第一章 5.『愚痴の裏側』
「異世界でギャルゲをするねぇ。」
何回も口の中で転がしながら状況を整理した。
俺はこの世界にギャルゲをするために来た。さっきの青年はオズ。このゲームの管理者。なんで異世界冒険ありきたりの中世風の文明なのかはオズにもわからず・・・と。
整理するところこんなもんだな。
ギャルゲをするって言っても俺自身の言動という選択肢で今後の展開が変わっていくという超高難易度もの。かなりの無茶ぶりをさせられてるっていうわけだな。
頭の中を整理し終えて一呼吸。その瞬間を狙われたのか思わず息が詰まるほどの驚きを体感した。その感触は紛れもなく俺の右肩に感じたものだった。
「・・・・・⁉」
反射的に振り向く。もしかしたらさっき少女によって撤退をやむなくされた獣人たちが復讐にでもしに来たのか、そんな推測までもその一瞬に出来上がってしまうほどに驚いた。
「・・・・・・。」
振り向くとそこにいたのは無言に立つ、俺を助けてくれた少女の姿があった。それも手にはいっぱいの食料と医療品を持って。
「あっ・・・君は。」
もう俺のことなんてほってどこかに行ったと思ってたのに。なんか変に勘違いしてしまって申し訳なく思う。
「・・・・足、もう大丈夫なの?」
「・・・・あっ。」
思い出して同時に足の痛みもぶり返してくる。そういえば、さっきオズとこの世界についていろいろと話してたから正直なところ足の痛みのことなんて気にしてる暇なんてなかった。
銃弾による傷は大きいと言われれば大きいし、小さいと言われれば小さくも見える。なんとも中途半端なものだ。まぁ俺の見立てによるものだから、そこんところ、この子はどう言ってくるのかなんてわかんないけど。
「めちゃくちゃ痛ぇ。」
足を抑えながらそのまま膝をつく。撃たれた方の足に体重なんてかけたら熱湯をかけられるかのような激し痛みが襲ってくる。要するに立っていられるわけもなかった。
「・・・・痛いんだったら、壁にもたれて座って。」
少女は無頓痴気に言う。
「別にいいけど・・・何するつもり?」
「いいから座って。」
言われるがまま路地裏に腰を下ろし壁にもたれる。痛みのある足だけを前に出してあとは気軽に腰を下げた。
何が目的かわからないけど、その手にいっぱい持ってる品々がめちゃくちゃ気になるな。俺が気を失うまではそんなもの持ってなかったし。まさかだと思うけど俺が気を失ってる間に手に入れてきたとかそういうの?
「本当は治癒魔法が使えたら手っ取り早いんだけど・・・私はそんなもの使えないから、これで我慢して。」
そう言って腰を下ろす俺に彼女はわかる範囲で消毒液、その他もろもろの外用薬に包帯とテープを見せた。応急処置の道具が揃いに揃っていたのは見て取れた。
「まさかだと思うけど、傷を手当てしてくれるのか?」
半信半疑にそう言った。目の前には感づかせるものがそろっている。いや、そう思うには十分の理由がそろっているというのに本当に手当てしてくれるのか疑問に思った。
今まであまり女の子と接したことがない以上、そう思ってしまうのは無理もないことなのかな?女の子に傷の手当てとか久しぶりすぎて信じらんないな。
「・・・うん。医者にかかるにしても手当てしとかないと膿がたまって化膿したりしたら、もっと状態が悪化するし・・・。」
何ていうのか、なんて不器用な言い回しなんだろうって思う。こんなところも似てるなとふと思いもした。
見ていて和むというかそんな感じのもの。初対面の俺に傷の手当てまでしてくれるとかどんなけ優しいんだよこの子は。
「だったら、お言葉に甘えることにするよ。こんな美少女に傷の手当てイベントとか人生でもう二度と起きないような気もするし。」
「・・・ちょっとなに言ってるのかは分かんないけど、痛くてもじっとしててね・・・?」
「はいよ。」
消毒液で傷口を洗い流す。それと同時に強烈な痛みに思わず悶絶。痛みのあまり声を上げる以前に痛いのを通り越して声なんて出なかった。
「もうちょっと優しくしてくれないかな?」
「・・・傷口に痛みは、付き物・・・。」
名言ぽくかましてくる少女。名言ぽく言ってるくせに実は当たり前のことを言ってるってことに気づくにはなぜか少し時間を要した。
なんだろう?この子がなんか言うとよくわからないくらいに頭が回らないぞ。いや、これは美少女の傷の手当てイベントに喜びと緊張を感じているからじゃないのか?
