第一章 6.『イツキ・ミゾラの恩返し』
「それならいいんだけど。」
言って彼女の方を見た。ほんのり下に向けた顔は少しひきつっていて、何かを言いたげな雰囲気も見て伝わってきた。
それが何なのかなんてもちろんわからないし、それがわかるのはこの子本人なんだからわざわざ質問攻めにして言及する必要もない。ただ、少し気になるんだ。この感じ、この子が翌檜に似てるのは見てわかる。いや、この子こそが翌檜本人なのかもしれない。オズが言っていた通りここがギャルゲの世界なんだったらもちろん攻略する相手は翌檜しかいないんだから。
今更の答えに自分がいかに鈍感なのかが身に染みてわかる。この感じだと俺がここで攻略するべき少女はこの女の子。性格が好きだから、たまに笑う笑顔が好きだから、だから自然と翌檜っていうヒロインを好きになったんだろうな。
そもそもの話、翌檜っていうヒロインがあいつに似てたんだよな。自分の昔話何て言う必要もないから言わないけどさ。
「んで、君は無事ナンパ現場から俺を助け出してついでに傷の手当てまでしちゃって、これから何かしに行く予定とかあんの?」
無意識に言葉が漏れる。
ナンパされたところからしか見てないから、そもそもこの子がどういう家庭の子でどういう仕事、もしくは学生で、彼女のことは知らないことばかりだ。それ故の発言だ。
まさか俺がナンパしてるなんて言う光景が第三者から見えてるとかはないよね。
「さっきの獣人達もそんな感じで詰め寄ってきたけど・・・まさか、あなたも彼らと同じ類の人?」
「ただ聞いただけだよ!俺は健全たる男の子、そしてついさっきまで部屋に引きこもっていたひも人間ことギャルゲ大好き野郎。あの獣人達がやるようなことが出来るほどあいにく肝は据わってないんでね。」
女の子と現実で会話することなんてことがいつ振りかっていうぐらい久しぶりでいまだに緊張が少し残るってるんだけど。そんな俺が軽くナンパできるわけもなく、ましてやそこまでかっこよさも持ち合わせていない。性格と容姿どちらもそんな感じだ。
「・・・そもそもなんで私を遊びに誘ってきたのかがわからない。・・・私、そこまで可愛くもないしスタイルだってよくもなのに・・・。」
はい出ました。自分のことをかわいいと思っている女子あるある。自分のことをあえて貶して人から『そんなことないよ、君は可愛いよ!』って言ってもらうやつ。
まぁ、俺がひねくれてるだけで実際のところ女の子全員がみんなこんな感じだとは一概にして言えない。もちろんこの子もそれに一致する。
本人の無表情な顔を見るからして本当に自分を先刻の発言通りに思ってるやつだ。こっちの方が少し天然少女感があって可愛らしく思えるな。
だから俺も言うことにしよう。
「そんなことないぞ。君は俺が見るからにかわいいの一点張りで間違いないぜ?かわいいからこそ獣人にナンパされたんだよ。何て罪な女なんだ!」
この子の可愛さを表すならば十人擦れ違えば十人全員が凝視するレベルだ。そんなこと今一緒にいるだなんて、ましてや助けてもらうなんて。なんて嬉しいことなのか。あ、今まさに感謝してるよ異世界さん。
「・・・?よく意味が分からないけど、何かを伝えようとしてたのだけは何となくだけど分かった。」
そう言って彼女は一呼吸。そのまま俺に背を見せた。
「もう一通りけがの手当てはしたから、もし万が一、傷が痛むなら本当に医者に診てもらってね・・・。さっきの獣人達も『次は絶対殺してやる』みたいにそれっぽいこと言ってたけど・・・これからはあんまり路地裏なんて危ない場所に、それとあまり無茶して人助けなんてしないこと。・・・わかった?」
まるで目の前に母さんがいるかのように、少女は俺に念入りに忠告を口にした。早口ってわけもなく相変わらず無頓痴気な口調と無表情な顔つきだった。これが彼女の会話スタイルなのか、そもそもの性格なのか。
この子が本当に翌檜なんだったらまぁ、これら一連の行動はびっちり当てはまるんだけどな。ゲームの中のヒロイン、翌檜美晴と。
「・・・お、おう。」
俺は彼女の言葉に気圧されたのかうまく言葉が出なかった。口調や表情は全く変わらないのにごもっともなことを言われたからだ。
「・・・じゃあ、色々とありがとう。」
そう言って俺からどんどん距離を離していく。見える背中は少しずつ段々と小さくなっていった。その時の彼女の後姿と言えば、長い白髪が彼女の仕草に合わせて揺れ動き、薄暗い路地の中ですら幻想的だった。
「色々とありがとう、・・・ねぇ。」
小さくなった背中を見つめる。何かが気残りだ。
色々ありがとうだって?ありがたいのはこっちだっていうのに何で彼女はああも平然としてお礼が言えるっていうんだ。
助けてもらったのは俺の方だっていうのに、傷の手当てだってしてくれたのは彼女じゃないか。そんな彼女に俺はなんもできていない。このまま『かし』を作ったままでいいのか?
