表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

1/161

封印解除



「封印魔術の解除って難しいものなのね。こんなに時間がかかるなんて… 」


 わたしは四階の廊下の窓から、眼前に広がる広大な庭を眺めつつ、ため息をついた。

 解除終了の知らせが待ちきれず、二階の自室を出て、お父様が作業をされている部屋の前に来てしまってから、かなりの時間がたっている。庭の景色は、昨日降った雪が庭園の木々を飾り、それはそれは美しい。けれど、いくら美しい庭でもいつまでも眺めていられるものではない。


 わたしの名前は、エルシミリア・フォン・ゲインズブラント。

 オールストレーム王国、オルバリス伯爵家の三女。十歳。


 一人の兄と二人の姉がいる。下には誰もいない。わたしとしては可愛い弟や妹が欲しいところだけれど、お母様はもう年齢的に無理だろし、愛妻家であるお父様が第二夫人を娶るとも思えない。平民は言うに及ばず、貴族においてさえ成人まで育たない子供も多いことを考えると、ゲインズブラント家の血筋を絶やさないためには決して褒められたことではない。けれど、わたしはそんなお父様が大好きだ。


 扉がガチャリと開いた。

 中から出てきた従者のハンクスは、目の前の窓辺に立っているわたしに一瞬驚いたようだが、すぐに姿勢を正した。


「旦那様が封印解除を終えられました」

「やっとなのね! アリスティアお姉様に知らせてくるわ!」


 すぐに階段に向かって走り出した。


「エルシミリアお嬢様、そんなに駆けては危のうございます、お知らせには私が」


 ハンクスの呼びかけを完全に無視して階段を駆け降りる。レディとしての教育を行ってくれている家庭教師のオルコット嬢が、わたしのこの不躾な様をみれば大いに嘆くことだろう。オルコット先生ごめんなさい。でもようやく見られるのだ。三年前にお父様からその存在を教えられて以来、ほんと心待ちにしていた、早く見たい!


 アリスティアお姉様が授かった「神契(しんけい)(しるし)」を。


 アリスティアお姉様とわたしは双子として生まれた。

 ここ、オールストレーム王国においては、双子は「凶兆」とみなされ忌み嫌われている。それゆえ家に双子が生まれた場合、隠して一人が養子に出されたりするのはまだ良い方で、秘密裏に処分されたりすることもあると聞く。


 けれど、アリスティアお姉様とわたしは「ゲインズブラントの双珠」の名で称えらえている。

 わたし達が出会った方々の中で、たとえ我が家より上位の貴族であったとしても、わたし達を蔑むような者は誰一人として居なかった。それはわたし達の「魔力量」が共に非常に多いからだ。アリスティアお姉様は特に。


 貴族の家で子供が生まれる時、助産師とともに必ず神官が呼ばれる。神官は出産がなされるとすぐに教会のみが持つ特殊な魔術具によって、赤子の魔力量を測定する。個人の持つ魔力量は生まれた時から決まっていて、殆ど変化することはない。なので、本来魔力量の測定はそんなに急ぐものではない。では何故生まれるとすぐに計られるのか? それは親たちが我が子の魔力量を一刻も早く知りたいからである。


 貴族を貴族たらしめるものは何だろう?

 王から頂く「爵位」?

 治める「領地」や「領民」?

 貴族としての「矜持」?

 確かにそれらも大切なものではあるけれど、根本的に貴族を貴族たらしめるのは「魔力」。平民はめったにない例外を除いて持つことはなく、貴族と王族のみが生まれながらに所有する、世界の礎を支え、産業も社会機構もそれなしでは継続することができない「(ファクター)」。それが魔力である。


 だから、貴族が赤子の魔力量を気にするのは当然だ。魔力量の多い少ないが、その子の「貴族としての人生」に大いに関わってくる。多ければ、貴族としての栄達を得やすくなるし、少なければそれは難しくなる。最悪の場合、貴族階級から脱落してしまう。

 それゆえ、わたし達が生まれて来る時、お父様とお母様もわたし達が伯爵家にふさわしい魔力量を持って生まれてくることを切に願ったという。

 そして、わたし達姉妹はその両親の期待を軽く乗り越えた。いや、アリスティアお姉様は乗り越え過ぎた。


 魔力量の階級(クラス)は、大きくは「プラチナ、ゴールド、シルバー、ブロンズ、アイアン」の五つに分けられる。(当然プラチナが最上位で、アイアンが最下位)

 そして、各階級は、上位、中位、下位、とさらに細分化され、計、十五の階級に分かれる。


 わたしが得た階級は「ゴールドの中位」。お父様は驚喜したという。何故なら、ゴールド中位以上は殆ど王族にしか出ず、侯爵家クラスでも数人しかいなかったからだ。


 そして、アリスティアお姉様はなんと「プラチナの上位」。


 この階級は、伝説的階級で現在の王族はおろか、王国二百年の歴史をみても数人いたか、いないか、それとて、きちんと確認されたものではない。ここに至っては、お父様は喜びを通り越して、逆に苦悶の表情を浮かべた。