「あとは、包帯を巻いたら終わりだからじっとしてて。」
「おっけ。って、そういえば包帯って初めてつけるな。まさか初体験を君に奪われてしまうとは思いもしなかったぜ。」
「・・・わかったから、少しじっとして。」
彼女からの少々の怒り交じりの声。さっきから俺が言葉を発するたびに足が小刻みに動いて傷口の手当てがしにくくなったのに腹を立てていたのだと今更気づく。
この子は無口なのか無表情なのか、うまく感情が読みずらい。さっきのだってほんの少しの言葉のニュアンスの違いで分かる範囲だし。いや、言い訳はここぐらいにして、ごめんなさい。素直に謝ります。
「・・・ごめん。」
その言葉の後、彼女は真剣な目を見せて、同時に俺の体に接近。
「(うわっ、めちゃくちゃいい匂いする。)」
まず初めに感じたのはそんなよこしまなものだった。
これが女の子特有の先代にまで伝えられてきた『イイ匂い』ってやつなのか。その匂いとはまた別に、この子の顔がさっきまでよりも近くで見える。可愛い一択のこの容姿はやっぱりゲームに出てきた翌檜に似ているなぁ。
「(おぶっつ!本日二回目のやつぅ!)」
プラスで現れたのはかがみ込むことによって露わになる彼女の胸元がちらりと目に映り込んでしまったこと。小規模、とまではいかないそれは服の少しの隙間から顔をのぞかせていた。
包帯とか巻いてもらってる場合じゃねぇ!また頭の中に天使と悪魔が出てきて理性がコントロールできなくなってくるやつだよ。
「消毒してた時には気づかなかったけど・・・そこまで重症って程じゃなさそう・・・。」
俺がよこしまなことを考えてしまっていることなんてお構いなしに彼女は傷跡を包帯で覆いながら顔を上げる。
その瞬間の彼女の表情がなんとも愛らしくてついつい言葉をなくした。いわゆる『のうさつ』ってやつだ。
「あ・・・お、おう。」
あぁ!可愛すぎるぅ!
いや待て待て、この調子だと俺はただの変態になってしまうぞ。思春期ならではの健全たる男の子対応だとは思うけど、なんか一線を越えてしまいそうで怖い。そこんところを理性っていうものが制御してくれてるんだけど、それが今まさにコントロールできなくなってきてるんだけども。
「・・・まだ終わんない?」
あさっての方向を向いて言う。彼女の顔を見てしゃべるなんてこの状況でできるはずもないので。
「もう終わるから。」
無表情な彼女の顔を横目でちらりと見つめる。言葉の通り、包帯の方は無事に巻くことが出来ているようだ。
これはご褒美っていうのかちょっと変わった試練っていうのか、なんにせよ俺の理性は壊れずに済みそうだ。まあ、どちらかというと試練っていうのに近かったような気もするけど。
「・・・はい。これで、それなりに歩けるようにはなってると思うから。」
足の方を見るとそこにはきれいに巻かれた包帯。どうやらこの子は手先が器用なようでしわが寄ってしまったりとかは全くなかった。
言い換えればプロの手つきってやつだ。
「いやー、獣人から助けてもらうは傷の手当てまでしてくれるは、本当にありがとうな。助けに行ってここまで負かされるとは思ってなくってよ。」
言葉に嘘は全くない。
この世界だと俺は最強説が浮上していたあの時は本当にここまでのけがを負うとは思っていなかった。思ったよりすんなり獣人を倒せるんだと思って調子乗ったら憎悪を買われたって感じだ。
マジであの時はあんな展開になるって思ってなかったからな。中学生の時に実はこう見えて野球部に入ってたんだけど、そこの顧問に『先の先までしっかりと考えてプレーしろ』って言われたのが今になって頭に響いてやがる。