いや、かしを作ってしまったのなら返すのが道理ってやつだろう。少なくとも、彼女をこのまま返すわけにはいかない。
「おい、待ってくれよ!」
言いながら彼女のもとへと走り出す。
足の痛み何て全く感じないし、獣人達からあれだけ蹴られ打たれた体も今では全く痛みを感じない。愛用しているパーカーの方も少し砂埃がついちゃってるけどほつれたりのダメージもなし。魔法なしでも人をここまで安心させることが出来るんだって初めて知ることが出来た瞬間だった。
「・・・・?」
路地の入口付近。人も行きかう大きな道がそこではよく見える。
そんな場所で彼女は声のする方へと首をめぐらす。白色の髪を手でなびかせて俺に焦点を合わせた。
「よかった。まだあんまり距離が離れてなくて。」
不思議だ、とでも言っているかのような表情が彼女から見える。まぁ、確かに別れを告げたはずの男に言い寄られれば普通はこんな対応になる。あれだ、ご主人様が大好きな犬が学校(会社)に行こうとしてる主人になぜかついてくるやつ、のような感覚。
それが今、彼女の心境のようにも思える。そんな顔だった。
若干上がる息を整えながら俺はまっすぐに彼女の方を見据える。こんなところで日ごろの運動不足が体に響いてるわけなんだけど、とにかく乱れた服装も正してしっかりと視線を合わせた。
「・・・なに?もう私に関わる理由なんてないはず・・・。」
「そんなつれないこと言うなよ。まぁ、今関わる理由がないってのは事実なんだけど。君に助けてもらってケガまで直してもらってさ、こんなところで君と別れるのはなんか胸がむずむずして。」
やっぱり何の感情も表に出でいない表情。もっと笑ったら可愛いんじゃないのかな、なんて心の片隅で思いつつ俺の方に向き直る彼女にまた言葉を並べる。
「何か俺が役に立てることってないか?なんでもいいからよ。」
少し詰め寄って彼女にそう言う。
「役に立てることはないか、って言われても・・・あんなことが何回も起きるわけでもないし・・・そもそも普通に負けてたし。」
「うっ!そこを突かれると胸が痛いばかりです・・・。」
獣人達にフルボッコにされたのは事実だ。だけどあれは俺が自分の力を過信しすぎていたせい。もっと言えばこの世界で俺は最強説が浮上していたんだから、それのせいでちょっと、いや、めちゃくちゃ調子乗ってた。
そんなことがなかったらもっと慎重にやってたしそんな軽率な行動はとらなかった。まぁ、こんなけ言い訳並べてるけど、結局言いたいことは。
「だけど、かっこ悪くたって多少なりとは君の役に立ちたいんだ。」
少し顔の力を緩めて朗らかにそう言った。
あの時、君は俺にありがとうって言ってくれた。そのありがとうは純粋な感謝の気持ちなんだと思う。笑いもせず相変わらず感情の読み取れない無表情な顔してたけど、だけどその時俺は思った。
俺なりに、人に感謝を言われるようなことが出来たんだって。人にありがとう何て言われたの、本当に久しぶりだった。だからかもしれない、彼女の役に立ちたいなんて曖昧な感情が湧き上がってくるのは。
「・・・・・どこまで、本気なの?」
小さな声とともに意味不明な発言。必然的に
「えっ・・・⁉」
と、息が漏れた。
本気なの?ってどういう意味なんだろう。どこまでの気持ちで役に立とうとしてるの?っていう意味なのかな。そうだとしたらまるで会社の就職面接みたいだな。
そんな疑問の答えはすぐさま彼女から聞こえた。
「・・・・どこまで、本気で役に立とうとしてるの?・・・役に立つって言っても種類は様々。雑用だとしても役にたとうとするのか、それとも、私のために必死に何かをやってくれるのか。どれ?」
「・・・どれって言われてもすぐに・・・!」
思い出してすぐに口をつぐむ。
今さっきの彼女の言葉はまるで選択しを出しているかのような感触だった。オズが言っている通りこの世界がギャルゲの世界だというのなら選択肢ももちろん存在する。そして、その選択肢の答えは自分の言動で決めろとも言っていた。つまり、これは彼女の言葉から一つの選択肢を見つけろってことなのか?
