十二聖国へ
故郷で三日休んだ後、私はコーデリアと一緒に王都へ戻って来た。
コーデに来てもらったのは勿論、対神力の練習のため。まずは、私の練習に付き合ってもらった。私の練習は簡単。コーデに色々な神力を使ってもらって、カインに解析させる、それだけ。
「サンプルを十分もらったから、僕の神力への解析力は格段に上がったよ、これなら、エメラインの姉達が、少々強力な神力を使って来たって慌てなくて済むよ。ありがとう、コーデリア」
野乃の姿のカインがお礼を述べた。最近、カインは野乃の姿になることが多い。まあ、コインのままだと、他の人とコミュニケーションする場合は、かなり面倒。それに、相手も人の姿の方が絶対やり易い。コインに向かって話しかけるのなんて、とってもシュール。私は何をやってるのだろう? になる。絶対なる。
「そう、それなら良かったわ。カインは優秀ね、さすがに葛城の神が遣わしただけのことはあるわ」
「でしょ、もっと褒めて」
カインはよほど嬉しかったのか、頭を少し下げてコーデに差し出した。媚媚である。こやつ、頭を撫でて欲しいのか!
昔の自分のこのような姿を見ると、私は、うげっ と思ってしまうのだが、コーデは違うようだ。普通に微笑んで、カインの頭を撫でてあげている。
「よしよし、カインは良い子ねー。良い子、良い子」
さすが元神様、私より人間が出来ている。でも、私には無理。カインと私の関係はもっとドライ。それで良い。そうでないと私が暴走した時に、止めにくい。カインが皮肉屋なのも理由がある、そう思っている。
「ふふふ、でも葛城の神、あれだけ高位の神なのに、なんで、土地神なんてやってるの? 普通あの方のクラスなら、最低でも惑星担当でしょ」
「神様やるのに疲れたんだって。ほんとはやりたくないけど、辞められないのでしかなく、一番責任の軽いのを、とか言ってた」
「あー、わかる。私なんて、即逃げちゃったもの。わかるわー、同類ね」
いや、コーデ違うでしょ。すぐに放り出したあんたと、それなりの所まで頑張り、今でも、土地神とはいえ、神様やっておられるMY神様を、同類とか言わないでくれる。その辺りの線引きはちゃんとしようよ。
私の練習、もとい、カインの練習が終わると、次は、アレグ陛下。
陛下には、コーデがエルフへの先祖がえりを起こしていることは、知らせたくなかったのだが、今回ばかりは無理。ルーシャお姉様や、エメラインの姉達のような、二つの紋章を貰った例外はともかく、普通、人は神力を扱えない。扱える人種はエルフだけ、コーデが、神力を使った瞬間、気づかれてしまうだろう。隠し通すのは不可能だ。
「奇麗な形、奇麗な耳だ。ユンカー様の耳そっくりだよ」
陛下はそう言って、コーデリアの左の耳を軽く撫でられた。
「父上、くすぐったいです」
「おお、すまんな」
コーデのへにゃけた顔での抗議に、陛下は笑って謝罪されたが、すぐに悲しそうな目になった。
「コーデリア、すまない。私の子供に生まれたばかりに、このようなことになってしまった。私も皆も、お前を残して遥かに先に死んでゆく。お前はそれを見送り続けねばならない。ほんとにすまない、コーデリア」
「父上、そんなに謝らないで下さいませ。私は父上の娘に生まれて、幸せです。誇りに思っております。それに、先祖がえりと言いましても、私は純粋なエルフではございません。ユンカーのように、何百年も生きるとは限らないのです。未来は不確定です。案外百年くらいで、あの世。『コーデ婆さんは、長生きだったね』で終わるかもしれませんよ」
「そうだな、そうかもしれん、そうかも」
コーデは優しいな。陛下を慰めるために嘘を言った、言ったと思う。コーデの使う神力は、ユンカー様の全力に比べて、全く遜色がない。完璧な先祖帰りだ。たぶん、コーデはユンカー様並みの寿命を持っていることだろう。
コーデより遥かに短い寿命しか持たない私達に、出来ることは僅かしかない。だから、時間を大切にしよう。楽しい時間を共に過ごし、暖かい記憶をコーデに残して上げよう。出来ることを頑張ろう。
「さあ、そろそろ練習しましょう。時間は待ってくれませんよ!」
私は精一杯、快活な声を出した。
ドガーン!
「どわあぁ! ちょっと待て、コーデリア! もっと加減してくれ! 加減を!」
「加減なんかしてたら、練習になりません。獅子は我が子を鍛えるために千尋の谷に落とす、と言います。頑張ってくださいませ、父上!」
「それは反対じゃ、親を千尋の谷に、つき落としてどうする! おわぁ!」
バキーン!
「そんなこと気にしません! ほら、父上、もっと精霊石を、精霊力を使いこなすのです、使い方がなってませんよ!」
ドドーン!
「無理言うな! 私は初心者なんだ! もっと優しくしてくれ!」
「しません! 私の教育法はスパルタ式なんです、スパルタ式!」
「すぱるた式! なんだそれは! どうしてお前にしろ、アリスにしろ、謎の語句ばかり使うんだ! 何故だ!」
ドギャーン!