あの獣人との殴り合いも全力でプレーしたつもりなんだけど力の差は明白だったってことだ。
「・・・うん。」
彼女はうなずいて立ち上がった。
「一通り傷の手当はしたからもし、まだ傷が痛むんだったら医者に診てもらった方がいい。・・・たぶん、大丈夫だとは思うけど・・・。」
か細く小さい声が耳に届く。念を押して心配してくれる。
結局のところ俺は彼女にかりだらけだ。助けに行って助けられる→かり⒈
全身の打撲と足の銃による傷の手当て→かり⒉
二つのかりが俺に遺憾という名の感情を大きく膨らませている。そもそも俺が彼女を助けに行ってかっこいいところ見せに行く展開。俺が弱すぎるせいで彼女にも迷惑をかけた。だから、なにか少しでもいいから、彼女の役に立つことがしたい。
「なんで君は、俺を助けてくれたんだ・・・?あの場面、俺が獣人に殴られている間にどこか安全な場所に逃げてればよかったのに。」
役に立ちたい。だから、なんで俺のことを助けてくれたのかかが知りたい。ナンパ、ましてや獣人なんて大柄な生き物に囲まれていたんだ。銃を持っていたとしても多少の恐怖心はあったはずだ。
なのに、彼女は逃げずに俺を助けてくれた。あの俺をあざ笑うかのように座っていた姿がただの理由づけなんだとしたら、少し彼女は素直じゃないなとも思う。
だけど俺を助けてくれた時は今までにない安心感を感じた。この子のためになることがしたいって思う。
「・・・見苦しかったから。ただそれだけ。・・・どうせボコボコにやられて瀕死の状態になるんだろうなとは思ったけど。」
「軽く俺のことをけなしてるのには目をつむろう。それよりも君は新種のツンデレ属性なの?ツンデレを一周回ってただの悪口だよほんと。」
笑いながらそう言う。苦笑とかそんな類の笑みじゃない。単におかしかったから自然と出てしまったものだった。
「・・・案の定、ああいう展開なったからしょうがなく助けてあげた。ただそれだけの事・・・。」
「まさか全部推測通りになったわけ?それなら俺はなおさらかっこ笑いじゃん。」
今度のは正真正銘の苦笑。
俺がボコられている間にのんきに座っていたのはただ頃合いを見計らってったてこと?そもそも俺が彼女を助けに行ったあの時からあの展開が目に見えてたって言うのかよ。
いや、そんなことがあるわけがない。どんなに頭が切れる人間でも初対面の男にそこまでの推測が完成するわけもない。つまり、この子はただ恩着せがましい感じを出さないようにあえて俺のことを遠ざけているんだろう。逆にそうであってほしいんだけども。
まあ、そうだとしても思うことは一つだ。彼女に助けられたんだ。それならいうべきものってのがあるだろ。
「まぁ、たとえ君が言うような理由だとしても俺は助けられた。かっこ悪いところを見せたのは悪かったけど・・・本当に、ありがとな。」
満点の笑み、俺の気持ちを表現するにはこれぐらい嬉しい感情でいっぱいだった。
「あっ・・・・・。」
少しの間の沈黙の時間。彼女は俺のその表情を見てか言いかけて口をつぐんだ。
彼女はそのまま微動だにせず、ただただ俺を無表情なまでに見つめてくる。その表情は何かを隠しているのか、無表情と言っても少し緩んだものだった。
「どったの。」
疑問に思い自然と言葉がこぼれる。
「・・・ううん。なんでもない・・・。」
首を横に振って変わらない口調でそう言った。