いや、少し考えすぎかもしれない。ただの会話に対して何でそれが俺に対しての選択肢だ!何て言いきれるんだ。ギャルゲのし過ぎか妄想が激しすぎるだけか、そこら辺の感覚。
まぁ、結局出す答えは彼女の言うようなものだけじゃない。俺にとっての役に立つってのがどんなものなのか、それを言ったら単純に彼女のために恩返しがしたいだけだ。助けてもらった恩返し、ただそれだけ。
だけど、俺の気持ちはそんな単純なものじゃない。彼女のために役に立ちたい。それに込められる思いは他のものとは全く違うんだ。
「どこまで本気って言われたらやっぱり君のために何かがしたいな。君は俺を助けてくれた。だからそれに見合うことぐらいはしたい。」
「それだったら別に私は気にして」
「俺はっ!」
言い入って彼女の言葉を強引にかき消した。そして真剣に彼女を見つめて言った。
「いけるところまで行こうとか、やれるところまでやろうとか、そんな言い訳じゃ終わらせない。君の役に立つために、やりたいことをする。それが、俺が思う君への恩返しだ。」
「・・・・・。」
彼女は無言のまま俺のことを見つめた。またよくわからない表情をしている。ただ、さっきとはまた違って少し柔らかに見えた。
「これじゃ・・・だめかな?」
「・・・ううん。全然だめじゃないよ。・・・でも、役に立ちたいとか言われても、なんもお礼、できないからね・・・。」
「お礼がどうだとかそんなもん全然いいよ。俺は君に了承の言葉が聞けただけでも十分満足だからさ。」
そう言って少しの沈黙が訪れる。お互い気恥ずかしくなったのか少し顔を下に向けて、そんな状況を一転させたのは彼女からの言葉だった。
「じゃあ・・・早速役に立ってほしい。」
「いいよいいよ?君のためならばたとえ火の中水の中だ!」
彼女が胸元から一枚の写真を表にする。
「だったら、ちょうどよかった。人を探してて・・・人手不足だからあなたに手伝ってもらえるととても助かる。」
言われて目にしたのは一枚の写真。そこには一人の少年の姿があって年も俺より二、三歳若そうだ。
「この子を探してるのか。主観的に見ると勉強できて、かつ意外とスポーツができますよっていう一番俺が嫌いな属性だわ。」
オレンジ色の髪はどこもかしこもはねている。無邪気そうな目が運動神経抜群っていうのをアピールしているように見えるし、この写真では少年は本を読んでる姿が映っていて頭もよさそうに見える。
嫉妬ってやつがわなわなと湧き上がってくるのが自分でもわかるぞ。
「・・・そんな属性はふつう尊敬される側じゃないの?・・・怒りを買うことのものでもないのに。・・・・でも、あなたのおかげでとても楽になりそう。えっと・・・よろしく。」
そう言って俺の言葉をやさしく受け止めてくれた。そのまま俺は差し出された手に指を交えて『俺もよろしく』と、言うのだった。
※
屋根の上、腰を下ろして一冊の本を片手に二人の男女のやり取りを眺めていた。いわゆる高みの見物ってやつだ。
空に近づくほど風は強くなると聞くが彼の髪はその風によって少しなびいていた。羽織るコートも藍色のマフラーも一緒に真似をした。
「この本によると彼、イツキ・ミゾラはボロボロになりながらも怖がるヒロインを助けると書いてあるが・・・少し起こるべきはずのストーリーが塗り替えられている。やはり、ヒロインがあの少女なのが、このゲームに不備を起こしているのか・・・。」
ヒロインである少女は主人公を助けてしまった。そんなストーリーは彼が行うギャルゲの内容では起こるはずのないこと。なぜそんなことが起きてしまっているのか、ことの理由は一人の声から必然的に理解できた。
