この世界に無い方がおかしいと思っていたんですよ。やってみたら出来ました。かなり高段階のレベルを必要とする魔術ですが、陛下なら出来ますよ。後でお教えしますね」
陛下の顔がようやく嬉しそうになった。
「ああ、頼むよ。人は長生きしなきゃいかんな、未知の驚きが沢山ある」
ほんとそうです。その言葉、享年十五歳だった私には身につまされます。
もう一度、重力魔術をシャロン達にかけてみた。バチン! 結界に阻まれた。まあ予想どおり、神力を使われると、魔術はとっても分が悪い。
セイディが勝ち誇った。
「小賢しい手はもう通用しないわよ。貴方達の相手をするのも飽きて来たわ。そろそろ終わりにしてあげる」
セイディの高慢ちきな顔、見るのも嫌だ。馬鹿はだまっていろ。私は彼女に向かって言った。
「そう、終わりにしてくれるの、だったら私達の方から先にやってあげるわ」
「あら、糞ガキが何を言ってますの? 私達にはどんな攻撃も通用しないと、まだわからないのですか?」
私は、糞なリプライを返してくるセイディを無視して、陛下の方を見た。無言でも伝わる。
陛下、あれをやりましょう! 詠唱も魔力の充填もとっくに終わってます!
こちらもだ、やるか!
陛下と私は、天に向かって両の掌を高く掲げ、大きな声で、同時に叫んだ。
「「 アルティメット・ディザスター! 」」
以前、暴走したコーデが使おうとした「神の怒り」とも呼ばれる大攻勢魔術。最大限に使えば、一つの都市をも滅ぼす戦術級の大魔術。
巨大魔力球が瞬時に出現した。陛下と私の魔力粒子を混ぜ合わせて作った合作。超おっきいよ!
「「 !! 」」
シャロンとセイディの目の色が変わった。さすがに彼女達にも分かったのだろう。こんなものを、まともに喰らったら、彼女達は消し飛んでしまう。後ろのエトレーゼの騎士団も同様、存在した痕跡さえ残らないだろう。
「「 いっけええええ! 」」
陛下と私は、裂ぱくの気合と共に、その超高密度のエネルギー体を、シャロンとセイディに叩きつけた。
この世界には貴族達が気づいていない魔法が多々あります。勿体ないです。