「おわわ!」
まあ、これも楽しい時間ではある。ではあると思っておこう。陛下、親子の触れ合いは大切でございます。少々の苦労は我慢下さいませ。
このようにして、コーデリアによる特訓が行われ、私も陛下も、神力に対抗する力を得た。エメラインの姉達の使いこなす神力のレベルがきちんとわからないので、完全とは言い難いが、エトレーゼ王宮の転移防止結界に含まれていた神力量を見る限り、たぶん大丈夫だろう。
対、エトレーゼの準備は着々と進んでいる。月末にあった諸国の王や教皇猊下を招いての、亡命政権発足式も無事終わった。後は、エメラインの姉達に、国の代表同士による、対戦、決闘を、打診するだけだ。対戦をのんでくれると良いが……。
そして今、私は、ルーシャお姉様、ノエル殿下と共に十二聖国へ向かっている。
この訪問は、私的なものではない、オールストレーム王朝の特使としての訪問である。訪問の目的は二つ。
一つ目の目的は、
教皇猊下、コルネリオ・ラットゥアーダ様に、仲介を、二国の代表同士の対戦をエトレーゼに打診してくれるよう頼むこと。陛下から直接打診するより、大陸人口の殆どを信者とするエイスト教のトップ、教皇猊下からの提案とした方が、相手もまだ受け入れやすいだろう。
そして、二つ目の目的は、
教皇猊下へのお礼である。教皇猊下は、この度発足したクローディア陛下の亡命政権が、教会が支持する唯一のエトレーゼ王朝であることを、大陸中に向けて示してくれた。発足式にて、クローディア陛下にエトレーゼ女王としての認証を、再度行ってくれたのだ。
大陸諸国においては、王位の交代が行われる時、必ず教皇猊下による、王位認証の儀式が執り行われる。この認証が行われていない、エメラインの姉達の王朝はエイスト教的には全く認められるものではない。しかし、エメラインの姉達から教会へ、認証儀式の要請などは、全くなかったそうだ。教会軽視も甚だしい。
ガラガラガラ。
近衛騎士に守られた、私達の馬車は進んでゆく。長時間乗っていると腰がだるくなってくるが、十二聖国への正式な訪問の場合、瞬間移動は失礼とされている。仕方がない。
私は、時間潰しの話題に、少々ぼやいてみた。
「エメライン殿下の姉達って馬鹿なんでしょうか? 近隣諸国を味方に引き入れようとか、教会に働きかけようとか全くしてません。このようなノーガード戦法でやっていけると思っているのでしょうか?」
ルーシャお姉様が、明快な答えをくれた。
「思ってるんじゃない。彼女達は二つ目の紋章もらったんでしょ。自分達は神々に選ばれた、神々がついてくれている。この世に恐れるものなど何もない! って感じなんでしょ。自分がそうだったから良くわかるわ。そんなのただの勘違いなのにねー」
「ははは、勘違いですか。でも、神々が後ろ盾なんて、誰でも気が大きくなってしまいますよ」
ノエル殿下は苦笑気味。
「殿下、神々が後ろ盾にいたって負ける時は負けます。それに、神々は十二柱もおられるのですよ。その一柱や二柱が、後ろ盾になってくれたからと言ってどうだと言うのです。他の神々、全てが敵対的かもしれません。私を、共同で助けてくれている、二柱の神々でさえ顕現された時、言い争いをしてましたよ。神々が一枚岩なんてことは絶対ないのです」
私は心の中で笑ってしまった。そりゃあ、ルーシャお姉様を助けてる神々はドング神とマンキ神。つまり、犬と猿、犬猿の仲、口喧嘩など毎度のことだろう。
「それでは、人はどうしたら良いのでしょう。十二柱全てに、お考えを聞いて回らねばなりません」
「ふふふ、出来たらそうすべきでしょうね。でも、出来ませんし。出来たとしてもやりたくありません。十二柱全てに会うなど、怖過ぎます」
ルーシャお姉様が、私の方を見て「でしょ」という感じで笑いかけた。私は頷いた。
確かに、神々は恐ろしい。マンキ神とドング神がルーシャお姉様に憑依した時、カインがいる私でさえ、神圧に押さえつけられ死ぬかと思った。それ程圧倒的な存在だった。そうとうなことが無い限り会いたくない。敬して遠ざけたい存在だ。
「ノエル殿下、神々は神々の思惑で動かれるでしょうが、私達は私達の思惑て動けば良いのです。神々への意志疎通方法が確立できていない今、そうするしかありません。これは仕方ないことです」
私は、この話はこれ以上しても無意味だと思った。ノエル殿下は、一瞬、きょとんとした表情をされたが、直ぐに微笑まれた。
「そうですね、アリスティア嬢の言う通りです。仕方ありません」
私達の馬車が、十二聖国の教会本部に到着したのは、日が落ちてかなりたった頃だった。教皇猊下への拝謁は、明日の予定。私達は、教会が用意した客室に通された。私とルーシャお姉様は同室。ノエル殿下は別室。まあ、当たり前である。
「ルーシャお姉様、教皇様は打診を了承して下さるでしょうか」
「打診は大丈夫ですよ、受け入れてくれます。それより、教皇様からの打診で上手くいくかしら? 教皇様は既に、クローディア陛下支持を表明されています。エトレーゼから見れば、あきらかに敵側ですもの」
「うーん、どうでしょう。クローディア陛下支持を表明されてるとは言っても、エトレーゼの民の殆どはエイスト教信者なのです。教皇様の案ならば、そう無下には出来ませんよ」
「そうね、そうかもね。エイスト教の長、教皇様ですものね」
「です」
私達が、寝台の上で、そのような会話をしていた頃、教皇猊下、コルネリオ・ラットゥアーダ様の寝室では大変なことが起こっていた。
「おお! 貴女様は……」
「我の名は……」
神々、一柱の神が降臨されていた。
教皇は権威としては諸国の王より上にいます。これは経済力や軍事力ではどうしようもありません。