 神官によって計測された魔力量のクラスは教会を通じて、もれなく王宮に報告される。偽装は許されない。


「厄介だ、完璧に目をつけられる」


 そして、厄介なことはもう一つあった。

それはわたし達が生まれた時、アリスティアお姉様が「神契(しんけい)(しるし)」を握って生まれて来たこと。


 お父様と神官はお母様のお産に立ち会った。


「妻が苦しみ頑張っているのに、ただ外で待っていることが出来ようか? いや出来ない」


 しかし、普通男性が立ち入ることのない産所に一人で入る勇気が出なかったらしく、お父様は幼馴染でもある神官を無理やりつきあわせた。神官はさすがに出産最中の伯爵夫人を見るのは失礼なので、出産の苦痛に悲鳴をあげるお母様や手をとって励ますお父様に背を向け、安産の祈祷を繰り返していたらしい。

 まことに申し訳ない。いつか娘として父の横暴をあやまりたい。


 まず、最初に私が生まれた。この国では双子において最初に生まれた方が下とみなされる。次に、アリスティアお姉様が生まれ、その手には銀色に光るものが握られていた。お父様は、それが何なのか確かめようと、赤子のお姉様の手から外そうとするが、驚くほど強く握りしめられていている。赤子の小さな手に強い力をかけるわけにもいかなかったので、一旦保留し、神官に二人の魔力量計測を行ってもらうことにした。結果は、前述のとおり。


 アリスティアお姉様の驚異的な魔力量を知ったお父様の興味は、当然、赤子のお姉様が握っているものに戻ってゆく。

 このとんでもない自分の娘が握っているものは何なのか?


 再度、アリスティアお姉様の手から外そうするが、やはり外せない。

お父様はやり方を変えることにした。解析魔術を使うことにしたのだ。握られたままでも魔力線なら通すことは簡単だ。お父様は解析魔術が得意なので自信をもって術式を組んだそうだ、しかし驚いたことに、それはお父様の魔術を簡単に撥ね返し、消し去ってしまった。神官も同様に解析を試みたが、結果は同じだった。

 解析魔術とて完璧なものではない。まともな解析結果が出ないこともかなりある。しかし解析自体を受け付けないモノがあるなど聞いたことがない。二人が首を捻っていると、アリスティアお姉様の手の力がゆるんだのかそれは、コトリと床に落ち、お父様はそれを拾い上げた。


 それは完璧な真円を描いていた。表面は歪み一つなく、そこに刻まれた不可思議で美しい文様は針の先ほどの細かさの点や線で飾られている。そしてその点や線の均一さは凄まじいと言う他はない。また、角度を変えて見ると中程に刻まれている楕円の中に四つの文様が浮かび上がる。どう考えても人間には作りえるモノとは思えない。王都の最高の細工師でさえ、絶対に不可能だ。


「伯爵、まさか、あれでは……」

「あれって何だ?」

「ほら、あれですよ。『神契の印』… 」


 「神契の印」とは今まで幾つかあった王朝の初代王が必ず持っていたとされるもの。将来初代王になる赤子が生まれる時、それは母の胎内から一緒に現れる。現王朝の初代王の「印」は、今でも王宮のどこかに大切に保管されていると聞く。


「冗談はやめろ、あれは単なる伝説、御伽噺だろ」


 苦笑いを浮かべつつお父様は神官の方に顔を向けたが、神官の表情は至って真面目であった。眉間に皺さえ寄っている。


「そうでもありませんよ。あまり知られてはいませんが教会は存在を肯定しています。正典にはありませんが、外典に何ケ所か記載されているんです。読んでおられないのですか? 信心が足りませんね」

「うるさい、小言は後にしてくれ。だいたい正典だって十二もあるんだ。外典にまで手がまわるか」


 神官は一瞬肩をすくめ表情をくずしたが、すぐに戻す。


「よく考えてみてください、生まれたお嬢様の驚異的な魔力、そしてこれ」

「 … 」

「これは私達の解析魔術を全く受け付けなかったでしょ。しかし、解析魔術は他の魔術と違って特殊、たとえ如何なる魔術効果が付与されていたとしても物質である限り必ず浸透します。解析できなくても魔力線は絶対通る、こんなの常識でしょ。どんな術式を使ったとしても解析魔術をはじく効果を付与するなんて人には不可能なんです。王宮の魔導士長だろうが、教皇様だろうが絶対無理です。もし出来るとしたら……」


