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ナンシーさん

 流れるようにブラシが動く、そのブラシ捌きは熟練と言って良い。


 私は、今メイドのナンシーに髪を梳いてもらっている。毎日使用人に髪を整えてもらうなど、庶民、野乃の頃ではありえない。さすがに、伯爵家と言ったところだろう。


「お嬢様の御髪は、ほんと素晴らしいですね、長年のメイド生活で、何軒もご奉公させて頂きましたが、これほど艶があってときやすい髪の御令嬢はおられませんでした」


「そう? ありがとう。ナンシーさん」


 私の何気ない一言に、ブラシを持ったナンシーの手が止まった。


「お嬢様、私の名前を憶えていて下さってたのですね」


 それはそうだろう。ナンシーが、ゲインズブラント家に奉公に来て、そろそろ一カ月。それにアリスティアの脳は野乃のより優秀らしく、一回聞いた名前は決して忘れない。


「嬉しゅうございます。でもお嬢様、私どもに 『さん』づけは必要ございません、他のご家族様に聞かれたら、どうなさいますか」

「そ、そうね。気をつけますね」


 ダメだな、ここ数日で令嬢の生活にも、だいぶ慣れた気がしていたけれど、つい、野乃の頃の記憶や常識に引き摺られてしまう。


 コン!コン!


「アリス姉様、いらっしゃいますか?」

「エルシー? いますよ、入って」


 エルシミリアが、扉を開けて入って来る。


「アリス姉様、お母様が…」


 お気づきだろうか? エルシミリアと私の、互いを呼ぶ時の呼び方が変わっていることを。これは昨日、私が彼女に提案したのだ。


「ねえ、エルシミリア」

「何ですか? アリスティアお姉様」

「『アリスティア』、『エルシミリア』って私達の名前、良い名前だとは思うけれど、ちょっと呼びにくいと思うの。それと、私達、姉妹とは言っても年の差の無い双子でしょ。だから、これからは互いに『アリス』、『エルシー』と呼ぶようにしてはどうかしら」


「そんな、わたしの呼び方は何でもかまいません。でもわたしは長年お姉様をお慕いしています。呼び捨てになんてできません」

「堅苦しく考えすぎですよ。私がそう呼んでもらいたいのよ。ね、お願いよ」


「……お姉様がそこまで言ってくださるなら、では、『アリスお姉様』にしませんか? わたし、やはり、お姉様を呼び捨てにするのは、しっくりきません」


 渋々という語調で話しているが、エルシミリアの表情は嬉しそう。


「それと、他の方がいない時だけですよ。人がいる時は今まで通りです」

「分かりました。でも、もう一ついいかしら、エルシー」

「エルシー、さっそくですね。何ですか? アリスお姉様」


 私は笑顔で答える。


「『お』はいらない」




「お母様が、アリス姉様とわたしを呼んでおられます」

 

 私は、今住んでいる社会が階級社会だということは頭では分かっているつもりだ。それでも、こういう所に【ああ、ホント階級社会…… 】と認識を新たにする。

 エルシミリアは言った。


『他の方がいない時だけですよ。人がいるときは今まで通りです』


 私の後ろには、ナンシーがいる。けれど私への呼びかけは「アリス姉様」。つまり、ナンシーは、エルシミリアから見て「他の方」に入っていない。人として見ていないとまでは言わないが、格下と認識しているのは間違いないだろう。優しい性格のエルシミリアにしてこれだ。貴族の大半は推して知るべしだろう。


「わかりました。ナンシー、整えてくれてありがとう」


 ナンシーは黙って私達へ頭をさげる。


 私とエルシミリアは、お母様の部屋に向かうために廊下に出た。


短いですが、次の話にくっ付けるのも何なので。

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