「やぁ。久しぶりだねぇ、オズ。」
すぐ背後からの声。聞き覚えもあれば即座に顔と声が頭の中で合致してしまうほどのレベル。それぐらいよく知る人物からの一声だった。
「どおりでおかしいと思ったら、君の仕業かい?」
立ちあがって同時に振り返る。
「仕業、と言われると少し響きが悪いねぇ。」
人を小ばかにしたような幼稚な笑みが目に映る。
ドッペルゲンガーというものを想像したことがあるだろうか。それは自分と全く同じ容姿をしたものが自分の目の前に現れると、それによって殺されてしまうというものだ。
そのような感覚が今、ここにある。
「それが一番妥当な言葉だが?」
全く同じ容姿。瓜二つの顔が目の前で会話をしている。一つ違うといえるのはオズとは違い白色のコートにどこか気品を感じる装飾がされているということだった。その装飾と言ってもシンプルなもので彼の魅力をさらに引き立てている。彼の耳にかかるピアスも高級感あるもので、服装に関してはオズと似ても似つかないものだった。
「確かに、僕のせいだというのは認めよう。だが、君のプレイヤーはどこか楽しげにも見えなくはないがね。確かもともと引きこもりなんだって?久々の女の子に胸を躍らしてるんだろう。」
彼には路地裏の入り口付近で話し合いをしている二人の男女を見て言う。目まぐるしく行きかう人々を眺めていると、立ち止まっているものはとても目立って見えた。
「勝手な推測はやめてくれ。我がプレイヤーを侮辱しに来たのか。」
そのままいきり立って反駁する。
彼はオズとは違い少し能天気な性格で、それは昔からの付き合いだからよくわかるもの。似た者同士を通り越して一心同体にほぼ近い二人でも多少の性格のずれはあった。
「そんなわけないではないか。兄弟として兄が、いかにプレイヤーにゲームを楽しめさせることが出来ているのか、見物しに来ただけだ。もうじき勝手に消えるさ。」
聞いて顔をゆがめながら。
「それよりも、君のせいでこちら側のプレイヤーが少々迷惑しているんだが?」
言うと彼は急に吹き出した。
「だから、迷惑しているようには思えないって。多少なりとストーリーから逸脱した方が今後の展開に張りが出て面白いだろ?」
「・・・・っち」
小さく舌を鳴らしてそのあとは言葉を口にしなかった。ゲームを楽しめることが出来ているのならそれはそれでいい。一番尊重すべきものは主人公なのだから。
「二人ともとても楽しそうじゃないか。それを僕たちが邪魔しに行くわけにはいかない。ただ、僕のプレイヤーに邪魔をするんだったら。」
彼は驚くほど近くに迫ってにこやかに笑いながら言った。オズの眼をがっしりと見据えて。
「その時は君のプレイヤーを殺すからね。」
この世界はギャルゲだ。そうイツキ・ミゾラに伝えた。だが、やはりこの世界を甘く見てはいけない。ただこの世界がギャルゲだけの世界とは思わないこと、それだけは肝に銘じておいたほうがよさそうだ。
「・・・そうか。なら、最悪の状況とやらはもう準備されてるわけだな。君のゲームによって。」
「まあ、そう思っておいてくれ。今は二つのゲームが混じり合うとどのような展開が起き、どのような結末が待っているのか、楽しもうじゃないか。」
ほそく笑みながら言って、路地裏の入り口付近で手を交わす二人の姿を眺めた。
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