「出来るとしたら、何だ」


 神官は右手をゆっくりと頭の高さまで挙げ、天を指さした。

 その時の、お父様の額にはたくさんの冷や汗が浮かんでいたという。


「厄介すぎる…… これなら王族に目をつけられるほうがまだマシだ」


 この後、お父様はその場にいた者全員に箝口令を敷くとともに、アリスティアお姉様の「印」を四階にある隠し金庫に入れ、持てる最大限の魔力でもってその金庫を封印した。


 それから十年。今、その封印が解かれた。

 お父様が施した封印魔術はお父様の魔力量の関係で十年程で掛け直さなければならない。しかし、同じ魔術の重ね掛けはできないので、かけ直すためには一度前回の封印を解除する必要がある。


 昨日、お父様はわたし達に告げた。


「良い機会だ、二人とも一度見ておきなさい」


 アリスティアお姉様だけではなく、わたしにもちゃんと声をかけてくれるお父様の心遣いが嬉しい。


 二階分の階段を下り、わたしはアリスティアお姉様の部屋の前にやって来た。さすがに部屋にすぐ飛び込むような粗野なまねはしない。ドアの前で弾んだ息を整え、居住まいをただした後、わたしはノックした。


「アリスティアお姉様、わたしです、エルシミリアです」


 少し待つが返事はない。しかしいつものことなので、わたしは気にせずドアを開けた。


 そこには、妖精がいた。

 

 神々の祝福を一身に受けたような美少女、アリスティアお姉様。

 華奢でほっそりとした肢体に絹のシンプルなドレスを纏い、暖炉の前の椅子に身をあずけている。


 腰にまで流れる豊かな髪は、光沢のある絹の上でさえ輝きをみせるプラチナブロンド。肌は透きとおるように白く艶やかで、まるで最高級の白磁のよう。


 ゆっくりとアリスティアお姉様が顔をこちらに向ける。


 切りそろえられた前髪、ふっくらとした柔らかな頬、小さめの形の良い鼻梁、あどけなき紅梅色の唇、そして、長い睫毛に飾られた薄菫色の大きな瞳。

 その小さな顔はあまりにも愛らしく、美しい。日々、一緒に暮らしている妹のわたしでさえ、時々見惚れしまう。しかし、わたし達は双子、姿形はほとんど同じ、なのに自分の顔を鏡でみても


 よし、ほとんどの家の子には負けないわね!


 などと、高慢になることはあっても、自分の顔に見惚れてしまうなんてことはありえない。


 しかも、アリスティアお姉様は全ての面で優秀だ。勉学は既に王都の学院に入学できるレベルに達しているし、貴族子女としての振る舞いにおいても、あの事細かいオルコット先生が文句を付けるのを見たことがない。わたしの方は推して知るべし……。


 以前から、この違いは何なのだろう? とよく考えた。そして今は、わたしなりの結論を得ている。

 同じ容器であったとしても中に入れるモノが違えば、それはもはや別物。アリスティアお姉様の魂はわたしのような凡庸なものではないのだ。比べてはいけない。


「どうしたの? エルシミリア」


 アリスティアお姉様の物憂げな声は、柔らかく耳に心地良い。

 

「お父様が封印解除を終えられました、ついに、アリスティアお姉様の『神契の印』がみられます!」


「そう、私はべつに見なくても良いのだけれど……」

「何を言ってるんですか、尊き神々がアリスティアお姉様に贈ってくれたのですよ。ご覧にならなくてどうするんです?」


アリスティアお姉様は少し双眸を下げた、その姿は少し寂し気に見える。


「エルシミリア。神々なんていませんよ」

「な、なんて罰当たりな! 人に聞かれたらどうするんですか!」


 わたしはお姉様の手をとった。その小さめの美しい手は暖炉の前であるのに何故か冷たい。


「さあ、行きましょう。アリスティアお姉様が気乗りがしなくても、わたしは見たいのです。持ち主のお姉様より先に見るなんてことはできません。可愛い妹のためだと思って一緒に来てください」


 仕方ありませんね、という感じでアリスティアお姉様は承諾をくれる。


 アリスティアお姉様はわたしにとても優しい、けれど、その優しさにどうしても空虚感を感じてしまう。話しかけたり、頼み事をしたりするのは、いつもわたしの方からばかり、それはとてもとても寂しいことだ。


 この後、アリスティアお姉様とわたしは四階に行き、お父様から「神契の印」をみせてもらった。お父様はよく見られるようにと、入れてあった箱から取り出しお姉さまに手渡した。その数秒後、


アリスティアお姉様の体は、床の上に崩れ落ちた。

20/02/19 エルシミリアの魔力量、「ゴールドの下位」から「ゴールドの中位」に変更しました。

20/03/07 「ゲインズブラント伯爵家」を「オルバリス伯爵家」に修正

23/03/08 後話と矛盾する部分(エルシミリア関連)削除


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